第108話 これからもずっと一緒だぞ
リリーとの会話を終えた後、ユリアは抵抗することなく捕まった。
「もう、私の復讐は終わっていたようだしね」
俺の顔を見て、いたずらそうに微笑むユリア。
まったく意図していないところですべてを終わらせたので、何とも言えない。
ユリアは殺されることはないようだ。
普通なら、魔剣を与えて暴動を誘発させたのだから、ルーナならギロチンにするだろうが……。
ユリアの研究能力は非常に有用だ。
そう判断して、殺すよりも生かしてその能力を魔族のために尽くさせようというのだ。
合理主義の塊だな。
そして、おそらくまともに自分の人生も楽しむことができないほどに酷使されるであろうユリアに、ほんの少しばかりの同情を送る。
だからと言って、手助けしたり変わってあげたりはしないわけだが。
俺が一番大事。
「また暗黒騎士様と一緒にいられること、心の底からお喜び申し上げますわ」
じゃあ、もっと笑顔とか作ったらどう?
いつも通りの鉄仮面で言われても、微塵も心に響かないんだけど。
ルーナの言葉から分かるように、非常に遺憾ながら完全に元鞘ということになった。
俺は魔王軍を辞めることはできず、いまだ大将軍(笑)という地位のままだ。
あー、辞めてえ。
今回が一番の……最大にして最高の退職チャンスだと思ったのに……。
俺はそれをものにすることができなかった。
いや、できそうだったのだ。
魔王城に行くまでの間に、こっそりとフェードアウトできるはずだったのだ。
「やったな、暗黒騎士。これからもずっと一緒だぞ」
諸悪の根源、フラウさえいなければ……!
大体、お前俺からさっさと逃げ違っていただろう!
なに正反対のことを言ってんだ。
掌グルグルか。
魔剣騒動。
今回は……いや、今回も、俺はまったく得をしない騒動だった。
この鎧を身に着けてから、ろくでもないことばっかりだ。
ならばこそ、ユリアにはこれから一層研究に励んでもらわなければならない。
せっかく、ギロチン処刑を免れたのだ。
魔族のためのみならず、この俺のために精一杯働いてもらいたい。
具体的には、一日三十時間ほど研究に費やしてほしい。
そんなことを思いながら、俺は深くため息をつくのであった。
◆
「まさか、生き永らえるとは思っていなかったね」
ユリアは幽閉された研究室で、ポツリと呟く。
この魔剣騒動を発生させた後に、まだ生きていられるとは思っていなかった。
いや、そもそも、生き残るつもりがなかった。
復讐を果たせば、自分もこの長い人生に終わりを迎えさせるつもりだった。
そもそも、本来であればとっくに寿命で命尽きている。
魔族に改造されてしまったため、本来の人間であれば決して生きられない寿命を生きている。
もともと、不老不死や長寿に興味のなかったユリアは、生きているということが苦痛になっていた。
だから、自分とリリーの無念を晴らせば、自分も終わらせる。
そう思っていたのだが……。
「随分と魔王様は合理的なようだ。だからこそ、恐ろしいのだが」
魔王ルーナ。
彼女はひどく合理的で、現実主義者だった。
正直、ユリアのしたことは極刑を与えられてしかるべきだろう。
自身の国を攻撃した彼女を疎ましく思っているだろう。
それでも、ルーナは魔族の利益になると、ユリアを生かした。
その決断ができることが、どれほど凄いことか。
「別に、魔王様の命令を拒否して殺されてもいいんだけど……」
そう言うユリアの脳内に浮かび上がるのは、魔王軍最強の騎士。
暗黒騎士。自分が洗脳し、手ごまとして利用しようとした男。
「今思えば、本当に洗脳にかかっていたのか怪しいね」
彼の鎧の解析をする傍ら、毎日洗脳の暗示をかけていた。
長年の積み重ねが実になったと思えば簡単だが、やはりあの規格外の男を手中に収めたとは言い難い。
結局、最後には自分も止められてしまったのだから。
「私の復讐を根底から覆して……。本当に、困った人だよ」
苦笑いするユリア。
復讐のためだけに生きて、行動したのに、その仇はすでに殺されていたという。
なんと間抜けな話だろうか。
気が抜けると同時に、思わず笑ってしまう。
「ただ、私がこうして踏みとどまることができたのも、あの人のおかげだ」
もし、暗黒騎士が仇を殺していなければ。
たとえ、リリーの姿が見られたとしても、会話することができたとしても、彼女は復讐を止めることはなかっただろう。
それほどの執念があった。
それを途中で止めることができたのは、暗黒騎士がすべてを終わらせてくれていたから。
「そもそも、洗脳なんてできていなかったんだろうね。あんな演技までして……」
あの規格外の男を、洗脳して掌の上で転がすなんて、おこがましい。
彼は、おそらく洗脳なんてされていなかっただろう。
わざわざ、自分に付き合ってくれた。
その理由は分からない。
暗黒騎士の気まぐれかもしれない。
だが、彼が付き合ってくれたことは事実であり、ユリアにとってはそれで十分だった。
「さて、彼のためにも、研究をしようか。魔族のために……と思うと気分はよくないけれど、暗黒騎士のためなら、私の弱い頭も必死に回転させてみせるさ」
魔族全体への嫌悪や憎悪は、いまだに残っている。
彼らのために働くというのは、さすがに抵抗がある。
だが、暗黒騎士のためならば……それほど嫌な気分になることはない。
どちらにせよ、自分が生かされているのは、研究をして成果を上げるため。
それをしなければ、あの冷徹で合理主義の魔王は自分を殺すだろう。
死ぬことは怖くないが、少しばかり生きてみたいと思っていたところだ。
魔王の思惑に乗り、暗黒騎士のために頭を働かせようではないか。
「だから、もう私に会いに来ないでもらえるかな?」
「冷たい言葉だ。ずっと付き合ってきたというのにな」
ユリアの言葉に応える。
幽閉され、誰も出入りができないはずの部屋に現れたのは、彼女と王国をつなげていた使者の男だった。




