第87話 2班の情報共有
「前方! レ、レレ、レッドベア、1体」
「はあ!?」
「きゃあ!」
「……これは無理ね、部隊長、お願いします」
「うむ、リオン、行くか」
「え、はい!」
タッタッタッ、エリオットと並んで走る。
「お前は足を狙え! ヤツの間合いの外から切り落とすんだ!」
「はい!」
デカいなレッドベア! 頭まで4mあるぞ。腕も爪も長い、あれを振り回されたら半径3mは危険だ。と言うことは伸剣4mは必要、いや、切り落とすには5mか。……じゃあ100%だ!
キュイイイィィィーーーン
「私は左から回り込む!」
「じゃあ俺は右!」
グオオオオオッ!
うひーっ、バケモンだ、間違いなくバケモンだ!
タッタッタッ、ズザッ!
む、エリオットが先に到達して注意を惹いてくれた。
俺が子供だからか、ベアのやつ背中を向けてるぞ。後悔しやがれ!
スパン! 左足の膝から下を切断成功!
ドスッ、グオオオッ……
「次は腕だ!」
「はいっ!」
片膝をついて、両腕でバランスを取ってる。スキだらけだぜ!
スパン! 右腕の肘から下を切り落とした!
ズバッ! エリオットが左腕の手首を切り飛ばす!
「止めだ! 届くところをどこでも切れ!」
「えええーーい!」
スパン! 腰のあたりを斜め上に切り上げた、背骨は切断され、腹の途中まで刃が入ったはず。
ズウウウウゥゥン
……。
「血肉が消え始めた、討伐完了だ」
「ハァハァ……やった」
「集合しろ!」
「は、はいー!」
はは、レッドベアを倒したぜ。
……。
「アンタ、何者なの」
「え、ええと」
「いいわ、答えなくて」
え、聞いてきたのに。
「いやあ、びっくりだよ、これほどとはね」
「凄いわ、相手はレッドベアよ、村でも3~4人で戦うのに」
レッドベア、やっちまった。10万だぜ、これみんなで分けるんだよな。
「部隊長、報酬は4等分ですよね」
「うむ」
「え! ちょっと、アタシ何もやってない」
「俺も見てただけだよ」
「私も」
「構わん、それがパーティだ」
「そうだよ、これで報酬無しだったら俺と訓練討伐したら損になる。ここまで一緒に来てくれたことが、その報酬に値するんだよ」
ただこれはもう訓練討伐じゃない、普通の魔物討伐だ。それでも子供たちを引き連れて、こんな強敵の出るエリアに来るのは何の狙いがあるんだ。俺に合わせた戦力なら騎士でも冒険者でも連れてくればいいのに。
「では引き返すぞ、フリッツたちは素材回収を頼む」
「ベアの角は部隊長に任せる」
「いいだろう、しかし2本で勘弁してくれ」
はは、あれは3本無理。残りの1本はフリッツが肩に担ぐようだ。ベルンハルトたちは爪や牙を持てるだけ持つ。
しばらくしてサーベルタイガー討伐地点へ。いくつか素材を拾い出発。
「後は騎士に回収させる」
そうだね、もう持てない。
「魔物! 右奥20m!」
「ダークヴァイパーだ、ジェラールとリオン、行け」
「は、はい!」
「了解!」
ジェラールと並んで走る。
「俺が森に入って引っ張り出す、進路で仕留めてくれ」
「分かった!」
そう言うと彼は森に入り、魔物の注意を惹いた。
うわ、蛇か、デカいなー! ウネウネしながらこっちへ近づいて来る。
「向きを変えたら頼む!」
ジェラールの声に共鳴して待ち構える。
キュイイイィィィーーーン
100%、頭を落としたら終わりだけど届く間合いに来るか分からない。胴回りも太いし動いてるからうまく切断できるか。とにかく届くところに切りつけてダメージを与えるんだ。
「今だ!」
ジェラールが進路に出ると東に向きを変え、魔物はそれを追いかける。
長い! 10mくらいあるんじゃないか、どこでも切り放題だ!
スパン! スパン!
2回振り下ろして1回は切断に成功。あとの1回も深く入った。
魔物の動きが鈍る。え、まだ倒れてないのか。
シャー!
頭をこっちに向けて近づいて来る。体の半分から後ろを切断されてるのにこんなに動けるのか。頭は地面から50cmくらいの高さ、丁度いいな!
スパン!
横に振り払った伸剣は、上顎と下顎の間を通り、頭が真っ二つになった。
ドサッ
「ふーっ……やった」
「集合ー!」
……。
「ジェリー、いい誘導だったよ、ありがとう」
「はは、ただ走っただけさ」
「……部隊長、リオンの戦力について聞いていいですか」
「マルガレータ、監視所へ帰ったら伝えよう」
「分かりました」
流石に気になるよね。あんな距離あるのに切れるなんて絶対おかしい。
「さ、皆立て、行くぞ」
進路を歩き出す。
「ウルヴァリン討伐地点です」
「うむ」
マルガレータの言葉にエリオットは返事をして素通りした。ダークヴァイパーに続きここも素材回収は後回し。魔石は討伐後に拾ってるみたいだね。
しばらく進むと街道沿いの草原に出た。
「素材は後ろの馬車へ載せろ」
エリオットの言葉に同伴大人たちが街道沿いに停めてある馬車へ向かう。2台あるね、子供たちは前の馬車に乗るのだろう。
「ふーっ、みんなお疲れ!」
「主にリオンだけどな」
「その通りね、ジェリー」
正直、そこまで疲れてない。身体強化して長い距離を走った時は息切れするけど、共鳴強化して武器を振るうだけなら、そうでもないんだ。実際、ほとんど動かずに剣を振るったレッドベアは一番楽だった。
トランサイト生産を続けていたからか、強化共鳴だけなら、かなり魔力消費効率がよくなった。100%までは変化共鳴のための下準備みたいなものだからね。でも戦闘となるとそれだけで戦えてしまう。それもかなり優位に。
2班は前の馬車に乗り込む。子供4人、そしてエリオットとベルンハルトだ。
「マルガレータ、魔物への手応えを改めて聞かせてくれ」
「はい、部隊長。ウルヴァリンはやや深く斬撃が入っている気がします、後衛と前衛の攻撃を2回行えば3人で十分倒せる相手でした。しかしサーベルタイガーには全く効かず、こちらに注意を向けるだけとなりました」
それでサーベルタイガーは後衛に向かい、エリオットが倒したと。
「それはどうしてだと思う、ジェラール」
「ウルヴァリンはEランクだからです。同じEランクで最上位のガルウルフも、以前、時間はかかりましたが倒すことは出来ました。しかしサーベルタイガーはDランク、ランクの違いが耐久力の差に現れたと考えます」
「うむ、いい見解だ、シーラはどうか」
「2人と同じ意見です」
ランクか、確かギルドで見た情報では報酬含めてこんな感じだった。
ランク 魔物 報酬
D レッドベア 10万
D クルーエルパンサー 5万
D サーベルタイガー 2万
E ガルウルフ 1万
E ウルヴァリン 9000
E ラヴァフォックス 8000
ガルウルフとサーベルタイガーは1万しか報酬の差は無いけど、魔物ランクとしては大きな差があるんだね。耐久力か、防御力や体力を指すのだろう。マルガレータたちがサーベルタイガーへ効く攻撃を放つには、恐らくもう一回り強くならないといけない。
Dランクの上、Cランクだとクリムゾンベアは見たことある。あと話だけなら西区の城壁を破壊したヘヴィボア、クラウスの武器素材のマッドマンティスなんかもそうだ。
更に上のBランクはこないだのワイバーン、そして最近カルニン村に来たというドラゴン。ここらへんは最前線の騎士や冒険者でも相当苦労する感じ。
その上がAランク、ジルニトラっていうドラゴン上位種がいるんだよな、英雄ブラスがシンクライトの剣で倒したっぽい歴史にある魔物だ。ドラゴン上位種で言うとミランダが言っていたガルグイユ、それも英雄が倒した歴史上の魔物。グリフォンやヒュドラって名前も出てたな。
そしてサラマンダー。あれがAランクでどの辺かは知らないが、確実にBランク以下とは一線を画す存在だった。しかし俺の剣は通った、共鳴200%ではあったが。
「リオンはどうだったか、魔物への手応えについてだ」
「え、あ、はい。そうですね……差は感じませんでした」
「ほう、ではウルヴァリンもレッドベアも同じか」
「切った感じはそうでした」
「ふむ、まあ切り口を見るにつけ、そうだろうとは思う」
ジェラールたちは眉間にしわを寄せ驚きの表情。そ、そんな目で見るなよ。
「リオンはもうここで訓練討伐するより、村の討伐に参加したらどうだ」
「……ベルンハルトさん、恐らく戦力的には問題ないと思います。でも連携とかの決まりごとが分からないので、それにはまだ早いんじゃないかと」
「まあ確かに、人数もいるし城壁もあるからな」
「いや、それは予定していない。何のために少人数でここへ入っているか、そして見たことを秘密にするのか、それも含めて食事が終わったら監視所で話す」
そっか、戦力的な理由じゃないもんね。トランサイトだもん。
監視所へ着いた。馬車を降り城壁へ向かう。
食堂に入ると半分くらい席が埋まってた。
「食事後は席で待っていろ」
「はい!」
エリオットはそう告げ去った。カウンターで食事を受け取り席に座る。
「ねぇ私、来るときにアサルトカイトに氷の矢を当てることができたの」
「来る時にって、魔物が出たの?」
「そうよ、マリー。ガルウルフ3体とアサルトカイト2体、居合わせた人たちで戦って討伐できたよ」
「街道沿いもたまに出るからね、俺も何度か出くわした。それにしても飛んでるところに当てたんだろ? 凄いじゃないか」
「うん、読みやすい軌道だったから、うまく翼の付け根に当たったよ」
「あれは見事じゃったぞ、シーラ」
翼か、それでゆっくり降りてきたんだ。お陰で狙い易かった。
飛行系は翼にダメージを与えれば機動力が大幅に削がれるから、案外対応しやすいのかも。アサルトカイトは翼開長3mくらいだから、的も大きいとは言える。でも飛行中に当てるのは大したもんだよ。
食事も終わりの頃、俺たちの席に数人子供が近づいてきた。
「おい、リオン」
「え」
「もう来るなよ、迷惑だ」
こいつ、ライニールだっけ。
「姉様はとても辛そうなのに、母様や父様はリオン、リオンって。お前のせいでメチャクチャだ」
「ちょ、ちょっと」
「とにかく家で大人しくしてろ!」
ライニールと取り巻きは去った。
「リオン、ライニール様に何かしたの?」
「いや、マリー、心当たりないよ」
んー、何か逆恨みな雰囲気、やれやれ。
「気にするな。お前のすべきことに集中しろ」
「はい……先生」
フリッツは分かっているみたいだな。ライニールは大方、最近ミランダとエリオットが俺に掛かりっきりだから嫉妬しているんだろう。クラウディアが熱を出したのも俺のせいだと思ってる。ここは放置するか、この後エリオットに相談するか。
まあ、何かしてきたワケじゃないし、様子を見るか。あ、明日の夜はメルキースの屋敷に行くんだよな。ライニールも一緒に食事の席にいるのか。んー、面倒だ。
食事が終わってしばらくするとエリオットが来た。
「皆、ついて来い」
2班の子供と同伴大人は、食堂を出て通路先の部屋に案内された。
中は12畳ほどか、窓はない。長机が3つと椅子が15脚くらい並んでいた。会議室っぽいな。
「適当に座ってくれ。おい頼む」
「はっ!」
部屋にいた騎士が両手を掲げて止まる。音漏れ防止結界か。
「効果は部屋の中心から半径3m、1時間です」
「うむ、すまんな」
騎士は出て行った。
「さて、リオンについて話そう。無論、結界を施しているから他言は控えてくれ」
「はい」
「分かりました」
「もちろんです」
トランサイトのこと伝えるのね。
「伯爵から支給された剣身を使っているのは伝えた通り、その素材なんだが、トランサイトだ」
「トランサイト!?」
「あの幻の鉱物か!」
「名前は聞いたことあるわ」
「……え、何?」
子供たちは知らないみたいだ。
「歴史上にしか存在しない素材、トランサイト。それを伯爵は極秘裏に作り上げた。リオンは訳あってそれを使っている。トランサイトの特徴を知っているか」
「……確か剣身が伸びると」
「その通りだ、エドガール。リオンが高い共鳴率を施し振り抜けば、透明の剣身が伸び魔物を切り裂ける、それを魔素伸剣と言う」
「魔素伸剣!」
「そうだったのね!」
「だからあんな距離から届いてたんだ」
皆、一斉に俺を見る。
「リオンの共鳴率ならその子供用の剣身でも4~5mとなる」
「何だって!」
「そりゃ長い!」
「尚且つ、切断、斬撃の値はレア度4と同等かそれ以上だ」
「……え?」
「……ウソ」
「……レア度4以上!?」
子供たちも目をむき驚きの表情。見たことない顔が並ぶ。
「これで分かっただろう、Dランクの魔物なぞ相手ではないのだ」
「そこまでだったなんて……次元が違うのね」
「いや参った、俺なんかと比べて意味ないよ、遥か上だった」
「……びっくりだわ」
「無論、武器の性能が高いからではあるが、それを引き出すズバ抜けた魔力操作が伴って、あの様な戦い方が実現する。正にリオンのための武器なのだ」
確かに。短時間で高い共鳴率を何度も出来ないとああはいかない。
「幻の素材トランサイト、そして極めて優れた魔力操作、この2点が世に出るとあまりに影響力が大きい。従って少人数での限定されたメンバーなのだ、皆、分かったな」
「はい!」
「よく分かりました」
「これはほんとに他言できないな」
「さて、続いて、キミたちの今後についてだ」
ほう、何かあるのか。
「ジェラール、マルガレータ、シーラ、キミたちは本来なら前回の進路より、更に南の進路が実力に相応しい。だがリオンの実力に合わせて、今回の様な格上の魔物ばかり出る進路に付き合って貰っている。報酬はリオンが倒しても4分割だが、肝心の訓練になる相手がほとんどいない」
確かに。ウルヴァリンくらいが丁度いいが、出てくる方は関係ないしな。
「実を言うと、私はキミたちを高く評価している。今後大きく伸びる才能があると見ているぞ。従って格上の相手に早いうちから慣れ、近い将来、対等に戦える力を得ることを期待している。この方針について意見はあるか」
「ありません!」
「俺も、その方針に従います」
「私も、リオンと一緒に行きます」
「うむ、分かった」
なるほどね、力技の特訓みたいなものか。まあ、危なくなったらエリオットもいるし。何より俺が頑張ればいい。
「大人たちの意見はどうか」
「自分はジェラールの意見を尊重します」
「私もマリーがいいなら、いいわ」
「ワシもだ。東区で見ている戦いと変わらないからな」
「うむ、分かった。ただ今聞いての返事だ。後ほど意見が変わったならいつでも申すとよい。それからリオンの都合によっては進路が変わる可能性もある。そのつもりで頼む」
皆、何度もうなずく。
「説明は以上だ、さあ、午後の訓練へいくぞ」
「はい!」
一斉に返事をして部屋を後にする。
まあ、ちゃんと説明をした方が、変に勘繰られるよりはいいか。トランサイトのことも25日の議会を過ぎれば周りに伝え漏れるだろう。いや、事前に議題を貴族へ伝えるんだっけ、6日前だから明後日か、その時点でも広まる可能性あるね。だからちょっと早く知るだけだ。
「リオン、ごめんね、アタシちょっと意地悪なこと言っちゃって」
「え、いやー、全然気にしてないよ」
マルガレータが声を掛けてきた。サラマンダーがどうとか言ってたからね。彼女もエリオットに大きく期待されてるとこが分かって嬉しかったみたい。
うん、何だか2班のまとまりが更に良くなった気がする。やっぱり情報共有は大事だね。皆が同じ方向へ向ける。
よーし、午後も頑張るぞ。




