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7話 2055年6月1日(火)

● 2061年8月32日 PM1:00


 高台公園には珍しく風が吹いていた。そういえばこんな感じだったっけ。

 標高が高くない分昼間は迫力が無いけれど、夜なら街そのものが近いから夜景ならこっちが圧勝だ。


「暑っちーな!」


 日光が肌に突き刺さって、もう痛みに近い状況だ。


「来る時間間違えたかもね」

「涼しい顔して言うなよ」

「あっちあっち」


 そう言って高くなっている展望台の下にある影を指さした。


「行こう行こう」


 小走り気味で日陰に入る。


「日陰は涼しいな」

「だね。カラッとしてるからね」


 うん、普段からこういう夏だったら毎日が過ごしやすいのに。


「どう、久しぶりの高台公園」

「懐かしい、としか言えないな」

「……そう」


 なんだよ悪いか?


「頭の回転悪いからごめんね」

「そんなことないでしょう、沢高出身でそれは認められないよ」


 うへー沢高ってすげぇブランドだな。もしかしてリュダ以外も勘違いしてる人いるかも。


「なにか思い出すことない?」

「ここは思い出すことが多すぎるぜ」


 特に志弦関係は話が多すぎる。


「聞いていいのかわからないけど、志弦さんはどこから落ちたの?

「この上だ」


 ここはコンクリートでできた展望台の下だ。

 この上には裏から登れるようになっていて、そこが高台公園で一番高いとこなんだ。(テレビ塔がを除く)


「それに……」


 そうだ確か。


「俺が志弦に告白したのもこの上だったっけ」


 印象深いはずだよ。


「全部ここから始まって、ここで終わってるんだし」

「……」

「……どうした」


 何やらリュダの様子がおかしい。


「本当に思い出せないの?」

「何をだ?」

「……なんでもない」

「えーまてよ」

 気になるじゃ

ん。どの思い出のことだろう。ここで飛び降りたことか。

 あるいは付き合い始めたこととか。


● 2055年6月1日(火)


「おーい、横山」

「すまん、先帰るわ」

「おつかれー。青春がんばれー」

「うるせー!!!!!」


 ……


 滑り下るようにチャリが坂を下っていく。

 高台公園はすぐそこに見えるけど、行くにはまた昇らないといけない。

 キツイけど、告白するにはうってつけの場所だ。

 夜景がきれいで沢渡では有名だけど、夕暮れのオレンジと光り始める沢渡の街並みも見ごたえがある。

 良いのは夕暮れがきれいだと誰も知らないことだ。だからきっと、俺たちだけの世界になる。


「うおおお!」


 しんどい! むっちゃしんどい! ものごっつしんどい!

 ペダルに全力で体重を乗っけても全然進まねー!

 高台公園はそんなに高い場所にあるわけじゃないけど、結構がんばって上らないといけない。

 ママチャリからは、ギィンとチェーンが軋む音もする。

 胸の奥から頭にゾワゾワと駆け上がっていく高揚感を全てペダルにぶつける。


「はあっ、はあっ、ついた」


 心臓がバクバク言ってる……。


「あっ……」

「……」


 志弦……! 先に来て待っててくれたのか。


「志弦!」


 彼女の名前を呼ぶと気がついたようにゆっくりと振り向いて笑う。


「ごめん、高台公園に来てから呼ぼうと思ったんだけど」

「全然いいよ。私の方が近いもん」


 あどけない表情で笑う志弦。薄手Tシャツに軽い上着を羽織っただけの部屋着に近い格好だ。

 きっと彼女は予感している。近頃一緒に居る機会も増えてきれいだなって思うようになった。

 中学の時に構ってばかりだったあの頃とは少し違う。


「改めて言うね」

「俺に言わせろ」

「……うん」


 あどけない素振りが消えて、まっすぐと俺を見つめる。


「感づいてると思うけど」

「……」


 横顔でうっすらとしか読み取れない志弦の表情。見えるような見えないような、手を伸ばしても届きそうで届かない。

 志弦と向き合う。

 …… 

 さあ……

 言うんだ。言うんだ。

 ……


「志弦……俺、さ」

「……」

「好きです。俺と付き合ってください」

「……」

「色々考えてたけど、全部忘れたよ……」


 何かイカした言い方は無いのだろうか。

 告白なんてカッコよさを追求する必要ないけど、どこまでも見かけを気にしてしまうのは若い奴にありがちな厄介な病気だと思わないか。


「うん」


 言いようのない感情。今まで志弦を意識したこと自体は何度かあったかもしれない。

 友達として過ごした時間も長い。それでも志弦と積み重ねた数々の時間はなにごとにも換え難いものだ。


「ごめん、言えなくて」

「藍にだろ」

「清彦にも、恋愛感情もだけど、中学の時からずっと守ってくれてありがとう。私が思ってた以上に、清彦は私のことを考えてくれてた。今まで気がつかなくてごめんなさい。これからはもっと大切にします」

「……」


 どうしてこうも無様なんだろう、思春期特有のお花畑な脳に陶酔しているだけかもしれない。


「くそ……おかしいな」


 思わず頭を掻きむしってしまう。理由は分からない。でも俺も他の誰でもなく志弦が良いんだ。

スッ


「あっ……」


 俺は不意に志弦を抱きしめる。

 どうしてこんなことをしているんだろう。なにからなにまで自分がすることの意味が分からない。動物みたいにしたいことだけをしている。


「あの……」

「しばらく、このままで」

「……」


 志弦は何も言わず抵抗もない。ただ受け入れて緩やかな鼓動だけが聞こえてくる。

ドクン、ドクン、ドクン。

 志弦はこんな匂いがするんだ。胸の中に収まってしまいそうなほど小さな志弦。


「ねえ、思い出話をしてもいい?」


 俺はコクンと首を縦に振った。


「私たちが会ったのって覚えてる?」

「中一だったっけ」

「うん、あの頃の私は何もできなくってさ」

「そうだったな」


 よく覚えている。藍以上に人間関係はちぐはぐだった。


「その頃と比べたらすげえ進化したよ」

「清彦が居たからよ。その時の私は友達なんて一人もいなくって」


 超孤立してたな。完全無視過ぎていじめっ子すら見放してた。


「その時、いっぱい面倒見てくれたよね」


 面倒って大したことはしてねーし。なかなか話しかけてくれない志弦に構いまくってた記憶しかない。


「それが嬉しかったんだよ。変な冗談を言ってくれたり、おもしろい話をしてくれようとしたり」

「最初は清彦くんのやってることの意味がわかんなかったんだけど、いつの日か全部私の為にやってくれてるんだって、気づいたら清彦くんがすごくかけがえの人になってた」


 志弦と話し始めたのは中学1年が始まってすぐではなかったような気がする。

 人の関係を拒絶したように何も話さなかった遊佐志弦が心に引っかかっていたのだ。

 まるで忍者のように気配を消している。クラス中に認識されていない透明人間のような存在の彼女。

 すれ違うときの機械的な動き、良いとか悪いとかを超えた『あるようにある』だけの存在が強烈だった。

 どこまでも中立で善悪が感じられず、最初のうちはどう絡んでいいかわからないまま過ぎた一学期。

 ただひたすら帰れるときは帰っただけ、一方的な話ばかりしていた頃が懐かしい。その原動力はただの興味本位だ。

 夏休み、俺たちの関係が動き出した。この場所、高台公園で。そして今、またここから始まるんだ。


「でも二年に上がってから別クラスになっちゃったし、三年も一緒にならなかった。クラス替えして清彦くんがいなくなると誰とも話すこともできなくなっちゃって、一年の時に清彦くんが話してくれた毎日が楽しかったんだってことその時にハッキリ気がついたんだ。居なくなって初めて自分は不器用なんだなって思い知ったの」

 ……

「連絡先も交換してなかったし、クラスが違った二年間は学校で毎日すれ違う度に嬉しくて辛かった。だから沢渡で同じクラスになれた時、信じられなくてすごく嬉しかったんだよ」


「また一緒に、清彦くんと話ができるんだって。今度は後悔しないように私からもいろんなことを話そうって。すれ違うとき、声をかけてくれるぐらい必要とされたいなって。そういう存在だよって、今まで言わなくてごめんなさい」


 ……


「もう、必要だよ」

「清彦はどうして私を好きになったの?」

「……」

 ……

「中学の時、守ってやるって言ったのに離ればなれになったのが、ずっと引っかかってた」


 ずっと口先だけの男だった。


「好きだった。今までずっと。やっと言えた」


 これで志弦を守ることが出来る。


「中学の頃、このまま居ることが出来ると思ったけど、別々のクラスになって気づかされた」

「だからいつか一緒のうちに言わなきゃいけないって」


 ずっと一緒に居ることが出来る。


「それに結構気を遣ってくれるじゃん。疲れてそうならそっとしてくれるし」

「……」

「人の心を察してあげることが出来るところが、好きかな」

「苦手だよ」

「?」

「私そういうの一番苦手だと思う。人の気持ちなんてわからないよ」

「そうかな。志弦は誰よりも人の気持ちになって考えることが出来る人だと思ってるよ」

「……」

「ただ一方的に話したりしないし、黙っていても雰囲気は崩れない」


 素直な感想だ。俺がしゃべるのが苦手っていうのもあるけどさ。


「志弦は居心地がいいよ」

「……そっか」

「それに志弦と話してたら分かりやすくて飽きないよ」

「わー過大評価されてるかも。清彦とつり合いが取れるか不安になってきた」

「はは、いつも通りでいいよ」


 意識したわけじゃないんだろう。


「他には。自分が成長するところに価値を見出したりするところとかね」

「……清彦ってすごいね」

「なにが?」


 特別なことは何も言ってないはず。


「そんなに私を見てくれてると思わなかった。私、ずっと何気なく一緒に過ごしてるだけだった」

 ……

「清彦のこと好きだよ!だから私、探すよ。清彦の良い所!」

「別にこれからも気を遣う必要はないんだよ」

「でも、そんな風に私を見てくれる人なかなか居ないよ、だからがんばるね。清彦の事、もっと好きになれるようにがんばるね!」


 そう言って笑う志弦。

 なんか、いいね。すごくいい。

 俺も笑った。心の底から笑顔になってすごく嬉しくなった。

 もう志弦には辛い思いをさせない。俺がいつもそばに居れば見ていられない苦痛からも守ることが出来る。


 これからは一緒に居よう。誰も志弦を傷つけたりなんてしない。

 志弦が好きってだけで志弦の事しか考えない。いつだってそれが大好きな本当の理由。

 志弦は笑った。俺も笑った。まるで永遠みたいに二人は笑った。

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