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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
89/321

第89話 杖の共鳴変化

「上空! キラーホーク2体!」


 シーラが叫ぶ。彼女は視野が広いね、よく上まで気が回る。


「1体は私が引き付ける、下りたらレベッカとエドガールは矢を放て。もう1体は子供たちでやってみろ」

「はい!」


 3人は声を揃えた。後衛2人は木の陰に隠れながら、進路に残ったジェラールの近くで魔力集中を始める。俺とフリッツ、ベルンハルトは後衛の近くで見守った。


「よし、下りてくるぞ……今だ!」


 ジェラールが飛び退くと魔物が地面すれすれに姿を現す。


 バサバサッ、体制を整え両足で立ち、ジェラールを探したその時。


 ズバッ! ザシュッ!


 風の斬撃と氷の矢が魔物に命中、少しよろめいた。


「とりゃっ!」


 スパンッ!


 ジェラールの放った伸剣に、キラーホークは足の付け根から背中にかけて真っ二つになる。エリオットたちも同じタイミングで終わったようだ。


「休憩!」


 ……。


「この武器、どこを切っても真っ二つだよ、凄すぎる」

「戦闘時間が短くていいわね」

「そうなんだよ、マリー、とにかく当てればそれで終わり。ああでも、スキを作ってくれた2人がいてこそだよ」

「私は倒すつもりで撃ってるの」

「アタシも全力よ、でも大して効いてないわ」

「俺も自分の武器なら似たようなもんさ」


 本来はそんな状態を繰り返して、少しずつ強くなって倒せるようになるんだ。そこへ1本武器を追加することによって、倒すまでの過程が大きく変わる。魔物を倒すことが目的ならそれでいいけど、訓練討伐としては効果が薄くなってしまうのでは。


 俺、やり方を間違っているのではないだろうか。恐らく本来はヘルラビット相手に数カ月は戦うものだろう。そういう順番をすっ飛ばしているからね。これは訓練討伐への向き合い方を考え直す必要があるな。


 進路を抜けて街道沿いの草原に出た。


「ふーっ、お疲れー!」

「いやー、今日はいい経験になったよ」

「ほんとね、スカッとしたわ」

「リオン、ありがとう、返すよ」

「あ、うん、ちょっと待って」


 鞘のベルトを外してから、剣を受け取り納めた。もう馬車に乗るからね、背負ったままでは長椅子に座れない。


「今日の討伐はウルヴァリン2体、サーベルタイガー5体、レッドベア1体、ダークヴァイパー1体、ガルウルフ2体、エビルアント2体、キラーホーク1体だ。少しでも子供たちが手を加えた魔物を含んでいる」

「分かりました」


 この内容、村の魔物討伐とほとんど変わらないじゃないか。改めてこの辺は危険なエリアなんだな。


「村の4人は商会の馬車に乗れ」


 あ、街道沿いに待機してる馬車が1台は商会のだ。こんな進路の出口まで迎えに来てくれたんだね。助かるけど何か悪いな、きっとそれなりに待っていたはずだから。


「次は3日後の20日だ」

「分かりました」

「じゃあね、リオン」

「次回もよろしくな」


 馬車に乗り込む。今朝の護衛の2人が奥に座っていた。


「リオン、ちょっと来い」

「あ、はい」


 エリオットだ。俺は1人馬車を降りて近くへ行く。何だろう。


「ジェラールの武器を握ったのはいい判断だったぞ」

「え、そうですか」

「明日、ウチの屋敷で話そうではないか、今後の方針をな」

「……はい」

「では行け」


 再び馬車へ乗り込む。


「構わないか」

「はい」

「よし、行ってくれ」


 ベルンハルトが護衛に告げると馬車は走り出した。


 今後の方針、訓練討伐のことだろうけど、うーん。トランサイト頼みの戦い方を改めるのだろうか、武器を変えたのは好印象だったようだし。エリオットは部隊長だ、騎士への指導も出来るはず。ならば俺にも適切な訓練方法を思い付いたのかもしれない。


 確かになー、このままで上達する気はあまりしない。ただ届く間合いでブン回してるだけだもんな。魔力操作に限った訓練なら、トランサイト生産の共鳴でも結果的に上達はしている。


 まあでも、今日は沢山の経験をした。Dランクのサーベルタイガーやレッドベアを倒したんだもん。武器の力があったとは言え、強い魔物を近くで感じられたのは確かだ。


 ああ、そうか、ちゃんと得られたものはあった。目の前で魔物を見る、それだけでも収穫だよな。場数を踏む。そう、毎回、何か発見があり身になる。あんな戦い方でもね。


 村へ帰って来た。例によって馬車はギルド前で止まってくれた。


「ありがとうございました」


 馬と御者に礼を言って受付カウンターへ向かう。


「リオン、シーラ、お帰り!」

「ただいまー」


 グロリアだ。もうアレフ支所長は出迎えないのか、ちょっと寂しい。あの報告をしている時間は割と好きだった。熱心に聞いてくれるからね。


「次は20日って聞いたよ」

「分かった、じゃあまた前日に確認に来てね」


 あれ、今日の報告はしないのかな。トランサイトのことがあるから、ちょっと伝えにくいか。


「私は奥に行くけど、リオンはどうする?」

「え、そうだね、いや、用事があるからいいよ」

「そう、じゃーまたね、ばいばーい」


 シーラと別れて商会へ向かう。


「仕事か」

「ううん、今日は聞いてないけど、一応行ってみるよ」


 フリッツとコーネイン商会へ向かった。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ」

「支店長はいますか」

「呼んでまいります」


 ブレターニッツが奥へ消える。どうもミランダはいないようだ。しばらくしてキューネルが出てきた。


「訓練討伐から帰ったのですか」

「はい」


 手招きをして耳打ちする。


(俺の仕事はありますか)

(常に用意しています、工房へどうぞ)


 フリッツと工房へ向かう。はは、常に用意か、そりゃそうだね。トランサス合金の在庫が切れることはないだろう、このために増産してるはずだし。


「あら、リオン、いらっしゃい」

「エリカ工房長、共鳴変化をしに来ました」


 休憩スペースへ向かい、机の上にあった弓を持つ。


 ギュイイィィィーーーン


「ふーっ」


 ソファに座る。あ、杖もあったんだ。どうしよう、次やってみるか。


「先生、次に杖の共鳴をしようと思うんですが、これってどこまでがトランサスですか」

「……多分、精霊石を取り付けてる台座ではないか」


 あれ、フリッツ自信なさそう。


「職人に聞いてみますね」

「それがいい」


 俺は立ち上がり、作業スペースへ行く。


「どうしたんだい?」

「エリカ工房長、作業中に失礼します。杖の鉱物素材はどこまでですか」

「全部鉱物だが、トランサス部分は上3分の1くらいさ。精霊石を取り付ける台座や固定する爪も含めてね」

「なるほど、構える時はどうするんですか」

「……こうだよ」


 ほう、両手で前に持って、精霊石を目の高さにするのね。


「リオンが同じように持つと、杖が身長より少し長いから見上げるようになるね。それに握ったところにトランサスが来ない。だから杖を斜めにして(またが)るといいよ」

「……こうですか」

「いいね、それで弓の感じで共鳴するのさ」

「分かりました、ありがとうございます」


 休憩スペースへ戻る。前世で見た魔女がほうきに跨る様に杖を挟む。何だこの大勢は。多分、これでは戦えない。杖って身長に合わせて作るんだね。


「斜めに持ってもいいのではないか」

「あ、そっか」


 要はトランサス部分へ握った両手があればいいんでしょ。


「じゃあ、いくね」


 ……。魔力を通す。エリカは弓の感じでやれと言ってた。


 キイイィン


「あ、できた!」

「おお、いいぞ」


 それで、目線はどこがいいだろう。仮石を取り付けた台座は、斜めだから見辛いな。握った両手でいいか。


 キイイイィィーーン


 50%、よーし、よし。いけるいける。


 キュイイイィィィーーーン


 80%、90%、100%……


 ここから変化だ。


 ギュイイイィィィーーーン


 うひょー、できた!

 これ、試験素材だよな。ならば110%でトランサイトへ変わるはず。


 ギュイイイィィィーーーン


 104%、108%、112%……


 変わった! やったぜ!


 シュウウウゥゥゥーーーン


「先生、出来ましたよ」

「ワシも分かったぞ」

「すみませーん、鑑定お願いします」

「ああ、今行く」


 エリカが小走りにやって来て、それを見た他の職人も釣られて集まる。今日はエリカの他にロレンソとプリシラがいるね、ハールマンは休みかな。


「そうか、杖は初めてだったんだね」

「はい」

「それで一発で成功するとは流石だな!」

「どんな能力かしら、楽しみ!」

「じゃ、鑑定するよ」


「トランサイト

 成分:トランサイト 100%

 火:15

 水:15

 風:15

 土:15

 魔法射撃:225

 特殊:魔力共鳴(120%)、速度増加(共鳴率×10)

 定着:31日15時間

 製作:コーネイン商会 杖部門」


「おおーいいね!」

「弓と同じ感じだな!」

「魔導士たちが皆欲しがるわ!」


 へー、そうなんだ。弓では射撃だけだったのが魔法射撃になってるね。数値は同じ225。特殊の魔力共鳴や速度増加は内容も全く同じだ。


「火とか水はどういう意味ですか」

「属性強化値だよ、15なら15%上乗せされる」

「へー」


 しかしなぜ%を省いて言ったんだろう、成分や特殊のところは言ったのに。ま、職人の中でそういう文化があるのかも。


 それにしても射撃だけなんだね。そりゃ後衛武器だから当然か。杖で切ったり突いたりしないしね。


「さー、みんな作業に戻っておくれ」


 職人は散り、エリカも戻った。


「疲労度は変わらんか」

「うん、そうだね」


 同じトランサスだし。共鳴自体も最初のとっかかりさえ掴めば後はすんなり出来る。確かに弓の感じに似てた。


 しかし、この形になったら杖と判定するのか。多分、精霊石を固定する台座と爪があるからだよね。爪が1本でも折れたら杖じゃないのかな。棒と杖の境目はどこだ。


 にしてもシンプルなデザインだ。試験素材だからだろうけど。もっとこう、天使の羽根とか光の放射線とか、好きなように装飾してもいいんじゃない。鞘に納めるワケでもないしね。ただ、邪魔か。どこかにぶつけて折れる未来が見える。


 羽根が折れたんで修復お願いしますなんて恥ずかしくて言えないや。絶対心の中で、そんなモンつけるから、って思われそう。


「おお、いたか」

「商会長!」


 ミランダが工房へ入って来た。


「杖の変化に成功しました」

「なんと! うまくいったか、それはよかった」

「もう直ぐ夕方の鐘なので最後に1本します」


 弓を持ち共鳴変化。


 ギュイイイィィィーーーン


 ふーっ、これで今日は終わりだな。


「ご苦労だった。さて明日、両親とお前はアーレンツ子爵屋敷、そしてウチの屋敷へ行く予定だ。10時にここを出発するが、それまで工房で何本か頼むぞ、来る時間はいつでもいい」

「分かりました」


 ゴーーーーーン


 夕方の鐘だ。


「では西区へ帰ります」

「うむ」


 フリッツと工房を出る。



 ◇  ◇  ◇



 食堂にはクラウスとソフィーナが待っていた。


「お、来たな」

「お帰り、リオン」

「ただいまー」


 カウンターでトレーを受け取り席へ。


「どうたった、今日は」

「訓練討伐かな、う、うん、問題なく終わったよ」

「……そうか」


 んー、武器を持ち換えたことは帰ってからでいいか。


 食事が終わって家に帰るとクラリーサがいた。


「リーサ、すまないが例のを頼む」

「あいよ」


 クラウスの依頼を聞き一緒に居間に入る。


「範囲は3m、効果は3時間」

「ありがとう」

「お安い御用さ」


 音漏れ防止結界を施し、クラリーサは去った。


「実は今日、昼間にカスペルからエミーへ俺が貴族になる話をした」

「あ、もう言っていいんだ」

「ミランダに確認した。ランメルトとイザベラは彼らが風呂の後にウチに来るので話す。リオンの共鳴もイザベラに見せてやってくれ」

「トランサイトのことも言うんだね」

「もちろんだ」


 おおー、遂にか。身内だしね。


「じゃあ、そういうことなんでさっさと風呂を済ますか」

「うん!」



 ◇  ◇  ◇



「ふーっ、さっぱりした」

「明日は屋敷のお風呂だね」

「……そうだな、ゆっくり入れる気がしないぞ」

「きっと、凄く広いよ」


 多分、使用人とかも使ってるからそれなりの広さ、そして豪華な作りだろうね。ライオンの口からお湯が出るのかな。いや、この世界にライオンがいるのか。んじゃ、ドラゴンかな。


 さて、訓練討伐の件を言っておくか。


「父さん、母さん、今日の訓練討伐で気が付いたことがあるんだけど」

「ほう、なんだ」

「何かしら」


 レッドベアを倒したこと、ジェラールと武器を交換してサーベルタイガーに効かなかったこと、その後、戦わずに見学したこと、そして今後訓練の方針はこれでいいのか等を伝えた。


「……なるほどな、確かにトランサイトに頼る側面はある」

「でもいいんじゃないかしら、共鳴だって立派なリオンの力よ」

「そうなんだけど、剣技を覚える目的にはこれでいいのか疑問なんだ」

「正解は誰も分からないと思うぞ、何せ神の封印を解く方法なんだから」


 まあね、なら今のままでもいいのかな。うーん。


「明日、部隊長が話してくれるならそれに従えばいい」

「リオンはどうしたいの?」

「俺は……弱い武器でしっかり最初から訓練したい気もある。ずっとヘルラビットと対峙することになってもいいよ。それだとあんまり稼げないだろうけど、もう今やお金の心配は全くないからね」


 うわ、金は心配いらんって、ヤな奴だぜ!

 いやでも、そうか、分かった! お金より大事なもの!


「武器が弱いと苦労するけど、その過程が、きっと将来に活きると思うんだ。もしかしたら敢えて追い込むことで、剣技が解放されるかもしれないし」

「ああ、確かに一理あるな」

「そう、治癒スキルを覚えたんだって、あんな大怪我をしたからだ。トランサイトで余裕で倒せてるようじゃ、いつまで経ってもダメかもしれないよ」

「ほんとね」


 うん、自分で言ってて気づいた。そうだよ、追い込まないと! あんな遠くからスパンッで強くなれるはずがない。


「その考えを部隊長に言うといい」

「そうする」


 もしかしたら2班から別れることになるかもしれないけど、俺の目的はそこじゃないんだ。神の封印を解くことなんだから。

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