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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
95/321

第95話 商会本店へ

 エナンデル治療施設を後にしてアーレンツ大通りを馬車は北へ向かう。


 この世界で言う病院みたいなものかな。入院病棟の様な建物が多くを占めていた。しかし、村では礼拝堂で治療をしている。エナンデルにも礼拝堂があるが少し離れているようだ。治療士って創造神クレアシオンに仕えているとかじゃないのか。


「エナンデルの治療施設って礼拝堂じゃないんですね」

「そうだ。村では隣りにあるからな、混同してしまうだろう」

「あ、じゃあ元々一体ではないと」

「うむ。神職者ギルドと治療士ギルドは別物だ。ちなみに先程のメルゲンベルフ治療院は、ゼイルディクでも中核施設の1つ。前線近くで経験を積んだ優秀な治療士たちが集まっている」

「へー、それは頼もしいですね」


 なんだそうだったのか。まあ神への信仰心とかが治療に影響しているワケじゃないしね。あくまで自身の治癒スキルや魔力に依存する。それを証拠に神から狙われている俺が使えるんだもん。


 にしてもここでもギルドか、前世で言う医局みたいなものかな。治療士も若いうちは危険な前線近くで修行をして、いずれは町中の治療院へ異動できるのだろう。村のヘンドリカはそういう過程なのかもしれない。


「ところで治療費はいつ払ったのですか?」

「無料だ」

「えー!」

「まあ実際は多額の治療費となったが、アーレンツ子爵家で全額負担されたのだ」

「そうだったんですか、どうして」

「魔物対応として判定されたからだ」

「へー、魔物対応」


 そんなのあるんだ。


「あ、だったら子爵へお礼を伝えないと」

「その必要はない。もし甚大な被害が出ていれば復興に多額の費用が掛かる。騎士の犠牲者が多ければ遺族への見舞金も莫大なものとなっただろう。それに比べたら大したことは無いからな」

「そういうもんなんですか」

「サラマンダーの件はな、我々が倒したことに領主が礼をする、それだけなのだ。そこに治療費の礼を言えば、向こうはいやいやこちらこそ助かりましたとなる。そんな礼の言い合いは不要だ」


 ふーん、そういうもんか。


「その子爵家の金も元は税金だ。つまりはアーレンツの全領民に礼を言うことになるぞ。領民も町を救った英雄の治療に税金が使われるなら納得がいく。税金で治してくれてありがとう、とでも言って回るのか」

「あー、いや、それは何か変だ」

「なら治療費については今後言わなくていい」

「分かった」


 この世界の常識があるからね。ミランダはよく知ってるから勉強になる。


「クラウスも領主となった時に、通りかかった者が危機を救ったなら何食わぬ顔で支援しろ。そうすることで次回同じような状況になった時、逃げ出さずに戦ってくれるぞ」

「そうか、そういう評判も大事だな」

「特にコルホルは魔物対応が多いのだ。どうすれば戦ってくれるか、住人への被害を抑えられるか、それらの無理のない継続と将来の展望をよく考えるんだな」

「はは、大変だ」

「なに、お前が住人として感じたことが答えだ。それを実現すればいい」

「おー、確かにそうだな」


 いやー、村は環境が特殊過ぎるから難しいね。参考になるのはサガルトとカルニンだけど、伝え聞く情報しか知らないし。実際のところどうなんだろう。


「3つの村は横の繋がりはあるのですか」

「領主が情報交換をしている。だからアーレンツ子爵に聞けばいいが、実際に訪れて生の声を聞くのもいいだろう。コルホルより先に出来て人口も多いのだ、学ぶべきところは多い」

「ほんとだな、ミランダすまんが日程を組んでくれ」

「いいだろう、視察とは領主らしくなってきたな」

「子爵も言っていた、今作るものは残る、それを将来管理するのは俺なんだ。だからよく考えて提案したい」


 おおー、いいね。俺も行けるのかなあ。他の村は興味ある。


「父さん、その時は俺も……」

「お前は工房で仕事があるだろ」

「う、うん」

「はは、まあリオンの視点からいい提案があるかもしれない。どうにか頼むよミランダ」

「そうだな、調整する」


 頑張って作ればお出かけ許可されるのね。


「リオンの仕事は馬車の中でも出来るんじゃないかしら」

「!? おお、母さん! そうか、盲点だったぞ! どうだ、ミランダ」

「……確かに場所は選ばない。ただこの馬車の様に窓から中が見えてはいけないな。幌で覆い、後ろも見えない工夫が必要だ……いいだろう、専用の馬車を作るとするか」

「やった!」


 うひょー! 走る工房だ。それならお出かけ問題ないもんね!


「しかし早く作るなら荷台型の改造となり、乗り心地は期待できない。どうせなら乗用の台車を流用して長く使えるいいものにするぞ。少し期間はかかるが許せ」

「あー、それはもう任せるよ」


 ふふ、やるとなったら拘るのね。馬車の中なら話すことにも気を使わなくていい。工房は職人がいるからね、トランサイトのことはいいけど、神の封印とかは話せないし。いちいち結界を張ってもらうのも手間だしね。あ、そうだ!


「商会長、鑑定スキルの講師はどうなりました?」

「何人か候補がいるが……中央区住人のフローラはどうだ」

「え!?」

「おお、フローラか、いいじゃないか」

「ウチの職人に兼務させようと考えていたが、彼らも仕事があるからな。フローラなら事の経緯をよく知っているし、お前たちも面識があるから安心だろう」

「うん!」


 いいね、彼女なら鑑定スキルは優秀だ。


「もちろん神の封印は言わない。祝福を目指して訓練とする」

「祝福での習得と封印の解放で、訓練に違いがなければいいが」

「神の封印を解く方法なぞ、誰が知っているか」

「あー、そうだ! 治癒スキルを祝福で覚えるのって、どんな訓練をするの? 俺が覚えた方法はサラマンダーに焼かれて治療を受けたんだけど、違うよね?」

「そんな荒々しい訓練はしないぞ」


 だよねー、じゃあ祝福を目指すやり方は違うかもしれないじゃん。


「……ならば伝えるか、神の封印を解くのが目的だと」

「いいんじゃないか、専門の意見は欲しいからな」

「私もいいと思うわよ」

「父さん母さんがいいなら俺はいいよ」

「分かった、では私から要点だけ伝えよう。100万もあるだとかは言わん」

「うむ、頼んだ」


 フローラはギルド組織とか興味あって詳しいから色々聞けそう。


「……実はな、フローラはかなり優秀な職人だったのだ。トランサイト研究でもいいところまで辿り着いたらしい」


 うん、実際、僅かだけど製造に成功してたからね。


「ところが何が理由か辞めてしまい村で農業をしている」

「もしや、商会で雇うつもりか」

「……彼女さえよければな」

「なるほど、リオンの講師として繋がりを持ち、そこから話を持っていくのだな」

「うむ、だからリオンもそういう方向で接してほしい」

「うへー、難しい」

「はは、まあ、ひとまず仲良くなればいい」


 しかしそこまでして欲しいのか。そんなに優秀なんだね。


「あの、工房での仕事の合間にやっていいのかな」

「仕事に支障が無ければな。恐らく鑑定に使う魔力なら知れているはずだ」

「そっか、まあ実際にやってみてからだね」

「うむ、では明日にでもフローラに話を持っていく。彼女が引き受けるかは分からんぞ」

「それは向こう次第だな。すまんが頼んだ」


 よーし、鑑定の訓練か。フローラならきっと受けてくれるはず。


「ところで商会長、講師の費用はどうしたらいいですか」

「フン、最初から商会持ちを期待しているくせに」

「ああいや、出しますよ、トランサイトが売れてからですけど」

「いや構わん、職人の技能向上は商会の都合だ」

「ありがとうございます!」


 うん、こういうのはハッキリさせておかないとね!


 馬車は北アーレンツを抜けメルキースのデノールト地区へと入る。少しは街並みを覚えてきたぞ。


「先に商会本店に立ち寄り、リオンのシンクルニウム武器の調達と、2人のサラマンダー武器の詳細を詰める」

「特別契約者の集いは何時からだ」

「17時30分を予定している、故に本店の滞在時間によっては庭を見て回る時間が多くとれないな」

「明日の朝にゆっくり見て回ればいいんじゃないかしら」

「そうだな、では集いまで屋敷内でいるといい。セドリックも帰っているだろうから、他の村の件、カルニンなら彼に多くを聞けるだろう」


 セドリックか。メルキース男爵の次男、つまりエリオットの弟だよね。しかし彼は北部討伐部隊、だからカルニン村のことが聞けるんだけど、何でコルホル村近くの北西部部隊じゃないんだろう。


「セドリック副部隊長はどうして北部なのですか」

「彼は先月まで北西部の討伐副部隊長だった、ガウェインやベロニカと共に前線に入っていたぞ」

「あ、そうなんだ」


 おー、何か聞いた覚えがあるぞ。最近変わったんだよね。あ、思い出した! リュークの祖父と思わしきアベルって人が馬車の中で話してたんだ。ミランダをコーネイン副部隊長と呼ばないのは2人いてややこしいからだって。


「では何故、北部へ変わったのですか」

「先月まで副部隊長をしていたメールディンク子爵の姉の長男が、西部討伐部隊へ異動したためだ。本来、領主フローテン子爵が代わりを立てるが、家系に騎士はいれども経験が浅い。従ってウチからセドリックが対応に回ったのだ」

「確か討伐と防衛の部隊長と副部隊長は、それぞれ最低1人は貴族家から出さないといけないんだっけ」

「その通りだ、クラウス」


 へー、貴族って大変だなー。そういう意味では北西部を預かってるメルキース男爵とアーレンツ子爵は、両方騎士貴族だから柔軟に対応できるのね。エリオットとミランダが防衛部隊の正副、ガウェインとベロニカが討伐部隊の正副だもんね。


 あれ、なら北部を預かってるもう1つの貴族、デルクセン男爵家は?


「デルクセン男爵家からは出さなかったのですか」

「長女と次男夫人が動けるが、保安部隊の経験しかなく、森に入っての魔物討伐指揮は直ぐ出来ないとの理由だ。だから想定して日頃からやっておけと言われているのにあの女は」

「え」

「いや何でもない」


 む、ミランダはデルクセン男爵家を良く思ってないようだ。確か前にも、男爵夫人であるユンカース商会長がミランダの身を案じていると伝えたら、死ねばよかったの間違いではないか、なんて言ってたし。過去に何かあったのだろうか。


「北部討伐部隊長は誰なんですか」

「メールディンク子爵の弟夫人だ」

「あ、女性なんですね」

「確か37歳だったか、私と同じで元冒険者だ。かなり強いぞ」


 へー、女性で部隊長って凄いな、それも森の奥で最前線だもん。ミランダが強いと言うなら相当の腕前なんだろう。そして統率力もあるのか。


「まあ彼女も最前線はあと2~3年だろう。後任が誰になるやら」

「セドリック副部隊長がそのまま上がるのではないか」

「どうだろう、ウチの影響力を嫌っているからな、部隊長にはさせんよ」

「やはりあの事があったからか」

「……フッ」


 虚ろな目で窓の外を眺めるミランダ。あまり見せない表情だ。なんだなんだ、クラウスは知っているみたいだが。気になるぞ。


「さあ、そろそろ本店に着くぞ」


 外を見るとメルキースの大通りを西へ進んでいる。少し先に士官学校の塀が見えた。ほどなく馬車は右折し、商会通りへ入っていった。


 コーネイン商会本店前で馬車は止まり、俺たちは店内へ入る。


「先にソフィーナの弓を調整する、クラウスとリオンはその辺に座っていろ」

「分かった」


 入り口近くのソファに体を沈める。


「ねぇ、父さん。さっき商会長にあの事って言ってたけどなあに?」

「……昔な、13~4年前か、メルキース男爵長男エリオットとデルクセン男爵長女マルティーナは婚約してたんだ」

「え!」


 なんと、それはまた意外な事実。


「まあ貴族家同士が婚約なんてよくある話だ。しかしな、何を思ったか、エリオットから一方的に婚約を破棄したんだよ」

「ええっ!」


 おいおい、エリオット、アンタそんな無茶を過去にやらかしてたのか。


「そ、その理由って分からないの?」

「んー、皆、色々と噂していたがな、その半年後にミランダと結婚したから、どうもエリオットの心変わりではないかと、はたまたミランダが誘惑しただとか」

「うっわー」


 こ、これは中々の衝撃だ。ミランダが誘惑はー……無いな。勝手にエリオットがミランダに夢中になって突っ走ったのだろう。にしても貴族同士の約束を破ってまでとは、それほどまでにミランダを愛していたのか。


「俺もここまでの関係にならなければ、さっきみたいに言えなかったぜ」

「いや、よく触れたね父さん」

「はは、いやあ、俺もちょっとは気になるからさ。それでそのマルティーナが討伐副部隊長を拒否したから、セドリックが行くことになったと。ミランダも、あの女、なんて言ってただろ」

「う、うん」


 あー、それでか、マルティーナの母親であるデルクセン男爵夫人がミランダを敵視しているワケだ。こ、これは、今後もやりにくい事情を知ってしまった。


「まあそれも過去のこと。エリオットとミランダの働きぶりを見たら、村の住人も話に出さなくなったよ。むしろミランダで正解だったのではないか、なんてな」

「それはどうして」

「マルティーナは魔物対応が出来ないんだよ、ずっと保安部隊だって言ってただろ。それが村へ来られてもな」

「あー、そっか」

「その点、ミランダは凄腕の冒険者だった。誰もその実力に文句は付けないさ」


 ははーん。これはエリオットもそう見越して動いた可能性もあるな。そうだよ、マルティーナのことを思えばこその婚約破棄だった! くぅ、そして憎まれ役を背負った、男じゃないか。……いや、単にミランダ大好きで暴走した線もあるからな。


 むむむ、真実はどうなんだろう。これは気になる。


「どうした、難しい顔をして」

「え! あ! 商会長!」

「そんなに驚くことか、さ、クラウス、ソフィーナと交代だ」

「お、おう」


 ミランダとクラウスは去った。


「何話してたの」

「えー、いや、別に」

「そう」

「母さん、弓の話できた?」

「ええもうバッチリよ! とんでもなく強いって!」

「はは、サラマンダーだもんね」


 ソフィーナは婚約破棄のこと知ってるのかな。ああいや、止めておこう。こんなとこで話してたら誰が聞いてるか分からない。と言いつつ、さっきは話題にしたけど。クラウスもあれでいて興味あるんだな。そりゃーねぇ、スキャンダルみたいなもんだし。貴族家の結婚トラブルなんて噂話の格好のネタだもんな。


 しかし、そんな中でも結婚を決意したミランダの精神力は凄いな。あ、命を狙われたことがあるって、もしかして、仕向けたのはデルクセン男爵? うはー、これは黒いぜ。それでも貴族夫人を続けたミランダは大したもんだ。タフ過ぎるわ。


「ねえ、リオン」

「うん」

「あなた学校に入る気はないの?」

「え、んー、10歳になる年でいいかな」

「そう、今からでも貴族学園や士官学校には行けるのよ、ほら、貴族学園ならディアナと一緒じゃない」

「あー、まあそうだね」


 むむ、ソフィーナはこのところ、急に教育に目覚めた気がする。


「でもさ、寮に入ると仕事がね」

「それはミランダが何とかしてくれるんじゃない?」

「そうかなー」


 でも訓練討伐や鑑定の練習とか出来なくなるのは嫌だなぁ。


「俺は今の村の生活がいいよ」

「そう、でも学園なら出会う女の子もちゃんとしてると思うのよね」


 あー、狙いはそこか。何だよ、ミーナ推しからのクラウディアが、今度は不特定多数からの選別か。んー、ソフィーナも貴族夫人を意識するようになって考え方が変わったか。それでも俺の意思を尊重してくれてるっぽいけど。


「母さん、10歳になる年には必ず行くから、士官学校でも貴族学園でも」

「そう、そうよね。ごめんなさい、少し慌てちゃったわ」

「急に色々変わったからね、仕方ないよ」


 子爵家の子供たちを見て感化されたのだろう。ビクトリアなんかしっかりしてたからね。確かに貴族社会に若いうちから慣れた妻ならやり易い。でもそういう基準で決めるモンなのかな。……エリオットは身分差の愛を貫いたのか。もしそうなら将来ご教授願うことになるかも。


「待たせたな」

「ううん、早かったね」


 クラウスとミランダが戻ってきた。


「父さん、いいのが出来そう?」

「そりゃーまあな、ただちょっと派手な気もする」

「いいではないか、目立つことに慣れるのに丁度いい」

「え、どうかしたの」

「いやさ、鞘にサラマンダーの姿を彫り込むんだとよ」

「うわ、カッコいいじゃん!」

「ほらな、リオンもそう言っているだろ」

「お前、ルーベンスで作った時、簡素な鞘だったろ」

「え、そーだったかな」


 俺だって今はデカデカと文字の刻まれたミランデル背負ってるんだぜ!


「さあ、リオン、これがお前の新たな武器だ、受け取れ」

「え、あーそうでした!」


 立ち上がってシンクルニウムのミランデルを受け取る。これもまた大きく字が刻まれているな、はは、まあ特別契約だ、ちゃんと宣伝しないとね!


「握りや剣身の長さはトランサス合金と変わらん」

「ほんとですね、これならすぐ使えます」

「すまないな、何から何まで」

「お礼を言うわ、ミランダありがとう」

「フッ、気にするな」


 まあシンクライトも大量生産できたらトランサイト以上の稼ぎだもんね。こんな剣1本、安いもんだ。さー、貰ったからには訓練討伐で使って共鳴に慣れないとね!


「では屋敷へ向かうとしよう」


 馬車に乗り大通りへ出る。本店から屋敷はそんなに離れてなかったはずだ。

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