第73話 村への帰路
「しかし、ミランダほどの使い手が苦戦するとは、Aランク魔物は別格なんだな」
「私とて知れている。それも周りの協力があって、初めて力を発揮できるのだ。戦い方を間違えれば、力なぞあっても活かすことはできない」
「なるほどな。にしてもあの状況で冷静な指示は助かった。大したものだよ」
「これでも副部隊長だ、それが出来なければ指揮官ではない」
「そりゃそうだ、これは失礼」
うん、俺なんか怖くて、どうすればいいかとオロオロしてた。でもミランダはちゃんと観察して、有効な戦法を探ってたんだ。騎士たちを鼓舞して向かわせるのもうまかった。
「それならホルデイク副部隊長だったか、彼も頑張っていたな」
「地元の指揮官だからな、任せることにした。途中から声が聞こえなくなったので私が指揮を執ったが」
「彼も吹っ飛んでたな、近くにいたから相当の衝撃と熱を喰らったろう。そういやミランダは俺たちの後ろから近寄ってきたが、随分遠くまで飛ばされたんだな」
「ヤツの背中に上っていたからだ」
「なるほど、翼か」
え!? 前足を地面についていたとは言え、背中までは2階くらいの高さがあった。あの短時間でよく駆け上がったな。
「片翼を切り落とそうと剣を振るったが、思いのほか硬く、2回目を切りつけた瞬間、吹き飛ばされた」
「届くのは付け根付近だろうから、そこは確かに硬そうだ。まー、空へ上がったら面倒だから狙いとしては妥当だな」
「うむ」
飛んでいかれたら被害が広がるし、上空で傷を再生されたら、またやり直しだもんね。まずは動きを封じるのか。
「飛ぶなら翼を、走るなら足を、爪が危険なら腕を、そうやって少しずつ戦力を落とさないと、強大な魔物は仕留めることは出来ん」
「その通りだ」
首を落とせば終わるにしても、魔物がそれをやらせてくれるワケ無いもんね。レッドベアくらいでも足から狙っていくし。弱点は最後に撃つと。その状況まで持っていけば勝ったも同然だからね。
「にしても俺が英雄か、男爵は持ち上げすぎだよ」
「よいではないか、注目されることに慣れるのも叙爵までに必要なことだ」
「よく言う。ミランダも他のみんなも頑張ったのにな」
「歴代の英雄とて、決して一人で挑んだのではない。倒したことだけが独り歩きして、まるで単独で立ち向かったように伝わっているだけだ。どうだ、思い付く英雄と共に戦った人物の名は出てくるか」
「あー、分からない」
「止めを刺した人物と、倒された強大な魔物、或いは大群へ先頭となって立ち向かった者。大衆の頭にあるのはそれだけだ」
だろうね、その方が覚えやすいし。ただ待てよ、英雄と言えば。
「商会長、英雄とは初代カイゼル王ではないのですか」
「ほう、リオンは国王を崇拝しているのか」
「いやいや、そう聞いたんで」
「確かにそう教育されるが、本当にそう思っているのは、カイゼル島の神殿に通う熱心な信者だけだ。英雄が時代ごとにいても、何ら不思議ではない」
あーまあ、そうなんだけどね。
「もしその信者と知らずに、うっかり初代カイゼル王じゃない人を英雄と言ってしまったら、どう返せばいいの?」
「初代は別格です、真の英雄です、大英雄です、とでも言えばいい」
「はは、投げやりだね」
「これが意外と通じて機嫌が良くなるぞ。英雄譚を語り始めるが」
「ははは」
ミランダは経験あるんだね。なんだ、もう全然気を使う話でもないのか。信者とやらもそう多くないみたいだし。
「む、馬車がどこかに入るな、北アーレンツの騎士団施設か」
「ほんとだ」
昨日往路に立ち寄った場所だ。トリスタンとテレーシアだっけか、一緒に食事に行ったんだよな。でもまだ9時前だ、昼には早過ぎるが。
施設内で馬車が止まり、俺たちは降りた。ミランダが御者に事情を聞く。
「ロンベルク部隊長が会いたいらしく立ち寄れ、そうバイエンス男爵に指示を受けたのだと。まあ昨日はここも部隊を動かし、他の魔物を引き受けてくれたのだ、礼は言っておこう」
若干意思疎通がズレていた様だが、目的は納得できるものだったらしい。
俺たちは施設の建物に歩いて行った。
「ロンベルク部隊長はいるか、ミランダが来たと伝えてくれ」
「はっ! お待ちください」
玄関付近の騎士に伝えると、彼は大急ぎで中へ入って行った。
しばらくすると奥から数人騎士が現れる。
「これはコーネイン商会長! 昨日は誠見事な活躍であった! さ、中へ」
俺とミランダ、クラウス、ソフィーナが案内される。フリンツァーたちは馬車で待機だ。応接室へ通されソファに座った。向こうはトリスタン、あとは男性と女性の騎士だ。
「コーニングス副部隊長は今出ておる。もう直ぐ帰って来るはずだ」
「昨日は他の魔物を引き受けてくださり、大変助かりました」
「はは! あんなもの大したことは無い、せいぜいエビルコンドルに時間が掛かった程度だ。こちらこそ直ぐに駆け付けられず申し訳ない。なかなか部隊が揃わんでな」
紅茶が出てきた。それなりに話し込むのだろうか。
む、廊下を走る音が。
「ハァハァ……ミランダ副部隊長! サラマンダー討伐、大変見事でありました!」
「おお、帰ったか、コーニングス副部隊長、そこへ座れ」
「はっ!」
テレーシアは全力疾走したらしい。
「そっ、そのお召し物は保安部隊、しかし一般騎士ではありませんか! ミランダ副部隊長には相応しくありません! もしよければ私の服をお貸ししましょう」
「ああいや、構わない。屋敷へ行くまでだ、それも馬車の中のこと」
「そうですか、分かりました!」
「テレーシア副部隊長においては、昨日の魔物襲撃対応、大変助かった」
「いえいえ! サラマンダーに比べれば何のことは無い相手です! お怪我を負われたと聞いて大変心配しましたが、今お顔を拝見し安心いたしました」
テレーシア、凄く嬉しそう。
「コーニングス副部隊長は昨日、ほとんど寝ていないそうだ。今日はぐっすり眠れるな」
「部隊長、そ、それは……」
「なにしろ夜に礼拝堂でずっと祈っていたからな、願いが通じ、良かったな」
「あ、あの、その様なことをこの場では……」
テレーシアが赤くなる。これ、トリスタン、わざとやってるだろ。
「お陰で回復した、礼を言うぞテレーシア副部隊長」
「はい! ミランダ副部隊長がご無事なら、私はそれで……」
「さあ、昨日の戦闘を聞かせてくれないか、バイエンス男爵の使いからは、クラウスが止めを刺したと聞いた」
「ああ、はい。首を落としました」
「なんと! それは誠に偉大な功績だ」
……。
それからサラマンダーが降り立ってから首を落とすまでの流れを話した。
「そうかホルデイク副部隊長が指揮を。はは、彼は就任してまだ日が浅いのだが、いきなりの大役だったな。子爵から勲章を授けるよう通しておくぞ。無論、お前たちもだ」
「ありがとうございます」
「当然だ、アーレンツを救ったのだからな、近く子爵が屋敷へ招くだろう」
うへ、今度は子爵の屋敷か。まあ仕方ない。
「では行きます」
「うむ」
騎士団施設から出て馬車に向かう。
「英雄クラウスを称えよ!」
「クラウス!」
「クラウス!」
「クラウス!」
ここでも大合唱。それを背に馬車に乗り込み、出発した。
まあ、アーレンツは現場だったからね。
「商会長、ロンベルク部隊長は子爵の息子ですか」
「長男だ、従って次期子爵の身だ」
あー、やっぱり。それは仲良くしておかないとね。……はっ!、知らずに俺も貴族思考になってしまったか。でもアーレンツ子爵はコルホル村の領主だからな。いずれクラウスが引き継ぐにしても、お互いよく知っておかなければ円滑には進まない。
俺は親のクラウスから引き継ぐし、7年も余裕がある。でもクラウスは1~2年のうちに貴族から引き継ぐんだ。いやー、大変だ。これはなるべくサポートしないとね。
「予定外の寄り道だったが、昼までには村へ着く。ああ、メルキースの屋敷には寄る。すまないが着替えさせてくれ」
「それは構わない。ミランダは村まで来るのか」
「もちろん、防衛副部隊長だからな。対象の村にいなくて勤まるか」
「まあ、そうだが。今日くらい休んでいいのではないか」
「村でも休むことは出来る」
しかし、村ではどこで寝泊まりしてるんだろう。騎士団出張所にそんな場所があるのかな。
「商会長は、中央区のどこで寝てるんですか」
「それは言えん」
「あ、失礼しました」
そっか、防犯上ダメだよね。
「……が、皆知っておる。出張所の裏に寮があるからな。私もあそこだ」
「あらら、そうなんですか」
「商会にも寝る場所はある、宿に泊まることもあるな。仕事の段取りによっては監視所で過ごすこともある。無論、メルキースの屋敷もな。まあ、一定ではないと言うことだ」
うへー、寝る所がころころ変わって大変そう。
「リオンの隣りで寝てやろうか」
「え!」
「護衛だ、私なら戦力として問題ないだろう」
「ええと……ディアナのベッドが開いていますので、そこなら」
「おお、そうだったな、しかし同じベッドでも構わんぞ」
「え」
「ミランダ、その辺にしておけ、リオンが困る」
「ははは、失礼した」
なんだ、冗談か。真面目に考えちゃったじゃないか。
しかし、いくら強いとはいえミランダは貴族家の一員だ。護衛がいなくて大丈夫なのか。
「商会長には護衛はついてないの?」
「いるぞ、御者の隣りだ」
「あ、そうだったの!」
「2頭立てに御者は1人でいい。昨日も一緒に戦ったのだぞ」
「えー、気づかなかった」
「フリンツァーの馬車も1人は護衛だ」
「商会長は危険な目にあったことあるの?」
勢いで聞いたが、どうか。
「ある。結婚する直前にな。だが事なきを得た。それからは一度もない」
「そうですか」
「どこの手の者か分かったのか」
「もちろんだ、ここでは言えんがな」
ミランダが男爵家に入ると都合が悪いところだろうな。うへー、やっぱり実力行使ってあるんだな。怖いよ。
「まあ、分かり易かったからな、余裕を持って対応が出来た。ただお前たちはそこまで心配することは無い。村の環境なら警備もしやすいからな。何より、恨みを買うような心当たりはあるまい」
「もちろん無いが、向こうで勝手に勘違いして、或いは、俺の行動で知らずに利益を脅かすこともある」
「ほう、なかなか貴族らしい思考が出来るじゃないか。その通り、向こうの都合で動くからな、防ぎようがないのだ。もちろん怪しい動きや噂は掴めるよう、常に網を張ってある。中央区には目があると言っただろう。ウチにはそういう専門部署がある。どうやって人材を確保するか、また教えてやるぞ」
「それは助かる」
うわ、諜報部ですか、前世のCIAみたいな、規模が違うけど。異世界ならスパイに向いたスキルとかあるんかな。おー、音漏れ防止結界も、そういう類のひとつだな。
「ところでミランダ、昨日の話で商会を伯爵が決めていた。あれでいいのか」
「多くて3つと考えていたが仕方ない。ただブラームスとラウリーンを入れたのは意外だった」
「ほう、もっともらしい理由に聞こえたが」
「ゼイルディクの商会でもカルカリアやウィルムで売ることはできる。あれでは向こうの商会をひいきしているようなもの。地理的な理由で加えるならガイスラーとカロッサが適任だろう」
言われてみれば確かに。ゼイルディクに本店がある商会を入れてあげたいよね。
「それと加工費用だったか、商会に必ず500万は入るが、販売金額の40%の方が遥かに大きいのではないか」
「その通り、1年後なら分かるが最初からそれでは大損だ。まあまだ案だ、叩き台だと言ったろう。議会は荒れるぞ」
「何か策があるのか」
「……やれるだけはやってみる。しかし、クラウス。店のことにも興味あるのか」
「ああ、いや、口出しをしてすまない」
「構わんぞ。最早深い仲だ、思ったことを言っていい」
なんだ、昨日ミランダは大人しいと思ったが、色々考えているのね。議会が荒れるって、どんな根回しをするんだろう。確か最初ミランダに話した時に、コーネインが独占していいのかと聞いたら問題ないと。それからすれば随分と遠い案になったからな。
「もしかしてウィルム侯爵次第ですか」
「ほう、いい読みだ。恐らくだが、シンクライト関連で一波乱あると見る」
ミランダがにやりと笑う。何考えてるんだこの人は。
「さて、そろそろ屋敷だ。すぐ戻る」
門番と御者がやり取りをし、敷地内へ馬車は入る。広い庭を抜け、屋敷の前で馬車は止まった。
「一度降りるといい、座ったままだったからな」
そう言ってミランダは屋敷へ消えた。俺たちが降りるとフリンツァーとリカルドが近くに来た。
「我々はここでお別れです。今後ともよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
2人は屋敷へ入る。フリンツァーは店にすぐ行かないんだ。リカルドと何か打ち合わせがあるのだろうか。ああ、いや、今日は休みかもしれんな。屋敷で茶でも飲んで家に帰るのかもしれん。
「待たせたな」
「後ろの馬車の2人はここまでなんですね」
「そうだ、フリンツァーは昼から店に行くがな」
あら、こき使うね。昨日あんなことがあって治療施設にいたのに。
「では村へ向かうぞ」
いつもの防衛部隊の騎士服に身を包んだミランダと馬車に乗り込む。
「あの騎士服はどうするの?」
「洗って男爵に返す。お前たちの服はそのまま貰っておけ、私が話をしておく」
「え、じゃあ買い取ってくれるの? ありがとう」
「まあ、そんなところだ。気にするな」
「ところで、この馬車はどこの所有なんだ?」
「ほう、クラウス、何故そう思う」
「家紋がメルキース男爵家ではない。恐らくは手配したバイエンス男爵家と思うが」
え、そうなの? よく見てたな。
「その通り。フン、貴族が板についてきたじゃないか、そういう観察は大事だぞ」
「トランサイトに最初に気づいたのは俺だぜ」
「はは、そうだったな」
おいおいクラウス、なんだか人が変わったみたいだ。自覚するとこうも変わるのか。いや、元々こういう男だったのかもしれん。案外うまくやれるんじゃないか。
「馬車はこれでもかというほど磨いて返してやる」
「ははは、びっくりするな」
「クラウス、貴族が恩を返すときは、貰った以上が基本だ」
「なるほど、城へ武器を置いてきたのはそういうことか」
「……どう返してくれるか、楽しみだな」
やれやれ、こういうやり取りが疲れるけど醍醐味なんだろうな。ミランダが楽しんでいるのも分かる気がする。
「あ、しまった! フローラの土産を忘れてた」
「あら、どうしましょ」
「フローラ、元職人の協力者か」
「あれ、商会長知ってるの?」
「フリッツから聞き出した。トランサイトの村関係者を全てな」
なーんだ。まあでも当然か。じゃあランドルフとかも把握してるんだね。
「フローラたち協力者には商会から謝礼金を振り込む」
「……金か」
「内心は嬉しいものだぞ、何せ金だ。貴族はそうやって直ぐ金で解決する、そう言いながら握ってくれればいい」
ぐは! 何と読みが深い事か! 確かに貴族汚いと思いながら、しゃーねぇな、貰っておくか、みたいな思考だった。なるほどな、そんなこと知ってて渡してるのか。ぐう、確かに金を貰ったら、やっぱりちょっと言動を改める。関係者たちの口止め料も含めてか。おのれ汚い。でも効果的だ。
金って凄いな。圧倒的な説得力とでも言うか、とても分かりやすい。うまく使えばほんと便利だね。でも何か、大事なものを失っていく気がする。
「そういや、昨日予定していた特別契約者の集いはどうなった?」
「無論、中止だ。あれはお前たちが町へ出る口実に用意したものだからな。何だ、行きたかったのか」
「ああ、正直ちょっと興味があった」
「そうか、また機会があったら催してやる。次に町に行くのは恐らく子爵の招待だろうが、あれはサラマンダーの件があるから堂々と行けばいい。その時についでに召集をかけてもいいが、お前が参加するなら希望者が殺到するぞ、何せ今や英雄だ」
「あー、そうだった! だったらちょっと面倒だな」
「ははは! その面倒を重ねるのが貴族だ。丁度いい訓練になるぞ」
「訓練か、なるほど」
おいおい、ミランダはクラウスの操縦を覚えたな。何でも訓練と言えば真面目に考えるから。ダンスでさえも魔物討伐と一緒にしやがって。クラウスの気持ち的にやりやすいならいいけどさ。
「ウチの特別契約は騎士が多いぞ。あまり話が合わないだろうが、騎士との絡みも増やさないとな。領地の治安維持を担ってもらうのだから」
「確かにそうだな。じゃあ、すまないが手配してくれ。あまり時間は長引かない様に頼む」
「いいだろう。腕はそこそこの連中だ、何より実直で忠誠心が高い。護衛候補でも探すと思えばいい」
「なるほどな」
おー、いいね。でも案外クラウスも話し合うんじゃないか。真面目だし。
「ただ主役はリオンだぞ、他人事の様に構えているが」
「え、あーそうか、俺が特別契約者だった」
ふと外を見るとメルキースの城壁が近づいて来る。もうここまで戻って来たんだね。城壁の門で停車して騎士と御者がやり取りをする。出る時も確認するんだ。あー、村や監視所からすれば町から来る馬車だもんね。念のため記録を取るのかな。
ほどなく馬車が走り出す。
「わー、コルホル街道! で合ってるよね」
「そうだ、監視所まで何もないぞ」
道と草原と森だけだ。はは、この景色の方がやっぱり落ち着くね。




