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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
72/321

第72話 英雄クラウス

 何だか温かく活力に満ちる感じがする。

 それでいて体は重い。指先も動かないみたいだ。

 俺は横になっている、ベッドで寝ているのか。


 ……。


 ゴォォーーーン


 鐘の音。夕方の鐘?


 そうだ、サラマンダー! と言うことは通りで倒れている?


「……ん」


 目を開けると、そこはどこかの部屋。ベッドの上だった。


「母さん?」

「!? リオン、目覚めたのね!」


 ベッドの脇で座っていたソフィーナに話しかける。一瞬、記憶が戻った日を思い出した。


「ここは?」

「お城近くの治療施設よ」

「父さんや商会長は?」

「別の部屋でいるわ、みんな無事よ」

「そう、よかった」


 ここは2階らしい。窓の外には通りや隣りの建物が見える。


「母さんは大丈夫?」

「治療をしてもらって、しっかり寝たからもう平気よ。でも今日1日、大きく魔力を使うことは出来ないわ」

「そう、でももう夕方だし、夜までそんなに時間ないね」

「今は朝よ」

「え!?」

「サラマンダーとの戦闘は昨日のこと、今はその翌日の朝6時半ね。リオンは15時間くらい寝てたことになるわ」


 なんだって、そんなに時間が経ってたのか。


 ぐう~ お腹が鳴る。


「ふふ、もうすぐ朝食よ。運んできてくれるみたい」

「お腹ぺこぺこだよ」


 今が朝なら、昨日昼の肉料理から何も食べてないことになる。


「父さんも呼んでくるわね、3人で食べましょ」


 ソフィーナは部屋から出ていき、ほどなくクラウスと共に戻ってきた。


「じゃ、私、ここへ3人分運ぶように伝えてくるから」


 再びソフィーナは去った。


「母さんはもう普段通りみたいだね、父さんは?」

「俺も大丈夫だが、腹が減っているな」

「いつ起きたの?」

「朝4時くらいか、母さんは昨日の深夜に一度目覚めたらしい」

「ふーん」


 ソフィーナが帰って来た。


「伝えたわ、もう10分くらいしたら食事が来るって」

「今日はこの後どうするの?」

「村に帰るよ、元々その予定だし。ただ申請討伐は無理だな。今日1日は安静にしておかないといけない」

「それがいいね、俺も何だか調子が変だ」


 そう、サラマンダーとの戦いで受けた打撲や火傷はすっかり治ってる。傷跡すら残らないほどきれいに。体調もいいし健康だが、何だかスッキリしない。腹が減ってるからかな。


「お、来たぞ」


 食事が運ばれてきて机に置く。ここは恐らく1人部屋だけど、机や椅子が多くあるのでそれを利用した。俺もベッドから降りて椅子に座る。


 3人とも寝間着みたいな服だ。入院着と言うやつか。


「昨日あれからどうなったの?」

「サラマンダーを倒した後に、バイエンス男爵の部隊が到着して、俺たちをここへ運んでくれたそうだ。後はよく分からん」

「私もそのくらいしか聞いてないわ。食事の後に会いに来るそうだけど」

「ふーん」


 なら、その時に聞くか。


「ところで父さん、あの技凄かったよ、剣から斬撃が飛んでた」

「ああ、はは、あれは魔物素材の力だ、滅多に使わないんだけどな。なにしろ多くの魔力と集中する時間が必要で、放った後も動けなくなる」

「へー」

「サラマンダーがこっちを向いて口を開いた時はもう撃とうかと考えたが、母さんの矢で注意が向いたから首へ撃つことが出来たんだ」

「ふふ、うまく当たったわ」


 そう、あれで再び首が狙える角度になったからね。


「ただ俺の斬撃だけでは、サラマンダーの硬い鱗を切り裂くことは出来なかった。リオンが切ってくれたから、首の内側から切断することができたんだよ」

「へへ……」


 でもその切り口を正確に狙って斬撃を飛ばすクラウスも凄いよ。まあまあ距離あったし。


「あれは共鳴いくつくらいだ」

「200%だよ」

「はは、そうか。じゃあ剣身10mだったんだな」

「うん。もう1歩2歩踏み込んでたら切り落とせてたけど、熱すぎて無理だった」

「あれは無理だ、近づけない」


 熱風と表現していたが、見えない灼熱の空気の流れ、いやもはや壁か。それがサラマンダーの体から発せられてたんだ。常時では無いと思うけど、あの時はそうだった。


「ふー、お腹いっぱい。朝食なのに量があったね」

「1食抜いてるから多めなんだって、私も満腹だわ」


 食器を下げに来た職員が、風呂に入れると教えてくれた。体は拭いてくれてるが、流した方がスッキリするので行ってはどうかと。俺たちはその提案に乗ることにした。


 職員に浴場を案内される。よくある共同浴場だ。朝なのに湯船もお湯が張ってあるぞ。もしかして俺たちのために準備してくれたのか、これはありがたい。体を洗ってお湯に浸かる。


「ふー、いい気持ち」

「そういや本店長やリカルドさんは?」

「別室で療養中だそうだ、御者も含めてな。帰りは一緒になるんじゃないか」

「ふーん」


 馬車がどうなったのか分からない。近くにいたから無事とはいかないだろうけど。


 風呂を上がって部屋に帰る。


「あー、なんか落ち着いたね」

「そうだな」

「父さん、昨日は服が焼け焦げて肌も赤かったけど、すっかり治ってるね」

「お前もだったぞ。まあここは優秀な治療士がいるからな」


 ほどなくソフィーナが戻ってきた。一緒に来たのは……。


「商会長!」

「元気そうだな」


 あの顔に負った酷い火傷もすっかり治ってる。いや、元通りか、傷跡も全く無いぞ。凄いな、治療士は。これがスキルの力か。


 ミランダの髪が少し濡れている。ソフィーナと一緒に風呂に入ったようだ。


「バイエンス男爵が会いに来る。話を共に聞こうではないか」

「商会長は今お風呂?」

「ああ、目覚めたのが今朝だったのでな、恐らくお前と同じ頃だ」


 俺たちと同じ入院着だ。こうやって見ると普通の女性なんだけどな。


「なんだ、どこかおかしいか」

「ああいえ、騎士服の印象が強いので」

「……あまり見るな、騎士服も焼け焦げて着れないからな。代わりの服を男爵が用意してくれる、お前たちの分もだ」


 ちょっと恥ずかしそうな仕草をする。ふふ、かわいいとこあるじゃないか。


「おお、そなたたち、気分はどうだ」


 バイエンス男爵だ。一緒に数人、荷物を持って部屋に入って来た。


「お陰様ですっかり良くなりました」

「お助け下さり、ありがとうございます」

「いやいや、当然のことだ。町を守ってくれ、こちらこそ感謝する」

「それで、経緯を聞きたいのですが」

「うむ、そのつもりで来た」


 男爵は椅子に座り俺たちを見渡す。


「昨日、そなたたちが帰った後に、城の訓練場で武器を試していた。そしたら応援要請の知らせが入ってな、急ぎ騎士を連れ向かったのだ」


 はは、早速、試してたのね。


「現場はアーレンツに入って少しの所か。だが駆けつける道中、遠くからでもよく分かった、煙が上がっていたからな。そして現場付近まで近づくと騎士が10人ほどこちらに走って来た。その先には真っ赤な魔物の姿が見え、その時気づいた、相手はサラマンダーだったと。ドラゴンと聞いていたが、まさか上位種とはな」


 注意を惹いた騎士たちかな、へー、あの時、もうそんな近くまで来てたんだ。


「我々は直ぐ馬車から降り、作戦を練った。相手はAランクの魔物、不用意に近づけないからな。そこへ先程の騎士がやって来て、もう終わったと告げたのだ。我々は直ぐに現場へ向かい、頭と胴体が切り離されたサラマンダーの姿を確認した」


 まだ骨じゃなかったのか、ほんとに倒した直後だったのね。もしや俺が最後に目にしたのは男爵たちだったのかもしれない。


「北アーレンツの部隊より我々の方が現場に近い。一体誰が倒したのかと聞くと、近隣の騎士や冒険者、そして居合わせたそなたたちだと。我々は傷ついた者たちを直ぐにここへ運んだ。酷い火傷を負った者が多かったが、治療までが早かったため、ほとんどの者が助かった」


 ほとんどの者、と言うことは、助からなかった人もいたのか。


「犠牲者は出たのですか」

「私が確認しているのは、アーレンツで住人5名、騎士4名、冒険者1名だ」


 10人、そんなに。くそう、魔物め……。


「恐らくは即死だった、しかし、強大な魔物の襲撃を受け、それだけで済んだのは奇跡的だ。実はな、西部ボスフェルトの町にサラマンダーは先に降り立ったのだ。そこではかなりの被害が出ている」

「!?」

「なんと!」

「まあ!」


 え!? そうだったのか。西部ボスフェルト、クラウスやフリッツがいた冒険者養成所のある地域だな。サラマンダーはゼイルディク西の森からやってきたのか。


「戦った騎士たちの報告では、サラマンダーの首を落としたのはクラウスだったと。間違いないか」

「確かに俺が首を落としましたが、リオンの一撃も効果的でした」

「私も目撃した。クラウスの斬撃が、見事、サラマンダーの首を切り離すのを」


 ミランダ、倒れて目を閉じていたが、気を失ってはいなかったのか。


「うむ、分かった、止めはクラウスだな」

「父さん、かっこよかったよ」

「ええ、強かったわ」

「はは……そうか」


 うん、クラウスは立派だった。最後まで諦めてなかったよ。


「さて、服を持って来た、寸法は昨日着ていた服から測り直している、ぴったり合うはずだ。すまんが騎士の指揮官用は丁度いいのが無くてな、一般女性騎士となった」

「十分です」

「着替えて準備が整ったら施設の者に伝えてくれ、そなたたちの荷物は別室で管理している、馬車まで持っていかせるからな。馬車は既に施設前で待機している」

「お手数をお掛けします」

「なに、大したことは無い。では私は行く、今日1日は療養することだ」

「ありがとうございました」


 男爵とお供は去った。


「じゃあ着替えるか」

「ええ」


 荷物から服を取り出し、ミランダとソフィーナは出ていく。


「おお、ぴったりだな」

「そうだね」


 これは庶民のかなりいい服だな。


 少し待つと女性陣がやってきた。


「じゃ行くか」


 施設の者に伝えると、俺たちの荷物を持って通路をついてくる。


「おお、みんな!」

「本店長!」


 通路にはフリンツァーとリカルド、そして御者が4名待っていた。合流して玄関を目指す。


「む、何やら外が騒がしいぞ」


 施設を出ると、そこには大勢の人たちが待っていた。


「来たぞ! サラマンダーを倒した勇者たちだ!」

「町を守ってくれてありがとう!」

「素晴らしい功績だわ!」

「キャー! ミランダ様ー!」


 なんだなんだ!? 玄関近くに待っていたバイエンス男爵が寄って来る。


「よく聞け、皆の者! このクラウス・ノルデンがサラマンダーの首を落とした! 正しく町を救った英雄だ! 偉大な英雄クラウスの名を称えよ!」

「クラウス!」

「クラウス!」

「クラウス!」


 おいおいおーい! くっそ、男爵め、仕込んでやがったか。


「さあ、馬車に乗れ」

「はい」


 施設の者が馬車に荷物を入れ、俺たちは足早に乗り込んだ。直ぐ馬車は動き出す。

 通り沿いの人たちは歓声を上げ、手を振っていた。


「やられたな」

「はは、まいったぜ」

「……これは恐らくクラウスの叙爵を想定してのことだろう」

「と言うと?」

「名目はトランサイト、そしてシンクライトの製法を発見したとするだろうが、お前自身としては実感が薄いだろう。最初にトランサイトに気づいただけではな」

「まあな」


 なるほど! そういうことか。


「だが、サラマンダーの首を落としたとなると、かなりの功績だ。それが叙爵に相応しいかは微妙なところだが、お前自身としては納得がいく材料となるだろう」

「え、微妙なの?」

「2体も3体もとなればな。1体ではゼイルディク極偉勲章止まりだ。それでもかなりの偉業だが」


 へー、勲章もあるのね。それはそれで誇らしい。


「なら2体目をやればいいのだろう」

「おいおい、Aランクだぞ、そんなのが頻繁に来られてはたまったものではない」

「はは、そうだな」

「……しかしな、ここのところ魔物の動きが活発なのも事実だ。奥地ではAランクの目撃例も増えている」


 確かジルニトラっていうのも見かけたんだよね。


「まあ来たら戦うだけさ。リオンのトランサイトを見ただろう。あの戦力が揃えば、昨日の様な惨状にはならない」

「うむ、あの切れ味は凄まじい。かなりの共鳴率だったろう」

「200%だよ」

「なんだと!? はははははっ! そんな数字聞いたことが無いぞ! いやしかし、そうか、あの間合いで到達していたのだからな、剣身10mか、はははっ! 本当にとんでもない性能、そしてリオンの魔力操作だな」

「ミランデルが強いからだよ」

「む、そうだ、剣を見せろ」


 そう言うと、ミランダは俺の剣を持ち少し抜いた。


「……流石に刃こぼれを起こしているな。帰ったら商会に預けて補修してもらえ」

「うん、分かった。ちょっと扱いが悪かったかな」

「いや、そうではない、想定以上の使い方とでも言うか。200%で切り込むなんて考えてないからな」

「あー、そっか」

「基本値で言えば200%は……765か。はっはっは! なんだそれは! レア度4どころか、それ以上だな! リオン、無理に首を狙わずとも、体でもどこでも届くところを切ってもよかったかもな、Aランクだろうが、何だろうが、切り裂けないものはないぞ」

「ええ!? そうなの」


 なんだー、無理して遠くを狙わなくてよかったんだ。


「しかし、いい実績が手に入ったぞ。共鳴率200%に耐えうるミランデルとは。はっはっは!」


 ご機嫌だな、余程気に入ったらしい。


「ところでミランダ、その騎士服はあまり見ないな」

「私がいつも着ているのは防衛部隊のだからな、これは保安部隊、それも一般女性騎士向けだ。実はエリオットが昨日から来ていて、朝方帰ったのだが、屋敷に行って騎士服を持ってくると言い出したのだ。それを待っていては帰ることが出来んから、男爵が用意する騎士服があるからいいと、それで今着ているワケだ」


 はは、一報を聞いて駆けつけるエリオットが想像できる。愛する妻だからね。


「エリオット部隊長、様子を見にきてくれたな。リオンはまだ寝てたが。そうか、先に帰ったのか」

「それなら着替えた私と一緒に帰ると言い出したが、今すぐ帰れと、あれも仕事があるのだ」


 しかし、溺愛してるんだな。火傷を負った顔は見たのだろうか、気絶しそうだが。


「なかなか似合ってるわよ、ミリィ」

「!?」

「ミリィ!?」

「おい、ソフィ、2人だけの時と言っただろう」

「あらごめんなさい」


 おやおや、いつの間にそんな仲に。


「……私がソフィと呼ぶなら、ではミリィと。そうなっただけだ」

「へー」


 ふふ、ちょっと赤くなったミランダ。これは貴重な表情だ。


「おい、昨日の現場に差し掛かるぞ」

「え、あホントだ」


 窓の外を見ると黒くなった石畳と壊された建物が見える。多くの人が解体や片づけを行っていた。


「うわー……」


 そこからしばらく行くと、通り沿いの焼け跡が目に入った。


「結構、広範囲だったんだね」

「降り立った後、直ぐ吐いた炎だ。あそこで仕留めていなかったら、どれだけの被害が出ていたか想像に容易いな」

「うん、かなり危険な魔物だったんだね」

「本来、部隊1つで戦う相手だ、それも後衛を中心にな。実際、ボスフェルトでは戦力を揃える前に逃げられたのだろう。そうやって町をあちこち飛び回れたらどうしようもない。それを近接中心であの人数で倒したのだから、どれだけの功績だったか分かるだろう」

「うん、あそこで仕留めて本当に良かった」


 今度あのクラスと交戦することがあったら、直ぐに倒すよう心掛ける。そうしないと多くの人に迷惑が掛かるからね。恐れてはいけない、俺は戦えるだけの力を持っているんだ。


「……リオン、そのためにはお前の力に頼らざるを得ない」

「うん! 俺、今度は最初から立ち向かうよ!」

「それは、心強いのだが、その、お前は職人でもある。あまり無理をするな」

「あ、そうだったね」


 昨日、サラマンダーと分かった時に、ミランダは俺を逃がすよう指示を出した。それは職人の安全を確保するためだ。しかし、サラマンダーが接近してきたので、やむなく俺も戦うことになった。そしてミランダは倒せるのは俺だけだと。


 最初も葛藤があったのかもしれない。守るべき最優先の俺が、最も戦力として期待できるから。それなら俺が死なない様に強くなればいい。俺が戦って早く終わるなら、被害も防げるし、何より俺も安心だ。


 そう、サラマンダーは俺を狙っていた。俺を殺すと。ワイバーンと同じ殺気を確かに感じたんだ。あのまま城に逃げたとしても、きっと追ってきていた。ならば、立ち向かい倒すまでだ。トランサイトがあれば勝てる。武器を信じるんだ。

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