第94話 ビクトリア
「分かっているだろうが、ノルデン家とミランダ副部隊長がウチへ招待されたのは、サラマンダーの件だと子供たちは思っている」
「もちろん他のことは言いません、食事の席が大人のみだったのはそういう理由ですから。母さん、リオンも頼むな」
「ええ」
「分かった!」
その方が自然に触れ合えるからいい。変に意識されるとやり辛いもんな。あ、と言うことは、クラウディアはある程度知っているのかな。その辺も後でミランダに聞こう。
「部屋にいるのは私の長女セルベリア、ガウェインの長女オルカと次女アンジェリーナ、そしてオフェリアの長女ビクトリアと次女シルフィア、長男のライオネルだ」
トリスタンが扉を開けると騒がしい声が聞こえた。
「お父様!」
「あ、ダメよセルベリア! お客様の前です」
女子が1人、トリスタンに駆け寄ろうとした幼女を捕まえた。
「皆、客人に名乗りなさい、年の順番で年齢も言うんだぞ」
「はい! さあみんな並んで!」
女子5人と男子1人が一列に並ぶ。
「ビクトリア・ロンベルク、9歳です。今日は遠いところお越しくださりありがとうございます。少しの時間ですが親睦を深めればと思います。どうぞよろしく」
先程、幼女を確保した女子だ。ビクトリアか、オフェリアの長女だね。最年長だからかしっかりしている印象。
「オルカ・ロンベルク、8歳だ。よろしく」
オルカはガウェインの長女だな、親に似て無口な模様。
「アンジェリーナ・ロンベルク、6歳です! アンジェって呼んでね!」
ガウェインの次女だな、彼女は姉のオルカと違って活発な感じがする。
「シルフィア・ロンベルクです。6歳です。仲良くしてください」
ビクトリアの妹か、おしとやかな雰囲気だね。
「セルベリアーです! 4歳!」
はは、頑張って言えるじゃないか。トリスタンの長女だね、カトリーナと同じ4歳か。いくら貴族家と言えど、このくらいはどこの子も同じだ。
「ライオネル・ロンベルク、8歳です、客人も同じ年とのことで楽しく話せたらと思います」
オフェリアの長男だね。落ち着いた感じ。
「リオンも頼む」
「はい! えっと、コルホル村から来たリオン・ノルデンです。よろしくお願いします」
「我が息子、パーシヴァルとアレスタントはガウェインの訓練を見に外へ行った。出た時に挨拶をさせる。それでは表の馬車に乗って庭園を散策しよう」
ほう、あとの男子2人は外か。騎士の息子だから訓練に興味があるんだね。まー、普段森の奥で戦っているガウェインおじさんの槍さばきだから貴重な機会か。
「リオン、一緒に行きましょう」
「はい、ビクトリア様」
ビクトリアと並んで廊下を歩く。外に出ると馬車が2台待機していた。1頭立てで向かい合わせのベンチシート、屋根は無い。花をモチーフとしてとても可愛らしい装飾が施されている。これに1人乗って町を走る勇気はないな。
前の1台に俺とビクトリアが並んで座り、向かいにオルカ、アンジェリーナ、シルフィアだ。やはり囲まれた。後ろの1台にはセルベリアとライオネル、そしてソフィーナとカサンドラが乗った。クラウスはトリスタンと歩いて回る模様。
ミランダはオフェリア夫婦とテラスに座ったな。商会の話か。
「では出発いたします」
御者が告げるとゆっくりと馬車が動き出す。時速6kmくらい、徒歩よりは少し速いか。これなら歩いて散策でもいいが、座ってるから楽だもんね。
いい天気で緩やかな風も心地いい。初夏の爽やかな気候は、正に散歩するにうってつけだ。
「リオン、花は好き?」
「そうですね、好きです。ビクトリア様も好きですか」
「ええ、大好きよ。だってこんなに綺麗なんですもの」
キミの方がもっと綺麗だよ、なんて口説く時には言うのだろうか。でもそういう歯の浮くようなセリフは嫌いじゃない。受け取り方は俺への好感度で真っ二つだろうけど。
「あれは散水士ですか」
「そうよ」
杖を持ち花壇に水をかけている。へー、シャワーみたいな出方だな。ああいう調整もスキルなのだろうか。しかし便利だな、ホースが要らないから。
「草が全く生えてません、腕のいい除草士がおられるのですね」
「よく知ってるわね」
「村でもいますので」
この辺はサルビア、マーガレット、デイジーかな。同じ種類でまとめてと言うより、複数混ぜてバランスを取ってる感じ。なかなかセンスがいるぞ。
「リオンはあのサラマンダーにも動じなかったと聞くわ、凄いわね」
「いいえ、ビクトリア様。怖くて固まっていただけです」
「それでも逃げ出さないのは大したものよ、村の環境のせいかしら」
「それもありますが訓練討伐に出ておりますので、いくらか慣れていたのは確かです」
「もうそんな年で冒険者なのね、立派だわ」
ビクトリアは話上手いな。もてなす意欲を感じるぞ。
「ビクトリア様は貴族学園へお通いですか」
「ええそうよ、シャルルロワ学園初等部の3年になるわ」
「初等部の次は中等部でしょうか」
「よく知ってるわね、私は今年で初等部は終わりよ。学園の敷地に初等、中等、高等の寮と校舎があるの、だから中等部の寮へ来年はお引越しね」
確か3年区切りで初等、中等、高等があるんだよな。シャルルロワ学園とやらは全部あるんだね。ディアナが秋から編入すれば中等部1年か、来年は同じ中等部でビクトリアが1年、ディアナが2年となるね。ああいや、ディアナがそこへ行くとは限らないぞ。
「貴族学園はゼイルディクに1つだけですか」
「そうよ。1学年100人の9年制」
なら間違いないな。しかし100人か、貴族がそんなにいるワケないから、ほとんどが平民の金持ちなんだね。
「リオンはシャルルロワに行きたいの?」
「あー、いえ、知り合いが行くかもしれないので、どんなところかなーって」
「とてもいいところよ」
「士官学校もいいわよ、ビクトリア姉様」
「そうね、アンジェ、ここから近いし」
ほう、アンジェリーナは士官学校か、そしてアーレンツにそれはある。
「オルカはリエージュ士官学校初等部2年なのよ、ね!」
「……うん」
「私も早く行きたい!」
あらアンジェリーナはまだなのか、そうか6歳だから。7~9歳が初等部だったよね。しかし騎士のガウェインとベロニカの子だからか、やっぱり目指す道はそうなるんだね。
「リオンも強いんだから士官学校に行ったら?」
「そーだよ」
「あー、ははは、俺はまだいいかな」
寮に入ったらトランサイト生産ができなくなるよ。
お、この辺はゼラニウム、ベゴニア、ペチュニア辺りか。同じ色でエリアを区切ってるな。中々に圧巻な景色だぞ。
「綺麗でしょ、この辺は私が植える花を提案してるのよ」
「へー、ビクトリア様が。とても見ごたえのある一画です」
少し後ろにソフィーナたちの馬車が見える。かなりテンション上がってる様子がここからでもよく分かるぞ。ふふ、楽しそうで何より。
「シルフィア様は来年からシャルルロワ学園ですか」
「はい……そうです」
おしとやかな素振りで応える。ふふ、かわいいね。貴族令嬢って感じ。
「あら、リオンはシルフィがお好みかしら」
「え! あー、その、皆さま魅力的ですよ」
「……それは言ってはいけない言葉よ。誰にも興味が無いのと同義だから」
「あー、いえ、そういう意味では」
「ふふ、冗談よ。でも好みはハッキリ伝えると女の子は喜ぶわよ」
「そうですか」
やりにくいなぁ、ビクトリアは。学園でもそういうやりとりしてるんだろうな。しかし9歳にして落ち着いてるね。貴族としての教育の賜物か。
「あら、ガウェイン叔父様たちだわ、降りましょうか。止めてちょうだい」
「はっ!」
馬車が止まって皆降りる。少し先で槍の訓練をしているガウェインと男子2人がいた。
「おー、リオン! この槍は素晴らしいぞ!」
「直ぐに使いこなしておられるガウェイン部隊長も流石です」
ガウェインの少し向こうに穴の開きまくった的の様なものが見えた。
「キミが客人のリオンか」
「あ、はい!」
「俺はパーシヴァル・ロンベルク、8歳だ。よろしくな」
「こちらこそ」
「俺はアレスタント・ロンベルク、6歳、よろしく!」
「はい、よろしく。俺はコルホル村のリオン・ノルデン、8歳です」
トリスタンの長男と次男だな。
「来たわね」
「えっ」
その言葉に振り返るとベロニカがいた。
「リオン、この弓は革新だ。早く部隊に多く支給されたい」
「俺もそれを望みます」
「お母様!」
「オルカ、アンジェ、リオンと仲良くしてね」
「はーい!」
ソフィーナたちも馬車から降りてやってきた。
「兄上、姉上、いかがですか」
「おお、カサンドラ、これはとんでもない性能だぞ」
「矢も速くて見えないのよ」
「そうなのですか、私も早く使ってみたいものです」
そう言いながら俺を見るカサンドラ。伯爵やミランダに言ってくれ。
「皆! そろそろ屋敷へ向かえ!」
少し遠くからトリスタンの声が聞こえる。そうか時間か。
「では馬車へ戻りましょう」
「はい、ビクトリア様」
帰りはメンバーが少し変わるようだ。オルカとアンジェリーナがソフィーナの馬車へ、向こうからライオネルとセルベリアがやってきた。さっきベロニカから仲良くとの指令だった2人と離れたがいいのか。
「リオン、よろしく」
「はい、ライオネル様」
「リオーン!」
「セルベリア様もよろしく」
はは、カトリーナのにーにと大して変わらん。突進はしないが。まあ一番かわいい頃だね。
「リオンはコーネイン商会の特別契約なんだってね」
「はい」
「僕と同じ年なのに凄いよ」
「いやあ、ははは」
ライオネルは何だか……そうだ、エドヴァルドと雰囲気が似てるな。頭よさそう。
「ライオネル様もシャルルロワ学園ですか」
「そうだよ、初等部2年」
「ネルは優秀なのよ、学年でもずっと上位の成績」
「姉様も上位ではありませんか」
「私は100人中20位くらい、ネルは1~5位、全然違うわ」
ほー、やるねぇ。ん、いや、ビクトリア頑張れか、これは。
「先程から話してて感じてはいたけど、リオンは頭いいわね」
「そうでしょうか」
「きっと学園でも上位になれるわ」
「ビクトリア様、それは言い過ぎですよ」
中身が41歳とは言え、この世界の知識での試験なら大したことは無いだろう。でもまあ数学は8歳以上かな。あと国語という科目があればそれもいい成績になるか。地理や歴史はちゃんと勉強しないとね。そもそも科目が不明だが。
「ところで、休みの日はどこかへ遊びに行かれるのですか」
「そうね、最近はベルニンクの服屋へ買い物に行ってるわ」
「ベルニンクとはどちらですか」
「学園のあるバイエンスより東の地域よ、ベルニンク男爵が服飾ギルド長だから、沢山お店があるの」
「そうなんですか」
ほー、服飾ギルドか。そんなのあるんだな。
「1年生の時はミュルデウスやハンメルトの飲食店巡りをしてたわ。大方回ったから飽きたけど」
「はあ」
うわ、やらしいなぁ。若くして舌が肥えた模様。そしてやはり活動範囲は聞いてた通りだな。どうも南部や南東部では飲食店、恐らくカフェの様な店が多くあるのだろう。ウィルムからも店が出ているというし。
「何人かで連れ立って行かれるのですね」
「そうね、仲のいい友達と4~5人くらいかしら。あとは護衛が10人くらい」
「それは安心ですね」
「今日は久々に家族そろったのよ、あなたたちが来るから」
「お出掛けの予定より優先していただき、ありがとうございます」
「そんなの当然よ、気になさらないで」
まあ遊びに行くから帰れないなんて酷い理由だもんな。
「普段は寮で家族と離れて寂しくないですか」
「いいえ、元々学園に行く前からあまり会わなかったから。父様も母様もお忙しいのよ。今は友達に囲まれて楽しいわよ」
凄いな。こんな子供なのに親離れ出来てるのか。いや、元々そんなに依存してなかっただけか。親がいなくても世話してくれる人は周りにいただろうしね。やっぱり特殊な環境だな貴族って。
「ビクトリア様は将来の目標はありますか」
「もちろんロンベルク商会長よ。もっと大きくして見せるわ」
「それは頼もしいですね」
「ところでリオン、私がそんなに気になって?」
「え、あ、はい」
「ふふ、学園に編入したらデートしてあげるわ」
「一緒に町に出るのは楽しそうです」
色々質問して気にならないとは言えない。まあいっか。
「でも言いよる男子は多いから大変よ、ふふふ」
「それはもう、ビクトリア様ならさぞ人気でしょう」
「……そんなの子爵家令嬢だからよ」
「あ、えっと」
「向こうも親に言われてるだけ、誰も私を見ていない」
「そ、そんなことないと思いますよ」
「まあいいわ、ほら屋敷に着くわよ」
ビクトリアは少し遠い目をした気がした。ほどなく馬車は止まる。
屋敷の前には子爵たちが並んでいた。
「本日は豪華な食事と貴重な話、大変ありがとうございました」
「うむ、クラウス。これからもノルデン家と末永く付き合いたいぞ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
クラウスが代表して子爵へ礼を言う。
馬車に乗り込み出発、子供たちが手を振ってくれている。
「ではエナンデルの治療施設へ向かう」
「これでやっと治療士たちへお礼が出来ますね」
「それでリオン、誰と仲良くなったの?」
「え、えーと、よく話したのはビクトリア様ですね」
「そう、オフェリア商会長の長女ね」
「9歳なのにとてもしっかりしていました」
あ、しまった。ミランダをチラッと見る。
「良かったな」
「あ、はい」
あれ? あんまり気にしていない様子。まあ屋敷へ行ったらクラウディアとは長い時間いるんだ。そこは余裕か。
「貴族学園、シャルルロワ学園か。あそこの学生はよく教育されているからな、人付き合いがうまいのだ。それ故、本心も分かりづらい」
「友達と楽しく過ごしていると言ってましたよ」
「そうか、似たような境遇の子が多いからな。そういう面では気が合うのだろう」
「ディアナはうまくやれるかしら」
「天下のトランサイト男爵令嬢だ、関係を築こうとする学生が数多く寄って来る。ディアナはその中から気が合う者を選べばいい」
そっか、大人気だろうな。でもほとんどが親に言われて寄って来ると。
「ところでソフィーナ、庭園は参考になったか」
「ええ、それはもう! 大興奮だったわ」
「ははは、そうか。ウチはもっと広いぞ、花の種類も多い」
「今から楽しみだわ」
今日一番喜んでいるのはソフィーナだな。嬉しそうな顔はこっちも嬉しくなる。
「それにしてもルーベンス商会はあんまり儲かっていないのか」
「噂だ、定かではない。だがあれだけゼイルディク中に店舗や工房があるのだ、抱える店員や職人も多い。それを維持するには多額の費用がかかる。少し前に店舗を2つ閉めたからな、そういう噂も流れる」
「ちょっと全体を見直してるってとこか」
「そんなとこだろう」
ふーん、ちょっと手広くやり過ぎたのかな。
「コーネイン商会はうまくいってるみたいだな」
「ははは、まあな。欲を出し過ぎないのが健全経営の基本だ」
トランサイトで目をギラギラさせてるクセによく言う。
「しかし討伐部隊の部隊長と副部隊長は初めて見たぞ。若いんだな」
「ガウェインが29歳、ベロニカが26歳だったか。よくやっているぞ」
「槍使いとは珍しいですね」
「それでも冒険者より騎士の方が槍を使うものは多い。ただ部隊長では彼だけだ」
「庭園の隅で的を穴だらけにしてましたよ」
「はは、そうか。……リオン、あれはいい案だったぞ」
「そうですか、なら良かった」
「気づいたことがあったら遠慮せず言え。私も完璧ではない」
「分かりました」
8歳に助言を求める商会長。
「そうだ、もう明日から情報解禁みたいな感じなのですね」
「うむ、昨日までに何件かは声を掛けてある、とびきりの商談があるとな。それの詳細を伝えるのが明日以降だ」
「ロンベルク商会の他も動いているのでしょうか」
「恐らくな。ブラームスはプルメルエントにまで行っているだろう」
「やはりウィルムに本店があるのは強いですね」
「とは言え、何本確保できるかは伯爵次第だ。もちろんお前の生産能力もあるがな。まあだからと言って無理に急ぐことは無いぞ、待たせておけばいい。その方が優先しろと金を積むかもしれん」
「うわ」
やらしいなあ、ほんと。
「さあ着いたぞ」
馬車が止まる。おお、ここは英雄クラウス大合唱だった玄関だ。
「お待ちしておりました、コーネイン夫人、ノルデンご一家様」
「忙しいところすまないな」
施設の責任者か、50代の女性だ。俺たちは彼女について行く。
「治療した者は施設でいたるところにおります。顔を覚えていますので向こうから声を掛けるでしょう、その都度、応えていただければ」
「分かった、では一周するか」
廊下を歩いていると何度となく声を掛けられた。
「お元気になられてなによりです」
「こちらこそ、大変ありがとうございました」
そんなやり取りを重ねる。
「商会長、確か片目が傷ついていたように見えましたが、それすら治せるのですね」
「あれは瞼が焼けてくっついてしまってな、それで目が開けられなかったのだ。流石に眼球を焼かれていたら視力が戻ったかは分からん」
「あー、そうだったのですね」
治癒スキルも万能ではないか。
施設を回り切って玄関へ戻った。
「では行く、対応を感謝する」
「いえ、よく来てくださいました。どうぞお気をつけて」
馬車に乗り込み出発した。




