第112話 ぬっ!?
「やあ。先日も助けてもらったよ。ありがとう」
研究室という名の幽閉場所に行けば、ユリアが話しかけてくる。
本当だよ。
お前が俺の鎧を解除してくれる奴じゃなかったら、絶対にここまでしていないからな。
【気にするな。私のためでもある】
「……まさか、あれだけ熱烈なプロポーズを貰うとは思っていなかったよ」
は? 何言ってんのこいつ。
うっすらと頬を染めているユリアに、俺は心底理解できないと首を傾げる。
ぷ、プロポーズ?
いったいいつ俺がそんなことをしたというのか。
ないぞ。
裏切り者に俺が心を許すことはないぞ。
「ついに暗黒騎士にも春が来たか。祝福するぞ」
ニッコリと笑い、拍手までしているフラウを睨みつける。
お前、あの男の言葉を忘れていないだろうな。
俺はこのことを死ぬまで突き続けるつもりだからな。
絶対に何を隠しているか探し当ててやる。
「しつこい男は嫌われるぞ!」
お前に嫌われても問題ない。
焦って怒鳴りつけてくるフラウに、兜の下で満面の笑みを浮かべる。
おそらく、あの男が知ったようにフラウを言っていたことが、彼女の最大のウィークポイントだ。
絶対に掘り当ててみせるぜ……!
「随分と仲良しなことだ。あれだけ熱い言葉をかけてくれたのであれば、私も仲間に入れてくれると思ってもいいんだよね?」
俺とフラウの会話を、どこか羨まし気に見ていたユリアがそう言ってくる。
いいわけないだろ。
裏切るわ魔剣騒動起こすわ内通するわルーナに目を付けられるわ……スリーアウトです。
出直してきて、どうぞ。
大体、フラウみたいなやつが増えたら困るわ。
困るどころか、ストレスで死にそう。
【私の役に立て。なら、いくらでも貴様のやりたいことに付き合ってやる】
この鎧さえ脱げれば、すぐに魔王軍を辞めておさらばするがな。
「そうか。なら、頑張らせてもらおうかな」
そう言って、ユリアは微笑む。
少しコリがあったのだろう。
彼女はグーッと伸びをして……。
「お?」
バツン! と彼女の胸部を抑え込んでいたボタンがはじける。
ぬっ!?
バルンと飛び出してきた胸を見て、俺の目はぎらつく。
で、でかい。
ルーナとメビウスも大きいが、ユリアはそれ以上だ。
テレシアとフラウ?
戦力外である。
「バカな……! 戦闘能力が、私の倍以上だと……!?」
フラウがユリアの胸を見て、戦々恐々としている。
お前、胸の大きさを戦闘能力って言っているの?
「あー、たまにあるんだよね。だから、猫背気味になっていたんだけど。しまったなぁ」
胸の大きさに耐え切れずにボタンがはじけ飛ぶのって、たまにあるレベルのことなの!?
嘘だろ、俺全然見られていない……。
人生の大部分を損してしまった気分だ。
これからは、もっと巨乳を凝視しよう。
いつボタンがはじけるか分からないからな。
そんなことを考えている俺を、ユリアはどこか面白そうに笑って見上げてくる。
「興味あるなら、触ってみるかい?」
よろしいんでしょうか!?
俺は嬉々として手を伸ばしそうになるが、その手を見て愕然とする。
……俺の手、鎧で包まれとるやん……。
触っても感触がさぁ! 温かさがさぁ!
感じられないさぁ!
だから、一刻も早く俺の鎧を解除しろぉ!
「ぐぬぬぬぬ……!」
絶望する俺の隣で、顔を真っ赤にしながら背をそらしているフラウ。
お前はボタンを弾けさせるのは無理だぞ、フラウ。
◆
「おや、エドウィンが……。残念ですねぇ。ええ、残念ですとも」
自身の送り出した使者が倒されたということを知り、スポンサーの男はそう言って笑う。
言っていることとまったく合っていないが、彼をとがめる者は誰もいない。
そう、彼の目の前に座っている男もそうだ。
非常に有用で有能な彼の機嫌を損ねるようなことは、必要でない限りするべきではない。
「よくやってくれているよ、お前は。仮想敵国への潜入に加え、今度は魔族への間接的な攻撃だ。その功績は公に賞賛することはできないが、確実にお前に報いることになるだろう」
「いえ、お気になさらず。私も、私のしたいようにしているだけですから」
ご機嫌取りという意味もあるが、男は本心から思っている言葉で賞賛する。
彼の貢献度は、非常に高い。
高い能力と献身性がなければ務まらない、裏の仕事。
彼は長年ずっとそれに取り組み、王国に貢献してくれている。
だが、賞賛された男も、王国への忠誠などで今までしてきたわけではないので、褒められてもとくに表情を変えることはない。
「ああ、そうそう。あちらには、あなたたちの求めるお人もいたようですよ」
「なに!?」
ギョッと目を見開く。
それほど、彼から伝えられたことが衝撃的だった。
自分が……自分たちが求める人物なんて、一人しかいない。
行方不明になって長かったが、彼女は存命だった。
「そうか、やはり生きておられたか。ならば、ぜひとも我々の役に立ってもらわなければなあ……」
「そうですか。ぜひとも頑張ってください」
歓喜に打ち震える男をしり目に、まったく動じない。
そんな彼を見ていれば、ふと気になったことを聞いてしまった。
「お前の望むことはなんだ、アルマンド?」
「そうですねぇ」
帝国の裏に潜み、王国へと情報を流し続けていたスパイ――――アルマンドは、にやりと笑う。
「楽しくもないこの世界を、とても楽しい楽園に変えること、ですかね」
第4章終わりです。
次回から最終章となります!




