第123話 国、崩し……?
「さてはて、どうなっていますかねぇ」
アルマンドはほくそ笑む。
今起きているであろう楽しい出来事を夢想して。
直接見ることはできないが、予想することはできる。
それだけで、今は十分だ。
すぐに、直接自分の目で見て、楽しむことができるのだから。
「彼らでどうにかできないことは分かっていますが、少しは暗黒騎士を驚かせてほしいものですよ。そうしたら、彼も楽しく私と遊ぶことができるはずですしね」
焦る暗黒騎士。
焦れる暗黒騎士。
ああ、どれも面白そうだ。
それらが極限まで高められたとき、自分が彼の前に出たら……どんな反応を見せてくれるだろうか?
「ランバート様がお見えです」
「おや、そうですか。王弟様がいらっしゃれば、対応せざるを得ませんね。いやはや、面倒くさい」
せっかく楽しい妄想をしていたというのに、厄介な客がやってきたようだ。
さすがに無視をするわけにもいかないレベルの相手なので、嫌々立ち上がる。
「さて、暗黒騎士。最初で最後の大きな遊びを、楽しみましょう」
アルマンドの悪意は、ただただ暗黒騎士にだけ向けられていた。
◆
いきなり襲い掛かってくるとんでもない騎士たちに天誅を下した俺。
マジで人の話を聞けよ。
……いや、俺魔族だけれども。
魔王軍の最高幹部で、人類の敵だけれども。
聞けよ。
お前らの王女様を救ってやろうとしているだぞ、まったく。
しかし、騎士たちを吹っ飛ばしたのはいいのだが、これからどうしたものか。
病院を教えてくれそうだったおっさんも、さすがにこんなことになれば逃げだして……。
「おい」
【ん?】
振り返れば、あの時のおっさんが。
こいつ、まだいたのか。
俺だったらとっくに逃げている。
バカだなぁ。
とはいえ、病院を教えてくれるのであれば、俺の役に立つ。
俺に病院の居場所を教えさせてやろう。
「そいつら、助けたいんだろ? こっちについてこい」
どうやら、案内までしてくれるらしい。
助かるぜ、人間。
俺はホイホイとついていき……。
「ここだ」
【…………】
汚らしい建物の前に立たせられる。
びょう、いん……?
清潔が絶対条件であるはずなのに、正反対の場所なんですけど。
こいつ、まさか俺を騙そうとしているんじゃないだろうな。
そんなことを思いながら中に入ると……意外や意外、中はこじんまりとしつつも清潔に保たれていた。
いくつかのベッドがあり、何やら医療器具も置いてある。
見かけによらないとはこのことだな。
俺は信じていたぞ。
「そこに寝かせておけ。見てやる」
見てやる……?
こいつ、医者だったのか?
驚愕しながらもフラウとジークリットをベッドに寝かせる。
うわぁ、血だらけだぁ。
「……悪質な毒だ。暗殺者に自爆テロを仕掛けさせるときに使う劇薬。ほとんど残っていないが、まだ使う奴がおるとはなぁ。この毒の患者を診たのも、久々だ」
見た目はただのおっさんなのに、優秀っぽい感じである。
建物だけじゃなく、人も見た目に寄らない。
俺は信じていたぞ。
【治せるか?】
「当たり前だ。ワシは医者だぞ? それに、このガキを死なせたら、この国はもっと厄介なバカに牛耳られることになる。それは我慢ならん」
俺にはよくわからん医療器具をガチャガチャと弄り、時には魔法を使って二人を看病するおっさん。
随分と手馴れている。
あまり繁盛していなさそうな病院だが、腕はいいのだろうか?
俺自身を見てもらうのであればしっかりと分析するのだが、しょせん診てもらっているのはフラウとジークリットである。
俺じゃないので、ヤブだったとしてもどうでもいいや。
それよりも、少し気になったのが、このおっさんの言う厄介なバカである。
【厄介なバカ?】
「アルマンド。魔族のあんたには分からんかもしれないが、長期潜入任務から戻ってきた、問題児だよ」
……聞いたことがある名前だな。
っていうか、あいつ帝国の人間じゃなかったっけ?
長期潜入って……スパイしていたの?
ほえー、すっごい。
俺、絶対嫌だわ。
めっちゃ危険だもん。
「奴は王弟ランバートを唆し、自分の反対勢力をことごとく処分し、放逐していった。この国の窮状は、まさしく奴のせいだ」
【随分と詳しいな】
ペラペラと喋ってくれるので、こちらとしては情報を集めやすくていい。
のだが、このおっさんは何者だ?
いくら何でも情報を知りすぎだろ。
ただの街医者だろ?
なんでそこまで……。
「ああ、ワシは城仕えの医者だったからな。まあ、アルマンドには気に入られんかったから、追い出されたが」
なるほど。
ふーん、情報に詳しいのも納得だ。
城の中にいれば、それなりに情報も耳に入ってくるのだろう。
人の口には戸が立てられない。
噂とか広まるのは、早いんだろうなあ。
まあ、このおっさんが城から追放された医者だと知っても、何もないのだが。
俺はそんなことを思いながら立ち上がり、出口へと歩いていく。
「……行くのか?」
おっさんからすると、俺は何かしらの強い決意を抱いているように背中が語っているのだろう。
二人の女を傷つけられ、報復に行こうとする男に見えるのだろうか?
俺はふっと笑う。
【ああ】
逃げます。
ええ、逃げますとも。
最大の敵であるフラウは身動きがとれず、怖いルーナとも遠く離れている。
俺が自由になるチャンスは、ここしかない。
最初にして最後。最大の好機なのである。
それを見逃すほど、俺は愚かではなかった。
自爆テロを騙してさせるようなやばい奴にフラウが命を狙われているが、気にしない。
大丈夫。
こいつはなんだかんだで生き延びていそうな気がする。
うん、それじゃあ。
「あ、んこく、きし……!」
意気揚々と出ようとすると、俺の背中にかすれつつも力強い声がかけられる。
振り返れば、フラウが何とか身体を起こそうとしながら、俺を血走った目で凝視していた。
バカな。
まだ息の根があったか……。
「に、が、さ……」
不吉なことを言いそうになるフラウ。
その瞬間、俺は鎧さんの力を十全に使って出口の傍からフラウの傍へと移動する。
【あとは全部私に任せろ】
「ぐへっ!?」
そして、首筋にチョップである。
悲鳴を上げて、突っ伏すフラウ。
ゴキッと音がしたけど、まあ大丈夫だろう。
それにしても、猛毒に犯されているくせに、俺が逃げようとすれば復活するって、どうなっているんだこいつ。
化け物か?
少なくとも、人間ではなさそうだ。
「ちょ、ちょっと乱暴すぎだぞ」
【それくらいしなければ、こいつはついてきてしまう。優しい女なのだ】
理由は適当である。
フラウのことを考えてしたんだよ、というアピールだ。
もちろん、俺のことしか考えずに起こした行動だが。
【ではな】
「ああ。幸運を祈っておるよ」
俺がそう言って出ようとすると、おっさんは何かを勘違いしているようで、そんな激励の言葉をかけてきた。
俺はあえてそれに何か答えることなく、ゆっくりと外に出る。
……解放だ。
空がはるか高みにあり、透き通って見える。
空気がとてつもなく美味しく感じる。
そう、俺はついに自由になったのだ。
うっひょー!
自由の身だぜぇ!!
俺はウキウキで走り出すのであった。
◆
「いやはや、まさかたった一人で王城に乗り込んでくるとは思いませんでしたよ。面白いですねぇ! たった一人で、国崩しをやってのけようと言うんですから!」
【…………】
俺の姿は、王国の最重要拠点である王城にあった。
笑みを浮かべているのは、アルマンド。
そして、彼に従う多くの王国騎士たちである。
…………?
国、崩し……?
どうしてこんなことになっているの?




