第120話 私を巻き込むな
貴族に捕まった後、俺は小さな邸宅に案内されていた。
小さくても邸宅。
少なくとも、俺の家よりでかい。
許せねえ……。
しかも、ここはフラウにあてがわれた邸宅らしい。
王族一人一人に、このような家があったようだ。
もうほかの王族はろくにいないが。
フラウ、ブルジョアだった。
許せねえ……。
俺はジークリットの用意した部屋でぼーっとする。
飲食はできないし……しゃあない、寝るか。
無駄に大きくて柔らかそうなベッドがあるし、ここはひとつ鎧姿のままダイブを披露するか!
そんなことを考えていると、扉がバーン! と音を立てて開く。
ちょっ、ノックくらい……フラウ!?
ズカズカと入ってきたフラウは、そのままガシッと乱暴に俺の腕をつかむ。
「逃げるぞ!」
【いきなりなんだ】
鬼気迫る表情で俺を睨みつけるフラウ。
こいつがそんな顔をしてくれると、とても嬉しい。
「こんなところにいられるか! 私はさっさと抜けさせてもらう!」
【めちゃくちゃ荒れてんな……】
独断行動をとって殺されるようなことを言うフラウ。
普段なら、俺を盾にするために意地でも引きずっていきそうなのに、それほど余裕がないということだろう。
俺はほっこりだ。
「わ、私を……この私を、女王にするだと!? ふざけやがって……!」
【普通は喜ぶところだろ、それ。王になりたくて殺し合いなんてするくらいなのに。もっと喜べよ】
王の座をかけて、兄妹でさえ殺し合いをするような時代である。
ルーナだって、実兄を殺して魔王になっている。
……俺が殺したんじゃない。
俺の手を使って、ルーナが殺したのだ。
だから、怨霊とか亡霊は、俺ではなくルーナのところに憑いているのは明白である。
「ふざけるな! 私は適当に誰かのすねをかじりながら、自由気ままに老衰で往生するまで楽しく生きると決めているんだ! 誰が王になんてなるか!」
【やっぱり、お前王族に生まれたの間違いだわ】
堂々とそんなことを言う奴が王族って、もうこの国はダメだろ。
隠せよ。
俺なら何でも言っていいとか思ってんじゃねえよ。
まあ、この国から逃げるというのは、俺もそれほど悪い判断ではないと思う。
そもそも、逃げるという行為は好きだ。
責任も何もかも投げ捨てることができるからな。
しかし……。
【だが、お前を逃がすわけにはいかないな】
がっしりとフラウの細腕を掴む。
痕が残るとうるさそうなので、絶妙に逃げられないくらいの力加減で。
フラウは唖然として俺を見上げる。
「なにぃ!? ど、どういう……」
【どうしてもお前に女王になってほしいという貴族がいてだな。強力なバックアップもしてくれるみたいだ。心置きなく女王になれるぞ】
「そいつの目は節穴か? この私を女王にしたら、国が亡ぶぞ……?」
キリッとした顔でとんでもないことを言うフラウ。
自分で言うなよ。
そういうことを自分で言っちゃうと終わりだろ。
「というか、そいつも私を利用して甘い汁を啜ろうとしているだけだろ。私は人を使うのはいいが、人から使われるのが大嫌いなんだ」
堂々と言うことではない。
とはいえ、こいつの言っていることは正しい。
あの貴族も、目がドロドロと欲望にまみれていた。
ああいう奴に気を許せば、骨の髄までしゃぶられることになるだろう。
しゃぶられるのはフラウだから気にしないけど。
「そもそも、ここって私の味方がいないんだよ。基本的に兄上たちの誰かが次期王になることが既定路線だったから、媚びを売っていたのは兄上たちにしていたし。私はそういうの面倒くさいから逃げていたし」
同情の余地がない。
味方がいないっていうことは悲しいことなのに、理由が面倒くさいではまったく同情できない。
いや、別に同情することはないけども。
「味方ゼロで王なんて務まらないだろ……」
【俺も敵になるしな】
「そこでそんなことを言うのはこの口か!」
組み付いてくるフラウ。
体格的に絶対に勝てないのに、こいつよく突っかかってくるな。
【まあ、あのメイドがいるじゃないか。大丈夫、力になってくれる】
適当に言う。
ジークリットは、どうにもフラウのことが大好きのようだ。
こういう信頼は、なかなか築くことができるものではない。
ああいう人材は得難いものだろう。
俺も彼女のような人がいれば、肉盾に使えるんだが……。
「ああ、私はそれなりに見る目があるんだ。誰に媚びを売れば、生きやすくなるのか探るためにな」
【…………】
そんな見る目は嫌だ。
「その目を持つ私が断言しよう」
フラウが真摯な目で俺を見据える。
「ジークリットは、裏切り者だ」
次の瞬間、扉が無理やりこじ開けられ、メイド服を翻しながらジークリットが襲い掛かってきたのであった。
◆
煌めく刃は、確実にフラウの命を取りにきていた。
【(わー、大変だなー)】
暗黒騎士はそんなことを思いながら見ていたら、ズザザッ! とすさまじい勢いで彼の背後に回るフラウの姿が!
ニヤリと笑う奴に、暗黒騎士は背筋を凍らせる。
「暗黒騎士ガード!」
【なにっ!?】
かなりの勢いで飛び出してきたからか、はたまた暗黒騎士も暗殺の対象に入っていたからか、ジークリットはまず彼に小剣を振るった。
完全に観戦するつもりだったので、暗黒騎士はかなり慌てて受け止める。
【(このクソ女! なんの躊躇もなく俺を差し出しやがって……! それが、人間のすることかよぉ! 俺を見習え、俺を!)】
フラウに対する罵詈雑言が止まらない。
ジークリットがいなければ、もっとみっともなく暴れていたことだろう。
「ふっ。裏切りが分かっていれば、このように対処することも可能である。私、天才」
【(いきなり敵の前に突き出して何が天才だ、このクソ女!)】
フラウ=クソ女。
その図式が出来上がってしまっていた。
「……できれば、一撃で終わらせたかった。ここでも邪魔をするんですね、暗黒騎士……!」
【(どうして俺にヘイトを集めるのか。俺じゃないだろ、フラウだろ)】
ギロリと睨みつけられ、心の底から辟易とする。
なんだったら、一切邪魔せずフラウの暗殺を見ていたかったりする。
だというのに、そんな自分に敵意を向けてくるのは間違っている。
ちなみに、仮に自分が間違っていたとしても、決して認めないのが暗黒騎士である。
「暗黒騎士に勝てると思っているのか? 諦めろ」
【(なんでお前が偉そうなんだ)】
虎の威を借る狐。
なお、その狐は相当にずるがしこい。
「いえ、ここで引くわけにはいきません。引けないのです」
「しかし、お前が私を裏切るのは、ショックだったよ。思っていた以上にな」
【(嘘つけ)】
絶対にドライな反応をしていた。
暗黒騎士には確信があった。
これは、なんとなく自分を裏切った意趣返し……やり返しているだけである。
暗黒騎士には微塵も通用しないフラウの言動だが、ジークリットには突き刺さったようで、顔を苦しそうにゆがめた。
「……っ! それでも……それでも、もう私にはこれしかないんです!」
切羽詰まった表情からは、彼女が自分の意思だけではなく、何か必要に迫られてこの行為に及んでいることが分かる。
なお、暗黒騎士は知りたいとも思わない模様。
「私のために、死んでください、フラウ様!」
【私を巻き込むな】
悲痛な声は、誰にも聞き届けられることはなかったのであった。




