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3話 2053年4月13日(月)

● 8月32日 9:00


「へぇ~、そんなことがあったんだ」


 生徒証から手を離すとまるで夢が醒めるように昔の光景が消えていった。


「今の、なんだったんだ?」


 高校時代、確かあんな会話をした気がする。だけどありふれすぎていて思い出すことすらできない記憶だ。


「なかなか青春っぽいことしてるんだね」


 とても懐かしい気持ちになる。もう二度と戻ることもない記憶の中にしかない過去。


「ちなみに清彦君的に一番印象深い人は誰なの?」


 印象深い人は…藍だ。


 彼女はとにかく変わっていた。

 ふるまいもしゃべり方も良くも悪くも常識が通用しなかった彼女が記憶に残らないことなどあるか?


「ふぅん、そうなんだ、どう?沢渡高校、久しぶりだから忘れてたこともいっぱいあったでしょ?」

「そう、だな」


 何もない毎日を忘れていた。

 本当はそれこそ、大切なんだってことも。


「他にはどんなことがあったの、教えて欲しいなぁ~」

「どうして」

「うぇっ! そんなけち臭い事を言うんだ!」

「いいよ。教えるさ」


 俺は沢渡高校のことを思い出す。

 自分が話しているうちに自然にあの頃の時間が流れ出す。


● 2053年4月13日(月)


 沢渡高校は難関高校であるということは、少なくとも沢渡市に長く住んでいる人はよく知っている事実だ。

 そんな高校を進学先に決めた理由は単純に自分のレベル以上を目指したかったから。

 中学時代はバスケも当然ながら、勉強でもいい成績を残したかった俺は部活が終わっても勉強に励んでは学校で宿題の答案扱いをよくされた。

 しかし俺は凡人だ。単純に何かにひたむきになれば苦労も苦労と感じないとバスケが教えてくれたから勉強だってそうやったまでだ。身の丈に合った勉強方法だな。

 もともと内申が悪いわけでもなかったし、部活を引退してから無心に勉強したおかげで俺は合格を勝ち取った。沢渡高校はその努力が実ったものだと思う。

 その合格を友達は『すげー』とか『運がいい』とか抜かしていた。


 とても気分が悪かった。


 だから俺は今でも中学時代の友達は居ない。付き合いたいとすら思わない。

 でも一人だけ、俺の努力を認めてくれた人が居る。 


「アタシは沢高落ちたよ」


 卒業式後の会話で中学校時代のそうさんという女友達、とはいえ友達というほど距離が近かったわけでもなかったが、彼女だけが唯一俺を祝福してくれた。

 おおよそ三月とは思えない暖かい日の下で堅苦しい彼女の雰囲気とは正反対の口調で言う。


「悪い」

「アナタが引け目に感じる必要はないわ。アタシの努力が足らなかっただけ」


 俺は落ちた彼女にどんな言葉をかければいいかは少しもわからなかった。


「アタシ、いつかあなたを見返せる人間になるわ」


 校門で中学校の校舎を振り返る。


「またいつか」


 学生として、最後の校門をくぐった後、雨傘を振ってすぐに別々の方向に歩き出した。

 夢を聞いたことは無い。思い返せば、同じ沢渡高校を目指している以上のことは何も知らなかった。

 宗さんは同じ沢渡市内にある葵橋高校へ通うらしい。その先は知らない。

 だが悔しさを糧にして伸びていく彼女の姿はしなやかで折れることのない美しさをまとっていた。

 もし仲が良ければ今でも付き合いがあったのだろうか。


「……雨だ」


 中学卒業の日、天気予報通り、雨が降り出した。

 半信半疑で持ってきた雨傘を開いて帰り始めた。

ドシャ―!

 しばらくすると通り雨のような激しい雨が一斉に降り出して、たまらず雨傘を差していたのに近くのゲーセンに逃げ込む。

ゴロ、ゴロゴロ……

「カミナリか」

 春先ってこんな雨とか雷が降っただろうか、意識したことない。

 雲の向こうでピカピカ光る雷雨。しばらくするとビューと音がし始める雨なのか。葉擦れか雨かもわからない激しい暴風雨になった。

ゴロゴロ、ゴロ。

 しかし音に限ってはずっと中途半端なままだ。

「こりゃ止まないな」

 ちょうどゲームセンターだし一発遊ぼう。スマホで親父の仕事帰りの車に拾ってもらえばいいや。

 これで俺以外で知っている沢渡高校を受けるヤツは落ちてしまったわけだ。宗さんの連絡先は知っているけれど卒業と同時に疎遠になってしまってそれから話したことは一度もない。

 それが俺の中学校最後の思い出だ。


 ……


「これが沢渡高校か」


 新調した制服を着て沢高に行く。葉桜になった4月の桜並木は花びらも数えるほどに消えてしまっていた。

 新入生は坂を上っていく。立ちこぎや車で送り迎えしてくれる人の中、俺は歩いて坂を上る。

 手には下駄箱の番号とクラスそして席の番号が書かれてある。

 これから何度もくぐるであろう正門を超えて沢渡の校舎に入っていった。


「緊張するなー」


 慣れない校舎に入って廊下を歩く。自分は本当にここでいいのかな?

 廊下の通りには1年1組から向こう側へと続いている。


「6組、6組」


 1、2、3……6。ここだ。

ガララ。

 さて席はどこだ。どうせ後ろの窓側だろう。番号を確認して黒板を見る。

 そこには同じく席を探して黒板の番号を追っている一人の女がいた。


『遊佐志弦』


 沢渡高校の制服を着た彼女だった。

 ショートカットの横顔に黒板を指さしている志弦。窓が空で完全にホワイトアウトしてカールしたまつ毛まで見えた。

 ああ、そういえば見とれてしまうほど志弦は綺麗だっただろうか。しばらく見ないうちに顔すらうろ覚えになっている。

 俺が知っている志弦はもっと無感動で、自分の世界すら持たない、空っぽの箱のような存在だった。

 だが今は意思を持って進んでいる目。自信を持っている動き。生き生きとしているオーラ。どこを取っても文句のつけようのない女性だ。この2年間で何が変わったんだろう。

 彼女のこと知ってるつもりだったけど、初めて出会った気さえした。


「ごめ……」

「……」

「横山くん?」


 志弦も俺を二度見した。豆鉄砲を食らったような丸い目だった。


「よう」


 番号を見ると36番。俺の一つ前。やっぱり志弦は俺の前の席らしい。


「……」

「よろしくな」

「う……うん」


 二人とも席に座って荷物を投げる。


「横山くん、この高校だったんだ」

「うん」


 ヤベー。冷静を装っているけど心臓はバクバクしている。

 俺も意外だ。もう二度と逢えないものだと思っていた。


「遊佐さんって頭良かったもんな」


 志弦がこの高校に来るのは不思議じゃない。むしろ俺の方に驚いているだろう。


「ひゃっ!」


 ビクッとはねるとネコが危ない音を聞いたときみたいな素早さで振り向いた。

 遊佐さんは笑っていた。社交辞令というよりは安心したような、良かったという安堵感を含んだものだ。


「まさか遊佐さんが同じ学校になると思わなかったよ」

「私も……」

 ……

「同じ中学校から来てる人って私たちだけだよ」

「そうなの?」

「3人受けて2人受かったのは知ってたけど、まさか横山くんだとは思わなかった」

「もう一人誰か知ってる?」

「宗さん……」

「知ってたんだ」

「卒業した後に落ちたって聞いてたから、私の知らない人が来るんだろうなって思ってた」


 アイツわざと来るって言わなかったんだな。


「なんにせよ、よろしくな遊佐さん」

「……うん。また中学校の時みたいに話そうね」


 柔らかい表情で遊佐さんは前をむいた。

 ああ、手が届かないぐらい綺麗になった。そんな彼女が目の前に居る。


 始業式が終わって、担任の先生の簡単な説明が終わったあと軽い休憩が入った。

 まだ初の顔合わせとだけあって話しかけている人はちらほらいるものの、盛り上がっているとは言い難い。


「広橋さん?」


 すげえ、遊佐さんから話しかけてる。中学ではありえない話だ。


「む?」


 本を読んでいた彼女が遊佐さんの方を向いた。


「自己紹介って緊張するよね」

「そうか?」


 わお、初対面で否定的に入るとはなかなか強敵だ。


「うん。どうしても意識しちゃわない?」

「全然しないが」


 こいつ、変わってる!


「こういうときは嘘でもうんって言っとくもんだよ」

「そうなのか」


 初対面の相手に社交辞令を教えてる……。

 遊佐さんはニコニコ笑いながら前の女子と話している。相当レアい。

 二人が話している姿、見れば見るほど昔の遊佐さんとギャップが激しい。


「藍ちゃん、藍ちゃん」

「しーちゃん、しーちゃん」


 いつの間にか『しーちゃん』って呼ばれてる! 友達レベルが上がってる!


「藍ちゃんは部活とか入る予定はあるの?」

「バスケ部に入る予定」

「そうなんだ。ねえ清彦くん。バスケ部だって」

「へ?」

「清彦くんもバスケ部入るんでしょ? 藍ちゃんもバスケ部なんだって」

「そうなんだ」


 とはいえ女バスだからカラミはそんなに多くなさそうだ。


「それよりも、『清彦くん』って……」

「いいでしょ?」

「ムズムズする」

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