第107話 別れ
「……何を言っているんだい?」
俺の顔を、怪訝そうに見てくるユリア。
マッドサイエンティストにそんな顔を向けられたら、普通なら俺もビビっていただろうが、今の俺の心は落ち着いていた。
波紋一つ立たない穏やかな水面である。
【私に洗脳が効いていないこと、貴様ならもう理解していただろう。私がそれでも貴様に付き合っていたのは、貴様の気が少しでも済めばいいと思ったからだ。だが、もういいだろう】
「……それを決めるのは、君じゃない。私だよ」
【では、このまま続けるつもりか? 本当に終わらないぞ。このまま続けても、貴様に待っているのは……死だ】
そして、俺にとってもな。
1000年も閉じ込められるとか、発狂してしまう。
というか、俺はその場合どうなるのだろうか?
鎧さんがあるから……死なないの?
死なないとしたら……あれ、そっちの方がしんどい気がしてきた。
「封印されるとなったとたん、この熱心な説得。掌返し。……ふっ、私を少しは見習ったようだな」
いい笑顔で肩に手をのせようとしてくるフラウ。
身長差からそれができていないが、むかつくからそれは止めろ。
しかし、ユリアの復讐と俺の命。
どちらが大切かと言われれば、言うまでもなく後者である。
では、どうしてユリアを裏切って背中を斬らないのか?
それは、鎧の解除のこともあるし、何より俺はできる限り人を殺したくない。
変なものを背負いそうだから。
そんなことを考えていると、誰かが近づいてくる。
「間に合ったようですわね。暗黒騎士様たち魔王軍幹部を封印する羽目にならないようで、何よりですわ」
いやああああああああああああ!!
ルーナだああああ!!
「何か用かな? 魔王が直接私の元に来るのは、下策だと思うよ」
「もちろん、あなたを……そして、暗黒騎士様を止めるためですわ」
「なら、安心するといいよ。彼は、もう私の支配下から自力で抜け出した」
「それはよかったですわ。わたくしも、さすがに1000年以上も封印することになるのは、気が引けますもの」
ほんとぉ?
顔色一つ変えずに俺を封印していたルーナの姿が簡単に想像できる。
「じゃあ、何かな? 魔王様直々に、私を殺しに来たのかい?」
「普通、これだけのことをすれば、そうしますわね。ですが、あなたはとても有能です。魔族のために、その力を抹消するのは惜しいですわ」
ここまで魔族を騒がせた下手人を、ルーナが生かすとは……。
多分、死ぬまで奴隷のように働かせるつもりだな。
「私が魔族のために力を使うとでも? 諦めて殺した方がいいと思うがね」
「わたくしの言葉では、あなたは説得できないでしょう。だから、あなたを説得できる人を連れてきますわ」
そんな奴いるの?
俺は疑いの目をルーナに向けていると、彼女は懐からあるものを取り出した。
それは、小さな懐中時計だった。
だが、血痕があるのが怖い。
呪いの道具かな?
「それは、私があの子に渡した……」
「とある宮廷魔導士が、最期まで手放さなかったものですわ」
「な、なにを……」
……ユリアが言っていた、殺されたという宮廷魔導士の遺物だろうか?
ユリアが見たことないほど狼狽している。
「久しぶりに、会話をお楽しみくださいまし」
ルーナが魔法を発動する。
ふ、封印するんですか!?
許してください! 何でもしますから!
慌てるが、どうやらそうではないらしい。
懐中時計に光が集まり、そして……。
『やっ。久しぶり、ユリア!』
「り、リリー……」
光は人型を形作った。
その女は、とても親し気に話しかけている。
ぎゃああああああああああ!!
お化けええええええええ!!
「ほら、もっと前に出ろ、暗黒騎士」
フラウが俺の背中をぐいぐいと押してくる。
なにさりげなく俺を盾にしてんだ!
お前、ついさっきまで敵対していた奴の背中に、よくもまあ隠れられるな。
「い、いや、ありえない。こんなことは、決して……。魔王の悪辣な魔法に決まって……!」
『確かに、あたしは魔法で出てきたけど、偽物じゃないわよ。失礼ね、ユリアってば』
激しく狼狽するユリアに、呆れたように女――――リリーが言う。
そりゃあ、死んだ奴がいきなり現れて話始めたら、混乱するだろう。
俺も、今まで殺した奴が目の前に出てきて話しかけられたら、失神&失禁する自信がある。
「ほ、本当にリリーなのか?」
『そう言っているじゃない。疑い深いんだから』
「……そうはいってもね、ちゃんと裏が取れていないと、簡単に信じるわけにはいかないんだよ。研究者なら、なおさらね」
『あたしはそんなことなかったけど』
「君が不真面目なんだよ」
『むー』
ユリアは目を潤ませながら、頬を膨らませるリリーを見る。
……なに、このほんわかした話。
よくお化けと会話できるな。
怖いわぁ。
『さて、あたしが呼び出されたのって、この状況が理由よね』
やっと本題か。
長かったな、おい。
「……別に、これは君のためにしていることじゃない。私のためだよ。だから、何を言われようとも……」
別に好きに復讐を続けてくれていいが、もう俺は関わらないからな。
封印されたくないし。
『でも、もうあたしたちの仇は死んじゃったし、もういいんじゃない?』
「いや、まだだよ。私を拉致した男は殺したけど、まだ君を殺した奴を見つけられていないんだ」
『そりゃ、見つかるわけないわよ』
呆れたように言うリリー。
……なんでこいつが見つかるはずがないと知っているのだろうか?
なに? お前が殺しちゃったの?
呪いとか?
怖くなってきたから帰ってもいい?
そう思っていた俺を、リリーはじっと見る。
お、お化けに見据えられたああああ! いやああああ!
『だって、そいつ、もうあの黒い騎士が殺しちゃっているもの』
「え……?」
えっ!?
愕然とするユリア。
そして、俺。
お、俺が殺した?
そんなバカな……。
善良一般人たる俺が、どうしてそんなことを……。
「ひ、人殺しぃ!」
今更何言ってんだこいつ!
ギャアギャアと騒ぐフラウを睨みつける。
『すっごく爽快だったわよ! こう、ズバーッ! ってやってくれて。恨みからずっとあいつを呪っていたけど、まさかあんな終わり方をするなんて、最高だったわ!』
呪いは怖いよぉ!
キラキラと目を輝かせるリリーに、俺は震えることしかできない。
ずっと見ていたって……俺が殺した奴もずっと俺の傍にいるの?
クソ! だから、人を殺すのは嫌なんだ!
「そうか、暗黒騎士がもう……。まったく、私の斜め上を何度も行く男だな、君は」
俺を見て、呆れたような……しかし、感謝の色がにじんだ目を向けてくるユリア。
しかし、全く覚えていない。
いったいどういう感じで……。
「お前が四天王になってから、やっかみで襲い掛かってきた奴じゃないか。直接的に襲い掛かってきたのって、あいつだけだっただろう?」
フラウがぼそぼそと教えてくれる。
俺が直接手を下した奴は、そう数は多くない。
だからこそ、フラウの言葉で思い出すことができた。
あー……フラウを差し出すと言っていたのに、聞く耳持たずで襲い掛かってきたあいつか。
自業自得じゃん。
やっぱり、俺って悪くないわ。
『あ、もう時間みたい』
俺が自分を納得させていると、リリーの姿が消えうせていく。
彼女の遺品を使った魔法。
やはり、死者を顕現させるということは、生半可なことではないだろう。
魔法技術に特化したルーナだからこそ成し遂げられたことであり、当然時間に猶予があるわけでもない。
「あ、リリー」
『ん?』
「一つ、聞きたかったことがあるんだ」
ユリアがリリーを呼び止める。
もじもじと話しづらそうにしてから、しかし決意をして尋ねる。
「私と友達になって、後悔はしていないか?」
ユリアの言葉に、目を丸くして驚いていたリリーであったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
『もちろん!』
その言葉を聞いて、ユリアはほっと一息ついた。
そして、俺もほっと一息つく。
なんかうまい感じで終わりそう。
『またね、ユリア』
「ああ、また」
こうして、二人の親友は最期の別れをするのであった。




