4話 2055年4月23日(木)
● 8月32日 9:30頃
「広橋さんね」
「かなり変わってるでしょ」
ちょうど真横の席に座って、志弦と話していたはずだ。
「清彦くんの周りの女友達って変わってる方が多いんだね」
「もしかしたら俺が志弦を好きになったのは周りにまともな女の子がいなかったからかもしれない」
沢渡高校って変なヤツ多いもんな。別に藍に限ったことじゃない。
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一年生の担任は特にイカレていた。総合学習で1000羽鶴を折らないといけなくなった時。
「よーしいいか野郎ども! 最初に俺がやってみるわねぇ」
すると担任の長尾はすぐに折鶴を折り始める。
「こうやって、ああやって、こう、こう。あはぁん。できたわよ、うーん、セクスィー。お前ら、見よう見まねでいいからやってみろ!」
生徒は文句も言わずに黙々と作業している。恐いんだ。とにかく絡まれたくない一心で。
「どんどん作れ―! イッチニ! イッチニ! イッチニ!」
よく文句も言わずに作ってたもんだ。
「すんません、わかんないんですけど」
「大丈夫、心配するこたぁねーぞ、早くよこせ!」
目の前でどんどん折鶴を折っていく。
「早くやれ、ウスノロども!」
どうやってハイテンションを維持しているのか不明だ。
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「うわー厳しー」
キツネ耳の女は怪訝な顔をしながら語る。
「だろ?」
「その長尾って先生なの?」
「うん。オカマ口調の先生」
「キモいわね」
「あそこまで行ったら、キモいを通り越して怖かった。逆に誰も反抗しなかったもん」
「なんとなくわかるわ」
そりゃ絡みづらいわ。
「広橋さんだっけ、その子は長尾先生ぐらい変わってたの?」
「まさか!」
他の高校だったらとびっきりの隠し玉だっただろうが。
「どんな感じだったの?」
天然っちゃ天然なんだが、度が過ぎたコミュ障。よく言えば素直すぎるやつ。
● 2055年4月23日(木)
沢渡高校に入ってすぐぐらいの総合学習。私は藍ちゃんと一緒に何か紙に書く作業をしている。
私も藍ちゃんも作業として完結しているから、何をやっているのか全然覚えてない。
「藍ちゃん、最近調子はどうなの?」
「今日は87.37パーセント」
87.37パーセントってかなり高いなあ。藍ちゃんは調子が良いと凄すぎて手に負えなくなっちゃうから難しい。
「しーちゃんは何パーセントですか」
「うーん、四捨五入して70.5パーセントぐらいかな」
「何桁を四捨五入?」
「二ケタ」
もちろん私の答えは適当。適当と言うより藍ちゃんのように正確に出せないから、藍ちゃんが納得してくれそうな数字を大体で出した。
藍ちゃんは黙々と作業に没頭している。もちろん私もしているのだけど藍ちゃんの方が優秀だからなー。
「しーちゃんは」
……
途中まで話して止まった。藍ちゃんが話しかけてくること自体が珍しいのに途中で話が止まるなんてもっと珍しい。
「どうしたの? 聞いてもいいよ」
普段藍ちゃんってどんなことを考えているんだろう? 無表情から藍ちゃんの考えを察することはまずできない。
こんな風に話して藍ちゃんのことを知れるのはすごく嬉しいし、いい機会だと思う。
「しーちゃんは横山くんのことが好きか」
「……」
答えにくいことを聞いてくる。このストレートな感じも藍ちゃんらしい。
「もちろん、好きだよ」
「異性として?」
「……ええ」
まだ告白はできていないけれど。
「でも誰にも言わないでね。恥ずかしいから特に綾子さんには」
藍ちゃんは口を開かずに首を縦に振った。
(全部聞こえてるっつうの)
え、なに今の。
不意に背筋に悪寒が走って、すかさず綾子さんの方を向いてしまう。
「……」
綾子さんはパートナーになっている人と一緒に話をしていた。もちろん私たちを見ているはずもなく、気がついている様子すらもない。片方イヤホンをしているのは気になるけど……。
気のせいだよね。さすがに綾子さんでもこんなこそこそ話まで聞いているはずないよね。
数日後……
キーンコーンカーンコーン
「横山くん、ちょっといい?」
朝のホームルームが始まる前、広橋が立っている。
「どうしたんだ。隣の席なのにわざわざ立ち上がって」
「バスケ勝負しよう」
「バス……ケ?」
突然何を言い出すんだ。
「横山くんはバスケ部。つまりバスケができるでしょう」
散々隣のコートで見てきただろう。できるに決まってんじゃん。
「バスケはできるけど」
「昼休み、体育館で待っています」
「お、おい」
それだけ言うと、振り返って隣の席に座った。
わざわざ立ち上がってまで言うことだったのだろうか? 俺がつまらないことを考えるうちに広橋は机に突っ伏して目を閉じていた。
……何考えているんだろうコイツ。プライベートをほとんど知らないヤツだけどもっとわからなくなった気がする。
「……」
今の藍はいびきはかいていない。まさかタヌキ寝入りじゃないだろうな。
キュッキュ。
昼休憩。暗い体育館の中でボールとシューズの音だけを響かせながら二人でバスケをやっていた。
五時限目の体育前。二人でガチのぶつかり合いだ。レクリエーションとは思えない。
ダンダンダン。
フェイクをかましながら、目まぐるしく動く身体、まるでスキがない。
二人だけの体育館ではドリブルとバッシュの音だけが響いている。ウォーミングアップ程度の軽い運動から次第に広橋のプレイは激しくなっていった。
とても広橋らしかった。冗談のない素直な動き、一直線に追求してきた圧倒的な技術、悪く言えば不器用なほど極端な個人プレー。人柄を全てをさらけ出したような動きだ。
クッ。
ドリブルしているボールをかすめ取る広橋。その技術は文句のつけようもない。
ダンダンダン、シュッ。
吸い込まれるようにボールが入った。
「ちょっとタンマ……」
「はい」
もう何点入ったんだろう。横で女バスの練習が目に入った時、藍は飛び抜けて上手だとは思ったが。
「はあっ……はあっ……」
だが実際相手にしてその本当の恐ろしさがわかった。決して体格ではない。
すり抜けることが出来ないガード。マークされたらボールを奪われる。ボール持たせたら追いつけない。正確無比なシュートとそのサイクルを何度でも繰り返すことが出来る体力と集中力。
「ハアッハアッハアッ……」
腕で額をぬぐうと床に汗が零れ落ちた。普段の体育よりキツいぐらいだ。
「すげえな、追いつけないぜ」
「褒めているのですか?」
ああそうさ。今のが馬鹿にしたように聞こえたのか。
「褒めたさ」
「……」
しかし表情一つ変えず広橋は俺を見下ろしていた。
「横山くんは上手。今まで出会ってきた中では一番」
「そりゃどうも」
一応小学校の時からやってたしな。体格差もあるし負ける気はしなかったけど上には上がいるね。
「広橋は横山くんともっとバスケをしたいと思っている」
「今度にしてくれ」
これ以上やっちまうと5時限目の体育分の体力まで使い込むよ。
「横山くんの下の名前を教えてください」
「今更どうした。いつも綾子ちゃんとか『清彦』『清彦』言ってんだろう」
「清彦。それじゃ明日から広橋は『きよ君』と呼んでも良いですか?」
別に俺に聞くようなことでもないだろうに、でもいちいち確認してくるところは広橋らしいな。
「呼びたかったら清彦でもきよ君でも呼べよ」
「分かった。よろしく横山くん」
……?
「『きよ君』って呼ぶんじゃないのか?」
「『明日から』と言った」
「今から言えばいいぜ」
「む……良いのか」
「好きな時に好きなように呼びなよ」
「きよ君」
恥ずかしいから呼ばなかったってわけじゃないのか。わかんねぇー。
「またバスケしような。藍」
「藍とはわたしの事か?」
「じゃなきゃ誰なんだよ」
……
……
「女子の体育は外だからもう行く」
タッタッタッ……
そう言うと藍は体育館の出口まで走って出て行った。
運動量俺より多かったのにあれだけ動けるとか底なしの体力だな。
俺は体育館のブレーカーを上げるとすぐに光がついた。小学校までは明るくなるまで時間がかかったように思うが最近はそうでもないらしい。
そろそろ先生とクラスの奴らも来るだろう。その間ぐらいまでゆっくり休ませてもらおう。少し動き過ぎた。