第68話 住人の役割
町の城壁へどんどん近づいて行き、少し前で馬車は止まる。
門番の騎士と御者がやりとりをして、馬車は再び動き出した。
「ここはメルキースのどこになるの?」
「ラウリーンだ。姉のディアナが通う中等学校はここにある。近くを通るぞ」
「へー」
「私も3月にディアナと一緒に手続きに来たわ」
「確かそうだったね、2日くらい居なかったから」
「リオンは初めてか」
「はい、商会長」
城壁を抜けても畑ばっかりだな。お、家がある。でも何か変だな、15軒くらい続いてまた畑ばっかり。遠くに見える家も15軒くらい固まってて周りは畑ばっかりだ。
あ、そうか! 下水道とか風呂や食堂があるんだ。なるほど、町と言っても基本的に西区みたいな単位で点在してるんだね。どうもあの規模が最低基準っぽい。
「あ、だんだん建物が増えてきた」
「もうすぐメルキース士官学校の近くを通る。こちら側だ、見るか」
「うん」
ミランダと席を変わって窓の外を眺める。高い塀が見えてきた。
「この辺りは第1訓練場だ、2kmくらい続くぞ」
「え、そんなに!」
「魔法の訓練もするのだ、広い敷地が必要となる」
遠くに煙が見える。火属性でも使っているのか。
それにしても馬車が多い。道は片側5車線くらいの大通りだから、馬車同士の距離は十分取れているけどね。そういやディアナが言っていたな、冒険者の馬車で道が埋め尽くされるって。今の時間は少ない方なのかも。
「あれが士官学校の建物だ、塀で見えづらいが……もうすぐ南門だ、そこからは見えるだろう」
「……あ、見えたよ! 大きい建物が沢山あった」
「あれは中等部の寮だ。その向こうに高等部の寮がある」
「じゃあ沢山学生がいるんだね」
「中等部450人、高等部900人だ」
「へー」
高等部の方が多いな。あー、中等学校から来る人もいるんだな、そっか、クレマンは士官学校に行けそうって言ってた。高等部からの入学になるんだね。
「もう少ししたら左へ曲がる。その通りにコーネイン商会本店があるぞ」
馬車が左折する。おお、店っぽい建物が並んでる。クレマンが商会巡りをしてるってこの辺のことか。
「店に用事があるから近くで停まる、お前たちも降りろ、座りっぱなしだからな」
建物近くで馬車が停まる。御者がドアを開け階段を下した。
「うーん」
馬車を降り背筋を伸ばす。いやー、こんなに長時間馬車に乗ったのは初めてだ。乗り心地は良かったけど、ずっと同じ姿勢は疲れるね。
目の前にはコーネイン商会本店。石造りの3階建てだ。間口も広い。
「店内でも見てろ、すぐ終わる」
おおそうだ、トイレ行こう。店員に場所を聞いて用を足す。
店内に戻り展示品を眺める。
「父さん、沢山武器あるね」
「見た感じ、ほとんどの素材を並べてるな、子供用も含めて。いやむしろ子供向けが主体だろう、士官学校の客が多いから」
確かに。直ぐ近くにあるもんね。
にしても流石、本店。急な入用にも対応できるよう構えてるんだね。
おお、この付近はミランデルか、展示スペースも高級な感じだ。
「あ、トランサス合金の子供用だけない。もしかして俺の武器かな」
「そうだろうな」
近くのシンクルニウム合金子供用は400万か。お、銘入りだって。と言うことは俺のは200万ってとこか。
「終わったぞ」
馬車に戻り出発。
「次は屋敷だ、男爵に例の武器を報告する」
大通りに戻り馬車は進む。道沿いには建物が多い。大きい倉庫だったり、住宅街だったり、飲食店らしき建物も見える。お、礼拝堂か、ひときわ高い建物で特徴的な外観だから直ぐ分かる。
「町に興味があるか」
「ああ、まあね」
村の中央区みたいな景色がずっと続く。しかし、建物は高くても3階建てだな。ほとんど2階建てっぽい。10階とかの高層建築は分からないけど、4階、5階は十分出来そうなものだ。
「あんまり高い建物無いね」
「ほう、そんなところに目が行くのか、お前は不思議だな」
「ちょっとあまりに高さが揃ってるから」
「高い建物は見張り台や礼拝堂くらいだ。それも理由がある」
「あ、そうなの」
「飛行系の魔物の標的になるからだ、見張り台からの視界確保のためでもある」
「なるほどー」
ああ、魔物対策なのね。こんな街中でもそれを意識してるんだ。確かに、飛行系は城壁関係ないもんね。
「建物が高いと破壊された時の被害や復旧に影響が出る。あとはそうだな、高さが揃っていれば戦闘時に屋根をつたって移動しやすい。それに大型の魔物、例えばワイバーンが地上に降りた時、2階の屋根から頭を狙い易いだろ」
「ふむふむ、町の作り自体も魔物対策なんだね」
「そうだ」
徹底してるなー。
「ほら、あそこがラウリーン中等学校だ。反対車線だから見えづらいがな」
「あそこにねーちゃんがいるのかー」
ほんと町中だね。
しかし、街行く人を見ていると、騎士と思わしき人をよく見かける。治安維持のためパトロールしてるのかな。
「もうすぐ屋敷だ」
高い塀が続く区画へ入った。これもう敷地内なんだろう。
大きな門の前で馬車が停まる。御者が門番とやりとりをして門が開かれた。馬車は敷地へ入る。
「うわー」
「広いお庭ね! お花も沢山」
「時間があれば案内したいところだが、それはまたの機会だ」
馬車は進み、大きな建物の前で止まった。
「直ぐ戻る」
ミランダはそう言って馬車を降りた。例の武器も持っていったようだ。いつの間にか馬車がもう1台ついて来てたようで、そこから降りた人と一緒に屋敷へ入って行った。ああ、本店に寄った時か、多分、店員も一緒に来たんだろうな。
しかし大きい建物だな、3階建てで横にもかなり長い。前世で言う貴族のカントリー・ハウスか。見える範囲でも庭師が5人、馬車も6台。馬も専用の大きな厩舎があるんだろう。
「待たせたな」
ミランダが乗り込み、馬車は動き出す。
「もう1台馬車がついて来てたんですね」
「そうだ、例の武器もそちらに回した。本店の者とウチの家令が乗っている、城にも一緒に行くぞ」
窓から見える街並みは建物の密集度が増す。
「どんどん賑やかになっていきますね」
「この辺りからデノールトだ。メルキースの中心地域となる」
ディアナの話だと、初等学校、中等学校、専門学校があって、飲食店も多く、休みには友達と遊びに行くこともあるそうだ。
「ところでミランダ、俺が男爵になるのは仕方ないとして、どんな理由になるんだ。もちろんリオンの代わりなんだが、それでは対外的にマズいだろう」
「トランサイトの製法を発見した者とするだろう」
「ええー、そんなもん詳しい事を聞かれたら困るじゃないか」
「機密との一点張りでよい」
「ああ、まあそうか」
なるほど、言えないことだから聞かれても問題ない。
「しかしなあ、手柄もないのに地位に就くのは何とも……」
「リオンのためよ」
「まあな」
いや、クラウスも手柄はある。
「最初にトランサイトに気づいたのは父さんだよ! だから胸を張っていい」
「そうなのか」
「うん、立ち回り訓練してる時に、父さんが剣身の僅かな違いに気づいて、そこから鑑定する流れになったんだ。あれが無かったら知らないまま使い続けてたよ」
「ほう、なら手柄だな。叙爵に相応しい」
「確かにあの時気づいたのは俺だ、だからって貴族とは随分と行きすぎだがな」
そう言いながら表情は緩んでいる。ふふ、自信持っていいよ。
「しかし、もう覚悟を決めたのだな」
「ああ。俺はリオンの父親だ、息子のためならやるさ」
「よく言った。メルキース男爵家も全面的に協力する、心配するな」
「頼りにしてるぜ」
クラウスは決断早いな。まあ駄々をこねても遅らせるくらいだ、しかも意味はない。ならば示された道を突き進むのみか。何だかモヤモヤしてた俺が恥ずかしくなった。クラウスに任せてしまえと思ったことも。
「伯爵からどの段階で話があるかは分からない。ある程度実績を作ってからか、或いは今日か。いずれにしろ、リオンへ叙爵、年齢で親への流れは変わらない」
「分かった、いつでもいいぜ」
「ただ、周りへは言うな。お前の身のためにもな」
「フリッツはいいか」
「そうだな、彼ならいいだろう。フッ、むしろ家令にでも任命したらどうだ」
「え!? それは、うーん。養成所では俺の教官だったんだぜ、それを部下にするのか」
「自分の考えをよく理解している側近は必要だ。言わば、そういった人材をどれだけ作り動かすかが、領主の手腕なのだ」
「なるほど」
「今からでも候補を考えておけ。足りないならウチのを回してやってもいい」
「そうか、それは助かる」
人事権があるのは逆に人を見る目が問われるな。的確な配置も考えないと。
「良好な関係の身内がいいのだがな。お前の実家はどこだ」
「ウィルムの宿屋だ、兄夫婦が継いでいる」
「ほう、ウィルム。関係はいいのか」
「もう20年ほど会っていない、たまに手紙をやりとりしてたが、もうそれもない。関係は良くも悪くもないな、好きにやらせてもらってるよ」
ウィルムは遠いからな。疎遠になるのも仕方ない。
「ウィルム侯爵が調べてくれるが、状況によっては呼び寄せてもいいだろう」
「小さい宿屋だったが立地は悪くない。潰れては無いと思うが」
「他に兄弟は?」
「いない」
「そうか。ソフィーナは隣りが実家だったな」
「ええ、関係は良好よ、兄夫婦とも。他に兄弟はいないわ」
カスペルは何ができるだろう。警備という名の日向ぼっこか。
「うむ、分かった。貴族となるとな、遠い親戚と偽って寄って来る者が増える。まあ相手にしないことだ」
「ああ、想像できる。ミランダはどうだった」
「初めて名前を聞く身内が増えたな、全て門前払いだ」
「はは、そうなるな。実家はどうなった」
「全員屋敷で働いている。身の安全のためにもな」
「……なるほど、やはり呼び寄せる方が安心か」
「向こうの状況次第だ」
色々な可能性があるからね。とにかく現状を把握してからだ。
「さて、そろそろアーレンツへ入る。騎士団の施設に馬車を預けて食事としよう」
「商会も騎士団も都合よく使えていいな」
「フッ、これが貴族の力だ」
ああ、ほんとそうね。流石貴族、汚い。
「とは言え、アーレンツ子爵との日頃の付き合いがあってだ。他の地域でこうはいかん。お前もあちこちに顔を出して人脈を広げるんだぞ」
「……ああ、頑張るよ」
「お前の顔が利くところはあるか」
「んー、無いな。よく利用してたのは冒険者ギルドとルーベンス商会くらいか、ソフィーナも似たようなもんだよ」
「冒険者だったならそうだな、私も同じだ」
まあ限られるよね。
「村に来てからは農業ギルドにも世話になってるが、顔が利くというほど貢献はしていない」
「外側3区の住人は仕方ない。あれは囮みたいなものだからな」
「はっ? どういうことだ」
「魔物を引き寄せるための策だ、森から引っ張り出す目標として畑に出てもらってる。そんなこと住人は誰も知らないがな」
「……そうだったのか」
なんと、わざと外に出して魔物に襲わせていたのか。
「だから伯爵は収穫量など全く期待していない。育てているお前たちには、たまったものではないがな」
「最初から目的は魔物だったのか、あー、なら、俺が希望する作物の保護は難しいな」
「うむ。考えてもみろ、森との境に城壁を築かないワケを。畑は最初から戦場として運用しているんだ」
「……確かに、見通しも良くて戦いやすい。城壁まで引っ張れば上から狙ってくれるしな」
「住人の人的被害を最小限にするための構成だ」
うへー、そうだったのか。でもそれなら畑にしなくても更地でいいんじゃないか。
「でも何で畑なの? 囮なら野良仕事である必要は無い気がします」
「冒険者のみの収入とすると森へどんどん入るだろ、そうやって過度な刺激をすると、奥から溢れ出る可能性が高くなる。あくまで防衛線として機能させるんだ。だからと言って普段何もさせないワケにもいかない。それで農業なんだよ」
「はー、なるほどな。よく考えたもんだ。確かにいい条件の環境とは思ったが」
「畑仕事に興味ある冒険者は多いわ、それを利用したのね」
「うむ、お陰で人気だろ」
くうぅ、貴族と言うか、伯爵か。よく考えたな。
「ここまで言ったのも、クラウス、お前がその任を引き継ぐからだ。うまくやれよ」
「はああーーっ、気が重いぞーーっ」
「はっはっはっ! すぐ慣れる。さあ着くぞ、食事だ」
騎士団の施設内へ馬車は入る。
馬車を降りると見た顔が。
「よく来たな、食事を付き合わせてくれ」
「ロンベルク部隊長、肉料理のいい店を頼む」
「うむ、任せろ。こちらはコーニングス副部隊長も同伴する」
「テレーシア・コーニングスであります! コーネイン副部隊長と同席できること、大変光栄に存じます!」
「ミランダでいい」
「はっ! では私もテレーシアとお呼びください!」
トリスタンだ。なるほどね、こういうちょっとした交流も積み重ねるのか。
そしてテレーシアか、20代後半の女性だ。副部隊長、若いのに凄いね。
トリスタンを先頭に町を歩く。たまに向こうから歩いて来る騎士が立ち止まり、胸に拳を当て直立不動となる。それをトリスタンが見てうんと頷く。敬礼みたいなものか。
「ここだ、アーレンツでも評判の店だぞ」
「アーレンツ男爵の店だな」
「うむ」
男爵? そうか、アーレンツは子爵と男爵がいるんだったな。そうやって貴族は直ぐ店を経営したがる。
「いらっしゃいませ!」
「8名だ」
店はまあまあ人が入っているな。奥の席へ案内される。
テーブルに4つの椅子。1つには俺とクラウス、ソフィーナ、そして本店の人か。もう1つにはミランダ、トリスタン、テレーシア、そして家令が座った。
店員にトリスタンが注文を告げる。
「テレーシア副部隊長はコーネイン商会長に会いたがってな」
「ぶ、部隊長、その様なことをこの場では……お恥ずかしい」
「いいではないか、憧れの女性だといつも言っているぞ」
「……もう、よしてください。……言葉が出てきません」
「私なぞ大したことは無い。テレーシア副部隊長こそ、視野が広く状況判断に優れ、部下に慕われていると聞く。素晴らしい上官ではないか」
「勿体ないお言葉!」
どうもテレーシアはミランダ大好きの様だ。
「申し遅れました、私はコーネイン商会、本店長のフリンツァーです。リオン様には大変お世話になっております」
「こちらこそ」
商会の40代男性は本店長だったのね。フリンツァーか、名前は聞いたことあるぞ、確か最初にミランダに共鳴を見せた日に、メシュヴィッツに指示を出してたな、フリンツァーに急ぎ伝えろと。トランサス合金の在庫を確認したりしてくれたんだね。
しばらくしてテーブルに料理が運ばれてくる。ステーキだ。昼間っからボリュームあるのいくね。
「おお、うまそう」
「これはどこの肉だろう」
「ミュルデウスだ」
トリスタンが答えてくれた。
「父さん、ミュルデウスって?」
「ゼイルディクの南部地域だ」
「ふーん」
色々な産地があるんだね。
「では」
トリスタンの声に皆、飲み物を持つ。
「ノルデン家とコーネイン商会の多大なる功績に!」
無言でグラスを少し上げる。
「さあ、食うぞ」
クラウスは幸せな表情で肉を食べる。ほんと好きなんだね。
「父さん、追加はダメだよ。せっかく作った服が合わなくなっちゃう」
「おっと、そうだったな」
クラウスはぺろりとたいらげ、ワインを飲む。
「あ、そうだ、フリンツァー本店長、俺の武器は展示品だったものですか」
「そうですよ。銘入りの優れた品です。リオン様に相応しいかと」
「はい、とてもいい武器です。訓練討伐で使わせて貰ってます」
「武器は使われてこそ、活躍の場があることに感謝します」
食事を終え、騎士団施設に戻る。
「では行く、馬車の見張り感謝する」
「うむ、容易いことだ」
馬車は通りへ出た。
「保安部隊って町の治安維持が仕事なんでしょうか」
「そうだぞ、彼らはよくやっている。私からすれば魔物より人の方が怖いからな」
ある意味そうだな。魔物の方が分かりやすい。
それにしてもここの通りも幅が広い、5車線はあるな。そこまで交通量は無いからスカスカだ。
「道が広いですね」
「魔物襲来時に戦いやすくするためだ。ここを戦場にすれば建物の被害も抑えられる」
へー、ほんとにどこまでも魔物を意識した町づくりなんだな。




