第126話 侵攻
「まさか……あなたが直接ここまで来てくれるとは思っていませんでしたよ、暗黒騎士」
笑みを浮かべるアルマンドは、王城を背にして立っている。
心底楽しそうな笑顔。
しかし、一筋の冷や汗がタラリと頬を伝うのは、本当にこんな事態に陥るとは思っていなかったから。
彼の前には、多くの騎士たちがいる。
王城を守る精鋭の近衛だ。
数も多い。
だが、誰一人として楽観視している者はおらず、これから死地に入ることと同じ覚悟をしていた。
屈強な騎士たちにそのようなことを強いるのは、たった一人の魔族。
たった一人で、国崩しを成し遂げてしまう魔王軍最強の存在。
その名を、暗黒騎士といった。
【わざわざこの国から出て行ってやると言っているのに、貴様らが聞かんからだ。面倒だし、叩きに来た】
「くっ、くくっ。あなたと遊ぶために言った国崩しを、まさか本当に実行されるとは……。さすがは暗黒騎士です」
一人で国を滅ぼそうとする者が、いったいどこにいるだろうか?
この暗黒騎士は、そのありえない空想を現実に変えるほどの力を持っているのである。
【御託はいい。さっさと終わらせろ(やりたくてやってんじゃねえんだよ。さっさとこのバカ騒ぎを治めさせろや)】
なお、暗黒騎士はイライラが止まらない模様。
必要に迫られれてこうしているだけであり、する必要がないのであれば、さっさと逃げ出している。
本来の彼の計画では、とっくに王国から逃れ、魔族からも離れてのんびりとユリアの研究が終わるまで過ごしているつもりだったのに。
「そんな寂しいことは言わないでくださいよ、暗黒騎士。私は、ずっと待っていたんですから」
ある意味で暗黒騎士を最も追い詰めているアルマンドは、にっこりと笑みを浮かべる。
「混沌。暗黒騎士は、たやすくそれを作り出すことができる。たった一人で、この王国はてんやわんやの大騒ぎです。国王は逃れ、騎士団は壊滅状態。一人でこれだけのことを為したのです。ああ、何と素晴らしいことか……!」
彼にとって楽しいことは、秩序ある世界ではない。
混沌渦巻く世界こそが、アルマンドにとって面白くて楽しい世界なのだ。
それは、多くの者が望まない世界。
それゆえに、作り出すことも容易ではない。
だが、少なくともこの暗黒騎士は、王国だけに限っているのだが、その混沌に陥れることができている。
アルマンドにとって、ある意味で憧憬の象徴だった。
【貴様は王国の人間だろう。怒りを覚えず、喜びを感じているのはおかしいだろう】
「ええ、おかしいんです。ですが、そんなおかしさを我慢して、ごまかして生きていくのも疲れるものです。だから、私はもう我慢しないようにしました」
満面の笑みを浮かべるアルマンド。
それは純粋で、だからこそ狂気が感じられた。
暗黒騎士の中身はブルブルである。
「帝国でも楽しめましたが、やはり故郷で楽しむことが一番面白い」
【(ひぇ……。頭おかしい人だ……)】
暗黒騎士、ついにアルマンドをやばい人認定へ。
ちなみに、彼の中でのやばい人認定は、割とあっさりと認定されるので、それほどレア度はない。
「ああ、そうそう。私の用意した爆弾は、ちゃんとお楽しみいただけましたか? あなたが平然とここに立っている時点で、うまくはいかなかったようですが……。不発でしたか?」
【なんの話だ?】
唐突に、まるでサプライズプレゼントを喜んでくれたか確認するような気軽さで、アルマンドは問いかける。
暗黒騎士は兜の中で眉を顰めるが……。
「あのメイドのことですよ。毒をまき散らして死にませんでしたか? 彼女のご両親を人質にとって、私の駒にしたのですが、なかなかいい試みでしょう? 毒は致死性のものなのですが……あなたには通用しないのでしょうか?」
【(こいつ、最低だな)】
最低が最低と称しているが、意外と的を射ているので何とも言えない。
親を人質に取り、逆らえなくしてから人間爆弾に仕立て上げるというのは、外道以外のなにものでもない。
暗黒騎士も引いていた。
なお、自分のことは棚に上げる模様。
【残念ながら、そのメイドも生きている。フラウもな】
「おや、そうですか。王女殿下が死んでいれば、怒りに囚われる国王を簡単に動かせると思ったのですが……いやはや、残念です。ですが、構いません。あなたを前にしては、そんなことは些事に過ぎないのですから」
コロッと切り替える。
通常時なら、もっと残念がっていたかもしれないが、今は目の前に暗黒騎士がいる。
彼と遊ぶ方が、とても大切だ。
だから、彼は声を張り上げる。
「さあ、楽しみましょう! 皆さん、王弟と王女を死に追いやった、最低最悪の魔族です。遠慮することはありません。叩き潰しましょう!」
【(フラウはまだ生きているぞ。一応)】
ちなみに、もう二度と会うつもりはない模様。
『おおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
【(こいつら、今の会話を聞いていなかったの? 俺じゃなくて、よっぽどアルマンドの方がやばいよね?)】
アルマンドの言葉を受けて、絶叫する騎士たち。
一種の狂気すら感じられるほどの声量であり、暗黒騎士は震え上がる。
アルマンドの、あまりにも身勝手な言動。
それは、騎士たちからしても受け入れられるはずがないだろう。
そもそも、騎士たちは騎士団長の命令を受けて動くものだ。
アルマンドのように、陰の部隊の言葉を受けて行動することはない。
もちろん、アルマンドは仕込みをしていた。
薬を少しずつ混ぜ、暗黒騎士がやってくるという強いストレスを与え、洗脳にかかりやすい状態にしてから魔法を使ったのである。
そのため、今この騎士団は、アルマンドの意のままに動く操り人形に他ならない。
「暗黒騎士ぃ!」
ひときわ大きな声が響いた。
ビリビリと大気を震わせるほどの声は、まるで雷のようだ。
暗黒騎士の前に立ちはだかったのは、立派な体格の騎士だった。
屈強な暗黒騎士にも、負けずとも劣らない。
「私はこの王国騎士団を率いる騎士団長、ブロスである! いざ、正々堂々と一騎打ちを……!!」
王国騎士は、エリートだ。
その中でもトップに上り詰めたのは、ブロスの卓越した能力と人格を表していた。
王国にブロスあり。
近隣諸国からは、そう称されるほどの男だ。
そんな男も、アルマンドの洗脳を受けていると思うと何とも言えないが、その実力は本物だ。
それゆえに、他の騎士たちも無謀な突撃を仕掛けず、見に徹し……。
【くだらん】
暗黒騎士の一振りで、ブロスは斬り飛ばされた。
鎧なんて関係ない。
生半可な刃なら一切通さない強固な鎧も、暗黒騎士からすれば柔い布と変わらない。
王国最強の騎士が、たった一振りで地面に突っ伏した。
【全員でかかってこい。一人一人雑魚を相手してやるほど、私は暇ではない(いやあああああ! 一人一人来てぇ!)】
『おおおおおおおおおっ!!』
中身の考えていることなんて当然届かず、騎士たちは恐怖を振り払う意味も込めて、声を張り上げて暗黒騎士に立ち向かうのであった。




