第42話 いらん
バカな……! ありえない……!
裏切り……ここにきて、裏切り……!
……いや、別にメビウスと何かしらの約束をしていたわけでもないのだが。
俺は思わず、兜越しに彼女のことを睨みつけてしまう。
メビウス。フラウと同じく四天王の一人。
黒髪をボブカットに切りそろえ、いつも面倒くさそうに眼をジト―ッとさせている。
身体の起伏もルーナ以上であり、俺は内心ウキウキである。
絶対に手は出さないけど。
四天王に手を出せないわ、普通。
俺、この鎧がなかったら一般人だからね。
ちょっとした喧嘩をしただけで命を落とすわ。
しかし……まさか、こいつが異議を申し立ててくるとは……。
面倒くさがりではあるが、魔王の言うことには忠実で、嫌々ではあるが任務も真面目にこなすというイメージがある。
だというのに、いったいどうしてこんな時に……!
「ふはははは! メビウスも言っているぞ! 四天王二人の言葉だ。いくら大将軍であっても、むげにはできまい!」
勝ち誇ったように笑うフラウ。
高潔な女騎士はどこ……?
なんて下品な笑い方なんだ……。
こいつ意外にこんな笑い方をする者はいないだろう。死ねばいいのに。
「……どうしてかお聞きしてもよろしくて?」
「私を殺せるかどうか、試したいから」
ルーナの問いかけに、メビウスははた迷惑な最強を目指す奴みたいなことを言う。
なんだこいつ。バトルジャンキーだったか?
無害そうな顔をしておいて、よくもだましてくれたわね……。
だいたい、四天王に俺が勝てるわけないだろ! 鎧さんは別だけど。
とりあえず、殺せないって言っておこう。
実際にそうだし。
【……貴様、自殺志願者か?】
鎧さん!?
なんでそんな上から!?
そんな強気な発言しようと思っていなかったんですけど!?
止めてくださいよ、鎧さん!
「死にたくない。むしろ、他の人より生きたいという思いは強いはず」
幸い、メビウスは気分を害した様子はなく、首を横に振っていた。
助かった。四天王と戦うなんて、もう嫌だぞ。
しかし、生きたいという思いが強いのであれば、どうして自分を殺せるか確かめる、などと突飛なことを言うのだろうか?
言っておくが、この鎧さんはガチで強いぞ。
魔王軍最強に上り詰めたのも、全部これが勝手にやったことだからな。許さん。
「うむ、分かるぞ。私も生き延びるためならなんだってやる。全裸になれと言われれば全裸になるし、犬の鳴きまねをしろと言われたら遠吠えを披露するだろう」
「そ、そこまでではないけど……」
うんうんとしたり顔で、肩組をしてくるフラウにメビウスは露骨に引いていた。
生きるためとはいえ、そこまでできるのはお前くらいなものだぞ。
ちなみに、俺も絶対に死ぬのは嫌なのだが、フラウほどプライドを捨てることはできない。
というか、どうして俺がそこまでへりくだらなくてはならないのか。
そもそも、俺を害しようという時点で天罰が下ってしかるべきなので、俺はそこまでやる必要はないのである。
「とにかく、暗黒騎士の力を確かめたい。そのためには、一緒に行動して、こういった荒事に対処するのが一番早いから」
【断る。私がここを抜ければ、どうする? 私の代わりはいないのだ】
唯一無二の存在が俺である。
魔王軍の統括なんて死んでもやりたくなかったが、今はこの立場にいれてよかった。
こんなあっさり要求を拒否できるんだもんな。
最前線なんて御免だ。
フラウをいけにえに捧げるのだから、もういいだろ。
「すっごいナルシスト。あながち間違いではないから余計に腹が立つ」
ん? 大将軍やってくれるの? ん?
じゃあ、別にいいけどね、前線に出ても。
まあ、そのまま帰ってこないが。
俺は兜の中で勝ち誇っていると……。
「いえ、行ってきてくださいまし、暗黒騎士様」
ルーナから、まさかの同士討ちである。
はぁっ!?
お前も俺を裏切るのかぁ!
「メビウスがここまで意見を述べてきたのは初めてですわ。わたくしとしても、尊重してあげたいんですの」
ルーナは無表情で殊勝なことを言っている。
一見すると、とても理解のある上司だと思うかもしれないが、彼女の本性を知っている俺は騙されない。
嘘つけ。絶対嘘だ。
冷酷魔族繁栄マシーンがそんなことを思うはずがないんだ。
どうせ、『ここでメビウスに恩を売ってこき使ってやろう』と考えているに違いない。
「短期間であれば、わたくしが魔王軍を統括することができます。ですので、帝国軍の動きを監視してきてくださいな」
断りたい……!
だが、魔王の命令に逆らえるはずもない。
魔王を敵に回すということは、魔族全体を敵に回すことである。
鎧さんなら何とかできるかもしれないが、常識的に考えて数の差は歴然であり、押しつぶされてしまうだろう。
俺、退職したいけど死にたいわけじゃないからなぁ……。
【…………分かった】
「ふっ……やったな」
熟考の末、苦渋の決断である。
フラウがにこやかな笑みを浮かべているのが、腹立たしくて仕方ない。
髪の毛むしるぞこの女ぁ……。
「見返りにわたくしの身体を使いますか?」
【いらん】
チラリと薄い衣装をめくり上げるルーナ。
肉付きの良い褐色の太ももが見えて、穿いていない主義の大切な場所が見えそうで見えない。
おひょー。
こいつ、少し前からよっぽど自分の魅力を磨きたいのか、頻繁にこんなことを言ってくる。
だが、これは生殺しだ。
だからぁ! 鎧がある限りお楽しみできないって言っているでしょ!
俺はそう思いながら、メビウスとフラウと共に帝国軍の不穏な動きを監視しに向かうのであった。
 




