2話 2055年10月9日(金)
「ごめーん、今日は約束が入っちゃったんだ」
「そうか」
申し訳なさそうに手を合わせて平謝りする『遊佐志弦』
チャイムの音が終わらないうちに先生は戻ってしまい、クラスのみんなは席を動かしたり、弁当箱を広げる人がいる。
「ちょっと綾子さんの所に行かなくちゃいけなくて」
綾子ちゃんって同じクラスじゃないか、と思いつつ見渡してもどこにも綾子ちゃんの姿が見当たらない。探すところからっぽいし相当時間かかりそう。
「りょーかい」
「今日の弁当置いとくね」
志弦はカバンからかわいらしいネコのナフキンを取り出す。近頃、志弦は俺の弁当を作って来てくれるようになっていた。
すげーありがたい。こんな彼女なかなかいねーぞ。多分。
「じゃー後でね」
ドタドタドタ……
……さて、どうしたものか。
こういう時一緒に飯を食う人間は決まっている。
俺はふらふらと別の男子の席に向かう。
「西田」
「おう横山、遊佐さんに振られたのか?」
「そんなところかな」
「じゃあ、ここに来ることを許す!」
こんな感じでスゲー調子のいいヤツ。もちろん人間的にも付き合いやすいから一緒に居れるわけだが。
「ちょっと待て、その弁当はなに?」
ああこれか。
西田は志弦がくれたお弁当を指している。
「志弦が作って来てくれたんだよ」
「ブッブー! 俺らと一緒に飯を食うことはできません!」
「……」
「……」
「そうか、邪魔したな」
「冗談だって! 俺がそんなワルイ奴じゃないの知ってるだろ?」
「いいよ。他の人と食べるよ。広橋とかさ」
「広橋?」
俺たちは広橋の方を向く。
「ずこーずこーずこー」
「……」
「ムリすんな」
「……そうだな」
スッゲェ凄いいびきだな。
超かわいいの容姿にあのいびきはいただけない。しかも普段会話するときもコンクリートで塗り固めたみたいに表情がない。
最近、広橋とは同じバスケ部つながりでそこそこ話す機会もある。
「わたしはきよ君を愛さなければいけない」
『広橋藍』……ここだけの話、半年前ほどに告白されたりした。
「ゴメンナサイ」って断ったけど。
でも広橋は過去なんてなかったみたいに話してくるから、気まずさも忘れて今では普通の友達に戻ってしまった。
「ずこーずこーずこー」
あれは見過ごせない。女子があんないびきをかいて昼寝したらダメだ。
「メシ食うか」
「そうだな」
いそいそと二人で弁当箱を開ける。
「お前だけ彼女の手作りかよ。見てるだけでもムカつくぜ」
いいだろー、西田と違って俺のお弁当はカノジョ製。もっとうらやましがれ!
パシン、
弁当を食っていると肩に甘い感触、そして。
モミモミ。
突然肩もみをし始めた。
多分あいつだろうなあ。巡らせるわけでもなく出てくる顔は一つだけ。
「あら、意外と凝ってないわねぇ!」
どんぴしゃだ、声が思った通りの人物。
「綾子ちゃんか」
「大正解~」
「痛てててて!」
急に強く揉むなよ!
「ところでさー志弦を探してるんだけど、どこに行ったか知らない?」
「さっきお前を探しに行ってどっか行った」
「あらら、入れ違っちゃった」
「お前ら何の用事なんだ?」
「別に大したこっちゃないことー」
その割に慌ただしい。俺と西田なんて黙ってメシ食っているのに。
「電話かければいいんじゃない」
黙々とメシを食っていたボソッと声をだす。
「ナイスアイディア」
「目の前でいちゃつかれたくねーんだよ!なんで横山だけ・・・」
綾子ちゃんは西田の文句を無視して、ポケットからスマートホンを取り出すと、するすると画面を指で動かして操作しそして耳にそれをあてがった。
trrr
「……!!」
trrr
「出ないわ」
昼休みに校舎の中をうろつかれるのはいいとしてちゃんと目的は終わるのだろうか。
急に起き上がる広橋。
「綾子さん、そばにいるのだから、電話など使う必要はない」
「ありゃりゃ」
画面を見直す綾子ちゃん。
「これ藍の番号だわ!ごめんごめん!」
「……」
うわー怒ってる怒ってる。藍が綾子ちゃんに不満げな表情を見せている。
「ごめん、ごめんって。もっと笑いなさいよ。怖い印象をもたれるわよー」
ぐにゃー。
両手の人差し指を藍の口元で無理やり上にもっていく。
そもそも綾子ちゃんが天然っぽいことをやらかすこと珍しい。
「で、誰を呼び出すつもりだったんだ」
「んーしづるだけどー」
「そうか」
納得したようにうなづくと、今度は藍までもポケットからスマートホンを取り出して電話をかけ始めた。
「……もしもし。広橋です。綾子さんが戻っておられる」
ホントに志弦と電話してんの?名前ぐらい向こう側に表示されてるだろうに。しかも戻って「おられる」って妙に他人行儀だし。
「はい、よろしくお願いします」
ピッ……。
学生の会話か? かしこまりすぎて営業とお客さんとの会話にしか聞こえない。
「すぐにしーちゃんは戻ってくるそうだ」
「悪いわねー。何か借りにしとこうかしら?」
「大丈夫だ」
なんかキレてないか。『これ以上私の眠りは邪魔させません!』みたいなオーラが。
……
出てるわけないな。
もうすでに目がとろんってなってるし、今にも寝始めかねない様子。
「待ちなさい」
「む」
「たまには私らともコミュニケーション取りなさい」
「むー」
がくがく揺するが、無抵抗の広橋藍。まるで口うるさいかーちゃんのようだ。
「清彦くん、無理を承知だけど、この子が寝ないように話しててあげない?」
「……は?」
「実は志弦と一緒に藍にも話があるのよねー。だから寝ださないようにこの子と話しててほしいの」
「綾子ちゃんは?」
「すぐに戻ってくるわ。藍なら同じバスケ部の清彦くん任せとけー!って思ってるって知ってるから」
勝手に代弁するなよ、ムチャクチャだな、同じバスケ部でも女バス部は隣のコートだし!
「よろしく!」
ズドドド
まるで押し付けるように藍をその場に置いて、脱兎の如く教室から逃げ出した。
おいおい、冗談じゃねぇぞ。確かに藍がクラスメートと話してる姿を見たことないけどさ。
「むぅ~」
めちゃめちゃ眠そうじゃん。
……仕方ない。
「藍って普段家帰ったらどんなことをしてるんだ?」
「……」
昔、猛アタックを受けたことがあったけど、藍のプライベートをほとんど聞いたことが無い。話をするならほぼバスケの話題だった。
「確かに気になる。藍ちゃんって結構わかんないもんね」
西田の言うことはこのクラスの大半の人が思っている。藍は学校ではずーっと爆睡しているし、バスケ部でからみがあっても世間話というより技術的指導のような会話しかしてくれない。
「家ではよく、運動をしている」
運動? バスケじゃなくて?
「勉強もしているぞ」
「勉強って、学生か? 学生なら勉強なんかせずに遊べよ!」
いや、お前の発言も間違ってるから。
「むう。難しいな。逆に西田は何をしているんだ?」
「そりゃ、女の子のことを考えたり、女の子のことを考えたり」
「なるほど、興味深いな」
どこから突っ込めばいいのか。とりあえず殴っていいのかな。
「うわー藍ちゃんが他の人と話してる。めずらしっ!」
「良かった志弦。誰かあのカオス空間を止めてくれ」
「カオス空間?」
……
「男って言うのは、刑罰は嫌いでもおしおきは大好きなんですよ」
「おしおきってなんだ?」
「こう、アウッっ!て」
西田はどちらかというとイケメンの部類。だからこの発言こそ女子に西田不人気の秘密なのだ。
「ねー清彦、この会話大丈夫なの?」
知らん。俺に聞かれても困る。俺自身ハラハラヒヤヒヤしている。
「ところで綾子さんはどこ? ここに居るってんだよね」
「ちょっと待ってくれって言って、どっかに行った」
「自分から呼んどいてどっか行くのね……」
まーあきれるよな。
「お待たせ、もう来たわね」
「もー遅いよ、綾子さん」
「ごめんなさい、次からは気を付けるわ」
ぶっきらぼうに言い放つ、綾子ちゃんは謝るつもりはないのだろう。
もともと綾子ちゃんはこういう性格だ。テキトーな人間ではないが、あっさりしていて付き合いやすい。
「女の子には夢が詰まっているんですよ」
「夢なぁ」
前からだけど理解できているのかわかりにくい。コミュニケーション取れるのか不安になる。
藍から告白されたこともあったけど、もし付き合ってたらどうなってんだろう。その時は一人身だったしコイツが彼女ってのはありえたんだよね。
「はーい、二人とも。みんなが見てるからやめなさい。藍ちゃんも、綾子さん戻ってきたから」
「おう」
藍はすぐに振り向くと、教室を出ていこうとする二人についていった。
「あいつらどんな用事なんだろうな」
「お前が藍に何を吹き込んだのかも気になる」
綾子ちゃんは変な用事は言わないだろ。ハイテンションなカラミが面倒なだけで基本的に俺らに悪いようにはしない。
「もちろん、理想的な女の子になるために必要なことを教えてたんだよ」
大丈夫かよ……。
「藍は真に受けるぞ」
「全然オッケーです。むしろ俺の言いなりに!」
頼むから俺の話を聞いてくれ。