第7話 水はどこから
ゴーーーーーン
夕方の鐘が鳴った。
「お、もうそんな時間か、メシ行くぞリオン」
「母さんは?」
「友達のところにいる、あーえっとエドヴァルドか、あそこの家だ。なんでも花を育ててる仲間らしい。多分イザベラも一緒だ」
へー、そういやエドヴァルドの家の前は花がいっぱいだったな。
「多分遅れるから先に行ってだと」
「分かった!」
食堂には沢山人が集まっていた。トレーをいつもの場所に運びソフィーナを待つ。
「みんな聞いてくれー! 今朝の応援要請の礼で北区から酒を貰っている! 欲しいやつはコップを持って来てくれ!」
食堂の奥の方で男性が声を上げた。
「じゃあ俺も1杯もらうかな」
クラウスが席を立って酒を取りに行った。あ、ソフィーナ来た。
「お待たせ。あれ父さんは?」
「お酒貰いに行ったよ、あ、帰ってきた」
「来たな、母さんの分もあるぞ」
クラウスは酒の入った大きなコップを2つ机の上に置いた。泡が立ってるからビールかな。
「おーし、みんな行き渡ったか、ではいくぞ! 西区の勇敢な者たちの勝利に!」
「おおおおぉー!」
住人はコップを高く上げて叫んだ。乾杯じゃなく雄叫びなのね。
「ぷはぁーーっ、やっぱタダ酒はうめぇな!」
「ふー、久々の味ね」
クラウスもソフィーナもおいしそうに飲んでいる。俺はお子様なので精霊石から出した水だ。今日はいつもより賑やかな夕食時となった。
「母さんエドのところでお花育ててるの?」
「そうよ、イザベラおばちゃんと一緒に色々聞いてるの。エリーゼはお花詳しいのよね」
「ウチの家の前もそのうち花畑になるか」
「ちょっとずつ増やしてみようかしら」
花か。この世界でも趣味として一般的なのね。
「来週はリオンの洗礼だな、終わったら身体強化も練習するぞ」
「リオンならすぐ上達するわよ」
「ねぇ、洗礼ってなに?」
「洗礼は、洗礼の儀、礼拝堂で司祭がやってくれる大事な儀式なんだ。2年前にディアナの洗礼に一緒に行ったろ。8歳超えたらやるんだぞ、お前はもうすぐ8歳だからな」
「ねーちゃんの? 覚えてないや」
2年前なら6歳に満たない。礼拝堂らしき建物は覚えてるけど目的までは分からないや。
「洗礼はねスキルを覚えるのよ、ええと何が得意か分かるの」
「それで将来が決まるほどじゃねぇが向いてる仕事が分かったら合わせやすくはなるな」
「父さんや母さんはどうだったの?」
「おーリオン、洗礼で覚えたスキルは聞かない方がいいぞ。知られて嫌がる人も多いからな」
「そーなんだ、分かった」
「俺は別にいいが、ま、家に帰ったら話してやるよ」
ふーん、個人情報ってことか。
「母さんたちは先に帰ってくれ、俺はここでもう少し飲むよ、風呂も昼間入ったから」
「そう、じゃリオン行きましょ」
「うん」
俺とソフィーナはトレーを下げて食堂を出た。
「あら、今日お風呂どっちが先だっけ、帰りに寄って聞いてみましょ」
「うん」
ブラード家に立ち寄るとイザベラが出てきた。
「今日は酒飲みが後でその他が先よ、ウチは義父さんとメルがまだ残ってるから、あの人たちが後」
「そっか、じゃ久々にベラと一緒にお風呂ね」
「あーそうなるわね、でもウチちびっ子3人連れて行くから落ち着かないわよ」
「ふふ、手伝ってあげるわよ、じゃ準備してくるね」
そして着替えのカゴを持って浴場へ。
ソフィーナ、エミー、イザベラ、そしてカトリーナ、アルマ、ギルベルトの子供3人、みんな女湯に入っていった。カスペルとランメルトは食堂から直で浴場へ来るそうなので2人の着替えも預かって俺は1人男湯に入る。
脱衣場で服を脱いで子供専用の洗濯物の大きなカゴに入れる。大人用は3倍くらいの大きなカゴだ。なんで分けてるのかは知らないけど、多分汗や汚れがひどいからだろう。今日は大人用が全然入ってないな。
脱衣場から浴場に入る。
「やっぱり、子供ばっか」
「おーリオン」
「あーリオンだー」
そうか大人の野郎どもはほとんど食堂に残ってるからか。これ、後の風呂は酒臭いし混雑するしで嫌すぎる。
「エドとケイスとピートとロビン、これだけか」
「そうだよリオン、いつもより広く感じるよなー、湯船で泳いでも怒られないし」
「ちょ! やめろよケイス、お湯がかかる!」
エドヴァルドとケイスは9歳、ピートとロビンは7歳だ。俺含めてこの5人が西区でよく遊ぶ男友達になる。
「なーリオン聞いてくれよ、ピートってばエレンのこと好きなんだって」
「あー言うなよーケイスー」
「ケイスはセシリア気に入ってるだろ」
「ちょ、ばか、そんなんじゃねぇよ」
「赤くなったー」
「風呂入ってるから元々赤いだろ!」
ふっ、いいねぇ、小学生のこのノリ好きよ。
「リオン背中流してあげるよ」
「ありがとエド」
「でもさー結局、女子はみんなエド好きなんだよなー優しいしなー」
「そんなことないよ、僕なんか」
「モテる男はいいねー」
「あーでも、今日ミーナはリオン来た時嬉しそうだったぞ、ほら解体場でさ」
「そういやリオンのことよく家でも聞いてくるな」
ミーナは8歳。エドヴァルドの妹だ。
「ミーナ、リオンのこと好きなんじゃないのー」
「ええっ! 俺なんか」
「くっ、いいよなー否定してみたいわ、俺も」
「ははは」
風呂に毎日入れるのは本当にありがたい。そんなに広くないがちゃんと湯船もある。シャワーは無いから桶で頭から被るけど、お湯の使用に制限はないから問題ない。それにしてもこれだけ大量に毎日どうやって準備してるんだろう、温泉があるのかな。
む、脱衣場が騒がしくなってきた。
「おーケイスく~ん、お父さん来たよー」
「うげ」
お、ビビリのファビアンだ。
「リオンじゃないかー、おっちゃん参上!(ビシッ」
「うわ」
全裸のランメルトが腰に手を当てて胸を張る。以降、汚いおやじが続々と入ってきた。
「出るぞみんな!」
「おう」
脱衣場が混む前に急いで体を拭く。外に出ると雨が降っていた。
浴場と食堂の前には石畳の道が南北にまっすぐ伸びている。その道の上全てにテントみたいな木造の屋根が続いており、各家の玄関前がその道である。横風は当たるが雨は凌げるのでありがたい。その横風も城壁のお陰で強風にはならないけどね。ほんと辺境の村とは思えない快適な環境だなぁここ。
家に向かって歩く。ノルデン家は西区の北の端だ。女湯に行った6人は遅くなるので俺だけ先に帰るようにと事前に決めていた。
「父さんただいま、母さんたちはちょっと遅れるって」
「おう」
「あ、そうだ、母さん今日から下で寝るよ」
「聞いたよ、お前1人で起きられるかな」
「分かんない、お手伝いしたいから行くとき寝てたら起こして」
「ああ、そうするよ。まあ明日は雨で朝の収穫はないだろうけど」
野菜が濡れてても収穫できるだろうが足元が酷いからな。急ぎでもない限り敢えて悪い条件を選ぶ必要はない。
「ただいまー、雨強くなってきたわよ」
「こりゃ明日は1日仕事休みだな」
ソフィーナも帰ってきた。んー、畑に出られないなら明日は何して過ごそう。カスペルに1日張り付くのもいいか。不思議と雨の日に魔物は襲って来ないので、みんな家でゆっくり過ごす。逆に時間を持て余すので普段忙しそうな人を捕まえるのもアリだ。ま、明日考えるか。
「そうだ、スキルの話教えて」
「お、いいぞ。まず、そうだな、4属性の魔法スキルについて。これは俺より母さんの方が詳しいかな、頼むよ」
「え、私もそんなに詳しくないけど」
お、魔法スキルか。
「えっと、火、水、風、土の4つ属性があって、精霊石もその4つの属性があるのよ。お家で見かけるのは水の精霊石よね」
「うん、俺も水出せるよ」
「そうね、リオンくらいの子供でもみんな精霊石から水を出せるわ。でも沢山の水を1回で出せるかしら」
「うーん、どうかな、やったことないから分からないや」
出す水の量なんて意識してなかった。
「多分コップ1杯が精一杯だと思うの。でもいいのよ、飲んだり手を洗ったり、そのくらいの目的だったら事足りるから。もっと欲しかったらまた出せばいいし、それで、えっと、どう言ったらいいかしら」
「リオン、家のトイレの水はどうやって出してる? 便器で流す水だ」
「あれは壁のレバーをひねると流れるよね」
「そうだ、精霊石に魔力を送ってないよな。あれはちょっと上に貯水槽があってそこに水を貯めてるんだ」
ああ、そうだったのか。そこは普通の水洗トイレだな、ファンタジーじゃない。
「その水はどうやって貯めてると思う?」
「えっと、沢山の水が必要だよね。雨水かな……あ! 井戸水だ」
「雨水でもいいが降らない日が続くと困るよな。だからってそんな大きい貯水槽を用意するワケにもいかない。それと井戸はこの村には無いぞ、あっても井戸から水を上まで運ぶのはとても手間が掛かる。そもそも井戸自体珍しいのだがリオンよく知ってるな」
「あーえっと、じーちゃんに聞いた!」
あぶねぇ下手なこと言えないな、また妄想扱いされかねない。
「あれは浄水士が貯めてくれてるんだよ」
「じょうすいし?」
「そう浄水士、西区には確か2人か3人いると思うけど、その人たちが毎日みんなの家の水を足してくれてるんだよ」
「あ、お家の外で梯子を登ってる人見たことあるよ、あの人?」
「そうだ。水士とか水屋とか水の人とかも呼ばれてる」
屋根の点検でもしてるのかと思ったが、あの人が浄水士か。
「もしリオンがそのお仕事だと貯水槽を一杯にするのに何回も水を出さないといけないな。多分1軒分の水を1日かけても貯めることができないんじゃないかな、途中で魔力が尽きてしまって」
「リオンだけじゃないわ、私も父さんも同じ」
「そうだ、大人は子供より魔力が多いからもっと何回も出せるけど、多分俺と母さんとリオンと3人でもウチの貯水槽を一杯にすることはできないよ」
「へーそうなんだ、浄水士さんはどのくいらいで一杯にするの?」
「十数秒かな、それも精霊石から1回出すだけで貯水槽を一杯にできるぞ」
「わーすごい!」
すげぇな浄水士! やっぱファンタジーだ!
「精霊石は俺たちが使ってるのと一緒だ、凄いよな。あとは風呂のお湯、あれも浄水士が用意してるんだけど、どうして水がお湯になってると思う?」
「分かった! 火の精霊石から火を出してどっかに貯めた水を温めてるんでしょ」
「そう思うよな、父さんも小さい頃そう思ってた、でも実際ちょっと手間だよな。浄水士はな、直接、精霊石からお湯を出してるんだよ」
「えー、すごい!」
「あとはね食堂の厨房にある食材保管庫の氷も作ってくれてるのよ」
「氷も作れるんだ!」
すげぇ浄水士! めちゃくちゃ有能だな。
「なんでそんなことができるかというと浄水士は水属性のスキルレベルが高いんだよ。それで俺たちが使ってる同じ精霊石から、俺たちと同じ魔力量で、沢山水やお湯を出したり氷を作ったりできるのさ」
「水の精霊石を使うのがとても上手な人たちってことね」
「なるほどー」
「もちろん最初からそうじゃないぞ、俺はあんまり知らないが目的によって色々と訓練があるらしい」
「養成学校があるそうね、それで試験があって資格が貰えるんだって」
「へー」
浄水士って前世の水道局の公務員ってとこか。加えて湯沸かし器であり製氷機なのか。いるといないで大違いだな。
「浄水士は1日1回、俺たちが朝飯食べてる頃に順番に家を回って貯水槽を満タンにしてるんだ」
「朝ご飯の時間になんだ、へー、あ! そう言えば、その時間に水が流れないことがあったよ。前の日に満タンにしてくれたのに1日で空になるまで使ったのかな、ウチ3人だからそんなに使わないのに。少な目に入れることもあったりする?」
「いや毎回満タンにしてくれてるぞ。そして毎日空になってる」
「え? 毎日空に? どういうこと?」
そんな使う量ピッタリに入れてるのか? 浄水士は預言者か。
「水が消えてるんだよ。ちょうど1日、24時間で消えてるんだ」
「ええ!? そうなんだ、知らなかった。でもなんで消えるようにしてるの?」
「いや、あれだけの水を1日持たせてるのは凄いと思うぞ。普通はそんなに持たない。俺たちの出した少しの水でも数分で消えるからな」
「えーそうだったの! 普通の水が出てきてるんじゃなかったの」
「あれは精霊石を利用して魔素を一時的に水に変えただけなんだよ、な、母さん」
「ええそうよ、自然にある水と精霊石の水は違うものなのよ」
へー、こりゃファンタジー。あいやでもそうか、水を沢山出し続けてそれがどんどん残っていけば、いずれこの世界は水で覆われてしまうじゃないか。なるほど、そうならないようになってるのか。
でも待てよ。
「俺たちが飲んでる水は? おなかの中で消えているの?」
「それは不思議なことに消えないそうだ。体の中や表面にあるうちは水のままだってさ。人間の魔力がそう作用してるとかなんとか」
「へー」
「沢山の水を一度に出せることでも凄いのに、人間の魔力の及ばないところでもその量を1日残しておける。凄いわよね、浄水士って」
「うん、すごい」
スキルレベルが高いとできることが段違いだぜ。
ん? 体内に入った魔素由来の水は消えないって、じゃあ、あれはどうなんだろう。
「俺たちがトイレで出したものはどうなるの? 体から出ちゃって遠くに離れるから消えるの?」
「いずれ水分は消えるが、かなり長い時間残るそうだ。1回体を通ったら魔素が定着するのが理由らしい」
「へー、あ、トイレで流したものはどこへいってるの?」
「下水道だ」
下水道! 村なのに下水道!
「西区の排水は下水道を通って1個所に集められて処理されてる。その施設が城壁のすぐ外にあるんだぞ」
「そうなんだー、それもお仕事してる人がいるの?」
「もちろん、なんてったかな」
「排水士だったかしら。外の排水槽に溜まった、水分の抜けたあとの排泄物とかを乾燥させて、集めてどこかへ持っていってるみたいよ」
「乾燥? どうやって?」
「風の精霊石を使って熱風乾燥してるんだって。だから風属性スキルが高い人ができるお仕事なのよ」
「そっちは風なんだ!」
ん? なるほどそうか! 精霊石から出した水は1日で消える、だから排水処理もそんな方法なんだ! 雨水や井戸で外から入れず、下水処理して川へも流さない。精霊石とスキルで水回りが完結してる。こりゃファンタジー!
「属性スキルが高いと魔物と戦う時にも戦力になるんだぞ。水なら主に氷を使うんだけど、矢にして飛ばして魔物に突き刺して、さらに刺さったとこを凍らせて動きを鈍らせたりとかな」
「じゃあ浄水士さん戦えるの?」
「いや戦えない、それが出来るのは水の魔導士だ」
「あれ、違うんだ」
「同じ水属性レベルでも氷を矢にして飛ばすには別に射撃スキルも必要になるんだよ、母さんみたいにな」
「え、母さん氷の矢を飛ばすことができるの?」
「ううん、私は水属性は低いから無理、でも火属性が高いから矢が魔物に刺さったらそこが燃えるようにはできるの」
「え、凄い母さん!」
へーかっこいいなー、ソフィーナ。火矢を撃てるのか。
「やろうと思えば炎でできた矢を撃つこともできるよな、母さん」
「ううん、私は魔導士よりも弓士の方がいいから。魔法だけで属性の矢を作り出すのはとっても集中力が必要なのよ、実戦では時間がかかりすぎて使えないわ」
「でもできるんだよね母さん、魔導士も練習しないの?」
「今からではもう無理よ、それこそ洗礼の儀からずっとやってないとね」
え、じゃあ8歳から取り組むのか。
「母さんの言う通りだ。洗礼の儀で例えば水属性のスキルが高くても、魔導士か浄水士で目指す道が全然違う。両方はまず無理だぞ、使い方が違うからな」
「水は他に散水士って仕事もあるのよ、畑の水やりに来てくれたりするんだけど、あれも水の出し方があるので専門になるんだって」
「なるほどー、1つを極めるのが基本なんだね」
ふむふむ、水1つとっても色々な道があるのか。
「ちょっと話が長くなってしまったな。ただこれでもスキルの話としてはほんの少しだぞ」
「スキルって奥が深いんだね、でも俺、興味出てきたよ」
「リオンがちゃんと教わりたいならカスペルかエミーに聞いたらいいわ」
「うん、そうする!」
明日はカスペルに張り付くぞ!
「しかしリオンは勉強熱心だな、理解力も高いように感じる。きっとどんなスキルを授かってもうまく使えるよ」
「えへへ、洗礼楽しみ!」
「ふふ、じゃあ今日はもう寝ましょう」
「そうだな、朝から応援要請だったから俺も疲れたよ」
「じゃあ俺上行くね、おやすみ」
「ああ、おやすみリオン」
「おやすみ、寂しくなったら下りてくるのよ」
「1人で大丈夫だよー」
俺は2階に上がってベッドに入った。下りては行かないよ。久々の夫婦2人きりの夜は邪魔しませんて。何か目撃しても困るし。
しかしスキルって凄い、水属性だけでも色んなことができるんだな。それと精霊石、あんな小さな宝石からなんで水が沢山出るんだ。魔素を水に変えると言ってはいたが。んー、知らないこの世界の常識がまだまだ沢山あるや。
前世の記憶があるから地球と比べて色々と想像しやすいけど、うっかり言葉に出すと変に思われる。まさか井戸が珍しいとは思わなかった。これは基本的に聞きに徹して引き出す方がいいみたい。その点、子供だから知らなくて当たり前でよかった。
さあ寝よう。屋根に当たる雨音を聞きながら俺は眠りに落ちて行った。