第92話 ロンベルク邸
ところで食事のマナーとか知らないぞ。いいのかな。
「商会長、貴族と同席する食事作法が分かりません」
「いつも通りでいい。エスメラルダでの朝食やアーレンツの肉料理と、これまでお前たちと同席した様子を見る限り、あの感じで問題ないぞ」
「分かりました」
「おお、言われてみればそうだった、今までと同じでいいのか」
「周りに不快な印象を与えなければそれでいい」
なら安心だ。
「アーレンツ子爵の屋敷ってどの辺なんだ」
「保安部隊施設の近くだ」
「なるほど、それなら防犯上安心だな」
「村の保安部隊は専用の施設が無い。この際、お前の屋敷近くに新設すればいいだろう」
「それがいいな」
馬車は大通りを左折、少し走ると高い壁が続いた。
「この壁は敷地か」
「そうだ、子爵家の敷地は間口300m奥行500mといったところか」
「あれ、そんなに広くないんだな」
「町中だからな、それを考えれば広い方だ」
「確かに」
敷地を広くすればそれだけ住人の居住区を圧迫するからね。
「メルキース男爵の庭は広かったな」
「ウチの敷地は間口奥行共に500mほどだ。もっと広くすることも出来たが、周辺の発展も見据えて抑えたと聞く」
「では俺の屋敷は広過ぎるのではないか」
「せっかく郊外へ建てるのだ、あれくらい多くとっても問題ない。住人が増えても街道沿いにメルキースまでいくらでも土地はある」
「あ、村が領地と思ったがそんなところまであるのか」
「そうだぞ、メルキースの城壁から外がお前の領地となる」
言われてみれば確かにそうだな。あの長い街道を含めて領地なのか。となるとあの一帯も合わせて管理しないといけない、結構大変だぞ。
「さあ着いたぞ」
大きな門の前で馬車が止まり、御者と門番がやり取りをしている。
しばらくして門が開かれ敷地へと入った。
「まあ、素敵な庭園」
「おー、噴水もあるのか」
ほんとだ。でも噴水ってどういう仕組みなんだろう。水の精霊石から直接噴射してるのかな。じゃあ地下に浄水士が常駐してるの? まさかあ。
屋敷の前で馬車は止まる。使用人が扉を開け、俺たちは馬車を降りた。
「ようこそロンベルク邸へ」
「出迎えありがとう、ロンベルク部隊長」
トリスタンが玄関前で待っていた。見知った人に会うとちょっと安心するね。
「食事は直ぐ出せるが、少し客間で休憩してからがいいだろう」
「そうだな、では頼む」
「ついて来てくれ」
ミランダが応えるとトリスタンが先頭になり屋敷の中へ。使用人じゃなく自ら案内するのか。大きなホールを左へ曲がり、トリスタンは最寄りの扉を開けた。
「トイレは部屋の奥だ、10分後に呼びに来る」
「分かった」
10畳ほどか、大きな窓で庭を望む客間だ。ソファに皆座る。
「ふーっ、着いたな」
「直ぐに食事より、ひと息つけるのはありがたいわ」
確かに。初めて来るところだからね。こういう気遣いも貴族となった後の参考になる。迎える側もこの時間を利用して、段取りの最終確認が出来るし。
「このソファ、エスメラルダの客室と同じじゃないか」
「ほんとだわ」
「フレンツェル家具商会の品だ。そこの現商会長は子爵の姉が務めている。エスメラルダを経営するムーレンハウト宿泊商会は子爵の弟が商会長だ」
「はー」
うわ、身内で色々やってるんだな。流石、貴族だぜ。
「ミランダの伝手とはそういうことか」
「お前たちの家具の納品は、来月中旬頃と聞いているぞ」
「そうか、ところで値段を聞きそびれたがいくらだ」
「……全部で100万くらいか。やりとりが手間なので私が立て替えて払ってやる。後に振り込む特別契約金から引いておくがそれでいいか」
「ああ、いいぜ。すまないな」
100万か。高いのか安いのか分からん。ベッド4、ソファ2、テーブル1、最高級宿の備品でそれは安い気もする。いや、待てよ、ミランダが勝手に調整してる可能性もある。実はもっと高いだろ。
コンコン。
「そろそろいいか」
「うむ」
トリスタンが呼びに来た。さー、食事会だ!
彼について玄関ホールへ出る。その奥の廊下にある大きな扉が開かれた。
「皆、よくぞ参られた、さあ座ってくれ」
広い長机に数人座っていて、最年長と思わしき男性が声を上げた。彼が子爵か。
「リオン様はこちらです」
使用人に席を案内され座る、俺の右側にソフィーナ、その隣りにはクラウス、俺の左側にはミランダだ。あれ? 大人ばっかりだぞ。家令ナタリアの話では子供たちも同席すると言っていたが予定が変わったのか。
全員座ったところでワインっぽい飲み物が注がれる。俺はジュースだ。
「さあ、皆揃ったところで名乗るとしよう」
クラウスの正面の子爵らしい男性が声を上げる。
「ワシはランスロット・ロンベルク・カウン・アーレンツだ。ノルデン一家とコーネイン夫人、今日はよく来てくれた。先のサラマンダー討伐では町を守ってくれ大変感謝する。この後はコルホルの未来について忌憚のない意見を聞かせてくれ」
50代後半の白髪の男性。やはり彼がアーレンツ子爵、村の領主か。
続いて子爵の右手側、ソフィーナ向かいの40代後半の女性が声を上げる。
「私はペネロペ・ロンベルクよ。トランサイトを生み出す奇跡の少年リオン、あなたの存在はロンベルク商会に多大な利益をもたらすわ。どうぞ、末永くお付き合いを」
俺に向かってニッコリとほほ笑む。彼女が子爵婦人だね。
続いてクラウス右手の男性、トリスタンだ。
「私はトリスタン・ロンベルク、キミたちとは何度か会っているが、今日ようやく招くことが出来た。アーレンツを守り、アーレンツに富をもたらす、本来私の役目であるはずが、キミたちに大きく頼ってしまった、この不甲斐なさを許してくれ。今後は是非、共に進んで行こうぞ」
そっか、トリスタンからしたらそう見えるな。
続いてトリスタン向かいの女性、20代半ばか、騎士服だ。
「トリスタンの妻、カサンドラ・ロンベルク、ゼイルディク騎士団、南アーレンツ支部、保安副部隊長だ。先日はサラマンダー討伐、誠に見事であった。被害を最小限に食い止めたそなたたちの功績は計り知れない。そして管轄でありながら、私があの場に行けなかったことを謝罪する。本当にすまなかった」
カサンドラは少しうつむき唇を噛みしめた。夫婦で騎士なんだな。
サラマンダー戦に駆け付けた、確かホルデイクも副部隊長だった。複数いるのね。
「カサンドラ副部隊長、私もワイバーンが村に来た時メルキースにいた。魔物は我らの動向なぞ関係なくやって来る。いちいち気にすることではないぞ」
「ミランダ副部隊長、その言葉でいくらか救われます」
カサンドラはミランダを真っすぐ見て返した。
次に声を上げたのは子爵婦人右手で俺の正面の男性、20代後半か、彼も騎士服だ。
「俺はガウェイン・ロンベルクだ。北西部討伐部隊長である。今日はゆっくりしていってくれ」
あれ、終わりか。無口なのかな。北西部討伐部隊ということは、村の奥の森へ入って頑張ってくれてるんだな。この人たちのお陰で魔物が多くやってこないんだ。普段、全然会わないけどありがたいことだ。
続いてガヴェイン右手の女性、20代半ばで彼女も騎士服だ。騎士ばっかだな!
「ガウェインの妻、ベロニカ・ロンベルク、北西部討伐副部隊長です。どうぞよろしく」
あれ、また短い。夫婦で無口な模様。
続いてベロニカ右手の男性、30代前半か、彼は貴族服だな。
「私はアレクシス・ロンベルク、ロンベルク商会の本店工房長です。トランサイトを量産できるという素晴らしい才能を持った方が、今目の前にいることに興奮します。私どもでお手伝いできることは出来る限りいたしますので、今後ともよろしくお願いします」
ほう、職人か。家名がロンベルクだから子爵の息子? でも長男はトリスタンだよな。アレクシスは少し年上に見えるが。子爵婦人は1人みたいだし、むー、何だろう、親戚か。
続いてアレクシス向かいでミランダの左手の女性、オフェリア商会長だな。
「アレクシスの妻、オフェリア・ロンベルク、ロンベルク商会長です。夫の言う通り、商会としてトランサイトを大いに盛り上げたい所存です。1本でも多くの販売を出来ればと思います」
あー、オフェリアと夫婦だったのか。アレクシスは妻の家名になったのね。
「クラウス、次だ」
ミランダがクラウスへ言葉をかける。これで子爵家の大人は名乗ったからね。今度は俺たちの番だ。
「コルホル村西区のクラウス・ノルデンです。まずは先日のサラマンダー、確かに俺が止めを刺しましたが、そこに至ったのはアーレンツの勇敢な騎士たちの協力があってのことです。命を落とした者もいます、そのことを俺は忘れません」
子爵家の騎士たちはうんうんと頷く。確かに彼らのお陰だった。
「そして、俺は伯爵より次期コルホル領主となることを告げられました。これから約1年、その日を迎えるまでは、アーレンツ子爵家に大変お世話になると思います。貴族社会を全く知らないこの未熟な俺に、どうぞ指導のほどをよろしくお願いします」
うん、現領主だからね。引き継ぐには緊密な意思疎通が必要だ。
次の名乗りはソフィーナだね。
「クラウスの妻、ソフィーナ・ノルデンです。私も貴族婦人となるため、その準備にこの1年を大切に過ごしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
次は俺だ!
「コルホル村、西区、リオン・ノルデンです。トランサイトを1本でも多くの最前線に、それが俺の願いです。そしてそれはコルホル村を大きな繁栄へと導くでしょう。子爵から預かる領地を、より魅力ある地域とするため、力を尽くす決意です」
こんな感じでいいか。最後はミランダだ。
「ミランダ・コーネイン、メルキース男爵家、長男エリオットの妻だ。クラウスが男爵となりコルホル村を引き継いだ後も、アーレンツとコルホルの橋渡しとして役目を果たしたい。そして国中から多くの買い手が付くであろう至高の鉱物トランサイト。この販売にもロンベルク商会と共に尽力していきたい」
む、貴族家のみの肩書か。いつもはコーネイン商会長と言うのに。まあ、北西部防衛副部隊長とも言えるが。でもその2つを名乗らないのはどういう狙いか。今日は個人としてやってきたってこと? よー分からんぜ。
「では皆の者」
そう言って子爵がグラスを持つ。それを見て周りも同じようにする。
「ノルデン家とコルホル村、そしてコーネイン商会の益々の繁栄を願って」
皆、無言でグラスを少し上げ、一口飲む。確かこの乾杯もどきは、昼間はこれからのこと、夜はこれまでの功績を称えるんだよな。今日は客人の俺たちの未来を持ち出したようだ。
それを合図としたかの様に、次々とテーブルに料理が運ばれてくる。前菜だね。
「今日は当初、ワシの孫たちも同席する予定だったが、それでは話す内容が制限される。この場は誰にも気遣うことなく闊達な意見交換をするとよいぞ」
おー、そういうことか。確かに叙爵やトランサイト生産は子供たちには言えない。まあ、貴族の家の子なら言っていい事とダメなことは分かると思うが。今回は外すのね。
「食後に庭を見る時に一緒に行くといいぞ、リオン」
「あ、はい」
「年で言うとな、ビクトリアが9歳、オルカが8歳、アンジェリーナとシルフィアが6歳、セルベリアが4歳だ。皆、可愛いぞ、仲良くしてやってくれ」
「は、はい」
5人も女子がいるのか。見事にまあ俺と年が近い。これは包囲されるぞ。
「なんだ」
「いえ」
隣りのミランダをチラッと見る。クラウディア推しの身としては気が気でないだろう。
「良かったな、女の子が沢山いて(ニッコリ」
「は、はい」
引きつった笑顔を見せるミランダ。まずい、何か仕返しをされるぞこれは。
「ときにリオンには姉がいるそうだな」
「はい、ディアナと言います」
「ノルデン夫人、姉の年はいくつか」
「10歳です、今年中等学校へ入学しました」
「そうか、ウチには8歳のパーシヴァルとライオネル、6歳のアレスタントという男子がいる。将来、舞踏会でディアナ嬢の手を引ければよいな、はっはっは」
分かりやすいアプローチを序盤から繰り出す子爵。
「ときに、夫人はまだお若い。リオンの弟か妹も予定してみては?」
「え……ほほほ」
「子爵、この1年はそんな余裕ないですよ」
「おお、そうだったな、ならば第二婦人でもどうだ。将来は男爵で収まらんだろう」
「そうなった時に考えます」
子爵の無茶ぶりにクラウスが割り込んで返す。まあ当主ならではの考え方なんだろうけど、随分とストレートなこった。
「さて、先日のサラマンダーの件、実に見事であった。勇敢に戦った4名にはアーレンツ勲章と副賞と与える、食後に別室で目録を渡そう」
「ありがとうございます」
「俺は立ってただけですよ」
「戦場に剣も持っていたのならそれは戦闘参加と同義だ。注意を惹くこともできるからな」
やはり、俺の伸剣の一撃は子爵に伝わってないようだ。トランサイト生産者としての認識だけらしい。そういや今日は共鳴披露はしないのかな。こういう初対面の貴族には見せる流れな気がしたが。
ところで大勢の住人の前で授与式とか無いのか。それはそれで面倒だけど。ソフィーナの副賞がサラマンダーの弓だから、それを公にするのは防犯上よくないかな。
「ガウェイン、ドラゴンの様子はどうか」
「はい、父上。先日カルニンを襲った個体はまだ周辺に潜伏してると思われます。他の2体はややコルホル寄りに目撃例が増えてきました」
「ふむ、それは警戒せねばならん。コーネイン夫人、前線でのトランサイト試験運用状況はどうか」
「メルキース男爵次男セドリックが北部討伐部隊にて試用中です。カルニンを襲ったドラゴンも彼が見つけ出し仕留めるでしょう」
へー、もう実戦で使ってたのか。でもいいんだね、トランサイトとバレても。まあ、騎士団のごく一部ならその辺の情報の扱いは知ってるか。
「北西部討伐部隊にはまだ許可が下りんか」
「来週の議会議題の事前告知日、つまり明日以降なら構わないと、昨日伯爵の家令より聞きました」
「おお、ならガウェインとベロニカに持たせてほしい」
「槍と弓でしたね」
「そうだ」
「把握しました、本日中にこちらへ商会の者に持たせます。場所の指定があれば向かわせますが」
「どうだ、2人とも」
「俺は屋敷で構わない」
「私もここで受け取るよ」
「だそうだ、頼んだぞ」
おー、北西部討伐部隊にトランサイトが2本行くのか! これは心強い。
「父上、屋敷で少し訓練しても構わないか」
「ああ、いいぞ、2人でやればいい」
「よし! 楽しみだ」
「ほんとね!」
はは、武器のことになると表情が緩んだな。騎士らしい。
「子爵、村の施設でお聞きしたいことが」
「何なりと申せ、クラウス」
「先日、家令ナタリアより花壇設置の話を聞きました。しかしあれは妻ソフィーナの発案であり、その費用はトランサイトの売り上げから出すものと考えていたのです」
「そうだったな。まあでもよい、あれは子爵家が賄う」
「ありがとうございます」
「他にも村に必要なものがあれば何なりと申せ、大抵のことは即応できるぞ」
おお! この領主たる言いぶり流石だね。もしかしてこの場は、かなり貴重なのでは。
「今のところはありません」
「そうか、まあいずれお前が管理するのだ。それを見越して考えるといい。おー、あの西区城壁の部屋は少し予定が遅れる。ボスフェルトがサラマンダーにやられた関係で影響が出てな、まあ数日の遅れだが」
「分かりました」
あ、そうなのか。でも仕方ないね。
「それで屋敷の場所は考えているか」
「はい、西区の南側の森を切り開いて敷地にしようかと」
「ふむ、あそこか、その理由は」
「川で魚を食材として確保したく、ですから街道より川までを開拓できればと」
「ほう、魚か、なるほど。川なら西の森を畑にする計画を、代わりに屋敷としてもいいが、それでは村より離れ過ぎるか」
子爵は小さく頷きながら少し上を見る。
「ガウェイン、川より西の魔物の様子はどうか」
「ほぼDランクです、最近は村北側の森にCランクの大型出現傾向が強く、その影響でDランクが数多く南下していると考えます」
「それが無ければEランク以下か」
「分かりません、森の奥からも湧いてきますので」
「……ふむ、ならば新たな訓練討伐進路を川の向こうに用意するのは難しいか」
あー、やはり、それ用の森を確保しなきゃいけないんだね。
「子爵、提案があります」
「リオン、申してみよ」
「俺は監視所から北へ3kmの進路へ先日入りました。そこで出会った魔物はほぼDランクです。そこから1本南の進路、恐らく監視所より2kmの地点ではほぼEランクの魔物でした」
「リオン、あそこは監視所から1kmの地点だ」
「あ、商会長、そうでしたか」
そっか、歩いて行けたからそんなに遠くないよね。
「つまり、ガウェイン部隊長のおっしゃる通り、Dランクが南下する流れを断ち切らなければ、いずれ監視所までレッドベアやサーベルタイガーが溢れることになるでしょう。屋敷がその間の壁となることで、これまで通りのE~Fランクの訓練討伐進路が確保されると考えます」
「ふむ、分かった。1つの案として預かろうではないか」
「検討お願いします」
「遅くとも今月中には予定地を決めて、開拓なり整地なりに取り掛かりたいからな。森を切り開くとなれば尚更早い方がいい」
それにしてもコルホルは子爵の領地なのに手放す気満々だな。もしかしてお荷物? まあ税収が知れてるからね。その割に城壁更新とか費用はかさむ。ゼイルディク挙げての事業だから、多分伯爵から資金補助はあるだろうけど。
話すのに夢中になって食事の手が止まってしまった。食べるのに集中しよう。




