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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
68/321

第68話 住人の役割

 町の城壁へどんどん近づいて行き、少し前で馬車は止まる。

 門番の騎士と御者がやりとりをして、馬車は再び動き出した。


「ここはメルキースのどこになるの?」

「ラウリーンだ。姉のディアナが通う中等学校はここにある。近くを通るぞ」

「へー」

「私も3月にディアナと一緒に手続きに来たわ」

「確かそうだったね、2日くらい居なかったから」

「リオンは初めてか」

「はい、商会長」


 城壁を抜けても畑ばっかりだな。お、家がある。でも何か変だな、15軒くらい続いてまた畑ばっかり。遠くに見える家も15軒くらい固まってて周りは畑ばっかりだ。


 あ、そうか! 下水道とか風呂や食堂があるんだ。なるほど、町と言っても基本的に西区みたいな単位で点在してるんだね。どうもあの規模が最低基準っぽい。


「あ、だんだん建物が増えてきた」

「もうすぐメルキース士官学校の近くを通る。こちら側だ、見るか」

「うん」


 ミランダと席を変わって窓の外を眺める。高い塀が見えてきた。


「この辺りは第1訓練場だ、2kmくらい続くぞ」

「え、そんなに!」

「魔法の訓練もするのだ、広い敷地が必要となる」


 遠くに煙が見える。火属性でも使っているのか。


 それにしても馬車が多い。道は片側5車線くらいの大通りだから、馬車同士の距離は十分取れているけどね。そういやディアナが言っていたな、冒険者の馬車で道が埋め尽くされるって。今の時間は少ない方なのかも。


「あれが士官学校の建物だ、塀で見えづらいが……もうすぐ南門だ、そこからは見えるだろう」

「……あ、見えたよ! 大きい建物が沢山あった」

「あれは中等部の寮だ。その向こうに高等部の寮がある」

「じゃあ沢山学生がいるんだね」

「中等部450人、高等部900人だ」

「へー」


 高等部の方が多いな。あー、中等学校から来る人もいるんだな、そっか、クレマンは士官学校に行けそうって言ってた。高等部からの入学になるんだね。


「もう少ししたら左へ曲がる。その通りにコーネイン商会本店があるぞ」


 馬車が左折する。おお、店っぽい建物が並んでる。クレマンが商会巡りをしてるってこの辺のことか。


「店に用事があるから近くで停まる、お前たちも降りろ、座りっぱなしだからな」


 建物近くで馬車が停まる。御者がドアを開け階段を下した。


「うーん」


 馬車を降り背筋を伸ばす。いやー、こんなに長時間馬車に乗ったのは初めてだ。乗り心地は良かったけど、ずっと同じ姿勢は疲れるね。


 目の前にはコーネイン商会本店。石造りの3階建てだ。間口も広い。


「店内でも見てろ、すぐ終わる」


 おおそうだ、トイレ行こう。店員に場所を聞いて用を足す。


 店内に戻り展示品を眺める。


「父さん、沢山武器あるね」

「見た感じ、ほとんどの素材を並べてるな、子供用も含めて。いやむしろ子供向けが主体だろう、士官学校の客が多いから」


 確かに。直ぐ近くにあるもんね。

 にしても流石、本店。急な入用にも対応できるよう構えてるんだね。

 おお、この付近はミランデルか、展示スペースも高級な感じだ。


「あ、トランサス合金の子供用だけない。もしかして俺の武器かな」

「そうだろうな」


 近くのシンクルニウム合金子供用は400万か。お、銘入りだって。と言うことは俺のは200万ってとこか。


「終わったぞ」


 馬車に戻り出発。


「次は屋敷だ、男爵に例の武器を報告する」


 大通りに戻り馬車は進む。道沿いには建物が多い。大きい倉庫だったり、住宅街だったり、飲食店らしき建物も見える。お、礼拝堂か、ひときわ高い建物で特徴的な外観だから直ぐ分かる。


「町に興味があるか」

「ああ、まあね」


 村の中央区みたいな景色がずっと続く。しかし、建物は高くても3階建てだな。ほとんど2階建てっぽい。10階とかの高層建築は分からないけど、4階、5階は十分出来そうなものだ。


「あんまり高い建物無いね」

「ほう、そんなところに目が行くのか、お前は不思議だな」

「ちょっとあまりに高さが揃ってるから」

「高い建物は見張り台や礼拝堂くらいだ。それも理由がある」

「あ、そうなの」

「飛行系の魔物の標的になるからだ、見張り台からの視界確保のためでもある」

「なるほどー」


 ああ、魔物対策なのね。こんな街中でもそれを意識してるんだ。確かに、飛行系は城壁関係ないもんね。


「建物が高いと破壊された時の被害や復旧に影響が出る。あとはそうだな、高さが揃っていれば戦闘時に屋根をつたって移動しやすい。それに大型の魔物、例えばワイバーンが地上に降りた時、2階の屋根から頭を狙い易いだろ」

「ふむふむ、町の作り自体も魔物対策なんだね」

「そうだ」


 徹底してるなー。


「ほら、あそこがラウリーン中等学校だ。反対車線だから見えづらいがな」

「あそこにねーちゃんがいるのかー」


 ほんと町中だね。


 しかし、街行く人を見ていると、騎士と思わしき人をよく見かける。治安維持のためパトロールしてるのかな。


「もうすぐ屋敷だ」


 高い塀が続く区画へ入った。これもう敷地内なんだろう。

 大きな門の前で馬車が停まる。御者が門番とやりとりをして門が開かれた。馬車は敷地へ入る。


「うわー」

「広いお庭ね! お花も沢山」

「時間があれば案内したいところだが、それはまたの機会だ」


 馬車は進み、大きな建物の前で止まった。


「直ぐ戻る」


 ミランダはそう言って馬車を降りた。例の武器も持っていったようだ。いつの間にか馬車がもう1台ついて来てたようで、そこから降りた人と一緒に屋敷へ入って行った。ああ、本店に寄った時か、多分、店員も一緒に来たんだろうな。


 しかし大きい建物だな、3階建てで横にもかなり長い。前世で言う貴族のカントリー・ハウスか。見える範囲でも庭師が5人、馬車も6台。馬も専用の大きな厩舎があるんだろう。


「待たせたな」


 ミランダが乗り込み、馬車は動き出す。


「もう1台馬車がついて来てたんですね」

「そうだ、例の武器もそちらに回した。本店の者とウチの家令が乗っている、城にも一緒に行くぞ」


 窓から見える街並みは建物の密集度が増す。


「どんどん賑やかになっていきますね」

「この辺りからデノールトだ。メルキースの中心地域となる」


 ディアナの話だと、初等学校、中等学校、専門学校があって、飲食店も多く、休みには友達と遊びに行くこともあるそうだ。


「ところでミランダ、俺が男爵になるのは仕方ないとして、どんな理由になるんだ。もちろんリオンの代わりなんだが、それでは対外的にマズいだろう」

「トランサイトの製法を発見した者とするだろう」

「ええー、そんなもん詳しい事を聞かれたら困るじゃないか」

「機密との一点張りでよい」

「ああ、まあそうか」


 なるほど、言えないことだから聞かれても問題ない。


「しかしなあ、手柄もないのに地位に就くのは何とも……」

「リオンのためよ」

「まあな」


 いや、クラウスも手柄はある。


「最初にトランサイトに気づいたのは父さんだよ! だから胸を張っていい」

「そうなのか」

「うん、立ち回り訓練してる時に、父さんが剣身の僅かな違いに気づいて、そこから鑑定する流れになったんだ。あれが無かったら知らないまま使い続けてたよ」

「ほう、なら手柄だな。叙爵に相応しい」

「確かにあの時気づいたのは俺だ、だからって貴族とは随分と行きすぎだがな」


 そう言いながら表情は緩んでいる。ふふ、自信持っていいよ。


「しかし、もう覚悟を決めたのだな」

「ああ。俺はリオンの父親だ、息子のためならやるさ」

「よく言った。メルキース男爵家も全面的に協力する、心配するな」

「頼りにしてるぜ」


 クラウスは決断早いな。まあ駄々をこねても遅らせるくらいだ、しかも意味はない。ならば示された道を突き進むのみか。何だかモヤモヤしてた俺が恥ずかしくなった。クラウスに任せてしまえと思ったことも。


「伯爵からどの段階で話があるかは分からない。ある程度実績を作ってからか、或いは今日か。いずれにしろ、リオンへ叙爵、年齢で親への流れは変わらない」

「分かった、いつでもいいぜ」

「ただ、周りへは言うな。お前の身のためにもな」

「フリッツはいいか」

「そうだな、彼ならいいだろう。フッ、むしろ家令にでも任命したらどうだ」

「え!? それは、うーん。養成所では俺の教官だったんだぜ、それを部下にするのか」

「自分の考えをよく理解している側近は必要だ。言わば、そういった人材をどれだけ作り動かすかが、領主の手腕なのだ」

「なるほど」

「今からでも候補を考えておけ。足りないならウチのを回してやってもいい」

「そうか、それは助かる」


 人事権があるのは逆に人を見る目が問われるな。的確な配置も考えないと。


「良好な関係の身内がいいのだがな。お前の実家はどこだ」

「ウィルムの宿屋だ、兄夫婦が継いでいる」

「ほう、ウィルム。関係はいいのか」

「もう20年ほど会っていない、たまに手紙をやりとりしてたが、もうそれもない。関係は良くも悪くもないな、好きにやらせてもらってるよ」


 ウィルムは遠いからな。疎遠になるのも仕方ない。


「ウィルム侯爵が調べてくれるが、状況によっては呼び寄せてもいいだろう」

「小さい宿屋だったが立地は悪くない。潰れては無いと思うが」

「他に兄弟は?」

「いない」

「そうか。ソフィーナは隣りが実家だったな」

「ええ、関係は良好よ、兄夫婦とも。他に兄弟はいないわ」


 カスペルは何ができるだろう。警備という名の日向ぼっこか。


「うむ、分かった。貴族となるとな、遠い親戚と偽って寄って来る者が増える。まあ相手にしないことだ」

「ああ、想像できる。ミランダはどうだった」

「初めて名前を聞く身内が増えたな、全て門前払いだ」

「はは、そうなるな。実家はどうなった」

「全員屋敷で働いている。身の安全のためにもな」

「……なるほど、やはり呼び寄せる方が安心か」

「向こうの状況次第だ」


 色々な可能性があるからね。とにかく現状を把握してからだ。


「さて、そろそろアーレンツへ入る。騎士団の施設に馬車を預けて食事としよう」

「商会も騎士団も都合よく使えていいな」

「フッ、これが貴族の力だ」


 ああ、ほんとそうね。流石貴族、汚い。


「とは言え、アーレンツ子爵との日頃の付き合いがあってだ。他の地域でこうはいかん。お前もあちこちに顔を出して人脈を広げるんだぞ」

「……ああ、頑張るよ」

「お前の顔が利くところはあるか」

「んー、無いな。よく利用してたのは冒険者ギルドとルーベンス商会くらいか、ソフィーナも似たようなもんだよ」

「冒険者だったならそうだな、私も同じだ」


 まあ限られるよね。


「村に来てからは農業ギルドにも世話になってるが、顔が利くというほど貢献はしていない」

「外側3区の住人は仕方ない。あれは囮みたいなものだからな」

「はっ? どういうことだ」

「魔物を引き寄せるための策だ、森から引っ張り出す目標として畑に出てもらってる。そんなこと住人は誰も知らないがな」

「……そうだったのか」


 なんと、わざと外に出して魔物に襲わせていたのか。


「だから伯爵は収穫量など全く期待していない。育てているお前たちには、たまったものではないがな」

「最初から目的は魔物だったのか、あー、なら、俺が希望する作物の保護は難しいな」

「うむ。考えてもみろ、森との境に城壁を築かないワケを。畑は最初から戦場として運用しているんだ」

「……確かに、見通しも良くて戦いやすい。城壁まで引っ張れば上から狙ってくれるしな」

「住人の人的被害を最小限にするための構成だ」


 うへー、そうだったのか。でもそれなら畑にしなくても更地でいいんじゃないか。


「でも何で畑なの? 囮なら野良仕事である必要は無い気がします」

「冒険者のみの収入とすると森へどんどん入るだろ、そうやって過度な刺激をすると、奥から溢れ出る可能性が高くなる。あくまで防衛線として機能させるんだ。だからと言って普段何もさせないワケにもいかない。それで農業なんだよ」

「はー、なるほどな。よく考えたもんだ。確かにいい条件の環境とは思ったが」

「畑仕事に興味ある冒険者は多いわ、それを利用したのね」

「うむ、お陰で人気だろ」


 くうぅ、貴族と言うか、伯爵か。よく考えたな。


「ここまで言ったのも、クラウス、お前がその任を引き継ぐからだ。うまくやれよ」

「はああーーっ、気が重いぞーーっ」

「はっはっはっ! すぐ慣れる。さあ着くぞ、食事だ」


 騎士団の施設内へ馬車は入る。

 馬車を降りると見た顔が。


「よく来たな、食事を付き合わせてくれ」

「ロンベルク部隊長、肉料理のいい店を頼む」

「うむ、任せろ。こちらはコーニングス副部隊長も同伴する」

「テレーシア・コーニングスであります! コーネイン副部隊長と同席できること、大変光栄に存じます!」

「ミランダでいい」

「はっ! では私もテレーシアとお呼びください!」


 トリスタンだ。なるほどね、こういうちょっとした交流も積み重ねるのか。

 そしてテレーシアか、20代後半の女性だ。副部隊長、若いのに凄いね。


 トリスタンを先頭に町を歩く。たまに向こうから歩いて来る騎士が立ち止まり、胸に拳を当て直立不動となる。それをトリスタンが見てうんと頷く。敬礼みたいなものか。


「ここだ、アーレンツでも評判の店だぞ」

「アーレンツ男爵の店だな」

「うむ」


 男爵? そうか、アーレンツは子爵と男爵がいるんだったな。そうやって貴族は直ぐ店を経営したがる。


「いらっしゃいませ!」

「8名だ」


 店はまあまあ人が入っているな。奥の席へ案内される。


 テーブルに4つの椅子。1つには俺とクラウス、ソフィーナ、そして本店の人か。もう1つにはミランダ、トリスタン、テレーシア、そして家令が座った。


 店員にトリスタンが注文を告げる。


「テレーシア副部隊長はコーネイン商会長に会いたがってな」

「ぶ、部隊長、その様なことをこの場では……お恥ずかしい」

「いいではないか、憧れの女性だといつも言っているぞ」

「……もう、よしてください。……言葉が出てきません」

「私なぞ大したことは無い。テレーシア副部隊長こそ、視野が広く状況判断に優れ、部下に慕われていると聞く。素晴らしい上官ではないか」

「勿体ないお言葉!」


 どうもテレーシアはミランダ大好きの様だ。


「申し遅れました、私はコーネイン商会、本店長のフリンツァーです。リオン様には大変お世話になっております」

「こちらこそ」


 商会の40代男性は本店長だったのね。フリンツァーか、名前は聞いたことあるぞ、確か最初にミランダに共鳴を見せた日に、メシュヴィッツに指示を出してたな、フリンツァーに急ぎ伝えろと。トランサス合金の在庫を確認したりしてくれたんだね。


 しばらくしてテーブルに料理が運ばれてくる。ステーキだ。昼間っからボリュームあるのいくね。


「おお、うまそう」

「これはどこの肉だろう」

「ミュルデウスだ」


 トリスタンが答えてくれた。


「父さん、ミュルデウスって?」

「ゼイルディクの南部地域だ」

「ふーん」


 色々な産地があるんだね。


「では」


 トリスタンの声に皆、飲み物を持つ。


「ノルデン家とコーネイン商会の多大なる功績に!」


 無言でグラスを少し上げる。


「さあ、食うぞ」


 クラウスは幸せな表情で肉を食べる。ほんと好きなんだね。


「父さん、追加はダメだよ。せっかく作った服が合わなくなっちゃう」

「おっと、そうだったな」


 クラウスはぺろりとたいらげ、ワインを飲む。


「あ、そうだ、フリンツァー本店長、俺の武器は展示品だったものですか」

「そうですよ。銘入りの優れた品です。リオン様に相応しいかと」

「はい、とてもいい武器です。訓練討伐で使わせて貰ってます」

「武器は使われてこそ、活躍の場があることに感謝します」


 食事を終え、騎士団施設に戻る。


「では行く、馬車の見張り感謝する」

「うむ、容易いことだ」


 馬車は通りへ出た。


「保安部隊って町の治安維持が仕事なんでしょうか」

「そうだぞ、彼らはよくやっている。私からすれば魔物より人の方が怖いからな」


 ある意味そうだな。魔物の方が分かりやすい。


 それにしてもここの通りも幅が広い、5車線はあるな。そこまで交通量は無いからスカスカだ。


「道が広いですね」

「魔物襲来時に戦いやすくするためだ。ここを戦場にすれば建物の被害も抑えられる」


 へー、ほんとにどこまでも魔物を意識した町づくりなんだな。

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