第102話 分かる
「報告します! イルの街で魔剣持ちが暴れ、被害が出ているとのこと!」
「こちらはタミンの街! 魔剣持ちが4名います!」
「ブロンの村で、魔剣持ちと魔王軍が衝突!」
次々にルーナの元へ上がってくる報告は、やはりこちらにとってはあまりよくない情報ばかりだ。
しかし、急激にその報告が増えていることから、ユリアが何らかの考えのもとに動かしていることは明白である。
……あー。なんで私はここにいるのだろうか?
私は女騎士だぞ? 人間だぞ?
少なくとも、この魔族の中枢に入り込んでいることはおかしいだろう。
いまだにブツブツと文句を言っていた。
「オットーはイルの街へ、トニオはタミンの街に向かってくださいまし。ブロンは魔王軍で対応しますわ」
てきぱきと指示を出し、それに従い四天王も動き出す。
好機……!
今はまだ、暗黒騎士は出ていない。
その間、何もしないということはできないと忠誠心をアピールしつつ、魔剣持ちに対応している間に暗黒騎士に出現してもらって、私は対応しないということで……。
これが、ひどく虫のいい話だということは分かっている。
だが、もう私にはそんなささやかな希望を持つしか……!
「あー……私も手伝おうか? ほら、暗黒騎士はいつ現れるか分からないし」
「いえ、結構ですわ」
なんだぁ、テメェ……。
私の渾身の一手を、ルーナは瞬時に拒絶した。
ゆ、許せない……!
私がどれほどの想いを抱いているか……自分をどれほど大切に思っているのか、知らないのか!?
「これほど大規模な一斉蜂起は、明らかに陽動。ユリアたちが動くための目くらましでしょう。そして、ユリアは暗黒騎士様を傍から離さないはず。二人はともに行動していますわ」
「では、ユリアだけを狙うというのは難しいですね」
ルーナの分析に、テレシアが応じる。
そんなのどうでもいいから、私は魔剣持ちの方に行きたいんですけど。
というか、暗黒騎士とユリアが一緒に行動していたら、もう私の考えだしたスーパーエキサイティングアンリミテッドな作戦が実行できないじゃん。
どうするの?
「これほど大規模な陽動をしていますから、ユリアの傍に数を置いて目立つような真似はしないと思われますわ。すなわち、ユリアの隣にいるのは暗黒騎士様のみ」
「では、彼とユリアを引き離し、彼を足止めする役。それと、その間にユリアを倒す役が必要ですね」
半ばすべてのことを諦めそうになっていた私に、一筋の光明が差す!
暗黒騎士を足止めする役と、ユリアを倒す役?
そんなこと、考えるまでもない。
私の腕は、ピンと空に向かって突きあがっていた。
「ユリアは私に任せてくれ」
「フラウ?」
怪訝そうに私を見てくる面々。
ここは譲れません。
「彼女を倒すというのは、心を痛める者もいるだろう?」
「え? 私は別に……」
余計なことをメビウスが言い出しそうになる。
心を痛めろ!
「ここは! 人間だった彼女を終わらせるのは、人間の私に任せてほしい」
ごり押しである。
しかし、あまり強く違和感を覚える者はいないはずだ。
それくらいの言葉をチョイスしてあるし、何とも断りづらい発言にしている。
冷徹ウーマンであるルーナさえ頷かせれば、大丈夫なはずだ!
私はゴクリとのどを鳴らしつつ彼女の言葉を待ち……。
「……分かりました。では、あなたにユリアをお願いします。ですが、私とメビウスでも、暗黒騎士を相手にどれほど持たせられるかは未知数です。可及的速やかにお願いします」
勝った……。
私は心の中で無言のガッツポーズである。
涙を流しそうになる。
「ああ、任せろ」
よっしゃああ! これで最悪の事態だけは避けることができた。
後は、化け物とぶつかる前に、何とかユリアを殺さないと。
私のために!
強く決意を抱き、決戦の時を待つのであった。
◆
「魔剣持ちを一斉に蜂起させたよ」
俺を見上げながら、とんでもないことを平然と言ってくるユリア。
怖いわ、こいつ。
魔王に対する反乱を、息をするように言ってのけるとか、精神化物か?
俺、絶対にルーナとは敵対したくないんだけど。
【しかし、よくもまあこんなにもバカがいるもんだな。疑ったりしないものか?】
ルーナが恐ろしいと分からない連中ばかりなのだろうか?
バカは本当死に急ぐよなあ。
俺みたいに少しはスマートになればどうだろうか?
爪の垢を煎じて飲ませてあげたい。
お金もらうけど。
「もともと、今の魔王の体制に不満があった連中が多いからね。不満はあるけど、力がない。そんなときに、簡単お手軽に強くなれるものをチラつかせれば、案外飛びついてくるものだよ」
【ほーん】
ルーナが魔王で納得できない連中っているのか。
どういう奴なんだろう。
あいつより魔族に貢献できる奴なんていないと思うんだが。
バカだな、本当。
「さて、私たちも動こうか」
【……お前の復讐は、いつになったら終わる?】
動きたくないので、つい興味のないことを聞いてしまう。
いや、いいよ。
好きに復讐は続けてくれて。
ただ、俺がいないところでやってほしいかな。
もうすぐ消えるから、そのあととかどう?
「……さあ、いつだろうね。私ももう分からなくなってしまったよ」
あかん、ユリアが感傷的な雰囲気を醸し出してしまった。
また自分語りですが。
正直、お前の過去って暗いから聞いていても愉快になれないんだよなあ。
他人の不幸は俺大好きだけど、ちょっと行きすぎなんだよ、こいつの不幸。
普通に滅入るわ。
「私を連れ去った魔族の男は殺した。でも、どうしてもリリーを殺した魔族は見つけられなかった。まずは、そいつを見つけることだね。生きてきたことを後悔する責め苦を与えてやる」
ひぇ……。
ちゃっかり復讐の一部を果たしていることに、俺は震え上がる。
しかも、その怒気はいまだに衰えを知らない。
彼女の前に、そのリリーとやらを殺した奴が現れたら、本当に拷問して苦痛の限りを与えてから殺すだろう。
その説得力があった。
案外、怒りというものは持続させるのが難しい。
数日や一か月ならまだしも、数年と経てば、あれくらいならまあ……と納得させることができる。
ユリアには、到底そんなことができなかったのだろう。
分かる。
俺も、自分にされたことは死んでも忘れないタイプだから。
奇遇ですね。
「だけど、情報があまりにもない。あの男も吐かなかったし、私にもそんな余裕がなかった。だが、今は違う。暗黒騎士、君がいる」
他力本願はいけませんよ!
「君というこの世界最大の暴力装置によって、私は余裕を持って仇を探すことができる。そして、そいつを殺した後は……まあ、それはその時に考えようか」
復讐を果たした後は、すべてをそこに懸けていたため、人生の目標を失って無気力になる者もいると聞く。
熱心な復讐者なら、なおさらだ。
ユリアはとてつもなく無気力に……ヘタをすれば、自ら命を絶つかもしれない。
それはいいんだけど、その介錯とか俺にさせるなよ。
無駄なものを背負わせるのはなしだからな。
「さあ、行こうか。目指すは、すべての情報を集めている……魔王城だ」
凛々しく背中を見せて歩き出すユリア。
よし、頃合いを見て逃げ出すぞー。
俺は彼女の背中を見ながら、そんなことを思うのであった。




