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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
77/321

第77話 商会長室での告白

「雨は降りそうで降らなかったな」

「少しぱらついた程度だね」


 念のため家から外套は持参している。羽織ると暑いので畳んで手に持っているが、結局は荷物になってしまった。


「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」


 メシュヴィッツが出迎える。遅くまでゴメンよ。


「ララさんは休みいつなの?」

「申し訳ありません、デートのお誘いはお断りしております」

「ああ、いや、そうではなくて、いつもいるからさ」

「明後日から2連休ですよ」


 そっか、ならよかった。


「その間は別の者が対応いたします。ブレター!」

「はい!」


 メシュヴィッツの声にカウンター付近から男性店員が近づいてきた。


「カミル・ブレターニッツと申します。カミルとお呼びください。メシュヴィッツが不在の時は私がリオン様のお世話をさせていただきます」

「分かりました、カミルさん、よろしくお願いします」


 メシュヴィッツと同年代の若い男性だ。この人、商会長室でミランダの横に立ってるの見かけたことあるぞ、あ! 音漏れ防止の結界が出来る人だ。なるほどね、彼なら共鳴も見せたことあるから、俺の素性をよく知っている。


「商会長室までご一緒します」


 ブレターニッツに続いて2階へ上がる。


「お連れしました」

「入れ!」


 ミランダの声に扉を開け中に入る。


「座れ。ブレターニッツは結界を頼む」

「はい」


 ミランダの隣りにフリッツ。向かいのソファには奥からソフィーナ、俺、クラウスと座った。ブレターニッツは机の上で手を広げる。


「……音漏れ防止の結界、机の中心から半径3m、効果は2時間です」


 彼はそう告げて部屋を出た。


「話の前に、ミランダに見せたいものがある」


 クラウスは特別契約を持ちかけた商会をまとめた紙を机に置いた。


「……ほう、スヴァルツとユンカースが来たのか」

「スヴァルツは本店の者も来ていて、近くコルホルに工房を設けると言っていた。ユンカースは男爵夫人がミランダを心配していたそうだ」

「デルクセン男爵夫人だな、彼女はユンカース商会長でもあり、舞踏会で会えばよく話をする。フン、心配とな、死ねばよかったの間違いではないか」


 !? おいおい、仲悪いのかよ。


「あと2~3商会は来るだろう、すまんが、その情報も頼む」

「ああ、いいぜ」


 クラウスは紙を仕舞った。


「なんだ、特別契約の誘いか」

「ああ、フリッツ。見ての通りルーベンスには安く見られたもんだぜ、ずっと使っているのによ」

「あそこは広く浅くだからな。それにしてもサラマンダーを倒した英雄には失礼な条件だ。ミランダ、コーネインはどうするんだ」

「無論、ウチもそのつもりだが、まあ待て。他の商会の様子を見るのも一興だ、今の方針も透けて見え中々の参考になる。そうだ、話を持って来た日時と、その人物も書き加えてくれないか」

「ああ、分かった」


 なるほど、商会の特別契約に対する姿勢を見るのか。やらしいなぁ。


「さて、こちらも伝えることがある、お前たちの護衛についてだ。近く村全体の住人編成を行い、西区へ何軒か空きを作る。そこへ町から移住する希望者を募り、表向きは抽選とするが、当選者は伯爵が手配した護衛で埋められる」

「住人編成か、北区や東区、または中央区へ行くのだな」

「そうだ、フリッツ。老いて亡くなった者、自己都合で退去、子供が町へ行き自立、様々な理由で村にはいくらか空きがある。それを整理するのだ」


 ほほー、なるほどね。しかし、抽選とは一体。


「早くて来月、遅くとも7月中には移転が完了する。それに伴い、保安部隊の騎士をメルキースとアーレンツから選抜し外側3区に配属する。この村も人口が増えてきたのだ、丁度頃合いでもある」

「騎士はいつから来るのだ」

「取り急ぎ2名が明日より西区へ入る」

「騎士が西区でずっといるのか、皆、戸惑うな」

「クラウス心配するな、保安部隊は防衛部隊と違い、いくらか話しやすいと思うぞ、住人との交流も任務だからな。もちろんそれに向いた人選もしてある。彼らの寮は中央区だが、日中は西区を動かん、食事もお前たちと一緒だぞ」


 ほう、親しみやすいお巡りさん、みたいな人かな。


「さて、私からは以上だ。話を聞こうか」

「はあ? ミランダから話があるんじゃないのか」

「いや、重大な案件があるのはそちらではないのか、どういうことだフリッツ」


 あー、こうなるよね、説明しないと。


「話があるのはリオンだ、ワシやミランダ、クラウス、ソフィーナにな」

「リオンが?」

「ほう、そうなのか」

「そうだったの、……思っていること、何でも言えばいいのよ」

「みんな、突然でごめんなさい。少し前に一部をフリッツ先生には伝えたんだけど、とても大事なことなので、今日みんなに話すことを決めました」


 皆、俺を見る。よし、まずは話す段取りからだな。


「この話はトランサイトやシンクライトをも遥かに超える内容です」

「なんだと!?」

「はあ!?」

「まあ!」

「かなり突飛な話だから信じられないかもしれないけど、とにかく聞いてください。でも長いので順を追って進めます。それで時折りみんなの認識を確認するけど、その順番を決めておきます。俺が問えば、商会長、父さん、母さん、の順に答えてください」


 3人は了解したとの反応をくれる。


「先生は既に確認しているので省略するけど、内容によっては問います。それから俺が問わなくても、質問があればその都度挟んでもらっても構いません」


 よし、じゃあいくぞ。


「まずは神についてです」

「!?」

「え!」

「神?」


 そりゃ、そんな顔になるよな。でもこれを聞かないと進められない。


「神とは創造神クレアシオン、この世界の基礎を作りました。魔素、魔力、スキル、魔物など、色んな要素の仕組みを取り決めたのです。みんなは神の存在を信じますか? そして礼拝堂の祈りをどう思いますか? 商会長」


 ああ、もう、完全に怪しい宗教団体の勧誘者だ。


「神とは神職者ギルドが作り出した信仰の対象と考える。従って存在しない。礼拝堂の祈りはただの洗脳行為だ。つまり意味はない」

「俺は神はいると思う、礼拝堂の祈りは習慣としてやっているだけ」

「私は神を信じるわ、お祈りもきっと届いていると思うし、礼拝堂に行くと心が晴れやかになるの。大昔からの習慣だそうだけど、そうなったのも、きっと大事な意味あるんじゃないかしら」


 ふむふむ。やはりソフィーナの信仰心が高い。だがしかし、神は敵だ。ここはリオン教に改宗してもらうしかない。にしてもミランダの意見は凄いな、バッサリだぞ。


「お答えありがとう。まず神、創造神クレアシオンは存在する。古の時代からこの世界の管理をしているんだ。そしてこれから話すことに神が大きく関係してくる。母さん、神を悪く言うことになるかもしれないけど、真実なんだ。どうか分かってほしい」

「いいのよ、リオン。私は神より自分の子供を信じるわ」

「ありがとう」


 ほっ、どうも思ったほど神を崇めているワケではなさそうだ。


「4月27日、今から3週間前に俺は高熱を出した。実はあの時、不思議な声を聞いたんだ。それは神ではなく、神よりもずっと上の立場に感じた」

「そうなのか! だから変な事言ってたんだな」

「その声は洗礼の後にも聞いた。これは夢や妄想ではなく本当のことです。その声は俺しか知らないことを言い当て、そして俺の知らないことを示してくれ、その内容が実際に起きうる事象に、見事当てはまっているのです」


 ぬはっ、言葉に出すとかなりのもんだな。こんなこと言うヤツ、俺だったら距離を置くぞ。でもみんな真剣に聞いてくれてる、とにかく言い切るんだ。


「これから話すことは、その不思議な声が伝えてくれた内容が中心です。実はそれもワケあって全ては話せませんが、質問があれば言える範囲で答えます」


 皆、頷く。とにかく聞いてみるって感じだな。よーし、ふー、……いくぞ。


「まず俺には、とんでもない力が秘められています。それはかの英雄、初代国王やベアトリスを凌ぐほどです」

「なんだと!?」

「え!」

「!?」


 多分、スキルレベル40が境界と見た。神は41以上を移動したんだよ。宇宙の声の言っていた53は、あまりに現実離れしている。


「英雄と聞いて思い付く歴代の使い手は、具体的にどのくらいの者だったか、スキルレベルを含めて答えてください、商会長」

「ほう、英雄か……そうだな。Aランクの魔物討伐で言うなら、ジルニトラの首を飛ばした英雄ブラス、お前のお陰でシンクライトの剣と分かった件だ。そのブラスの剣技は38と伝わっている」

「俺は初代国王くらいしか知らない、剣技は分からん」

「私もよ」


 ありゃ、これでは判断がつかない。フリッツにも聞くか。


「先生」

「うむ、大魔導士ベアトリス、カイゼル王国を救った英雄だな。彼女は水と風属性が40だったと言われる」

「他には、商会長」

「フッ、これは学生の試験か、まあいい。勇者アナスタシア、彼女は単独でグリフォンを落としたとされる、弓技は39だ。それから英雄ラーシュ、ドラゴン上位種のガルグイユを倒した槍使いだ、槍技レベルは40。あとは大魔導士エスメラルダ、巨大多頭蛇ヒュドラを単独で倒した英雄、彼女の火属性は40だった」


 おおおっ、流石ミランダ! 教養が深い。


「魔物退治ではない英雄も言えるぞ、剣聖と呼ばれたオスカルは剣技37、超人グレゴリオは槍技39、救世主カンデラリオは剣技37、名将アバーテは剣技35、烈士ナディアは剣技36、まだ言えるがどうする?」

「は、はい、十分です」


 すげぇ! 相当勉強したんだな。


「ミランダ大したものだな、よくスラスラ言える」

「フッ、クラウスよ、騎士たるもの、歴代の使い手も言えぬようでは勤まらんぞ。皆、それぞれ目標を掲げ、いつかは自分も歴史に名を残すと励んでいるのだ」

「そ、そうか、騎士たちを見直したよ」


 うへー、騎士ってそういう志が原動力なんだね。


「それでこれがどうした? お前の力は英雄を超えると言っていたが」

「は、はい、商会長、今並べた者たちのスキルレベルに注目してください。何か気が付くことはありませんか」

「35以上だな、それほどの者は今のカイゼル王国には居ないとされている」

「上はどうですか、何か不自然に揃ってはいませんか」

「……確かに高くても40や39だな。英雄を超えるとは41以上のことか? 私の知る限りではそんなレベルは存在しない。恐らく上限が40なのだろう」


 やはりそうか、神は41以上を弾いていたんだ。


「その不思議な声が言うには剣技53の者が実在し、魔物の大群に1人立ち向かい国を滅亡の危機から救ったそうです」

「ふーむ、53なぞあり得ないレベルだ。リオン、どこで聞いたか知らんが御伽噺とは伝わる途中で大袈裟になっていくものだぞ」

「いえ、御伽噺や作り話ではありません。その者が存在した時代があまりに古くて、御伽噺としても残っていないのです。恐らく数万年前と考えられます」

「はあ!?」

「なんだそれは」


 英雄枠が100万もの数に達するには、それくらいの年月が必要だ。


「その数万年前までは、剣技53相当の英雄が稀に生まれていました。しかし、強すぎる力は影響力が大きいため、神はその誕生を制限したのです。恐らくですが、スキルレベル41以上を世に出さぬよう調整したのではないかと」

「……なるほど、仮説として頭に置こうではないか」

「ところが、生まれるはずだった41以上の能力は消えたワケではありません。その不思議な声、神以上の存在が言うには、それらは後回しにしただけで、いつか必ず世に出さないといけないのです」


 転生枠は言わないでおこう。ややこしくなる。


「それがこの程、様々な条件が重なり、後回しにし続けたスキルレベル41以上の能力全てが、1つにまとまったのです。そしてそれを身に宿し、生まれてきたのが、この俺、リオンなのです」


 皆、ポカーンと口を少し開く。むむむ、俺が選ばれし者で、それを熱弁してるって感じ、もう完璧にアブないヤツじゃんか。はぁー、でも事実だから仕方ないんだよ。


「……リオンよ、お前は剣技もないのではなかったか、ならばその様な力にはほど遠いぞ。ああいや、確かに魔力操作はズバ抜けている、英雄と言ってもいいだろう。しかし、今聞いた内容とは合致しない」


 そう思うよな、じゃあ封印について説明するぞ。


「リオン、いいか」

「はい、先生」

「ミランダの疑問に答える前に皆に説明するべきことがある、構わないか」

「あ、はい、どうぞ」


 なんだ?


「まず皆に問う、基礎スキルはいつ覚えるものだ? 生涯スキルと呼ばれる4属性レベル1は除くぞ。ミランダから答えてくれ」

「それは洗礼の儀、祝福の儀だろう」

「俺もそう思うぞ」

「私も同じ意見よ」

「うむ、お答えありがとう。実はワシもそう思っていた。しかしリオンの話を聞いてから、基礎スキルは生まれながらにして持っているのではないかと考えるようになったのだ」


 あ、そうか! 封印を説明するのに、洗礼でスキルを授かると信じてたらおかしいと思うよね。だって、封印するくらいならスキルを与えなければいいんだもん! これは大事な認識の確認を抜かすところだった。フリッツ、グッジョブ!


「フリッツ、生まれながらにして持っているなら、なぜ洗礼まで発揮されんのだ」

「恐らく素質の様なものが決まっていて、それが洗礼で伸びるのではないかと」

「ふむ、しかし司祭は洗礼で授けると主張しているぞ、あれは間違いだと言うのか」

「商会長、司祭の言うことは間違いでもあり正解でもあります」

「は? どういうことだ」

「人は生まれながらにしてスキルが決まっています。その半分は両親からの遺伝、あとの半分は無作為に決定されるものです」

「確かに遺伝が半分ほどと言われているな」


 遺伝が半分は宇宙の声情報だから間違いない。英雄の子は英雄にならないとも。


「先生の言う、素質の様なもの、との認識で構いません。それが洗礼の儀で解放され、スキルとして行使できるようになるのです」

「では司祭が行っているのは、その解放作業だけなのだな」

「そうなりますね」


 皆大きく頷く。よしこれで封印の説明ができる。


「さて、神がその影響を恐れて世に出さないようにしていた力、スキルレベル41以上ですが、多くのそれらは1つになり、生まれる前の俺に宿りました」

「リオン、そうなった経緯は? 出さないのではなかったのか」

「……商会長、それは言えません」


 ややこしいし、長くなる。ひとまずこれで凌ごう。


「分かった。続けてくれ」

「はい。神は制限していた力が世に出ることを防ぐため、俺に強力な封印を施しました。生まれる前、つまり俺が母さんのお腹の中にいた頃です」

「なんと、封印か!」

「そうだわ! リオンの妊娠が分かった頃、急に魔力が下がって高熱が出たの、あれが封印だったって言うのね!」

「ほう、そんなことがあったのか」

「あの時はワシも焦った。何しろ原因が分からなかったからな」


 ソフィーナの顔が曇る。祈っていた神が、まさか自分に危害を加えていたなんて、ショックだったのだろう。


「そんなことがあっても母さんは俺を守ってくれた。そして無事、生まれることが出来たんだ。ありがとう、母さん」

「ううん、当然のことよ。あなたが生まれてきて、本当に良かった」


 ソフィーナが笑顔になった。もうこれで神と対峙することも抵抗が無くなったかな。もちろん、その魔力低下と高熱が神の仕業との証拠はない。でもそうとしか考えられないし、神のせいにした方が今後のためにも都合がいい。違うなら、そう弁解して見せろ、神め!


「ああ、だからリオンのスキルは全て最低なんだな」

「うん、父さん。流石に必ず習得する4属性、4撃性、操具、測算を消すことは出来なかったみたい」

「なるほど、それなら納得がいく。私もおかしいと思ったのだ、そんな洗礼結果は聞いたことが無いからな。確かに意図的に抑えられたと考えるのが妥当だ」


 ほっ、どうやら封印までの流れはうまく伝わったようだ。


「リオンよ、話はまだ続くか」

「はい、商会長。それなりにあります」

「ならば一度休憩といこう。結界も重ね掛けさせる」


 部屋に入ってからもう1時間半経っていたのか。これは途中で区切って後日だな。


「お前たちはここで待っていろ、トイレは出て左奥だ」


 ミランダが商会長室を出て行った。


「ふーっ、中々の話だったな。英雄を超える力に神の封印か」

「そうね、でも、リオンのスキルにちゃんとした理由があるの分かってよかったわ」


 フリッツはトイレに立つようだ。俺も行こう。


「トイレか」

「うん」


 廊下を奥へ進む。トイレの印があった、ここだね。男性の小は前世と同じく立って済ます。フリッツと横に並んで出すものを出した。


「ふー、あ、先生、スキルは生まれつき、あの説明助かったよ」

「そうか、あれを言わないと二度手間だと思ってな」

「他にも気づいたことがあったら割って入ってね」

「分かった、だがもう時間も遅い、適当に切り上げたらどうだ」

「そのつもりだよ」

「……なんだとは2回、高笑いは1回だったな」

「え? あ、ぷぷぷ、そんなの数えてたの」


 フリッツはニッと笑った。最初の印象は厳しい人かと思ったが、割と面白がるような側面もあるのね。ミランダが俺の好みじゃないかとも言ってたし。あ、もしかして、ミランダに一番興味があるのはフリッツじゃないのか。

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