第96話 男爵家の子供たち
コーネイン商会本店からメルキース男爵屋敷へ向かう。
「商会長、父さんたちの武器は今月末頃と言ってましたよね」
「クラウスはもう1週間かかる、装飾があるからな。ソフィーナの弓もやや凝った作りになるため、数日延びる」
「あらら」
「簡素ならそうでもなかったんだがな、まあ職人の訓練にもなると言うし、任せるよ」
そっか、職人の経験を積む意図もあったんだ。タダで作ってもらうんだし、商会の意向に沿うのがいいね。にしてもサラマンダーの姿を再現するのは手間がかかりそう、鱗とかも細かく彫り込むだろうし。そう考えると早い仕上がり予定か。
ただ、町を破壊したサラマンダー、死人も出たんだ。そんな姿を背負っていて、もし遺族が目にしたらどんな気持ちになるだろう。その辺、気を使う必要はないのかな。
「あの、こんなこと聞いたら変だけど、魔物を象った意匠では快く思わない住人もいるんじゃないですか」
「……中には畏怖する者もいるだろう」
あ、やっぱり! なら大人しめな感じがいいんじゃないかな。
「だがなリオン、そんなことは気にしなくていい。魔物とは大きな脅威であり、また強さの象徴でもあるのだ。それを倒し、素材を使った武器を背負うことは、その者の力量を示すことになる。剣の腕前も手に入れる財力もな」
「リオン、魔物素材はな、怯えず立ち向かう、その意思表示みたいなものだ。考えても見ろ、魔物の体の一部を身につけているんだぞ」
「あー確かに」
なるほど、魔物を恐れない、そういう心意気を示す材料でもあるのね。
「実は気になって遺族に聞いたことがある、その時を思い出し辛くはならないかと。だが大抵の場合は、よく倒してくれたと、仇を取ってくれたと、好意的な言葉を返されたぞ」
この世界独特の解釈なんだね。魔物が身近にいるとそういう思考になるのか。
「ゼイルディクの住人、特に城より北側に住む者は、魔物が襲ってくることは承知で暮らしている。魔物によって近い人が亡くなれば、悲しむ時はあれ、その悔しさの矛先は魔物へと向く。それが奥地へと赴く原動力となるのだ」
それはそれで魔物に囚われている気がする。だからと言って塞ぎ込んでも仕方ないか。
「そうだ、同じ思いをさせないために戦うのさ。そして悲しませないために自分も生き残る。ミランダ、村に身内を優先して住まわせる理由が分かったよ」
「城壁の向こうに家族がいると思えば、握る剣にも力が入るだろう」
魔物と戦うと言っても、色々な思いがあるのね。
「素材を主張することによる拒否反応は、甘んじて受け入れろ。それは領主となった時、少数意見に対する心構えにもなる。皆が皆、賛成しない決まりを作ることも時には必要だからな」
「なんだよ、またそういう訓練が目的か。はは、いいさ」
「さあ、着くぞ」
つまりは目立ってメンタル鍛えろってことか。
敷地正門付近の者と御者がやりとりをして門が開かれる。メルキース男爵家の馬車で乗っているのはミランダ一行でも止めるのね。
屋敷正面で馬車は止まり俺たちは降りる。
「客間で休むといい」
ミランダに案内され玄関ホール近くの部屋へ入る。10畳ほどか、大きな窓で庭を見渡せる客間だ。ソファは見たところエスメラルダ仕様。はは、ロンベルク邸と同じなのね。いや、貴族の屋敷では定番の間取りなのか。
「特別契約者は6名だ、既に何人かは隣りの客間で待機しているだろう」
「ほう、そんなに多くないんだな」
「商会との特別契約では、お前たちと同じ条件の全額負担で契約金のある特別待遇者と、購入代金を割り引くだけの特別価格契約がある。今日来ているのは前者だ」
「あ、そんな違いがあったのか」
「特価契約はウチで20人くらいいるか、それだけ全額負担してたら大損だ」
「はは、確かにな」
特別契約にもランクがあるのね。では選ばれし6人か。
「実は先日まで4名だったのだが、この際、特価から2名上げた。若い者も入れないとリオンと釣り合いが取れん」
「え、では子供もいるんですか」
「18歳と19歳だったかな、十分大人だ」
「あらら」
士官学校を出て3~4年ってところか、でもそれで特別契約なんて凄い実力者なんだろうな。
「それで、年長2名の子供も1名ずつ同席している。2人とも10歳だ」
「あ、子供もいるんですね、ならお話できるかも」
「1人はサンドラ・ブルーキンク、覚えがあるだろう」
「え! サンドラってあのサンドラですか、2班にいた弓の子」
「そうだ」
へー、そうなんだ! 親が特別契約者だったのね。
「集合まで20分ほどある、ここで休むといい」
そう告げミランダは出て行った。
「訓練討伐で一緒だった子?」
「そうだよ母さん、冷静で全体を見れる子。商会長に憧れてるみたいだよ」
サンドラ自身も訓練討伐参加するような才能あるし、親子で凄いな。それにしても遺伝は半分って宇宙の声は言っていたが、それより反映されてる気がする。まあ両親の能力が高かったら確率は上がるか、それに騎士家系なら正しく伸ばせる環境を整えやすいし。
コンコン。
「失礼するよ」
扉が開いて30代半ばの男性が入って来た。
「キミたちがノルデン一家か、私はセドリック・コーネイン、エリオットの弟で、北部討伐副部隊長をしている騎士だ」
「俺はクラウス・ノルデン、コルホル村西区から来ました。隣りは妻のソフィーナ、こっちが息子のリオンです、本日はお招きいただきありがとうございます」
「ああ、座ってくれ、私も近くに座る」
セドリックはソファに腰を落とした。
「父上や兄上から話は聞いているよ、キミがリオンか。トランサイト武器は素晴らしいぞ」
「前線で試験運用されているのですね」
「うむ、今日、もう少しでドラゴンを仕留められたのだがな、まあ前足を落としたからしばらく出てはこれまい。それも届いてしまう伸剣のお陰だぞ」
うはー、森の奥でドラゴンと交戦したのか。それで前足を落としたと。それを平然と話すのは慣れているからか、流石最前線だ。
「凄いですね、ドラゴンとは」
「サラマンダーに比べれば大したことは無い。それからクラウス、お前は男爵になるのだろう、聞けば私と同じ35歳、言葉に気遣いは不要だぞ」
「分かった、セドリック」
「おお、そうだ、それでいい。私の任務の関係であまり会うことは無いが、その分、今日はよく話をさせてくれ」
「俺もカルニン村のことを聞きたかったんだ、コルホルの参考になればと思って」
「まあまだ向こうに行って1カ月半ほどだが、分かることなら何でも答えてやる」
顔は怖いけど話しやすい印象だな。セドリックか。
コンコン。
「失礼します、そろそろお時間です」
使用人に告げられ廊下へ出る。玄関ホール近くの扉を開くと30畳ほどの広間だった。食器が載った丸いテーブルが4つある。テーブル1つに5~6脚の椅子だ。え、全部で20人以上、まあ男爵一家も一緒になるならそのくらい必要か。
俺はクラウス、ソフィーナと離れたテーブルへ。あれ、家族で一緒に座らないのか。
「リオン様の席はこちらです」
使用人に案内された椅子に座る。あー、このテーブルは少し低い、椅子もそうだ。これなら自分で引いたり出したりできるね。そして座っているのは子供たちばかりだ。なるほど、専用のテーブルか。
俺の他に座っているのは4人、俺の右側にクラウディア、後の女子3人は見たことないな。にしてもここでも包囲されるとは。
隣りのテーブルにはサンドラと男子4人だ、ライニールもいるね。
「お久しぶり、リオン」
「はい、クラウディア様、お元気で何よりです」
「今日は長い時間、馬車でお疲れだったでしょ」
「男爵家の馬車は乗り心地がいいのでそうでもありません」
「そう。それから私はクラウディアでいいのよ、丁寧な言葉も不要です」
「慣れるよう務めます」
訓練討伐の森とは全然状況が違うからな。あっちではパーティメンバーだけど、ここは貴族と平民だ。何よりクラウディアが丁寧な口調なのにこっちだけ砕けた言葉は使えないよ。
顔を見るとニッコリとほほ笑む。はは、ほんとソフィーナをちっちゃくした感じだな。よく似てる。しかしクラウディアはエリオットとミランダの子なのに、なんでソフィーナに似ているんだろう。まあ前世でもそっくりさんとかいたし、そういうこともあるか。
「さて、皆の者、今日は集まってくれ大変感謝する、座ったままで聞いてくれ」
ザワザワしていた広間がその言葉で静まり返る。メルキース男爵だ。皆、声の主に一斉に注目した。
「この場はコーネイン商会、特別待遇契約者の集いである。日頃最前線で、多大なる成果を挙げておる騎士や冒険者たち、その中でも特に優秀なそなたたちを商会は全面的に支援するぞ。今日はしばし戦いを忘れ、ゆっくりと過ごしてくれ」
その言葉を合図に使用人たちがワインやジュースを注ぎに回った。
「では……」
そして皆、グラスを持つ。
「我が商会の武器を手に、勇敢に戦う騎士や冒険者を称えて」
少しグラスを上げて、一口飲む。
10秒ほどの静寂の後、テーブル毎に名乗りの声が発せられた。
「私はルアンナ・コーネイン、14歳、士官学校高等部2年よ。父様はセドリック、母様はカミラ、その長女です。よろしくね」
クラウディアの隣りの女子が名乗った。あー、セドリックの子か、なるほどね。
次はそのルアンナの隣りだ。
「私はテレサ・コーネイン、ルアンナの妹ですのよ。シャルルロワ学園、高等部1年で13歳になるわ。どうぞ、今日は楽しんでお過ごしになって、リオン」
うほ! お嬢様だ! これが貴族令嬢だぜ!
続いてテレサの隣り、俺の左側の女子だ。
「エステル・コーネイン、テレサの妹よ。シャルルロワ学園、初等部3年だわ、9歳ね。リオンとは年も席も近いから沢山お話ししましょうね」
なんと、セドリックには娘3人いるのか。
「私はクラウディア・コーネイン、11歳です。リオンとは訓練討伐で、また一緒に戦える日を心待ちにしています。今日はよろしくね」
あ、次は俺だな。
「リオン・ノルデン、8歳。コルホル村西区から来ました。コーネイン商会には特別契約者として、とても良くしてもらってます。その期待に応えられるようこれからも頑張っていきます。今日はよろしくお願いします」
パチパチパチ……。女子4人は上品に拍手をした。いやー、今日は子爵家といい、ここといい、女子に包囲されることが多いな。こ、これが、異世界転生のハーレムか、なんてね。
さあ、ひとまず食うぜ。
「……」
俺がサラダを口に運ぶと4人はじっと見る。ちょ、ちょっと食べづらいんだけど。
「お口に合いまして?」
「ええ、テレサ様、それはもう、とても美味しいです」
「ほほほ、今日は料理人がはりきってましたから、それは良かったですわ」
テレサはいい具合にお嬢様だ。絡み辛いがそれがまた謎の魅力でもある。
あ、そうだ!
「エステル様は初等部3年でしたよね」
「ええそうよ」
「ビクトリア様をご存知ですか、ロンベルク商会長の長女です」
「それはもちろん、よく知ってるわ、最近はベルニンクへ一緒にお出かけすることが多いわね」
「ああ、そう言ってました! ミュルデウスやハンメルトも一緒に行かれてましたか」
「あら、よく知ってるわね! もう一通り回ったから飽きてしまいましたけど。リオンが行きたいならデートしてあげるわよ、ふふふ」
おー、昼間の話と繋がったぜ、何だか嬉しい。
「リオンはシャルルロワ学園に興味があって?」
「そうですね、少し気になります」
くっ、テレサめ、いい質問だな。この流れで興味無いなんて言えない。
「それはそうでしょうね、ゼイルディク中から貴族の家系が集まるのですから。言いよる男子もね、おほほほほ」
はは、ビクトリアとはちょっと雰囲気が違うな。テレサは男子とのやりとりも楽しんでいる様子だ。本心は分からんけど。
「まあビクトリアの方がモテるけどね、子爵だし」
「え」
「あら、これは失礼、おほほ」
今、本心が垣間見えたような。
「リオンの実力なら士官学校でしょうね、クラウディアもそう思うでしょ」
「はい、ルアンナ姉様。彼は類稀なる才能の持ち主です」
「アーレンツでサラマンダーと対峙されたんでしょ? まあ怖いわ」
「叔母様も一緒に戦ったのよね、どうでした?」
「ミランダ副部隊長はサラマンダーの翼に重い一撃を投じていました。指揮も見事で、現場の騎士たちを統率しており、そのお陰で討伐に至った次第です」
「流石は母様、あまりお話にならないのですが、そうだったのですか」
あら、じゃあ重傷だったことも知らないのかな。あんまり詳しく言わない方がいいか。
「リオンのお父様は素晴らしいわね、極偉勲章との声が高いと聞きます」
「はい、ルアンナ様、父の斬撃波は俺の目の前でサラマンダーの首を切り裂いていました。大きな名誉をいただけることは、とても誇らしく思います」
「あなたもアーレンツ勲章と聞きましたよ、大したものだわ」
「俺は怯えて立っていただけです」
「普通は逃げるわよ、流石は村の子ね。ワイバーンにも怖じなかったのでしょう」
「いえ、とても怖かったですよ、近距離に頭が来ましたから」
「確か……リオンの叔母様が首を落としたとか」
「そうです、よくご存じで。1体を仕留めたのは叔母のイザベラです」
ルアンナは魔物討伐になると興味津々だな。
ところで、これまでの反応を見ると、クラウスが叙爵することは知らないみたいだな。あくまで俺は特別契約者としてもてなしているみたい。まあ、その方が変に意識されてやりにくいし。いずれはそうなるだろうけどね。
「どうだ、話はできているか」
「あ、商会長」
「母様!」
「リオンには今日、2本目のミランデルを渡した。より高みを目指すためにな」
「それほどの方なのですね!」
「そうだ、ルアンナ、お前より魔力操作は上だぞ」
「え!」
「リオン、この後少し見せてやるがいい」
「ここで剣を握るのですか」
「そうだ」
うわ、いいのかな。しかしどのくらいまでやれば。
「8歳にして特別契約者な理由は披露するべきだ、60%くらいでいい」
「あ、なるほど、分かりました」
そっか、他の騎士も不思議に思うからね。証拠を見せないと。
「その時また声を掛ける」
ミランダは去った。
「今、叔母様は60%とおっしゃってました。それは共鳴率ですか?」
「はい、ルアンナ様」
「あら、それは確かに私以上よ、特別契約に相応しいわ!」
お、効果ありだ。やっぱり8歳でそんな評価は疑わしいもんね。
「おい、リオン」
「え」
「ちょっと来い」
「あ、はい、ライニール様」
席を離れる。やはり来やがったぞ。
「お前、何で今日来た」
「招待されたからです」
「家で大人しくしてろと言った」
「俺の意思で決められません」
「……フン、調子に乗りやがって」
やれやれ、どうしたものかな。
「ライニール、そこで何をしている」
「父様、あの、ちょっと」
「お前がコソコソと失礼な物言いをしているのは知っているぞ、リオンへの待遇に不満があるなら堂々と私に言え」
「そ、それは……」
「リオン、席へ戻れ。息子が失礼をした」
「あ、はい」
女子のテーブルへ座る。ライニールはエリオットと広間を出たようだ。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ、クラウディア」
「!? ええ、そうよ、そう話して。気遣いは不要よ」
「うん」
クラウディアは笑顔になった。きっとそうやって距離を縮めろとミランダに言われてるんだろう。結果的に合わす形になるが、それでクラウディアの気が楽になるなら応えてやるさ。
「あら、仲がいいのね2人は。同じパーティだからかしら」
「そうですね、ルアンナ様。クラウディアはとても努力家なので見習わないといけません」
「そんな、リオン、私はまだまだですよ」
「ううん、向上心は俺なんかよりずっと高いよ」
「……そう、ありがと」
クラウディアはちょっと涙ぐんだ。ミランダは貴族家に入って血のにじむ様な努力をしたんだ。色んなことを言われながらもじっと耐えて。そうやって今の地位を築いた。だからクラウディアにも厳しく教育してるんだ。それを超えれば得るものは大きいと。
ソフィーナの言ってた意味が少し分かったかも。クラウディアは置かれた立場で精一杯務めているんだ。そう、ここで潰れるようでは、将来も貴族令嬢としてやっていけない。嫁いだ後でも図太く生きなければならないんだ。
子爵家の子供たちも、ここの子供たちも、それぞれ期待に応えようと奮闘してるんだな。
そうか、ライニールはそういうところがまだ分かってないのか。親子関係を強く持ちたいと普通の家庭では思うだろう。甘えたいんだな。でもここは貴族家だ。そこに生まれたなら役割を全うするのが務めだぞ。頑張れ。
おや、エリオットとライニールが会場へ戻ってきた。こっちへ来る。
「リオン、すまなかった、謝るよ」
「え」
「許してやってくれ」
「あ、はい。俺は気にしてませんよ、ライニール様」
彼の眼は赤く腫れていた。きっとエリオットに思いのたけを打ち明けたのだろう。彼もこの席でライニールが動くのを待っていたのかもしれんな。それをきっかけに聞き出したと。これでいい方向にいくよ、きっと。




