第79話 治癒スキル
エスメラルダに到着。玄関からは明かりが漏れている、ロビーは消灯してないんだ、俺たちを待ってくれてたのかな。
「外套をお預かりします」
雨で濡れた外套を従業員に預けた。
「朝食は7時からだ、西区の食堂には不要と伝えてある。ではゆっくり休め」
ミランダはそう告げると奥へ消えていった。1階が部屋なのかな。
螺旋階段を上がりそれぞれの部屋へ。
「俺は先生の部屋で寝るね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ、リオン」
フリッツと部屋に入る。直ぐに寝間着に着替えてベッドへ向かった。
「ミランダの考察をどう思う」
「サラマンダーのことかな、うーん、言われてみれば確かにそうだね。俺たちが交戦した場所には騎士が20人くらいしかいなかったし、手薄な場所だったのは間違いないよ」
「そうか、ならば今後移動する時は注意せんといかんな」
「……そうだね」
そうは言ってもどうすりゃいいんだ。騎士団部隊を引き連れて行くのか。
「では寝るか、おやすみ」
「うん、おやすみ」
またこのベッドで眠れるのは嬉しいな、ふかふかだ。あ、ソファもそうだけど、ベッドも買えるんじゃないか。明日クラウスに聞いてみよう。
雨の音が微かに聞こえる。結構しっかり降ってるね。
ミランダは鑑定の講師を直ぐ手配してくれるって言ってたな。どんな訓練だろう、何時間もずっと物を見つめるのかな。んー、厳しいなぁ。あー、そうだ、共鳴の仕事をする合間にちょっとずつならできるぞ。そんなんで訓練になるか分からんけど。
あれも魔力を使ってるよな。武器なら武器を見て、あの時に魔力を送っているに違いない。どんな風に見えるんだろう、空中に文字が浮かぶのかな。多分そうだよな、なんか空間を見てる感じだったから。アレか、ステータスウィンドウ的なものが見えるのか。
でも話してよかった。ミランダなら人脈広いから最適な講師を用意してくれる。あ! 受講料とか払わなくていいのかな、まあ、ミランダが出してくれるか。……むー、何だか金持ちの子供が親にあれ欲しいと言ってすぐ対応してる感じだ。
ミランダ母さん、鑑定覚えたいー! よしよし分かった、直ぐ準備する。
ぷっ、いかん、ますます依存度が高くなるではないか。
あ、そうか、あれだ! 会社員が新たな資格を取得するようなもんだ、そう、業務に必要な資格をね! だったら費用は会社持ちでも問題ないな。鑑定は武器職人に必要だ。うむ。
そういや除草士も興味あったんだよな。スキルは死滅か。あれもできれば覚えたい。でも武器職人には関係ないから実費か。まあ、トランサイトで稼げば問題ない。
しかしスキルっていっぱいあったな。探知ってのがちょっと気になるぞ。探知……何を探すんだ? 歴代の英雄では探索王だっけか、そんなのがいたみたいだな。何だろう、お宝だよなきっと。あ! 精霊石か! なるほどそうか、精霊石が森のどこに落ちているかが分かるんだな!
うおおおっ! 探知スキルめちゃくちゃアツいじゃないか! ど、どど、どんな風に分かるんだろう、森を見たら精霊石が透けて見えるんかな。落ちてる場所が光るとか。くぅー、探知も覚えたいなー。武器職人とは……うん! 関係ある!
希少な鉱物を含む精霊石を見つけるのに必要だぜ! そしてそれを現場で鑑定する! おお、お宝ハンターな感じ、これはやってみたい。
だがしかし! 森には魔物がいるじゃないかー! やっぱり強くなっておかないと危ないな。どの道、神に狙われてるから、もし森でサラマンダーでも出てきたら、それこそ頼れる戦力が限られる。つまり俺自身が倒せるようにならないと。
なんだか出来ることが多すぎて楽しくなってきた。解放すればの話だけど。
寝よう。
◇ ◇ ◇
朝だ。……隣りのベッドにはフリッツがいない。ソファかな。
むくりと起き上がり寝室を出る。
「あ、おはよう、フリッツ」
「うむ、おはよう、よく眠れたか」
「それはもうぐっすり。多分、傷口も定着したよ」
「魔力を高めて傷口が痛まなかったら問題ない」
「あ、そうなんだ、じゃー、身体強化でもいいかな」
「構わんが、少しでも痛みが出たら中止しろ」
「分かった!」
立ち上がり、集中する。……うん、痛みはないぞ。
ぴょん、ぴょん、ぴょん
うひょー治ったぜ! しかしすげぇな治療士は。……ん?
「あ!」
「どうした?」
「あのさ、治癒スキル、覚えたかも」
「なんだと!」
よく分からないけど、そんな気がする。そう、サラマンダーとの戦いが終わって気を失った後、温かく活力に満ちる魔力を感じたんだ。あれは多分、治療士が手当中だったのだろう。今、その感じを思い出したら、俺でも出来る気がしたんだ。
「もしかして大怪我の治療を受けたのがキッカケかも。そして自己魔力で定着を完了させ、負傷から完治までの流れを経験することにより治癒スキルを習得した」
「……両親やミランダに報告するか」
「そうだね、まだ分からないけど、こういうことは共有しないと。あ、ちょっと、試してみてもいいかな」
「あ、ああ」
自分の腕に手のひらを置き、目を閉じる。あの感じを思い出して魔力を送った。
……腕に温かい活力を感じる。間違いない、これが治癒スキルだ!
「ふーっ、多分できたよ」
「そ、そうか」
「フリッツ、腕に手を置いていいかな」
「構わんぞ」
フリッツの腕にさっきの魔力を送る。
「どう?」
「……これは!」
「分かるの」
「ああ、分かる! この感じは治療を受ける時の魔力だ!」
「ふーっ、はは、やったね!」
「……これは重要な案件だな」
「うん」
顔を洗って歯を磨く。着替えてソファに座った。
「まだかなり早いけど下りようか」
「そうだな、恐らく皆も来ているぞ」
部屋を出て螺旋階段を下りる。1階ロビーのソファにはクラウスとソフィーナが座っていた。向こうも気づいて挨拶を交わす。
「あの、朝から悪いんだけど」
「どうした?」
「なあに?」
「重要な案件がある」
「は!?」
「え!」
「ちょっと確認してほしい、父さん、腕に手を置くよ」
「あ、ああ」
クラウスの袖を少しまくって腕を出す。そこへ俺の手を置き、治癒スキルを発動する。
「……!! お、おい、これって」
「母さんも」
「え、ええ」
ソフィーナの腕にも同じことをする。
「まあ!」
「ふーっ、どう、分かった?」
「分かった、これは重要な案件だな」
「リオン、あなた……」
ミランダがロビーへやってきた。
「皆、おはよう、む、どうした怖い顔をして」
「ミランダ、ここへ座って腕をまくって見ろ」
「は? なんのつもりだ」
「やれば分かる」
困惑したミランダは、それでも言う通り袖をまくって腕を出した。
「商会長、失礼します」
そこへ手を置き治癒スキルを発動する。
「!? おおい、リオン!」
「ふーっ、分かりましたか」
「こっ、これは、もしや、治癒……」
「はい、どうも俺はそれを習得したようです」
ミランダは呆れたような表情で固まった。
ゴーーーーーン
朝の鐘だ。でもエスメラルダの朝食は7時からなのでまだ時間はある。
「ひとまず場所を変えようか」
ミランダはそう言うと受付カウンターに行き、従業員へ声を掛けた。
戻ってきた彼女についてロビーの奥へ。……結構行くな。通路を抜けると広いスペースに出た。警備だろうか、見える範囲に2人騎士が立っている。壁際には階段、どうもそこを上がるようだ。階段を上がり切って直ぐの部屋に入る。部屋の前には騎士がいた。
「適当に座れ」
「ここは?」
「私の部屋だ」
ほう、ミランダの泊まった部屋か。俺たちの部屋より狭いのは1人用だからか。
コンコン。
「結界士でございます」
「入れ!」
なに、結界士? ミランダの声に30代の女性従業員が入って来る。あ、そうか音漏れ防止の結界か。受付で声を掛けていたのはこの人を手配していたんだな。
「半径3m、効果2時間です」
「うむ、すまないな」
結界士は去った。
「クラウス、扉の前に行って立ってくれぬか」
「え、ああ、いいぜ」
クラウスはソファを立ち上がり扉の前へ。
「どうだ! 聞こえるか! クラウス!」
「はあ?」
クラウスは首をかしげる。それを見てミランダが手招きをした。
「用心深いな」
「それだけ重大な話なのだ」
商会のブレターニッツは見知った関係だからな。さっきの女性を疑うわけではないけど、確認するのも直ぐだし、それで安心するなら大した手間ではない。
「さて、リオン、さっきのは治癒スキルに感じたが、それで合ってるか」
「はい」
「封印を解放したのか」
「結果的にそうなりますね。考えられる要因は……」
傷を負ってから完治までを説明した。
「なるほど、それで使えるようになったと」
「はー、凄いな、これは驚いた!」
「びっくりだわ!」
「……皆が同じ感想であるし、私もそう思う。しかし断定はできない、鑑定士に見てもらうのが確実だ」
そうか、まだ怪我を治したワケでもないし。それが間違いないね。
「しかし懸念もある」
「と言うと?」
「リオンはこれまで洗礼の後と、先日城に入る前で、2回の鑑定をしているはずだ」
「はい、そうです」
「ゼイルディク鑑定士ギルドの人物鑑定資格を持つ組織は、鑑定した内容を1個所に集めていると聞く。そして同一人物を鑑定するごとに更新されているらしい」
あー、他言しないどころか、その集まった所では見放題じゃないか。まあしっかり情報を管理してくれてるなら構わないけど。あ! 人廻し……。フローラが言ってた、その情報は売買されることもあると。
「洗礼が終わって間もないのに専門スキルが追加されたとなると、それは非常に珍しい事例となる。鑑定士ギルドがそれをどう扱うのか分からないからな」
「どうって、何か良くないこともあるのか」
「……これは噂で聞いた話だが、そういった特異な人材を集めている人買いがいるとか。もし鑑定士ギルドがそこへ情報を売れば、その人買い組織はリオンを狙うだろう」
「えええ!」
「そんな!」
うは、こえええっ! なんだよその組織は!
「あくまで噂だ、何の確証もない。しかし噂が立つには何かある。用心に越したことは無いぞ」
「あー、だったら、ギルドに属してない鑑定士に依頼すればいいのでは?」
「クラウス、そんな鑑定士はいないのだ。人物鑑定が出来るスキルレベルになると、資格を取得することが義務付けられており、それを怠るときつい罰則が科せられる。そして資格取得をした時点で人物鑑定の報告義務が発生するのだ、それも違反すると罰則がある」
「うっわ、そんな決まりがあるのかよ、鑑定士って大変だな」
人物鑑定士って厳しく管理されてるんだな。まあ大事な情報を取り扱うし。
「もちろん人物鑑定出来るようになっても、黙っておけば知られない。普通に暮らしていれば、そうそう鑑定されることも無いからな。ただ、そういう人物がいたとしても固く口を閉ざす。見つけることは出来んよ」
「あ、まあそっか、そうだよな」
「そんな鑑定士の規則は誰が決めてるのかしら?」
「ウィルム侯爵だ。つまり規則に反することは侯爵に従わないと同義だ。罪は重い」
へー、そうなんだ。そっか、サンデベールの人の管理をしっかりしたいんだろうな。多分、正当な目的で。でも鑑定士にも色々いるし。中には小遣い稼ぎに情報を売っているヤツがいるかもしれん。
「人買いも噂だからな、問題ないとは思うが、リオンに危険が及ぶ可能性はなるべく排除したい」
「そうだな、止めておくか。となると治癒が使えることも伏せた方がいいな、どこからどう繋がって鑑定士に辿り着くかも知れん。リオンのスキル構成は珍しいからな、印象に残ってる可能性が高いし」
そうか、シャルロッテだっけ、もしあの鑑定士に俺が治癒スキルを持っていることが伝われば、おかしいと思うよね。彼女を疑うわけではないが、いらん心配事を増やす必要はない。
「では決まりだな。リオンは治癒スキルの行使をよく考えてくれ」
「あ、うん、もう使わないでおくよ」
「そこまで萎縮することはない。怪我を負った時に頼りになる力だ、密かに伸ばしておけばいい」
「そっか、分かった!」
「おい、しかし、ミランダ。昨夜話した中で、リオンが鑑定を覚えたいことに賛同していたな、講師かなんかを手配するんだろ? その人間がどれほど信用できるか知らんが、リオンが鑑定を覚えれば、結局は今回の治癒スキルと同じ状況にならないか?」
うーん、まあ、そこから漏れる可能性はゼロではないけど。そんなこと言ってたら何も覚えられなくなる。それは辛いなー。まあ、訓練のコツを掴んで後は独自でやる方法もあるか。
「……鑑定スキルの講師は信頼できる人物を用意する。もちろん絶対は無いが、それを言っていたらリオンは身動きが取れない。せっかく100万もの英雄を超える力があるのだ。それをみすみす眠らせておくのは良い策ではないぞ」
「ああ、そうだな。すまない、ちょっと神経質になってしまった」
「クラウスの言い分も分かる、リオンの安全が最優先だからな。さあ、朝食へ行くぞ」
皆、部屋を出る。うーん、人買い組織なんて聞いたら、慎重になっちゃうよな。
1階の食堂で朝食をとる。5人同じ席だ。
「小降りだが、雨は降っているな。今日の訓練討伐は中止だ」
「うん、そうだね」
「ではリオン、仕事は出来るか」
「大丈夫です、いつ行けばいいですか」
「そうだな、では9時に商会へ頼む」
「分かりました」
よーし、職人のお仕事、頑張るぞ! とにかく数を作らないとね!
「私はこの後、村を離れる」
「町へ行くのか」
「まあな、あっちでも色々と進めることがあるのだ、昼過ぎには戻るだろう」
「そうだわ、この服ってどう洗えばいいのかしら」
「この宿に高級衣服専用の洗濯乾燥施設がある。宿泊客ではなくても利用できるぞ」
「あらそう、受付で言えばいいのかしら」
「うむ、コーネイン商会の名で出すといい、私から言っておく。なに、元々は伯爵へ会いに行くために作った服だ。商会の都合だからな、手入れ料金もこちらが負担する」
「何から何まで悪いわね」
「気にするな」
いやーもう、ちょっと慣れちゃって怖いよ。いいのかね、こんなに頼って。
「あ、そうだ! 父さん、ここの宿のソファやベッド、とってもふかふかで気持ちいいよね。これが家でも味わえたら最高だと思わない?」
「そ、そうだな。まあ、そんくらい買ってやるか。しかし、あれってどこで売ってるんだ」
「既製品ではなく受注生産だ。伝手があるから言っておこうか?」
「そうだな、すまんが頼む」
「ベッド4、ソファ2でいいか、ついでに机も揃えろ」
「あー、そっか、合わせた方がいいな、じゃあそれで頼む」
もうミランダは何でも出来るんだな。しかし金額を聞かなくていいのかクラウス。値札を見ないで買う富豪みたいでやらしいなぁ。全く、ちょっと金が手に入るとこれだ! まあ十分足りるとは思うけど。
「本当にすまんな。そうだ、商会の誘いの件、しっかり控えておくからな」
「おお、頼んだ。恐らく今日いくつか来るぞ」
「ところで子爵の招待はいつ頃になるんだ?」
「サラマンダーの事があったから少し遅れるだろう。恐らくは2~3日後と思われる。今日それも日程を詰める予定だ」
「そうか、分かった」
アーレンツ子爵か、村の領主だからね。それでロンベルク商会の経営者だし。あとはサラマンダーを仕留めた地域でもある。色々関りが深いから、一度しっかり話がしたいね。
「では私は行く」
「ああ」
「気を付けてね」
「いってらっしゃい、商会長」
ミランダは去った。ほんと忙しいね。一昨日死にかけたっていうのに。
「しかし雨だと畑に出られないな」
「そうね、ここ何日か放置しちゃったから、そろそろ草も処理しないと」
「もうお前たちが世話をする必要はないと思うぞ」
「なぜだ、フリッツ」
「置かれた状況をよく考えろ、クラウスもソフィーナも、将来用意される立場に向けて準備しなければならない」
確かにそうだね、貴族となる人が野良仕事やってる場合じゃない。
「まあそうだが、今植えている分くらいは俺たちが収穫するぞ。それに準備すると言っても何をしたらいいか分からん」
「その辺りはミランダ、或いは子爵から近く指示があるだろう」
「ふむ、ところでフリッツ、そう言うあんたも準備せにゃならんぞ」
「あ、ああ、そうだな」
でも具体的にどう準備するのだろう。そういう講師がいるのか、或いは現役から教わったりするのか。アーレンツ子爵の家令は、確か―、エステバンだったか。そうそう、伯爵家令のディマスより感情豊かな印象だった。彼が講師なら覚えやすそう。




