第109話 なにしてんねんこいつ
「しかし、よくここまで来られたね。なかなか厳しい監視状態だと思うんだけど」
「この程度の監視なら、たどり着くのは容易だ。心配することはない」
「いや、心配はしていないんだけどね」
ユリアは苦笑いする。
しかし、幽閉されている自分は、脱走されないようにと多くの魔族が監視をしている状況下にある。
もちろん、まともに戦えないユリアは逃げ出すつもりは毛頭ないが、その気になったとしても不可能だろう。
そんな警戒されている中、平然と現れた男に驚いた。
彼は人間である。
ここまでくるのは、本来だととてつもなく大変なことのはずだが……。
耳を澄ましても、騒ぎになっている様子はないことから、誰にも気づかれずにここまで来たのだと判断できた。
「それで、何の用かな?」
「資金を援助していた子飼いの研究者が魔族の手に堕ちたと聞けば、心配になって駆け付けるのが不思議か?」
「そんな優しい関係じゃないだろう、私たちは」
友人同士の間柄なら……たとえば、ユリアにとってのリリーのような関係なら、それも不思議ではない。
しかし、彼女と彼らの関係は、非常にビジネスライク。
彼らは資金援助をする代わりに、ユリアは研究成果を差し出す。
なにせ、ユリアはスポンサーの顔すら知らないのだ。
友誼なんて育めるはずもなかった。
「とはいえ、もう資金の援助は必要ないよ。もう君たちの要望に応えられることはないからね」
「随分と冷たいことだ。魔族を滅ぼすため、ともに頑張ってきたというのに」
「私が失敗した。それだけのことだよ。とはいえ、君たちがスポンサーについてくれたことで、研究が進んだのも事実だ。最後に、何か提供できるものがあれば、お渡しさせてもらおう。何か欲しいものはあるかい?」
これは、ユリアなりの訣別の印だった。
本来であれば、すでに魔族に囚われて生かされているため、人間のためになるような成果を与えることは許されないだろう。
とくに、あの冷たい魔王は認めないに違いない。
それでも、こうしたのは恩ではなく、二度と関わり合わないため。
「そうだな。では……」
その意図は、しっかりと男にも伝わっていた。
だから、彼はスポンサー……すなわち、自分の雇い主から言われたことを実行に移す。
「死んでもらえるか」
◆
「げほっ……!?」
腹部に強烈な衝撃を受け、ユリアは立っていられなくなる。
テーブルの上に置いてあった研究資料をバサバサとこぼしながら、地面に倒れる。
そんな彼女の様子を、男――――エドウィンは怪訝そうに見下ろしていた。
「うん? 君の身体を貫くことができるほどの攻撃だったはずだが……。なるほど、護身用の魔法かな? その魔法も、自分で発明したのか? 素晴らしい頭脳だよ。だからこそ、ここで失わせるのは、本当に残念だ」
「……別に、ここで消滅させる必要もないんじゃないかな?」
思わず苦痛を顔に出してしまいそうになるが、そうするとエドウィンに負けた気がするので、意地でも苦笑いで止めるユリア。
意外と負けず嫌いなのである。
そんな彼女の言葉を、エドウィンは否定する。
「それはダメだ。その頭脳が、魔族に有効活用されるようなことになれば、人類はさらに不利を強いられる。今でも、勢力図的には押され気味なのだから」
まだ、大きな戦争は起きていない。
しかし、いつ起きても不思議ではない。
実際、ユリアが人間として生きていた時代では、まさに総力戦という全面戦争が起きていたのだから。
今は一種の膠着状態に陥っているが、これが再び活性化して、血で血を洗う激しい戦争にならないと言い切れる保証はどこにもなかった。
「さて、研究資料はすべて貰って行こう。残されたのはこれだけかな? 魔王にほとんど持っていかれたのは痛いが……それは、致し方ない」
エドウィンは手早く研究資料をかき集める。
そもそも、ここにいるのも、魔族の監視の目をかいくぐってのことだ。
異常に気付かれれば、非常に逃げづらくなってしまう。
潜入と暗殺は、手早く済ませることこそが肝要なのである。
「こんなことをされなくても、君たちには研究資料は与えるつもりだったんだけどね」
「研究資料だけではなく、君の口封じもしないといけないんだ。なにせ、魔王にこの関係がばれることはまずいからな。魔族と人類の対立は原始以来変わらないものだが、王国が単独で魔族と対立することは、絶対に避けなければならない。だからだよ」
「…………」
言葉で説得できるとは思っていない。
エドウィンは、任務に非常に忠実な男だった。
暗殺対象の言葉で、思いとどまるような半端者ではない。
だからこそ、ユリアももう言葉を発することはなかった。
「さて、資料も集め終わった。さらばだ、ユリア。君の頭脳は、確かに王国の力になったよ」
ユリアにとどめを刺そうとする。
彼女を殺し、研究資料を持ち帰って任務は完了だ。
もともと戦う力を持っていないユリアになすすべはなく、このまま殺される……。
【――――――そうか。それは何よりだ。なにせ、これからは私の力になってもらう頭脳だからな】
「っ!?」
そう、ここに暗黒騎士がいなければ。
肩を掴まれ、ぎょっとして振り返る。
エドウィンもプロだ。
仰天しながらも、彼の身体は自然と迎撃の姿勢をとっていた。
その速度は、生半可な人間の反射神経を容易く凌駕しており、十分すぎるほどの動き。
「がはっ!?」
だが、それでも暗黒騎士からすると遅すぎる。
エドウィンは吹き飛ばされ、研究室の物をまき散らしながら地面を転がる。
くしくも、つい先ほどのユリアと同じような体勢になる。
「あ、暗黒騎士……!」
【(……マジで変質者が出た。なにしてんねんこいつ)】
呆然と見上げてくるユリアを無視し、暗黒騎士は露骨に嫌そうな雰囲気を醸し出しながら、エドウィンを睨みつけるのであった。




