第104話 おててつないであげる
【はぁ、はぁ……】
俺は肩で息をしながら、倒れ伏したトニオを見下ろす。
勝者の余裕というか、敗者を屈服させている様を見るのが好きということもあるが、何よりこいつがいきなり起き上がって再び襲い掛かってこないかが不安なのだ。
魔王軍四天王だけあり、トニオはかなり強い。
もう一度戦うなんて、絶対にやりたくない。
ならば、あとくされなく殺すのが一番なのだろうが、さすがに現役四天王を殺せば、マジで後戻りできない場所に足を踏み入れることになる。
トニオのことはどうでもいいが、俺のことは大切だ。
【しんど】
こんなことを口にはしているが、ぶっちゃけ、息切れするほど肉体的な疲労はない。
こういう激しい運動の直後に、疲労感は襲ってこない。
翌日に地獄を見るのだ。
筋肉痛がひどいんだ、本当。
身体がガチガチになるのに、鎧さんが勝手に動くものだから、生き地獄である。
それでも言った理由は、ユリアに恩を強く感じさせるためである。
マジでいつか返せよ。
「さすがは魔王軍最強の男。うんうん、信じていたよ」
【それにしては、かなり距離が離れた場所にいたような気がしたんだけど?】
俺とトニオが戦っている間、ユリアはかなり遠くまで離れ、何やら自分で開発したであろうアイテムで壁のような防御を立てながら、優雅に戦いを見物していた。
見世物じゃねえんだよ!
「気のせいだよ。そもそも、私が近くにいれば、余波だけで死にかねないじゃないか」
それ、俺にとって一番いい未来じゃない?
……もっと近くに来いよ。
「さて、向かうか」
【ああ】
意気揚々と歩き出したユリアの後を、嫌々追いかける。
めっちゃ逃げづらい。
このクソ野郎め、邪魔しやがって……。
俺は倒れるトニオを、忌々しく見つめる。
仕方ない。
勝手な俺の予想では、城につながっている抜け道は、狭くて暗い通路だろう。
そういうところなら、こっそりとフェードアウトすることができそうだ。
というか、する。
これ以上ついていれば、ルーナと遭遇してしまう。
あと、クソ面倒臭いフラウとも。
そう思っていた、そんな時だった。
「どこに行こうというのだね、暗黒騎士」
【!?】
まるで、強大な敵に見つかってしまったかのような錯覚に陥る。
やたらと言葉だけ格好いい。
だが、そこにいたのは、人間としての誇りや尊厳を躊躇なく捨てることができるやばい女……フラウであった。
もう二度と見たくなかった顔が、笑みを浮かべてそこにある。
嬉しくない……。
「君は……暗黒騎士の腰ぎんちゃく」
「ぶっ殺すぞ」
ユリアの言葉に、一瞬で沸騰するフラウ。
プライドがあるのかないのかはっきりしろ。
【フラウ、どうしてここにお前みたいなやつが……】
「なんて口の利き方だ。いいのか? 泣くぞ? 鼻水垂れ流して泣くぞ?」
別にいいけど?
普通に通り過ぎるだけだし。
とはいえ、フラウ一人だけで俺たちを止めようなんて片腹痛い。
こいつは鎧さんには勝てない。
ふっ……この俺手ずからボコボコにしてやる。
積年の恨み、今こそ晴らさん!
嬉々としてフラウに襲い掛かろうとして……。
「これ以上、好き勝手な行動はさせませんよ」
フラウに続いて声をかけてきたのは、銀色の髪を片側で結った子供……テレシアだった。
いつか、俺と戦った時のようにボンキュッボンではなくなってしまっている。
ロリはちょっと……。
【クレイジー血みどろバーサーカー……】
「私のことをどう思っているんですか?」
だから、クレイジー血みどろバーサーカー。
全身から血を噴き出しながら向かってくる彼女は、俺のトラウマである。
顔も見たくない。
「ご主人、何か敵対するみたいな感じになっちゃった。ごめんね」
謝るくらいだったら、普通俺の隣に来るよね?
俺の代わりに魔勇者と戦うよね?
【ペット……】
「……悪くないかな」
皮肉を込めて言ったのに、なぜかまんざらでもない様子のメビウス。
こいつ、無敵か?
皮肉が通じない奴ほど厄介なものはない。
……あれ? 俺が言ったのって、そんなに皮肉になってたっけ?
ガッツリ暴言だったような……。
【どうしてお前らがここに……】
「そこに転がっている奴、一発空に魔力弾を撃ちあげただろ? あれは、私たちにお前のことを教えるためのものだったんだよ。思い知ったか」
俺は愕然としながら、倒れ伏すトニオを見る。
あ、あの野郎!
『なに無駄なことしてんだ、頭おかしくなったのか?』
と思っていたのに、こんな意味があったのか!?
ふざけやがって……!
お前、見た目も言動もバカ丸出しなんだから、こんなことをするなよ!
自分が負けても、仲間が倒してくれたらってか?
そんな殊勝な性格じゃねえだろうが!
なに今更善人アピールしてんだ!
お前の評価は上がらねえよ!
【ふん。(俺が)勝てるとでも思っているのか?】
絶対に殺されるぞ。
止めて許して見逃してぇ!
フラウほどプライドは捨てられないが、それでもだいたい何でもします!
フラウも上げます!
魔勇者と黒竜、エセ女騎士。
……最後の奴はどうとでもできそうだが、前者二人は別だ。
テレシアなんて、もう二度と顔も見たくないくらいにはトラウマなのに……。
それに加えて、大火力の黒竜もいるとか、悪夢でしかない。
2秒後には、彼女たちは返り血まみれになっていることだろう。
「くっ……凄い気……!」
「私と戦った時よりも、また強く……。本気を出していなかったのか、それとも操られることによってリミッターが外されているのか。どちらにしても、マズイですね」
……なんだかすごい勘違いをしてくれている。
気?
なんですか、それは。
出したことも感じたこともありませんねぇ……。
「…………」
そして、フラウの野郎はめっちゃ離れた場所から土下座してくる。
なんだその行動力は……。
一瞬で俺から離れる危機察知能力と、一瞬で誇りと尊厳を捨て去る決断力。
間違った方向に使わなければ、とてつもなく有用である。
「しかし、さっそくリベンジができるのであれば、私は言うことはありません。あなたを止めることが、罪のない人々を救うことになるのでしたら、喜んで剣を交えます」
剣をこちらに向けてくるクレイジー血みどろ勇者。
罪のない人々の中に俺は入っていないの?
俺も罪はないと思うんだけど。
窃盗したことがある?
生きるためだからセーフ。
「最近、構ってもらっていなかったし。遊んで、ご主人」
メビウスも身体の一部を黒竜のそれに変えて、構える。
別の機会に遊んであげるから、どっか行こうか。
ほら、おててつないであげる。
「行きます!!」
テレシアとメビウスが爆発的な脚力で、俺に襲い掛かる!
いやああああああああ!
常識的に考えろ!
魔王軍四天王にして黒竜! 人類の希望にして勇者!
この二人を相手にして、勝てるはずないだろうが!
舐めるな!
鎧さんに隠された俺の貧弱さを!
俺は泣き叫びながら、二人を迎え撃つのであった。




