第116話 どうやって逃げようかな
【私がついていく必要性が微塵も感じられない。フラウの護衛は人間がしっかりとすることだろう?】
「も、もちろんです。フラウ様は、私たちがお守りします!」
俺が声をかければ、ジークリットはむんっと拳を握って鼻息を荒くする。
頼りになりますね。
これは、フラウは安全だわ。
俺の力……というか、鎧さんの力なんて必要ないですね。
おめでとう、フラウ。
君は今日から王女だ。
「兄上とか殺されている時点で、説得力がないんだよなあ……」
白い眼をジークリットに向けるフラウ。
なんてひどいことを言うんだ。
たとえ、失敗したとしても、次に信頼して任せてあげるというのも上司の大切な役割だぞ、王女様。
まあ、俺なら絶対に嫌だけど。
死にたくないし。
「別に、護衛という意味だけで暗黒騎士についてきてもらいたいと思っているわけではない」
【なら、どういう意味だ?】
フラウが切り崩しにかかってくる。
もちろん、こいつの言葉は微塵も響かないのだが、他の奴は別だ。
余計なことを言う前に斬り殺してやろうか?
……いや、殺すのは嫌だから、声帯だけをこう……。
そんなことを考えている俺に、フラウは頬を染めながら言ってくる。
「……私たちはずっと一緒だったから。少しでも離れるのが嫌なんだ」
【フラウ……】
トゥンク……なんてことにはならないぞ。
この腐れ外道が……!
どの口が言っているんだ……!
まるで、引き離されるのを拒むカップルのような展開に持っていきたいようだが、反吐が出る。
王女の恋仲って……。
しかも、次々に王位継承権を持っている奴が殺されている国って……。
頼まれてもお断りである。
玉の輿とか言っている場合じゃない。
どっちにしろ、フラウが配偶者なら地獄しか待っていなさそうだし。
「ふむ……」
【ルーナ、考える必要性はない。即決で却下だ】
何を悩む必要があるのか。
さっさと拒否しろ。
俺の願いを受けて、ルーナは……。
「フラウの言うことにも、一理ありますわね」
【ほわぁ?】
あまりにも想定していない言葉が飛び出し、暗黒騎士として気の抜けすぎた声を漏らしてしまう。
しかし、それも仕方ない。
は? 一理ある?
万理ないが?
「フラウは四天王の一人。自ら選んで王国に残るのであればともかく、殺されるようなことがあったら、魔王軍の名が廃りますわ」
じゃあ、フラウを一時的にとはいえ返さなければいいのでは?
眼鏡があれば、思わずクイッとしながら言っていた。
ルーナは、俺の目を真摯に見つめる。
「暗黒騎士様、お願いしますわ」
お断りしますわ。
【わ、私が抜けることによって、魔族の戦力が下がることを危惧している。ならば、やはりここは私が行くのではなく、別の者を……】
「ご主人は行ってきていいよ。留守の間、私たちが頑張って守るから」
メビウス!?
どうして裏切ったんですかぁ!
愕然とする俺の肩を、背伸びしながらフラウがポンとたたく。
「行こう、王国へ」
嫌ああああああああああああああ!!
◆
俺が乗せられているのは、王国へと向かう馬車である。
俺……というか、鎧さんはかなり図体が大きいため、ギチギチである。
キッツイんだけど。
早く降りたい。
そんな俺と一緒にいるのは、もちろん今回の騒動の主役であるフラウである。
一人で主役を演じきってほしい。
【おのれ、フラウ! この俺をこんなところにまで巻き込みやがって……! お前の親父の前で足を舐めさせてやる】
「さすがの私も親の前で足をなめさせられるのは覚悟していなかった。まあ、必要ならやるけど」
ちょっとは嫌がれ!!
フラウの嫌がる顔を見たいから冗談を言ったら、とんでもない答えが返ってきた。
こいつ、マジで覚悟決まりすぎだろ……。
【まあ、来てしまったからには仕方ないか。王国ってどういうとこなんだ?】
嫌々とはいえ、行くことは決まっている。
ならば、少しでも楽しいことを考えるべきだ。
まあ、途中で逃げるつもり満々だけど。
王女フラウにいつまでも付き合っていられるはずがない。
危ない。
フラウの巻き添えで死ぬのは絶対に嫌だ。
「あー……日和見国家だな。帝国ほど魔族に敵対もしないくせに、仲良くもしない。帝国が怖いからな。そんな感じで、のらりくらりやってきた国だ」
【……そういうところが一番まずくないか?】
コウモリとでもいうのだろうか?
どっちの勢力にもつかずに中立を決め込むのは、あまり得策ではないだろう。
中立でありたいのであれば、力が必要だろう。
魔王継承争いで魔族が天爛派と主流派に分かれていた時、俺は中立でしばらく過ごすことができていたが、それは暗黒騎士の力が強大だからである。
王族が次々に殺されていき、国家としての立場もマズイ。
そんな地獄に行きたくないんだけど。
「まずいぞ。だから、王族なんて嫌だったんだ。そりゃあ、贅沢はしたいけど、いざというときさらし首にされそうだしな。そんなのは絶対に嫌だ」
【俺も】
誰だっていやだわ、さらし首なんて。
「だから、危険な騎士にまでなったというのに……どうして王族に復帰するために王国に戻らないといけないんだ……! まったく意味が分からん!」
ベチベチと俺の身体をたたいてくる。
なんで俺だよ。
自分の身体をたたいておけ。
【しかも、王族が軒並み殺されているんだろう? もうだめだな、お前】
「あきらめるな! お前の命を諦めるのはいいが、私の命を諦めることは許さんぞ!」
しがみついてくるフラウ。
いや、ダメだぞお前。
絶対にあれだぞお前。
【そういえば、あのメイドってなに? 知り合いだったの?】
随分と親し気だったメイド。
この女に親しい関係の人間がいることに驚いたけど。
「私が王族をしていた時の専属メイドだ。有能だぞ。私を甘やかしてくれるしな」
ふふんと胸を張るフラウ。
俺は戦慄していた。
あいつが元凶か……!
こんなとんでもないモンスターを生み出したのは……!
ジークリットが甘やかさずにちゃんとフラウを育てていれば、そもそもこいつは騎士になることもなく、俺と出会うこともなかったのではないか!?
あいつが黒幕……ラスボスだったか……。
「おそらく、ジークリットが来れば断りづらい、もしくは戻ってきやすいと思っていたのだろうな」
普通は使用人を使者にはしないよな。
それか、殺されても問題がない人選だったのか。
【まあ、昔世話になった奴が説得に来たら、聞く耳は持つよな】
「私は持たないが?」
【モンスターと常識を一緒にするなよ】
「モンスター!?」
ギョッとこちらを睨みつけ、どういうことかとしがみついてくる。
ええい、うっとうしい!
「お二人とも、お待たせしました。準備の方をよろしくお願いします」
そんな格闘を続けていると、御者をしていたジークリットが声をかけてくる。
メイドって御者もできるんだなー。しゅごい。
「王国に到着いたしました」
さて、どうやって逃げようかな。




