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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
69/321

第69話 エーデルブルク城

 大通りを馬車は快適に進む。しかし、これだけの通りでありながら、石畳が綺麗に敷かれている。石も整然と並べられており、その継ぎ目も見えないくらいピッタリだ。轍もほとんど無いところを見ると、かなり最近に施工されたようだ。


「道が気になるか」

「この石畳の石は自然の物ですか、精霊石ですか」

「精霊石だ。製石士が作っている」

「と言うことは消えるんですね」

「メルキースでは施工から10年~30年の間に敷き替えている。消えるところを追っていくようにな」


 へー、じゃあずっと道路の保守、あいや、再施工か。それをやってる仕事もあるんだね。


「道幅が過剰に広いのはそのためでもある。全車線を同時に敷き替えることは無い」

「なるほど! 必ず通れるだけは確保されてるんですね」

「お前は本当に不思議だな。建設ギルドにでも行くか」

「はは……」


 そうか、だから、どこの道も綺麗なんだな。お陰で馬車の快適さと速度が安定している。


 消えるから撤去する手間は無い。うまくできてるなー。でも、消えるタイミングをしっかり管理するのが大変だな。まあ、土がむき出しになるだけで、走れないことはないか。


 でも消えたら困るとこもあるぞ。馬車の車輪や車軸だ。あれは鉄っぽい金属だから恐らく精霊石から作ってる。しっかり管理してるとは思うけどね。


「馬車の鉄製部品の定着期間は誰が管理してるの」

「運送ギルドだ。馬車は毎年ギルドでの点検が義務付けられている。そこで次回点検までに定着期間が終わる部品は交換されるんだよ」

「あー、そういう規則があるんですね」

「その点検証が無いと馬車を走らせることはできない」


 車検じゃないか。それが毎年か。


「今度は馬車か、お前は何にでも興味があるんだな。それも維持管理に関わる事。本当に不思議な子供だ」

「いやー、ははは」


 精霊石があるから、それを前提とした社会の仕組みは面白いな。


「釘1本から全て定着期間を把握している。お前たちの家もそうだ」

「あーそれは大事ですね! ある日突然家が崩れたら大変」

「心配するな。住居に使われている鉄部品の定着期間はかなり長い。30年や40年持つ。それも建設ギルドがしっかり管理してるから、住んでいて突然崩れるなんてことは無い」

「それなら安心です」


 え、それなら馬車の部品も30年持たせればいいのでは。


「馬車の部品も長い定着期間にしないの?」

「それなりに長いぞ、5年や10年とな。あれは部品の大きさや合金の構成によるそうだ。小さい釘なら何十年、大きな車輪なら数年だ」

「なるほどー」

「おおい、クラウス、リオンは錬成士でも目指すのか」

「スキルが無いから無理だろう」

「祝福までに叩き込むんだよ。講師なぞ伝手はいくらでもある、手配しようか」

「ミランダ、冗談はよせ」

「フッ、それなりにやれば錬成スキルくらい覚えられるぞ、ただ成果の出ない訓練を毎日毎日、それも何年も続けなければならないがな」

「そ、それは、いいです」


 それは拷問に近い。祝福までに精神が崩壊するぞ。

 あれ? 祝福と言えば、俺が剣技を覚えるためにやってる訓練は、ちゃんと効果があるのだろうか。


「商会長、俺は一応、剣技を覚えるために訓練討伐に参加しているのですが、それで合ってますか」

「ああ、いい訓練方法だと思うぞ、実戦だからな。剣技とは習うものではなく、実戦の中で習得し磨き上げるものだ」


 フリッツと同じこと言ってる。クラウスも猪を倒した技はその時に思い付いたって言ってたからな。


「リオン、錬成は専門スキルだ、それを無しから有りにするのはとても大変なことになる。しかし剣技は斬撃の派生スキルだ。斬撃がレベル1でもちゃんとあるだろ。だからその派生も覚える可能性はある」

「あ、分かった、錬成が基礎スキルで、多分定着というのが派生スキルなんですね」

「その通りだ。言わば斬撃を無しから覚えるようなものだ、それはかなり難しい」


 なるほどね、専門スキルは洗礼で覚えてないと絶望的なんだ。でも4撃性や操具、測算、4属性の派生スキルは、頑張れば可能性はあるんだね。例えレベル1だったとしても。


 1回スキルのこともちゃんと教えてもらわないとな。そうだよ、俺は封印されてるんだ。それを解くカギが見つかるかもしれない。


「ところで、例えば鑑定スキルを祝福で覚えようとすると、日頃どんな訓練になるのですか」

「そうだな、武器なら武器、精霊石なら精霊石に、魔力を送ってじっと見つめることになるだろう」

「えと、それを1日中ですか」

「訓練とはそういうものではないか」


 うわー、それは厳しい。頭おかしくなるわ。


 ところで通りに信号機って無いよな、そりゃ当然だけど。ならば交差点の運用はどうなっているんだろう。ここまでも何回か曲がったけど、減速はすれども止まりはしなかった。


「あの、道が交差するところでは、馬車はどうやって行きたい方向に行くんですか」

「交差点は大きな円になっている。その円の中を走って、行きたい方向へ出るのだ」

「あ! そうなってるんだ」


 なんと、環状交差点だったのか、それなら信号機はいらない。馬車は元々速度が遅いから渋滞もし辛いのか。既に何回か通ってたんだな、気づかなかったや。


「はは、面白いところに気づくな。まるで違う方法があるかのようだ」


 ギクッ! あんまり聞きすぎるのもボロが出るな。


「さて、そろそろアーレンツを抜けエナンデルに入る。城が見えてくるぞ」


 エーデルブルク城だっけ、伯爵がいるところなんだよね。


「到着前に、お前たちの意思を再度確認する。貴族になることは構わないのだな」

「俺は構わない」

「私はこの人に付いて行くわ」

「俺は、父さん母さんの言う通りにする」

「よし分かった。実はここまで話をする気は無かったのだが、結果的に事を進めやすくなり、ありがたい」

「フリッツのお陰だよ。それで多少は心構えもできたからな」


 それはある。俺じゃなくクラウスだってのは驚いたが。


「次に再度問うが、伯爵へ希望はあるか。今度は叙爵されることを前提とした希望だ。故に多少の無理も通るぞ」

「出来れば村での生活を続けたい、その日が来るまで。元々俺は町が嫌になってあそこへ行ったんだ。また人が多い中へ戻るのはゴメンだ」

「分かった。ソフィーナは? 多少の無理もいいぞ」

「そうね、私は町でも村でも構わないけど、お花を植える場所を作って欲しいわ。例えば西区みんなで管理するような」

「ふむ、花か。分かった」


 はは、ソフィーナの願いはかわいいな。しかし、クラウスは村から出たくなかったのか。


「リオンはどうだ、お前は当事者だ、強気で行け」

「え、いいのかな。うーん、そうだね、俺も村から離れるつもりはない。つまりは環境を大きく変えたくないんだ。10歳になる年に学校へ行くのとは違う、周りの考えで振り回されるのが嫌ってことなんだ」

「……それは、私にも当てはまるな、すまない」

「いや、商会長は気遣ってくれたよ、屋敷に連れ出したいところを抑えてくれた」


 うん、きっと、昨日の訓練討伐だって、中止して商会に籠らせることも出来たはずだ。それをせず、俺の予定を優先してくれたんだよね。まあ、クラウディアに会わせたいのもあっただろうけど。


「……身の安全を考えればそうだからな。ただ、お前の力を知っている人間は限られる。ならば思うほど危険は無いのではないか。いやむしろ、普段通り過ごした方が安全なのではないかと。囲って護衛を張り付ければ、価値ある人間だと知らしめる様なものだ」

「確かに。それが子供ならば余計何かあると思われるな」

「恐らく村での生活は変わりなく続けられると思うぞ、叙爵まではな。私からうまく言ってみる」

「頼んだ」


 ミランダ、任せっきりにしてごめんよ。


「ただな、リオンも中々だぞ。私との1対1も、臆することなく対等なやりとりをしていた。順を追って説明し、とても分かりやすかったしな。お前自身が伯爵と交渉しても構わんぞ」

「いやいやいや、そこはお願いします」

「はは、分かった」

「あと、そうだ、希望なんだけど、報酬のことについて」

「そうだったな」


 もし婚約とかまで握るつもりなら、そんなやり方は納得できない。


「あれも何とかなると思うぞ。理由はシンクルニウムから変化の鑑定不能だ」

「え、あれが」

「正直、トランサイトだけでは、まだ立場としてそこまででは無かった。いや十分凄いのだが、伯爵よりも優位に立つほどの材料としては乏しいのだ。しかし、鑑定不能は違う」

「レア度4だからですか」

「うむ。要はあれを含めての爵位が決め手だ。恐らくトランサイトでは子爵止まりだろう。しかし鑑定不能となれば、伯爵が相応しいと、ウィルム侯爵から発令が出る可能性は高い」


 なるほど! ゼイルディク伯爵と爵位が並ぶのか。そうなったら有利な縛りはできなくなる。対等だからね。


「最初からではないぞ、初めは男爵だ。そこから時間をかけて子爵、伯爵と上がっていくのだ。もちろんコルホルの発展も伴って必要だぞ」

「確かに。爵位に見合った領地規模でなくては不釣り合いだな。しかし、コルホル村をそんなに大きくできるのか」

「できる。村を拡張できないのは森があるからだ。強大な魔物に対抗できる、新たな武器が手に入るのだぞ。恐れずもっと奥まで広げればいい」


 むー、大丈夫かな。


「まあ、実際にするかどうかは別の話だ。それこそ大発生を引き起こし村が滅びるかもしれん。要はそれができる環境が整うと理解させればいい。そうすればあまり偏った条件は出し辛くなる」

「はー、なかなかに駆け引きが必要だな。ミランダ、だからってあまり無理はするなよ」

「私とて加減は知っている、心配するな」


 うひー、大丈夫かな。機嫌損ねて余計マズくなったりしない?


「ほら城だ。入る時に鑑定をされるからな」

「うわーほんとだ! 大きい!」


 デカい、そして高い。正に前世のヨーロッパにありそうな城だ。


「あんなに建物が高くて飛行系の魔物は平気なの?」

「城には腕のいい魔導士や弓士が多くいる。接近前に落とせるさ。それに敢えて魔物を引き寄せる標的になっているのだ。町へ下りさせないためにな」

「へー」


 よほど自信があるんだね。


「40年前の魔物襲来でもエーデルブルク城は落ちず、これより南へ魔物を通さなかったのだ」

「え! ゼイルディクは壊滅したんじゃないの」

「それは北側だ。城より南はほぼ無傷だった。そうでなければここまで町を復興させるのは難しい」

「あー、そうだったんだ」

「メルキースは壊滅したぞ、多大な犠牲と共にな。それもそう、今のコルホル方面から魔物がなだれ込んできたのだ。最初にやられたのがメルキースだった」

「ああ……」


 森に近いとはそういうことなんだね。


「さあ、着くぞ」


 高い城壁に囲まれた城。馬車は大きな門のかなり前で止まった。

 御者と騎士がやりとりをし、馬車は左へ向きを変えて動き出した。しばらくして止まる。

 ドアが開いて階段を御者が下した。


「降りるぞ」


 馬車を降り、近くの建物に案内される。中は大きな広間となっていた。


「コーネイン夫人は鑑定不要です」

「うむ」


 ミランダは顔パスか。流石だね。

 俺たちは椅子に座って待つよう指示される。


「リオン・ノルデン」

「はい!」


 騎士に呼ばれカウンター席に案内される。向こう側に座っているのが鑑定士か。


「ここへ座れ」


 指示された席へ腰を下ろす。


「クラウス・ノルデン」

「はい」


 クラウスも呼ばれたようだ。以降ソフィーナと、カウンターに横並びに座った。3人同時にできるのね。


「では始めます」


 向かいの男がそう言うと、俺をしばらく見つめる。手元に書き残してるようだ。


「終わりました、問題ありません」


 え、もう終わり? 鑑定結果とか言わないのか。まあ周りにダダ漏れだしね。鑑定士が把握できれば目的を達成できるのか。


 同じようにフリンツァー、家令と続き、ミランダ一行は無事入城の運びとなった。当然だけどね。

 再び馬車に乗り、城内へと進んでいく。


「鑑定不能にも気づいたな」

「え、あ! 馬車の中も調べられたんだね」

「無論だ。少し動きが慌ただしかったからな。さて、どうなるか」


 ミランダはこの状況を楽しんでる様にも見えた。トランサイト運用でも腕が鳴ると言っていたからな。はは、この人、野望とかあるのかね。すっかり貴族に染まりやがって。


 おおー、大きな堀がある。その上に掛かった橋を渡っているようだ。

 いやぁ凄いな。これだけのものを人が作ったって。まあゴーレムとかあるから重機が無くてもどうにかなるんだろうけど。


 橋を渡りきり、少し進むと馬車は左へ曲がる。そこで止まった。


「着替えるぞ」


 馬車を降りて近くの建物に入る。ここが別館か。

 俺たちの荷物は城の者が運んでくれていた。


「ソフィーナは私と来い」


 女性の部屋は別の様だ。当然だけど。


「皆様はこちらの部屋です」


 中は12畳ほどか、大きな鏡や、服を収納する家具が多くある。ふーん、ここで着替えて行くのってよくあることなのかな。


 村で買った服に着替える。


「うわー、父さんかっこいいよ」

「はは、お前もいい感じだぞ」


 エスメラルダに着て行った服がちょっといい服なら、これはかなりいい服だ。でも貴族とまでは言わない雰囲気。平民の最高級なんだろう。


「申し遅れました、メルキース男爵家、家令リカルドです」

「ああ、いえ。俺がリオンです。どうぞよろしく」


 かなり前から一緒に行動してて今か。まあタイミングが無かったからね、馬車も別だし。リカルドは40代くらいの男性。何と言うか、カッコいいな。仕事できそう。おおそうだ、フリッツを若くした雰囲気だ。


「フリンツァー殿、腹が少し出てきましたな」

「いやぁ、はは。今日のところは服は入ったが、次は新調せんとな」


 確かに、下っ腹が窮屈そう。


「リカルド殿は体型が変わらないな」

「鍛えておりますので、ただ気を抜くと直ぐたるむのです」


 おっさんにありがちな会話だ。


「父さんは体型変わらないの?」

「酒をほとんど飲まないからな」

「ああ、そっちか」


 皆着替えたところで部屋を出る。しばらく待っていると女性陣が出てきた。


「おお!」

「これはまた」

「母さん、きれいだよ」

「……ふふ」


 ドレスを着て、髪を整え化粧をしたソフィーナは、貴族婦人と言われても疑いようのない気品と美しさだった。元がいいからね、ちゃんとしたらこうなる。しかし、女性はほんと凄いなぁ。


 あれ、ミランダは騎士服のままか。何しに中に入ったんだ。ああ、アドバイスとかしてたのかな。


「商会長はドレスじゃないの?」

「今日の主役はお前たちだ。さあ、行くぞ」

「はい!」


 ミランダに続いて建物奥へ進む。ああ、もう馬車には乗らないのか。どうもこの別館が、そのまま城に繋がっているようだ。まあ雨降ってたらせっかく着替えたのに汚れるからね。


 先頭に城の者が2名、次にミランダと俺、続いてクラウスとソフィーナ、その後ろにフリンツァーとリカルドだ。


 しかし凄い建物だ。天井が高い。どこからが2階で3階なのか分からん。床も大理石かな? つるつるのぴっかぴかだ。柱も太くて高い。装飾の彫刻細工みたいのもあちこちにある。これらは全部、自然由来の石なのかな。


「こちらで少しお待ちいただきます」


 城の者が大きな扉を開けると、そこは20畳ほどの広間だった。高そうなテーブルやソファがいくつか並んでいる。


「わあー!」


 思わず声が出たのは窓からの景色だ。深い堀の向こうに城壁、その向こうにゼイルディクの町が見える。ここは町から高い位置にあるようで、とてもよく見渡せた。


 ソファに腰かけると部屋の中にいた城の者が飲み物を出してくれた。紅茶か。


「予定より15分前だな。屋敷に寄った分遅れたが、結果丁度いい時間になった」

「馬車が快適でしたから」

「この時間はそう混んでいないからな。帰りにメルキース辺りは冒険者の馬車が多いぞ。ただ17時に宿は十分間に合う」


 宿はあの大通りの北側だからな、でもそこを抜ければ直ぐだ。


「うーむ、緊張してきたぞ」

「初めてだからな。だが直に慣れる」


 クラウスは目が若干虚ろだ。そりゃそうだぜ。俺もビビってる。


「そろそろです、お出で下さい」


 案内について行く。通路を抜けると大きなホールへ。うはー、天井が高い!

 そのホールから上へ続く階段を上がる。手摺りには豪華な装飾が。

 階段を上がり切り2階、いや、3階? よく分からないが上の階へ。

 おー、足元はカーペットか、高そうだ。もう見るもの全てが高価に見える。実際そうなんだろうけど。


「どうぞ、こちらです」


 開かれた扉を抜けるとかなり大きな広間、50畳はあるか。太い柱が何本か見える。

 中央には大きな円卓。その周りを椅子が囲んでいる。

 一番奥の椅子はひときわ豪華で、そこには60代半ばの男性が座っていた。


「ようこそ、エーデルブルク城へ。かけたまえ」


 その男性が言葉を発した。この人が伯爵か。

 男性の両側に30代ほどの男性と女性が立つ。そこから近い席に60代女性、40代男性が座っていた。広間には他にも何人か、周りに立つ人がいる。


 伯爵と思わしき人との向かいにミランダと俺、俺の右隣りにクラウスとソフィーナ、ミランダの左隣にフリンツァーとリカルドが座った。


 椅子は豪華な装飾が施されており背もたれも高い。その前の円卓はかなりの大きさだ、直径5mくらいあるな。そこにはいくつか武器が置かれていた。


 さあ、ついに来たぞ。決戦の場だ!

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