第20話 嫌ですの
俺の姿は、魔王城にあった。
……なんでここにまた俺がいるんですかねぇ。
もうしばらくは近づくつもりのなかった場所だ。
派閥に入ったことによって、否応にもその争いに関与しなければならなくなった。
しかし、俺は暗殺合戦のようなことには決して参戦したくない。
俺は敗北を味わいたいが、殺されることはごめんだからである。
で、遺憾ながら四天王である俺を呼び出すことができる者は、限られている。
先日のようなルーナ。そして……。
「暗黒騎士が……つまり、お前がルーナの派閥に入ったことは、一瞬で広まった。少なくとも、派閥争いに関与している者の中で、そのことを知らない者はいないくらいにな」
【…………】
フラウがそう言いながら、俺を見上げてくる。
「いやー、お前も大変だなぁ」
【お前も大変になるんだぞ。俺のすべてをお前に押し付けるのだから、当然お前もルーナ率いる天爛派の一員だ。やったな】
「おのれ……!」
親の仇とばかりに睨みつけてくるフラウ。
俺だけつらい思いをするのはおかしいからね。
俺が苦しんでいれば、周りの奴はその数倍苦しんでほしい。
まあ、派閥争いと言っても、大々的に武力衝突が起きているわけでもない。
だからこそ、長い間ウダウダとやっているのだが。
適度にルーナを支援しつつ、のんびりとやらせてもらうとしよう。
この派閥争いだって、最近始まったことではなく、もう何年も前から停滞しているものなのだから。
今更急展開なんて起きるはずもないしな。
「うーむ……お前が派閥に入ったっていうことが、その急展開だと思うんだがなあ……」
無関心だった四天王が派閥争いに参戦。
……た、確かに急展開かもしれない。
そんな風に、俺が戦慄していた時だった。
「やあ、暗黒騎士」
【…………】
俺を呼び出した張本人である、主流派の首魁デニスが目の前に現れた。
相変わらず太っちょだな。いいもん食ってんだろ。腹立つわぁ……。
というか、気まずっ。
デニスの敵対派閥に入ったものだから、気まずくて仕方ない。
なんでわざわざ俺を呼んだんですかね……。
「まさか、お前がそっちにつくとはな。こういうことにはまったく興味がないかと思っていたのだが、そうでもなかったようだ」
デニスがふっと笑う。
なかったぞ。興味なんて微塵もなかったぞ。
お前のとこのバカな妹が無理やりにでも引き込もうとしてこなかったら、一切かかわらなかったぞ。
「……どうして、そちらについた? 今まで何度も誘いはしていたのに」
デニスはじろりとにらみつけてくる。
そんな……振られた直後みたいなことを言われても……。
お前、俺のことめっちゃこき使いそうだし。
四天王を退職するためには、どちらかといえばルーナの方が簡単そうだったからだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
俺はルーナと違って、魔族の未来なんてどうでもいいからな。
「……だんまりか。お前はいつもそうだな。俺の話なんて、聞く気もない。答える価値もないと思っているのだろうな」
デニスは少しうつむく。
そこまでは思っていない。会話したいとも思っていないけど。
再び顔を上げれば、そこには嗜虐的な厭らしい笑みが浮かんでいた。
「もしかして、あの妹に惚れでもしたか? 身体で篭絡でもされたか?」
言い方ゲッス!
というか、勘違いも甚だしい。
ざけんな!
あんなモンスターを生み出したのは、お前のせいでもあるんだぞ!
お前があの魔族の歯車モンスターに認められてさえいれば、俺も派閥争いに関与する必要なんてなかったんだよ!
反省しろ!
「……なあ、暗黒騎士。今からでも遅くない。主流派に移れ」
デニスは神妙な顔つきで、俺を勧誘する。
お、お前……あんな挑発してきておいて、今更……。
「俺がこんな誘いをするのは、お前だけだ。お前の力は、それだけの価値があるし……敵に回れば、これほど恐ろしいものもない」
全部鎧なんだけどね。
俺、そんな力のある魔族じゃないし。
これあげるから、鎧を外してくれ。
「お前の望むものを、すべてやろう。俺たちで、この魔族を大きくしよう。だから、この手を取れ、暗黒騎士」
デニスはそう言って、俺に手を差し伸べてくる。
それをじっと見ながら、俺はふと思った。
……あれ? もしかして、デニスについても四天王を辞められる?
望むものを全部くれるって言っていたよね?
じゃあ、四天王を辞めたいって言っても、聞き入れてくれるよね?
もしそうなのだとしたら、明らかに危険で泥船であるルーナの派閥に入っている理由はなくね?
しばらくの間考えて、俺は割とあっさりと決断した。
……よし! 俺、裏切りま――――――。
「あーんーこーくーきーしーさーまー!!」
【!?】
ズドン! と衝撃が走る。
こ、腰が……腰がイク……っ!
この間延びした声とこの捨て身タックルは、もはや慣れたものになっていた。
「痛いですわー! 硬いですわー! 冷たいですわー!」
額に両手を当てて悲鳴を上げているのは、ルーナだ。
こ、こいつ! また横からミサイルみたいに突っ込んできやがって……!
腰がぐにゃってなるんだよ! 止めろ!
「…………」
俺に手を差し伸べていたデニスは、苦虫をかみつぶしたような顔をしてその手を下ろした。
さすがに、ルーナの前で俺を勧誘することはないようだ。
「あら、お兄様? 何かむつかしいお話をしていまして? だとしたら、わたくしは席を外しますわよ! 頭が痛い痛いになりますから」
「……いや、いい」
いつもの危機感のかけらもない言動を見せるルーナだが……。
今までだったら、バカ姫がバカをしたと思っていたが……本性を知ってからだと、見方も変わる。
こいつ、確信犯だ。わかっていて、邪魔をしに来たんだ。
ニコニコとデニスに笑いかけているルーナを見て、俺は戦慄を隠せない。
こ、怖え……。
しかし、ルーナはよくこうして普通にデニスと顔を合わせられるな。
実の兄のことを、愚物とかめちゃくちゃ言っていたのに。
デニスもデニスで、実の妹を殺そうとしているだろうから、お互い様だが。
だからこそ、こうしてバカの演技を続けられるのが、恐ろしくて仕方ない。
とはいえ、この方が案外安全なのかもしれないな。
さすがに、目の前にいる者を暗殺なんて、大っぴらなことはできないだろうし。
……よし、その方が俺も安全だろう。
これからは、人の多い場所にいよう。
そう俺が決意した時だった。
「ああ、そうだ。わたくし、暗黒騎士様にお願いがあるんですの」
その決意をへし折るかのように、ルーナが笑いかけてくる。
は? お願い?
なんで俺がお前のおぞましい要望を聞き入れないといけないんですかねぇ……。
デニスも怪訝そうにこちらを見てくる。
……やばいことになることは言うなよ。
お前、バカ姫じゃないってもう知っているんだからな。
ちゃんと考えて発言しろよ?
せーのっ!
「わたくしと、ピクニックに行ってくださいまし!」
嫌ですの。




