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第19話 面倒くさい

 










 ああ、面倒くさい。

 メビウスは深く息を吐きつつ、いつも通りの思考をしていた。


 その理由は、目の前に現れている一人の男に向けられているものだ。

 彼が自分の前にいて、ろくなことがない。


「……何か用?」

「理由はわかっているはずだが? 私がお前に話しかけることなど、一つしかないだろう」


 メビウスの前に立つのは、同じく魔王軍四天王の一人であるオットーだ。

 定例会議を除き、こうして四天王同士が顔を合わせることはほとんどない。


 しかし、最近はオットーと会うことが多い。辟易とする。

 同じ会話しかしないのだから、それも当然だろう。


 メビウスは心底嫌そうに、オットーに顔を向ける。


「面倒くさいから、そういうのはいいって言ったけど」

「そうはいかない。お前も四天王の一人だろう、メビウス。その力は、無視することなんかできないんだよ」

「…………」

「お前が無視するのは違うだろ」


 どうやら、見なかったふりは通用しないらしい。

 会話しているのだから、見なかったも何もないのだが。


 しかし、本当に気だるい。

 深いため息をつく。


 これだけで十分威圧感があり、並の相手ならばメビウスの心情を慮って離れるところなのだが、あいにくオットーは並の相手ではない。


「私だって、何度も嫌がられるのに話しかけるのは嫌なんだよ。だから、さっさとうなずいてくれ。私たちの……デニスを頭にする主流派に加われ、メビウス」

「面倒くさい」


 従来通りの返答を繰り返す。

 派閥争いなんて、面倒くさくて参加なんて絶対にしたくない。


 誰が次代の魔王だとか、心の底からどうでもいい。

 誰であろうと、自分のやることは変わらないのだから。


 しかし、目の前のオットーは首を横に振る。


「そうやって逃げるのはやめろ。四天王が次代の魔王を決めることに無関心でいられるはずがないだろう。それに、物事は大きく動こうとしている。お前も関わらざるを得なくなるほどな」


 大きく動く、という言葉に、メビウスは多少の興味を抱いてオットーを見る。

 今まで幾度となく甘言を用いて誘われたが、これほどの小さな反応すらしなかった。


「少し前、私はトニオを再起不能にした。殺すことはできなかったが、しばらく動くこともままならないだろう」

「……っ。それは少し驚いた。四天王同士が戦って、どうして無傷で済んでいるの? 私も知らなかったし、ほかの人にも悟られなかったのはありえないと思うんだけど」


 魔王軍四天王。最強の4人と称されるが、その実力は拮抗している。

 一人、少々とびぬけている者もいるが、ほかは横一線である。


 まあ、全員すべて手の内を見せたというわけではないので、実力の拮抗が正しいというわけではないのだが。

 しかし、大きく異なるということもない。


 拮抗する力同士がぶつかり合えば、両者ともに大きなダメージを負うはずだ。

 だというのに、オットーには目立った傷は一切見当たらない。


 それどころか、メビウスは彼から告げられるまで、四天王同士の衝突があったことすら知らなかった。

 それは、ありえないことだ。


 なにせ、四天王は一人一人が一騎当千。

 いわば、一人で軍隊の大部隊に匹敵する。


 それらが激突すれば、当然大きな余波が生まれるし、目立つ。

 街一つなんて、たやすく焦土と化すだろう。


 そんなこともなく、ダメージを受けた様子もない。

 本当にトニオを倒したのか?


 半信半疑だが、もしそれが真実なのだとしたら、メビウスはオットーの実力を上方修正しなくてはならなくなる。


「私にも、お前に言えないことくらいあるさ。お前もそうだろう?」

「……まあ、言いたくないんだったらいい。そんな知りたいわけでもないし」


 確かに、メビウスも自分のすべてをオットーに知られているわけではないし、教えるつもりも毛頭ない。

 それに、多少興味は引かれたが、その程度である。


 話したくないのであれば、話さなくてもいい。

 それほど、この男に興味はないのだから。


「でも、なおさら私に声をかけた理由がわからない。トニオを倒したら、もうあなたたちの勝ちじゃん」


 圧倒的優位であるはずの主流派がいまだに押しきれていないのは、トニオの存在が大きかった。

 数で圧倒していたとしても、その不利を覆すのが四天王である。


 しかし、そのトニオがいなくなれば?

 ルーナ率いる『天爛派』は、トニオ一人で支えていたようなものである。


 トップは能天気バカで、あとはデニスに『取り込む価値もない』と判断された無能だけ。

 そんな彼らを押しつぶすのは、容易であるはずだ。


 しかし、オットーは心底忌々しそうに顔を歪める。


「ああ、私もそう思っていたのだがな。あとは、押しつぶすだけ。……そうもいっていられなくなったんだよ。なにせ、あの暗黒騎士がルーナの派閥に入ったんだからな」

「っ!? もっと驚いた……」


 これほど驚愕するのは、いつぶりだろうか?

 驚くことすら面倒くさいと思うようになったメビウスからすれば、自身の反応に驚くほどだ。


 暗黒騎士は、四天王の一人であり、自分と同じく派閥争いに関与していなかった男だ。

 無口で全身をまがまがしい鎧で包んでいるため、その素性をほとんど知らないのだが、積極的に派閥に入るとは思えなかった。


「お前と一緒で、派閥争いには一切関与せず、興味すら示さなかったあの男が、どういうことか今になって参戦してきやがった。それも、ルーナの『天爛派』だと? 意味が分からん……」


 それは、オットーも同じである。

 彼にとって、目下の敵はトニオだけであり、メビウスも暗黒騎士も関与しないと考えていたのである。


 デニスが魔王となってからはわからないが、少なくともその過程で敵になることはない。

 そう思っていたのに、裏切られたような気持ちである。


「意味は分からんが、これで私がお前に声をかけた理由が分かっただろう」


 トニオを再起不能にしたとはいえ、天爛派には二人の四天王が所属していることになる。

 そうなると、オットー一人の主流派は不利になる。


 実際は、トニオが戦えず、数では圧倒しているのだから、一概に不利というわけではないのだが、それほど四天王というネームバリューは大きいのである。

 それだけで、末端の魔族たちは少し主流派に距離を置くだろう。


 だから、メビウスに声をかけたのだ。

 残った最後の四天王を、味方に引き入れるために。


 その考えに行き着いたメビウスは、納得したように手を合わせた。


「そっか。暗黒騎士が怖いんだ」

「怖い、だと?」

「怖くないと、味方を増やそうとしないでしょ?」


 メビウスに、オットーを挑発するつもりは毛頭ない。

 そんなことをしても、彼女が忌避する面倒なことに発展するだけだからだ。


 ただ、思ったことを素直に口にしただけ。


「……私を挑発し、怒らせ……何の意味がお前にある?」


 もちろん、オットーがいい気分になるはずもなかったが。

 彼からあふれ出す殺気は、さすが四天王と言うことができるほどのもので、並の相手ならばその圧に当てられて意識を飛ばしていても不思議ではなかった。


 とはいえ、相手は同格の四天王であるメビウスである。

 涼しい顔をして受け流していた。


「別にそういうつもりはないけど。ただ、面倒くさいだけ」

「暗黒騎士があちらについた以上、この派閥争いもどうなるかわからん。だから、お前の力が必要なんだ、メビウス。主流派に来い。お前の望むすべてを与えよう」


 メビウスからすれば、毎回毎回派閥に加わるよう誘いを受けることは、うっとうしくて仕方ない。

 そういう面倒くさいことには、関与したくないのだから。


 だが、オットーとしても、素直に彼女を見逃すわけにはいかない。

 今までの反応から彼女が天爛派に加わるとは思えないが、そう思っていた暗黒騎士があちらについたのだ。


 メビウスも追随する可能性がゼロとは言い切れない。

 だから、たとえ主流派に引き込めなくても、絶対に天爛派に向かうことだけは避けなければならなかった。


「……私の求めるものは、あなたたちには用意できないよ。それは、天爛派も一緒だけど」


 ポツリと呟くメビウス。

 金なんかいらない。地位も必要ない。


 自分の求めるものは、【たった一つの命】なのだから。


「だから、私はどちらの味方もしない。そして、勝ち残った方を新しい魔王として認めるし、従う。それで十分でしょ?」

「……十分とは言えない。が、及第点だ。私が暗黒騎士の相手をしても、お前があちらについたらまずかったからな」


 ふっと気を緩める二人。

 最善は、メビウスを引き込むことだ。


 だが、次善は彼女が派閥争いに関与しない言質がとれたこと。

 どうせ、このまま居座っていたとしても、彼女が首を縦に振ることはない。


 そう判断し、オットーはその言葉だけでひとまず納得することにした。


「あなたに暗黒騎士を倒せるの? あれ、四天王最強って言われているのは、伊達じゃないと思うけど」

「先ほども言っただろう。私にも、お前に言えないものがある、と」


 そう言って、オットーはどこか自信をのぞかせながら、スッと姿を消したのであった。


「……そう。私も、別にいいって言った。面倒くさい」


 メビウスは小さく呟く。

 今回のことで、この国は……魔族は大きく変化を遂げるだろうが……そのことを考えることも、面倒くさかった。




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