第21話 挑む
俺は先頭を歩き、無謀なルーナの褐色の背中を見ながら内心憤っていた。
バカかな?
やっぱり、こいつバカ姫かな?
なにがピクニック? ふざけてんの?
護衛も俺とフラウ以外に連れずに出歩くとか、正気じゃない。
お前、自分が派閥争い真っただ中の派閥トップだっていう自覚はないのか?
「まさか、このタイミングでピクニックなんてな。……いざとなれば、盾を頼むぞ」
フラウはキリッとした表情で言ってくる。
何言ってんの? 逆だろ。
いざとなれば、こいつを肉盾にしてやる。
「このタイミングだからこそ、ですわ。四天王の一角であり、魔王軍最高戦力の暗黒騎士様を天爛派に引き込めた今だからこそ、こうして隙を見せるのに最適なんですの」
クルリと振り返りながら言うルーナの顔は、氷を思い出させるほどの冷たい無表情。
つまり、冷徹魔族繁栄マシーンのルーナさんである。怖い。
それにしても、隙を見せるのに最適?
そんなわけないですの。
そもそも、隙なんてものは見せるべきではないですの。
「今までなら、お兄様は時間をかけてゆっくりつぶせばいいと思っておられましたわ。事実、戦力差が圧倒的なため、時間さえあれば勝手に自滅するのがわたくしの派閥でしたもの。無駄な消耗を避けるという意味では、お兄様はいい選択をしたと思いますわ」
歩きながら説明してくれるルーナ。
確かに、あのままだと押し切られていたことだろう。
だったら、バカ姫みたいな演技をするなっていう話だが。
「ですけど、その戦力差を一気にひっくり返すことのできる規格外の存在が、いきなり派閥闘争に参戦しましたわ。そうなると、もはや悠長に待っているだけではだめですの。それは、愚物のお兄様でも理解しているはずですわ」
大きく勢力図が動こうとしているのか。
いったい誰のせいなんだ……。
「あー。また『これ』が原因なんだな。また」
フラウは心底嫌そうに顔を歪める。
おい、俺を指さすな。
だいたい、原因ってなんだ!
こちとら頼まれたから入ってやったというのに……!
だいたい、俺一人で急に動くようなしょぼい派閥争いしてんじゃねえよ!
「もう、あまり時間はかけていられませんの。この短期間で一気にケリをつけますわ。そのために、まずはあちらから仕掛けさせ、大義名分を得るようにしなければ……」
……まあ、長く続く争いに意味なんてないだろう。
短ければ短いほどいいに決まっている。
とくに、俺みたいな小心者にとってはな。
ただでさえ、天爛派は主流派に押されているため、天爛派から激しく仕掛けていくことはできないだろう。
それでは、魔族たちもついてこない。
だからこそ、主流派に仕掛けさせるということか。
「こうして、魔王城の外に出れば、おそらく仕掛けてきますわ。さすがに城の中だと、あからさますぎますから」
うーん……ルーナの言うことは分かる。
さすがに、あのデニスと言えども、魔王城の中で妹を殺害することはできないだろう。
絶対にばれる。
だが、魔王城の外であるここで殺したとしても、間違いなくデニスの仕業だと思われるのでは?
俺みたいな素人でもそう思うのだから、さすがにここで仕掛けてくることはないだろう。
俺は信じている。
希望的観測って言うな。現実を見ていないって言うな。
暗殺者と戦うとか、絶対に嫌なんだ。
「私も絶対に嫌だぞ。暗殺者は相性が悪い」
お前と相性がいいのとかいるの?
と思っていた瞬間、俺の身体が勝手に高速で動き出していた!
向かう先は、ルーナである。
彼女の身体を抱えると、即座にその場から離れ……。
ズドン! と重たい音とともに、つい先ほどまでルーナのいた場所に何かが突き刺さった。
何事ですの!?
「……予想通りですわ」
砂煙に白髪を汚し、固い鎧に抱かれている状態で、ルーナは無表情のまま呟いた。
こいつ、悲鳴すら上げないとか、ほんとバカ姫じゃないな。
というか、普通に自分の命を囮にすることができるのが恐ろしいわ。
まあ、そこまでして、しかも俺も巻き込んでいるのだから、ここでパニックになられていたら腹立っていたが。
俺? もう十分パニック状態だが?
「ですが、まさかあなたが直々に来るとは思いませんでしたわ。魔王軍四天王……オットーさん」
ザリ、ザリと土を踏みしめながら砂煙の中から現れたのは、俺と同じ立場にいるオットーだった。
よし、フラウ。出番だぞ。肉盾だ。
◆
「ごきげんよう、姫。申し訳ないが、ここで死んでもらいます」
鷹揚に腰を曲げて、ルーナに笑いかける。
人間ほど血に執着しない魔族であるが、魔王の実子に向かってこのようなことを言うのは、さすがに憚られる。
それでも、今回の目的……姫の暗殺を考えれば、こうした挨拶をするのは当然だろうとオットーは考えていた。
「お兄様の命令ですわね? これだけの思い切った決断ができるのは、賞賛しますわ」
かなり衝撃的なことを伝えたはずなのに、当人であるルーナは澄ました表情のままだ。
慌てているわけでもなく、騒ぎ立てることもない。
普段の彼女とは明確に違う態度に眉を顰めるが……それは、彼女の前に立っている男のせいかもしれない。
確かに、『あの男』に守ってもらえるのだとしたら、おそらく誰が敵になろうとも恐れることはないだろう。
自分だって、もし彼が味方にいるのであれば、今のように覚悟を決めて戦場に向かうことなんてないだろう。
「私の強い進言があってのことですがね。まあ、それでも決断していただけたのであれば、構いません。あなたの兄上も、危惧したのでしょう。そこの暗黒騎士が、天爛派に与したことがね」
暗黒騎士。黒い瘴気を立ち昇らせ、全身を悍ましい鎧で覆った大男。
その深淵を思わせるような空洞から、自分を見据えているとわかった。
【……オットーか】
「ああ。私とは話してくれる気になったのか? 嬉しいことだよ。主流派に来てくれていれば、毎日でも話がしたかったのにな」
めったに口を開くことのない暗黒騎士。
魔王と四天王が一堂に会する機会でも、彼が話すことはほとんどない。
そんな彼に名前を呼ばれ、思わず頬が緩む。
【御託はいい】
「…………」
しかし、そんな気持ちもバッサリと切り捨てられる。
暗黒騎士は手招きをして、オットーを挑発する。
【かかってくるがいい。貴様の力を、私に見せてみろ】
暗黒騎士に、挑発の意図はなかったかもしれない。
だが、それはオットーの頭を沸騰させるには十分だった。
「後悔するなよ、暗黒騎士ぃ!」
最強の四天王に、オットーが挑む。




