第76話 スヴァルツとユンカース
「こんにちは! クラウス様ですか?」
「そうだが、あんたらは」
「私はスヴァルツ商会コルホル支店長のオーグレーンと申します」
「同じく本店より参りましたステニウスです」
あ! これは特別契約の誘いだ。オーグレーンは40代男性、コルホル支店長か、じゃあ中央区にいるんだね。ステニウスは20代女性、本店からって随分遠くから来たな。スヴァルツ商会は西部ボスフェルトに本店があったはずだ。
「少しお話をしたいのですが、お時間構いませんか」
「商会の者だと証明出来るものはあるか」
「これは失礼しました。商会員証をお見せします」
2人はカードの様なものをクラウスに見せた。
「……分かった、中へ」
「ありがとうございます」
家に入る。
「お帰り、あら、お客さん?」
「スヴァルツ商会の人だ、俺に話があると。母さんもいてくれ」
「ええ、分かったわ」
居間に座ると、商会の2人がソフィーナに名乗りながら商会員証を見せる。
「どうぞ座ってくれ、それで話とは」
「はい、先日クラウス様がサラマンダーの首を落としたと聞きまして、なんと素晴らしい腕前の冒険者がいるのだと驚愕しました」
オーグレーンが話し出した。
「その英雄はどこの方かと調べましたら、コルホル村の住人ではないですか! コルホル支店でお世話させていただいている身としましては、とても誇らしく思えました」
「その名声はボスフェルトまで届いております。先日私が本店でいたところ、直ぐ近くにサラマンダーが降り立ち、あっという間に辺りが炎に包まれました」
ステニウスは近くで見たのか!
「本店は冒険者養成所の近くにあるな、養成所はどうなった?」
「……寮がやられました。多くの若い命と共に」
「なんだと……」
「まあ、なんてこと」
あああ、やっぱり。チクショウ……。
「町も広範囲に被害を受けました。Aランクですからね、それはもう成す術なく一方的に。気が付くとサラマンダーの姿は無く、聞けば東の空に去ったと」
ステニウスの顔が曇る。その惨状を目の当たりにしたら辛いよね。
「これではゼイルディクの中心方面でも被害が拡大してしまう、しかし夕方に届いた知らせでは、なんと、あのサラマンダーを、ほとんどの被害も出さず倒したと! それは20人ほどの騎士たちで、首を落としたのは通りがかった冒険者と言うではありませんか!」
ステニウスの目が輝く、ど、どど、どうした。
「その冒険者の名はクラウス様、今はコルホル村にお住みだと。私はコルホル村の噂はよく聞いていました。少し前にもワイバーン2体を犠牲者も出さずに仕留めましたよね」
「ほう、よく知ってるな」
「聞けばクラウス様も、そのワイバーンの襲撃を受けた西区であると。もしやワイバーンを倒したのも?」
「いいや、俺ではない。1体は隣りの身内だがな」
「そうでしたか、やはりお強い家系なのですね」
イザベラとは血が繋がっていないけど。
「それで今回お伺いしたのは、クラウス様を当商会の特別契約者にとの提案のためです。Aランクの強大な魔物、サラマンダー。その首を落とした功績は大変偉大なものです。是非、当商会としても今後の活動を応援をさせていただきたいのです」
やはりな、クラウスどうするか。
「条件は?」
「はい、まず当商会で武器をお作りいただき、それを2年間お使い下さい。もちろん製作費用は全額商会が負担します。それと契約期間中の補修は無料です。契約金は2000万と考えています」
ほう、いい条件じゃないか。少なくともルーベンスよりは。
「分かった、いつまでに返事をすればいい」
「今月中で結構です。恐らく他の商会も同様の提案があるでしょう、その場合、もし当商会よりいい条件を提示されればお伝えください。こちらも検討いたします」
「中央区の店舗に私がいますので、いつでもお気軽にお尋ねください」
おお、何としても獲得したい意気込みを感じるぞ。よほどクラウスを気に入ったのだな。
「ルーベンス商会の隣りだったな」
「はい、それで補修の件ですが、現在コルホル村では、当商会でお買い上げいただいた方でも、ルーベンス商会にお願いしています。ですが近いうちに自前で工房を設ける予定ですので、クラウス様がお作りいただいた後は、引き続き当商会でお世話することができます」
「村に本格的に進出するのか」
「はい、コルホル村は近い将来、目覚ましい発展を遂げると確信しております。ですので、遅くなりましたが、これからは当商会もその開拓のお手伝いをさせていただきたいのです」
なるほど、その足掛かりにクラウスを宣伝役として使いたいのだな。タイミングもよかったワケか。
「俺はずっとルーベンスだったから他の商会はあまり知らない。スヴァルツ商会とはどんな商会だ? 職人が創業者と聞いているが」
「おっしゃる通り、創業者はガエル・スヴァルツ、元武器職人でございます。現在はその息子ラインハルトが会長を務めており、彼も現役の武器職人として工房に入っております。ですので、お客様にあった細やかな素材選びはもちろんのこと、握りや意匠、鞘やベルトに至るまで、徹底的にこだわってお作りさせていただいております」
スゲェな。武器づくりに信念を感じる。
「その分、時間もかかり値段も高めですが、お作りしたお客様からはご満足のお声を多数いただいております。当商会の作品は、そのほとんどが銘入りとなっております」
「ほう、それは凄いな」
へー! 確か冒険者でのシェア10%だったよね。その品質でそれだけ客がいるのは大したもんだ。よほどいい職人が集まっているのだろう。
「こんにちは!」
む、誰か来た。
「あ、来客中でしたか、これは失礼しました」
来訪者は直ぐに扉を閉めた。見た感じ商会の人っぽかったぞ。
「彼女はユンカース商会コルホル支店、支店長ヘルムートですね」
「知っているのか」
「ええ、月に一度、支店長会議がありますので、そこで見知っております」
「同業者で会議なんかするんだな」
「軽い情報交換ですよ。それに同じ中央区の住人、交流も必要なのです」
へー、横の繋がりもあるのね。なんか独特の雰囲気だろうな。
「彼女も間違いなく特別契約の話ですよ。ですが、当商会の条件は自信があります。万一向こうが好条件を出したら、直ぐにお伝えください」
「それでは失礼いたします。近いうちに商会長も会いに来る予定ですので、その時はよろしくお願いします。今日はお忙しいところ、ありがとうございました」
オーグレーンとステニウスは去った。
「こんにちは、先程は失礼しました」
直ぐに40代女性が玄関を開ける。おおい、続けてか。
「すまんが、少し休ませてはくれないか」
「ああ! そうですね、ですが、すぐ終わりますので。恐らく内容も察しのことかと思います」
「……分かった、では手短に済ませてくれ」
クラウスは彼女を招き入れた。まあ、条件聞くだけなら直ぐだね。
ソファに座って、商会員証を見せる。
「私は、ユンカース商会コルホル支店、支店長のヘルムートと申します」
「クラウス・ノルデンだ。こっちは妻のソフィーナ、そして息子のリオンだ」
「先日はサラマンダーの討伐、見事なご活躍でした。当商会長のデルクセン男爵夫人も絶賛しておりましたよ。一緒に戦ったコーネイン商会長とも、連休に舞踏会でお会いしたのが最後でしたので、とても気に病んでおりました。ですが、クラウス様の武勇で大事に至らなかったと聞き、大変感謝しておりました」
な、なな、なんだ。ミランダと繋がっているぞアピール、そして貴族経営アピールか。アプローチが独特で、絡み辛いなー。
「それで話は特別契約か」
「はい! 先程はスヴァルツ商会の方でしたね。あちらもその話でしたか」
「そうだ、すまんが手短に頼む」
「分かりました、では早速、当商会の条件をお伝えしましょう。契約金1200万、期間は2年、当商会の武器費用負担は1000万まででございます。契約期間は武器をお作りになってから開始でして、その期間中の補修費用は無料でございます」
ほう、ルーベンスよりはいいな。しかしスヴァルツには遠く及ばない。
「分かった、返事はいつまでにすればいい」
「今月中で結構です。店は中央区の騎士貴族商会通りにあります。最も北側がユンカース商会です。どうぞお気軽にお越しください。それでは失礼します」
ヘルムートは去った。
「やれやれだな」
「ふふ、大人気ね」
「おじゃまするよ」
!? また誰か来た! もう勘弁してくれ。
「なんだ、フリッツか」
「なんだとはなんだ。お前たちにミランダから伝言だ、今夜はエスメラルダに宿泊する。夕食も含めてだ」
「え、またかよ!」
「風呂を済ましたら商会で話があるとのことだ、ワシも同伴する」
「私も?」
「もちろん、ソフィーナもだ。あとはクラウスとリオンもな」
うへー、またそのコースかよ。まあここで風呂に入って、夜に中央区に行って帰るのも危ないかもしれないし。ミランダが西区に来るワケにもいかんのだろう。
「では17時にここへ来る、そこから中央区へ向かうぞ」
フリッツは去った。17時か、あと30分だな。
「まあ、ミランダも考えがあるんだろう。従うか」
「服はバイエンス男爵が用意してくれたのでいいわね」
ソフィーナは奥の部屋から庶民のかなりいい服を持って来た。
「父さん、私が着替えるの少し手伝って。そっちの後でいいから」
「分かった」
俺たちは居間で着替える。
「若干シワがあるがまあいいか」
「いいんじゃない? どうせ人に会うのは夕食だけだよ」
「そうだな。じゃあ母さんの着替えを手伝ってくる」
クラウスは奥へ消えた。ソフィーナも居間で着替えたらいいと思ったけど、来客があったらまずいからね。ほどなく2人が出てくる。
「さっきの商会の条件、紙に書いておこうか」
「頼む、忘れそうだからな。ミランダに紙を見せてやろう」
2階に上がり筆記用具を持ってくる。
「商会名 契約金 武器費用
スヴァルツ商会 2000万 全額負担
ユンカース商会 1200万 上限1000万
ルーベンス商会 1000万 上限600万」
「おお、すまないな、これはよく分かる」
「契約期間はどこも2年だし、補修無料も一緒だったからいいよね」
「そうだな」
「あら、ルーベンスからも話があったのね」
「まあな、これでも釣り上げたんだぜ」
「それでも一番安いのね」
ソフィーナは、ふーん、という表情をする。ああ、これは彼女の中でルーベンス商会の見方が変わったな。夫への評価がこうなんだと。ソフィーナもクラウスに合わせてかルーベンス一筋だったようだが、彼女も次はコーネインだ。
「念のため武器も持っていくか」
今日一日は戦えないけど、状況によっては丸腰ではいけないからね。代替武器だけど手元にあるだけで安心だ。
「準備は出来てるか」
「おお、フリッツ。いつでもいいぜ」
家の外へ出る。
「西区の世話人には伝えてあるからな。まあサラマンダーを倒したのだ、このくらいの招待があっても不思議ではない」
「こっちはそれでいいが、ミランダは一体何の話があるんだ」
「行ってのお楽しみだ」
ミランダも話を聞く側だけどね。
「まあ、貴族の何たるかを教えてくれるのだろう。あ、だったら、紙に書き残した方がいいな。持ってくるか」
「商会にいくらでもある」
「そうだったな、少し分けてもらうか」
西区を出て中央区へ続く道へ。
「そうだ、ギルドに寄っていいか、すぐ終わる」
「構わん」
「サラマンダー討伐武勇伝の確認をするんだね」
「何だそれは」
「アレフ支所長に経緯を話したんだよ、そしたら紙にまとめてギルド内に貼り出したいと。だから貼られる前に変なこと書かれてないか見ておくのさ」
「多少誇大でもいいではないか」
「程度による」
細かいなクラウスは。意外な一面を見た。
「そうだ、お前たちのいない間に西区住人の役割変更があった。伝えておこう」
「なんだ? 世話人か」
「いや、魔物討伐指揮だ。ワシからアルベルトに変わった。既に2度はあいつの指揮で襲来を対応したぞ」
「ほう、アルか、なら問題ないな。そうか、フリッツも忙しくなったからな」
「商会との調整役が理由ではない。単純にワシの勝手な意見だ、20年ずっとだからな、もういいだろう」
「長い間の務め感謝するよ」
20年って、西区が出来てからずっとか、それは長い。
冒険者ギルドへ到着。
「おやお揃いで、支所長かい?」
「頼む」
「ちょっと呼んできておくれよ」
「はーい」
受付カウンターに見ない若い女性が。こんな娘いたっけ。
「おお、お前たちか、フリッツもどうした、あや? いい服だな」
「サラマンダーの戦闘を記した紙を見せてくれ」
「あー、もう貼った」
「……そんな気はしてたがな」
ギルド内へ向かう。ふふ、俺もそんな気はしてた!
「これか、ふむ……まあ、これならいいだろう」
「ちゃんと書いているではないか、これはよく分かる」
「ねぇ、俺にも読ませて」
「よっと!」
大人の目線に貼ってあるから俺の身長では見えない。クラウスに抱きかかえてもらった。ほう、なるほどね、確かによく書けてる。まあ聞いて直ぐ書いてたからね。しかし俺の描写が納得できんな。
「ねえ、リオンは剣を振り威嚇をした、って、ちょっとカッコ悪くない?」
(事実を書くワケにいかんだろう、見たやつもいるんだ、これでいい)
(むー、分かった)
「おー、あんたらどこかへお出かけかい?」
「まあな」
「あ、ひょっとしてクラウスか! 読んだぜその記事、スゲェよな!」
「なになに、あの人がクラウス?」
「私も読んだわよ、ソフィーナの弓も効果的だったわね!」
「そこのお子様はリオンか、強敵相手によく逃げ出さなかったな、でも次は大人に任せて逃げろよ」
冒険者たちは好きな事を言う。それを背に俺たちはギルドを出た。
エスメラルダへ到着。
「これは皆様、どうぞ中へ」
お、玄関前の男性は俺たちの顔を覚えてくれたんだな。ちょっと嬉しい。
「クラウス様ご家族とフリッツ様、お部屋へご案内します。武器は預けますか」
「そうだな、頼む」
武器を預けて螺旋階段を2階へ。201号室って、前に泊まった部屋と同じか。
「フリッツはまた隣りか」
「そのようだ、リオンは食後にこっちへ来るか」
「うん!」
1階で食事をとる、コース料理だ。その味に心も腹も満たされた。
2階へ上がり俺はフリッツの部屋へ行く。
「19時30分に1階ロビーで集合だよ」
「そうか」
お湯をためて一緒に風呂に入る。
「ミランダの反応が楽しみだな」
「なんだと!? って3回は言うよ」
「はははっ!」
「あとね、はっはっはっ! って大笑いが2回はある」
「ふはは、違いない」
背中を流し合いながらくだらないことで笑う。
「リオンもミランダという人間がよく分かって来たな」
「長い時間一緒にいたからね。あの人は、何と言うか、活力に満ちている」
「そうだろう、いつも目をギラギラさせて前のめりだ」
「とても魅力があり、信頼のおける人だと思うよ」
「……リオンの好みか」
「ぶはっ! え、えーー!」
好みって、異性としてか。うーん、顔は美人なんだけど、怖いんだよな。
「お前は中身が40歳なんだろう、彼女は35歳、丁度いい年の差ではないか」
「フリッツ、俺の好みはミーナと言っておこう」
「娘としてだろう」
「その通り」
あれ、フリッツって既婚だよな、アルベルトが息子なんだし。妻はどうしたんだろう。離別か死別か、はたまた別居か。まあ、聞かないでおくか。
そうだ、フリッツにも話してない100万の英雄の力、あれも話すか。正直、鑑定をやってみたいんだよね。あのレア度4を鑑定した女性はカッコよすぎた。俺もああなりたい! それを解放するのに最適な訓練があるなら頑張ってみる。
風呂を上がって体を拭き着替えた。ソファに身を沈める。
「このソファ、ほんといい気持ちだね、寝てしまいそうだよ」
「家に置けばいいだろう、今でも買える金は手に入ったはずだ」
「あ、そっか! ちょっとクラウスに聞いてみるよ」
さて、集合まであと20分か。
「フリッツ、神に封印された英雄の力を話したが、どういう認識だ?」
「どうとは、初代国王やベアトリスを超える力と思っているが、違うのか」
「いいや、合ってる。が、それだけではないんだ」
「……なに!?」
「俺も正確には把握していないが、不思議な声が言うには『発明の天才』『秀でた探索能力』『高い治癒能力』こういった類も英雄だと」
フリッツは怖い顔で俺を見る。
「だから剣技だけではなくて、恐らくだけど、その、ほぼ全てのスキルにまつわる力が、英雄ほどの域に達していて、それが封印されているのではないか」
「お、おい、それは……」
「だから例えば、鑑定のスキルが解放されれば、レア度4やそれ以上を鑑定できる力があるかもしれないんだよ」
「……全てのスキルが英雄だと、お前、そんなこと」
いや、全てだろう。なんたって100万だ。スキルの種類がどれだけあるか知らないけど、それを網羅するには十分過ぎる数だからね。
「ごめん黙ってて。あの時言ってもよかったけど、何となく後回しにしちゃったんだ。それにまずは剣技からってのもあってね。だって神の仕向ける魔物と対峙しないといけないし」
「ああ、そうだったのか、いやよく言ってくれた。しかし、この後の話でそこまで言うつもりか」
「そのつもりだ。実は俺、鑑定をやりたいんだ。だから解放を手伝ってもらいたい。両親にもミランダにも、もちろんフリッツも提案があれば」
「そうか、分かった。お前が望むならそうするがいい」
お、そろそろ時間だね。
「じゃあ下りようか」
「うむ」
螺旋階段の下にはクラウスとソフィーナが待っていた。
「来たな、じゃあ行くか」
カウンターへ鍵を預けて武器を受け取る。念のため夜道だからね。
「フリッツ、その格好を見ると執事みたいだな」
「お前もそう言うか」
「なんだ嫌なのか」
「……悪い気はしないな」
ほう、まんざらでもなさそうだ。執事フリッツ、ピッタリじゃん!
ほどなくコーネイン商会へ到着。




