第124話 うっひょひょー!
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。しかし、御用があれば私の方から出向かせていただきますのに」
慇懃に頭を下げながら、アルマンドが嘘くさい笑みを浮かべて出迎える。
アルマンドでさえも無視できない相手……王弟ランバートが立っていた。
「必要ない。私は、お前に聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
ランバートを迎え入れ、飲み物を差し出しながらアルマンドが問いかける。
二人は協力関係にあるが、しかし仲がいいというわけではない。
どのような話が飛び出してくるのかと待っていれば……。
「……貴様、あの暗黒騎士をどうするつもりだ?」
飛び出してきたのは、とても面白く興味深い話題だった。
ああ、暗黒騎士。
今、もっぱらアルマンドの頭を占めている魔族だ。
彼をどう引きずり込み、自分と楽しく遊んでもらうか。
今はそれしか考えていない。
しかし、それは決して他人に知られていい考えではない。
アルマンドはすぐさま笑顔の仮面をかぶり、ランバートに応える。
「もちろん、楽しんでいただこうと思っていますよ。その過程で、私も楽しませていただきますが」
「それは、許可できん」
バッサリと切り捨てられる。
寄り付く島もない。
さすがのアルマンドも、眉をピクリと動かす。
「……ほう? どうしてですか?」
「暗黒騎士に何かをすれば、魔族との全面戦争は避けられないからだ。魔王軍最高幹部を、貴様の道楽のために攻撃するわけにはいかん」
ランバートの言っていることは至極真っ当で、王国のことを思っていた。
魔王軍最高幹部を襲撃され、魔王軍が黙っているはずがない。
黙っていれば、強い魔王軍のメンツにかかわる。
舐められたら終わりなのだ。
しかも、人類という大きなくくりと敵対している魔王軍が、一瞬でも一度でも舐められたら、それはもうすべての人間の国家からそう扱われると同義である。
ランバートの言葉を聞いて、アルマンドは……。
「くっ、はははははっ!」
高笑いした。
その笑顔を見せて挑発しようとか、そういった打算は一切ない。
本当に面白く、おかしく、だから笑いがこらえきれなかった。
「何がおかしい」
ジロリと睨みつけながら問いただしてくるランバート。
王弟でありながら鍛錬も欠かさない彼は、武人としての一面も持つ。
王族であり武人の圧力を受ければ、誰でも委縮してしまうものだ。
暗黒騎士の中身も震え上がるだろう。
しかし、アルマンドは笑顔に陰りを見せない。
なぜなら、本当に滑稽だからだ。
「いやいや、決してバカにしているわけではないんですよ。しかし、王位継承権を持つ王子たちを暗殺し、王国を危機に陥れた人が、まさか王国のことを案ずるようなことを言うだなんて……笑ってしまいますよ、ははははっ!」
この王国の現状があるのは、ランバートが首謀したことが原因だ。
王子たちを弑することによって、自分が王になる。
とはいえ、ランバートは私欲のために兄の子供たちを殺害し、王になろうとしているのではないのだが。
「……その私と手を組み、実行に移したのは誰だ?」
「私ですよ? ですが、私は王国を守ろうだなんて思っていません。まあ、あなたが王になれば、多少マシになると思って支援させていただいたのですが」
アルマンドはうんうんと頷く。
彼の脳裏には、殺された王子たちのことが浮かんでいた。
「あなたは真に王国のことを思っている。あのバカ王子たちでは、帝国に強請られるか、魔族に押しつぶされるかの二択でした。あなたが王になるというのは、正しい選択です」
「…………」
王子たちは、愚かだった。
現在の王から散々に甘やかされて育った彼らは、自分たちの欲望がかなうことが当然のことだと思っており、我慢ができず、理性が著しく弱かった。
少なくとも、王となるべき器ではなかった。
だから、殺した。
すべては、王国とその民のために。
立派だろう。
多くの人々が、彼を賞賛するに違いない。
「ですが、私の楽しみの邪魔をする王なんて、いりません」
だが、アルマンドにとっては、それは必要のない善性だった。
「がっ……」
口から血をこぼすランバート。
座ることすらできなくなり、地面に倒れ込む。
そんな彼を、アルマンドは無機質な目で見下ろしていた。
「ダメですよぉ。王族ともあろう者が、差し出された飲食物に簡単に手を伸ばしたら。あなたたちのような高い地位の者の一番の死因は、毒なんですよ?」
「アルマンド……!」
ランバートも、もちろん暗殺などを企てられるだけの地位にある存在。
身体の中に取り込む飲食物には、十分に警戒していた。
しかし、自分と手を組んでいたアルマンドが、こうも早く裏切るとは予想もできなかった。
「どうか先に地獄で待っていてください、ランバート様。私も精一杯楽しんでから、そちらに行くので」
その凄惨なアルマンドの笑みを最後に目に入れて、ランバートは命を落とした。
これで、王国にとって重要な王族が、ほぼすべて死滅したことになる。
残るは、国王と王女フラウだけ。
だが、アルマンドにとって、その二人はどうでもいい存在だった。
「さて、暗黒騎士。私と一緒に遊びましょう」
彼の中にあるのは、ただ一人……暗黒騎士だけなのだから。
◆
【(うっひょひょー!)】
さてさて、これからどうして生きていこうか。
俺はゆっくりと歩きながら、そんなことを考えていた。
ついに自由の身になった俺。
これから広がる未来は、希望と幸福に満ちている。
まず、一番の難題であった魔王軍の退職は果たせそう。
次の問題として鎧の解除がある。
一応、ユリアに研究はさせているが……。
まあ、魔王軍を辞めても、時々あいつのところに行って研究させればいいか。
どうにも個人的に恩を感じられているようだし、俺の言うことは聞くだろう。
そもそも、あいつ魔族嫌いだし、俺より魔族の味方をすることはないはずだ。
完璧な理論だ。
俺が天才すぎて怖い……。
【ひとまずは、セーフティハウスを作ろう】
この王国から逃れるのが先だな。
人間の国であるここに、魔王軍の幹部がいていいはずがない。
まだ突っかかられることはないだろう。
暗黒騎士という名は、それほどの悪名がある。
だが、魔王軍を辞めたという事実が広まれば、魔王軍の報復はなくなるわけだ。
不埒なことを考える者も現れるだろうし、さっさと……。
「いたぞ、暗黒騎士だ!」
俺の前に立ちはだかったのは、王国の騎士たちだった。
まあ、いい感情を持たれていないのは知っているし、当たり前だろう。
不倶戴天の敵である魔族であり、しかも魔王軍の大幹部だ。
殺せるなら殺したいだろう。
だが、ここまで直接的に敵意を向けられるのは、先ほどのフラウを担いでいた時以来だった。
鍛えられた王国の騎士たちも、暗黒騎士のことをビビっていたからなあ。
【ふん、この私を知っての言動か?】
とりあえず、格好つけておく。
めちゃくちゃ不遜な言い方だが、暗黒騎士ならこれが脅し文句になるのだから凄い。
生身の俺が言ったら、鼻で笑われて殺されそう。
別に、戦いたいわけでもないので、さっさと逃げてくれ。
俺も逃げるから。
そう思っていたら……。
「うおおおおおお! 絶対に逃がすな! 殺せえええええええ!」
脅しにまったく屈さず、鬼の形相で突撃を仕掛けてきた。
えぇっ!?
どうしてそんなに殺意マシマシなの!?
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