第127話 何してんだテメエ
「づぇりゃああああああ!!」
気合一閃。
騎士団長のかたき討ちだとばかりに、鋭い斬撃が暗黒騎士を襲う。
しかし、それは立てた剣によって容易く受け止められ、返す刀で胴体を斬られる。
派手に血しぶきが飛び散り、まるで血の雨のように降り注ぐ。
「はあああああ!」
背後から飛び掛かり、両腕でもって剣を振り下ろす騎士。
全体重をかけた、素晴らしい斬撃だ。
だが、それは暗黒騎士の掲げた腕によって、受け止められる。
「ば、バカな……! 俺の剣が、甲冑に包まれているとはいえ、腕で……」
【(いでええええええええよおおおおおおお!!)】
たとえ斬れなくても、重たい衝撃は通じているはずだ。
それこそ、骨折をしても不思議ではない。
だが、暗黒騎士は平然としていた。
中身は別だが。
「ぶっ!?」
騎士の顔面に拳がめり込む。
兜をかぶっていたが、そんなものは関係ない。
一撃でひしゃげ、鼻が折れて血が噴き出す。
「うおおお! 全員で抑え込めええええ!!」
大盾を持った騎士たちが、一斉に突撃する。
一方向からではない。
四方八方から、一気に押しつぶそうとする。
数の利があるからこそ、できることだ。
もし、いつも彼の傍にいる黒竜メビウスなどがいれば、このようなことはできない。
すなわち、この戦法をとることができるのは、今この瞬間しかないのである。
密着すれば、当然剣を振ることはできない。
そして、様々な方向から強い力をかけられれば、人体は圧迫されて命を落とす。
暗黒騎士は魔族だが、人型をとっている時点で人間とそう変わらないだろう。
「ぐぉっ、おおっ!」
ギチギチと、人体が悲鳴を上げる。
暗黒騎士と接触している騎士の後ろから、次々に人の力が加えられていく。
当然、暗黒騎士も苦しいだろうが、先頭にいる騎士たちも相当に苦しい。
おそらく、何名かは圧死してしまうだろう。
だが、それでもかまわない。
護国のため、民を守るため、この最強最悪の魔族を屠れるのであれば、喜んで命を燃やそう。
だが……。
【(男とおしくらまんじゅうが死因とか、死んでも死にきれねえ)】
暗黒騎士の中身はごめんである。
ドン! と大地から黒い魔力が吹き荒れた。
それは、騎士たちを容易く宙に放り投げ、ドサドサと地面に落とす。
鎧も着ていれば、その重量は自重だけでもかなりのものになる。
その重さで地面に叩きつけられ、一気に再起不能になる者が続々と現れる。
「魔導士部隊、撃てぇ!!」
もはや、なりふり構っていられない。
その射程範囲内に仲間である騎士たちが転がっていようと、知ったことではない。
あの暗黒騎士の敵意が自分に向けられたらと思うと、恐ろしくて仕方がない。
それゆえ、魔導士たちは半狂乱になりながら攻撃を撃つ。
撃って撃って撃ちまくる。
その結果、まるで流星のように、暗黒騎士めがけて魔法が降り注ぐ。
ある種幻想的な光景なのだが……。
【(ぎょええええええ!!)】
もちろん、中身にそんな情緒を感じる余裕なんてあるはずもなく。
暗黒騎士が腰だめに剣を構えると、そこに集まる黒い魔力。
そして、それを一振り。
長い三日月の斬撃が飛び、魔法を次々に撃ち落としたのであった。
「ぐあああああああああ!?」
「ひいいっ!?」
それだけではない。
あれだけ高火力の、多数の魔法を撃ち落とすだけにとどまらず、その斬撃は後ろに控える魔導士たちを一撃で吹き飛ばしたのであった。
煙が巻きあがる。
そこから姿を現すのは、王国騎士団が全力で討伐にかかり、無傷のままの魔王軍最強の象徴だった。
「は、はははっ、素晴らしい……素晴らしい! こんなことを……物語に出てくる最悪の敵のようなことを、本当に成し遂げてしまうなんて! 日和って平和ボケした王国とはいえ、本当に一人で国崩しをやってのけるとは思いませんでしたよ!」
【御託はいい。貴様は斬る】
実を言うと、暗黒騎士は戦った騎士たちを殺していない。
もちろん、治療しなければ命を落とす者はいるだろうが、直接的に殺害した相手はいない。
それは、命を奪って背負わされるのが嫌だから。
最低の理由で止めを刺していない暗黒騎士だが、アルマンドだけは別である。
この男は、生かしていてもロクなことをしない。
また確実に自分を困らせるだけの存在である。
それゆえに、暗黒騎士は珍しくリミッターを解除し、アルマンドの殺害を心に決めていた。
「ああ、あなたからそこまで想われると、殺されそうになっていても嬉しいですねぇ」
【(ホモォ……)】
なぜか頬を染めて見つめてくるアルマンドに、命の危険とは別種の恐怖を感じる暗黒騎士。
殺されそうになって喜ぶ人種は、到底理解できなかった。
「とはいえ、私は大して力がありません。場をかき回すだけかき回し、安全圏から高みの見物を決め込むのが好きなのです」
【(このクズ野郎……)】
自分のことを棚に上げるのは得意である。
ちなみに、暗黒騎士の中身もそういうことは好きだが、自分がされるのは我慢できない。
許せないのである。
「ですから、私らしい手段であなたに対抗しましょう」
アルマンドは暗黒騎士と遊ぶつもりだが、自分自身で激しい戦闘を行って楽しむ……というつもりはなかった。
それはできない。
そういうタイプではないのだから、別の楽しみ方をしようではないか。
先ほどまで、王国騎士団と激しい戦闘を繰り広げていた暗黒騎士。
では、どうしてその時にアルマンドは介入しなかったのか。
それは、彼が引き連れてきた存在があった。
「ねえ、王女様?」
アルマンドに引きつられてきたのは、まだ顔が青白いフラウであった。
しかし、あの中年の医者の尽力もあってか、しっかりと自分の足で立つことができている。
……のだが。
「…………」
【…………】
フラウと暗黒騎士は、無言で見つめ合う。
居心地が悪いのだろう、フラウはそっと目をそらした。
静まり返る場。
騎士たちの死屍累々ということもあるが、それ以上に二人の間の冷たさである。
【何してんだテメエ】
「……なんだろう」
【(俺が聞いてんだよ!!)】
怒りの声が内心で響き渡った。




