第115話 こいつ、正気か!?
「…………」
場を沈黙が包む。
俺も、まだジークリットの言ったことを完全に飲み込めてはいなかった。
今、とんでもないことを言っていなかった?
王女とかなんとか……。
……気のせいだな。
それか、聞き間違い。
やれやれ、耳が少しおかしくなってしまったようだ。
困るなあ。
「王女……?」
【何かの間違いだろう。こいつが王女なんてありえない】
ルーナも信じられないと目を見張っている。
常時無表情のこいつの顔を、これだけ変えられるのはフラウだけではないだろうか?
凄いわ、あいつ。
「失礼な! フラウ様は、間違いなく王女殿下です。王位継承権だって、確かに持っていらっしゃいます!」
ぷんすかとジークリットは怒りをあらわにする。
なに?
フラウを王女にしているって……その国って滅びたいの?
やっぱ、血筋だけで王を決めようとする人間ってクソだわ。
「本当ですの、フラウ?」
「いや、何かの間違いじゃないか? 私にそんな記憶はございません」
責任逃れ上等の人間が言いそうなことを、平然と言ってのけるフラウ。
口笛ちゃんと吹けていないぞ。
みっともないからやめてくれ。
「フラウ様は『王族とかマナーとかふるまいとか面倒くさいから、適当に騎士としてやっとくわ。ああ、別に王位にはまったく興味ないから、兄妹で好きにしてくれ』と言って騎士団に入団され、その後のことはあなたたちのよく知るところです」
「…………」
白目をむきながら、ダラダラと大量の冷や汗を流すフラウ。
お前……もっと言い方があるだろうが……。
そんな理由で王族から抜け出そうとするやつは、そうそういないだろう。
というか、いたら困る。
自分たちの税で生きている人間が、あまりにも利己的で情けなさすぎる。
まったく……俺を見習ったらどうだ?
俺は心底嫌々だが、大将軍としての務めをしっかりと果たしているぞ。
……勝手に鎧さんが動いているという理由も大きいが。
「何冷めた目で見てきてんだ! お前も私と同類だろうが!」
くわっと怒りをあらわにするフラウ。
一緒にしないでもらいたい。
俺と同じ存在はなく、並び立つ存在すらないのだ。
「まさか、フラウが王族とは……」
【お前も知らなかったのか?】
「まったく表舞台に出てこない王位継承権を持っている者なんて、自称を含めれば多数おりますわ。さすがに一人一人確認なんてとれませんから、表舞台に出ている者だけで精一杯ですの」
何でも知っていそうなルーナも驚いている。
確かに、自分を王族だと言って少しでもいい生活をしようとするバカはいそうだ。
まあ、そういう奴はばれて捕まったら大体死刑だと思うが。
「ともかく、そういう事情もあるわけですので、フラウ様をお返しいただきたい」
「ふっ……故郷が求めるのであれば、致し方ない。私は多くの人々を救うため、王国に戻ろう!」
……さっきまで、言うな言うなと首を振っていたフラウが、なぜだか乗り気である。
いったいどうして……。
もちろん、彼女の言った言葉はまったく信用していない。
人を救うため?
そんなことのために、騎士団に入ってまで逃げた王族に戻る?
バカな話だ。
自分のこと以外ろくに考えていないフラウが、そんな殊勝な考えを持つわけがない。
すなわち……俺はハッとひらめいた。
こいつ、俺から逃げるつもりだな!?
戻らざるを得ないと言って、俺の元から離れて自由を手に入れるつもりだ!
そんなことは許さん……許さんぞ!
「騎士になることが認められていたということは、王位継承権の順位もあまり高くないのでは? だというのに、どうして今さらそんなことを言ってきますの?」
ルーナの疑問ももっともだ。
一度はフラウの要望が受け入れられ、騎士団に入っていた。
その時点で、こいつに王になってもらうなどといったことは考えていなかっただろう。
だとしたら、そんな危険な騎士の仕事なんてさせられるはずもないし。
なのに、この方針の転換は何だろうか?
俺は強く疑問を……いや、違和感を覚える。
すると、ジークリットは苦々しい顔をしながら答えてくれた。
「実は、フラウ様よりも上位の継承権をお持ちの王族方が、軒並み命を落とされました」
ん? 風向きが変わったな。
俺の口元には隠し切れない笑みが浮かんでいた。
もちろん、兜があるから誰にもばれることはない。
笑い声さえ上げなければ、満面の笑みでも構わないのだ。
というわけで、にっこりスマイルである。
それ、絶対に誰かに殺されていますよね?
王の座を簒奪しようとする者が、明らかに殺していってますよね?
フラウも同じ考えに行き着いたようで、顔が凍り付いている。
顔色、真っ青ですよ。
「そのため、どんどんと順位が繰り上がり、今では一番上位にいるのがフラウ様なのです。次代の王として、フラウ様が君臨されることになるのです」
「ふっ……私は暗黒騎士の従者。四天王の前に、まず暗黒騎士に付き従う者なのだ。だから、王国に戻ることはできない」
言っていることがついさっきと正反対なんだけど?
不敵な笑みを浮かべてすり寄ってこようとするフラウの頭をわしづかみにする。
【いや、フラウは今までよく私に尽くしてくれた。これからは、同胞のためにその命を燃やすといい】
「はっはっはっ、遠慮するな。私にはお前が必要で、お前には私が必要だ」
【そんなことはない】
ぐいぐいと顔を寄せてくるフラウ。
もちろん、近づかせるはずがない。
頭を押さえつける。
【有史以来、魔族と人間は憎しみ合い、殺し合ってきた。それを、今まさに覆す時が来たのだ。フラウが女王として君臨し、魔族との懸け橋になってくれることだろう】
「ふっざけんな!!」
飛びついてくるフラウ。
こ、こいつ……猿か!?
本当に王女なんだろうな?
ただのクレイジーなバカ女にしか見えないぞ!
「それ、私の命が確実にやばいだろうが! 魔族を敵対視して、殺したいほど憎んでいる奴らも多いのに、私がそんな仲良し号令をかければ、真っ先に邪魔者として狙われるわ!」
【本望ですね】
「違うわ! 絶対に殺されるだろ! 私は嫌だぞ!!」
ギャアギャアと暴れるフラウ。
運命はすでに決まっている。
覆すことはできないのだ。
大人しく人間たちの国に戻り、謀殺されてこい。
骨は拾ってやらない。面倒くさいし。
「もちろん、フラウ様をタダで返せとは言いません。様々な融通は聞かせていただきます。まずは、食料支援や金銭支援。技術の提供なども考えております」
「!?」
ギョッと目を見開くフラウ。
まさかの交換条件である。
ごねて戻ろうとしないフラウにとっては、凶報以外のなにものでもない。
それだけ、王国にとってフラウが価値ある存在だということだろう。
絶対に間違っていると思う。
こいつに王族としての価値はない。
俺の肉盾及び押し付け対象としては価値がある。
ルーナはジークリットの……王国の申し出を受けて、少しの間思案し……。
「ふむ……期限付き、ならばいかかがです? 期間を決め、その間にフラウがどうするか、彼女自身に選んでもらうというのは」
「!?」
条件付きではあるが、了承した。
王女フラウの帰還である。
おめでとう。
喝采を送りたい。
「もちろん、そちらが求めていることなので、一度王国にフラウをお返ししますわ。そこで、あなた方が彼女を引き入れられるかどうかは知りませんが。ただ、見返りはいただきますわよ」
「そういうことでしたら、先ほどお話ししたすべての支援を約束することはできませんが、八割程度の約束はしましょう」
「!?」
着々と進んでいく話。
もはや、フラウの王国への一時帰国は決定事項である。
俺の元から離せばすぐさま逃げ出そうとする彼女だが、今回は俺は笑顔で見送ってあげよう。
故郷って、大事だもんね。
分かる、分かるとも。
【じゃあな、フラウ。少しの間だったけど、楽しかったよ。来世でもがんばれよ】
「もう来世の話をしている!?」
いや、もうお前死ぬだろ。
ことごとく王族が殺されているんだろ?
だったら、ぽっと出の自称王族なんて、殺されないはずがない。
仕方ない。
別の押し付け対象を探す必要があるな。
だが、これもフラウ自身のためだ。
涙を呑んで見送ろう、うん。
「ぐ、ぐぐぐ……! 私も条件がある!」
苦し紛れにフラウが声を張り上げる。
やれやれ、何を言っているんだか。
お前は条件を付けられる立場じゃないんだぞ。
分を弁えろ、小娘が。
頭もおかしくなってしまったか。
……いや、もともとおかしかったか。
だが、次の瞬間、俺は耳を疑う羽目になる。
「暗黒騎士もついてきてもらう!」
【なにぃ!?】
こいつ、正気か!?
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