第103話 つよ
【魔王城に向かうのはいいが、ルートは考えてくれよ】
歩き出したユリアの後ろをついていきながら、俺はそう声をかけていた。
当たり前だが、こういう殴り込みはこっそりとする方がいい。
奇襲や不意打ちとなれば、それだけでこちらに優位になる。
もちろん、ルーナと直接相対したくないからその前に逃げ出すつもりだが、大通りなんて歩かれて正面突破をしようものなら、めちゃくちゃ逃げにくい。
これらのこともあって、ユリアにお願いする。
「おや? 君ほどの実力者が、ビビっているのかい?」
少し楽し気に頬を緩ませるユリア。
俺はイライラしかしない。
なんで俺を煽ってきているの?
敵かな?
ぶっ飛ばされたいの? 鎧さんに。
【無駄な争いは避けた方がいい。相手が雑魚ならまだしも、おそらくこちらにぶつけられるのは四天王クラスだ。俺は大丈夫だが、お前は確実に死ぬぞ】
正直、鎧さんが負けるとは思えないが、四天王クラスと殴り合いなんてしたくない。
めちゃくちゃ怖いんだもん。
勝てそうなの、俺が無理やり四天王にしてやったフラウしかいないじゃん。
しかし、あれも避けることと逃げることに関しては一級だしなあ。
「それは困る。まだ、道半ばなのだからね」
苦笑いするユリア。
俺、四天王と遭遇しても、お前のこと助けないからな。
フリとかじゃなくて、マジで。
「大丈夫、ちゃんとルートは考えてきているさ。君が正面突破したいというのであれば、止めるつもりはなかったけどね」
するわけねえだろ。
俺をなんだと思っているの? 猪?
ルーナの待ち構える場所に正面から突撃とか、逃げる間もなく罠にはめられそう。
そうなったら、なんとしてでもフラウだけは道連れにしてやる腹積もりである。
「この小さな林を抜ければ、魔王城に続く抜け道がある」
【避難通路か? しかし、ルーナがそのことを把握していないとは思えんな】
ユリアの指さす方向。
城などのような要人の住まう場所には、秘密の通路があると聞いたことがある。
しかし、そういうのは要人が逃げるためのものだから、当然魔王であるルーナは知っているだろう。
狭い通路で待ち伏せされていて、しかも挟み撃ちにされてみろ。
すべてを垂れ流しにする自信がある。
「ああ、安心してくれ。それは、魔族が作ったルートじゃなく、私が秘密裏に作ったものだ。具体的に言えば、魔王城にいた私を連れ去った男を殺すために、作った秘密の抜け道だよ」
怨念が凄そうで通りたくない。
通っただけで呪いをかけられそう。
誰かを殺すためだけに作られた道だぞ?
そんな道だと知っていて、通りたがるバカはいないだろう。
「さて、ここを抜ければ……」
しかし、ユリアはスタスタと先を歩く。
あー……いや、待てよ?
林となれば、木々に隠れて視界が遮られる。
……ここが、一番逃げやすいポイントじゃないか?
というか、ここを逃せば、マジでルーナと相対する羽目になる。
それは嫌ぁ!
フラウが苦しんでいる姿はちょっと見たいけど!
なんだったら、奴を大将軍に推薦してから逃げたい。
とはいえ、そんな贅沢を言っていられるような状態ではない。
ユリアは黙々と前を向いて歩いている。
俺が逃げるとは、想像もしていないようだ。
ふっ、世間知らずのマッドサイエンティストめ。
俺は一足先にフェードアウトさせてもらうぜ。
タイミングを見計らえ。
……3、2、1……今だ!
鎧さんのお力も借りて、凄まじい脚力でこの場を離脱しようとして……。
「お?」
「あ」
【ひぇ】
魔王軍四天王の一人、トニオと遭遇するのであった。
四天王おるやんけ!
誰も知らない抜け道っていう話はどうした!!
「よぉ、暗黒騎士ぃ! まさか、俺が最初にお前と会うとは、思ってなかったぜ。転がり込んできた幸運だなぁ!」
満面の笑みを浮かべるトニオ。
ひぇ……。
こいつ怖いんだよ。
典型的なヤンキーだし。
スラム街に一定数いた、何をしでかすか分からないやばい奴。
それが、俺の中でのこいつの評価だ。
しかも、厄介なことに、この性格でも四天王という高い地位にいることから、力が非常に強いことを示している。
厄介すぎるんだけど。
【なんであいついるの? 四天王じゃん。がっつり四天王じゃん】
「抜け道のことを知っているとは思えないし……本当にたまたま遭遇しただけじゃないかな」
運が悪い!
どれほどの確率だよ!
天に愛されるべき俺がそんな不幸を招き寄せたとは考えられないことから、全部悪いのはユリアである。
責任取って肉盾になって。
「おいおい、コソコソ話とかやめろよ、水臭い。俺もぜひ混ぜてくれよ!」
嫌です。
ニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべながらトニオが話しかけてくる。
こいつ、なんでこんなに俺に突っかかってきてんの?
ほら、魔剣騒動の首謀者はこの女だぞ。
俺の方ばかり睨みつけるんじゃなくて、こいつをどうにかしよう。
手を貸すぜ、相棒。
「魔剣持ちが担当になった時は、どうやって抜け出してテメエと戦うかを考えていたが、手間が省けたぜ」
めちゃくちゃ熱烈に慕われていますね……。
ユリアのストーカーという一縷の望みを託すぜ!
「もともと、テメエは気に食わなかったんだ。何が魔王軍最強だ? 何が大将軍だ? 舐めやがって……!」
はい、ダメでしたー。
こいつの狙いは、がっつり俺でしたー。
なんでですかね……。
しかし、トニオの言っていることにはすべて同意するぜ。
魔王軍最強とかいう称号のせいで、俺がどれだけいろんな奴に絡まれたと思っているんだ。
人間からは超高額な懸賞金をかけられるし、俺のためだけの討伐隊が組まれるし……。
本来であれば、味方のはずの魔族からも、下克上して乗り替わろうとする者も多いし……。
そんな悲劇を避けるために、俺と一緒に、俺の評価を下げよう!
「あいつらは、お前を放っておいて首謀者の女を殺すことを企てたらしいが……俺はそんなの関係ないね!」
凄い。
何も聞いていないのに、凄く重要なことを平然と教えてくれる。
なに、この人。
いい人なの?
情報をペラペラしゃべるって止めた方がいいぞ。
そういうやつって重要なことを教えてもらえなくなるし、そもそも人から信頼されなくなるし……。
何より、ルーナから用済み認定されるかもしれない。
俺的にはその評価が欲しいのだが、あいつ、下手をすれば用済みから処理までしちゃいそうだから怖い。
「勝負だ、暗黒騎士! テメエを倒し、俺が最強の魔族になる!!」
ゴウッ! とトニオを起点にして魔力の風が吹き荒れる。
やばい!
どうする、肉盾!?
とりあえず、肉壁を引き寄せようとすると……。
「私は戦えないから、後は任せたよー」
遠くから呑気にこちらに声援を送る役目放棄女の姿が。
この役立たず!
何も言わずに離れるバカがいるか!
しかし、そんなことを考えている間に、トニオが満面の笑みを浮かべながら急接近してくる!
ぬわあああああああん、もおおおおん!!
◆
【……勝った】
「つよ」
立ち尽くす俺。
目を丸くするユリア。
そして、無言のまま地面に倒れるトニオ。
……やったぜ。




