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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
67/321

第67話 クラウスの将来

 腕を組み、鑑定不能の剣を見つめるミランダ。


「メルキース男爵に報告し、そのままエーデルブルク城まで持っていく。あとは伯爵の判断だ」

「はい、お願いします」

「クラウスとソフィーナは服を取りに行け、もう出来ているはずだ」

「はい。……あそうだ、口座管理所へ用事があるのですが構わないですか」

「馬車に乗ってから立ち寄ることにする」

「すみません」

「気にするな、こちらが振り回してるのだからな」


 クラウスとソフィーナは出て行った。


「リオンはまだ休んでいろ」


 小さく頷く。実際、まだ動ける気がしない。変化共鳴を続けていたら魔力が体からどんどん流れていく感覚に陥った。そう、まるで剣に吸われているかの様に。シンクルニウムの共鳴変化はちょっと怖いな。あの感じを制御出来ないと、その都度ぶっ倒れる。


「ハールマンは手柄だな、良い考察であった。他にその様な素材はあるか?」

「いえ、思い当たりません」

「調べることは可能か」

「専門学生時代に施設の書庫を利用した知識ですので、今の環境では難しいかと」

「ふむ。お前は確かリグステルの職人科だったな」

「はい」

「分かった、他素材の調査はこちらで手配する」


 ハールマンは他には無いとの回答。でも調査はするんだな、専門学校の書庫か。


「リオン、心配するな。手当たり次第共鳴させるようなことはせん。お前の体に何が起きるか分からないからな」


 お、そうなのか、それは安心だ。確かにシンクルニウムは倒れただけで済んだけど、他のはどうなるか分からないからね。何だかんだ俺の体を気遣ってくれてるのは嬉しい。金の元だからだろうけど。


「商会長、その素材に関して我々が動くことはありますか」

「いや、今日のところは無い」

「分かりました」

「とにかく今はトランサイトだ。その扱いが決まってもいないのに、新たな素材が出てきても直ぐには対応できん」


 ごめんよ。面倒ごとを増やしてしまって。


「そんな顔をするな、鑑定不能だぞ、間違いなくトランサイトより上だ。お前は大偉業を成し遂げたのだ、歴史にすら残ってない、本当に未知の素材を生み出したんだぞ」

「はい……」

「ただあまり無理はするな。順を追って1つ1つでいい」

「分かりました」


 クラウスとソフィーナが帰って来た。


「では出発するとしよう、リオン、立てるか」

「……んー」


 なんだこれ、力が入らない。


「クラウス、抱えてやれ」

「はい」


 クラウスに抱きかかえられて部屋を出る。参ったなこりゃ。


「魔力は時間で回復する、心配しなくても動けるようになるさ」


 商会を出ると馬車が来ていた。おお、よく見る荷台型じゃなくて、ちゃんと人が乗る用の馬車だ。2頭立てだな。あ、車輪の近くのあれって、もしかしてサスペンション。ほー、これは乗り心地期待できるぞ。


「先に荷物を入れる、少し待て」


 メシュヴィッツとハールマンが荷物を持って乗り込む。どうも座席の後ろに収納スペースがあるようだ。


「では乗るぞ」


 収納式の階段を上がり、ドアが開かれた搭乗口を抜ける。ほー、凄い。中にはベンチシートがあり、2人座ってもかなり余裕そうだ。それが向かい合わせに設置されている。


 進行方向に向いた席の奥に俺が、その向かいにクラウス。俺の隣りにミランダ、その向かいにソフィーナが座った。


 2人いた御者の1人が階段を上げる。


「冒険者ギルドへ寄れ」

「はっ」


 返事をした御者がドアを閉める。そして馬車は動き出した。


 しかし、馬車は南へ向かう、そっちは村の正門。ギルドは逆方向だ。


 この村の馬車道は左側通行になっている。中通りは片側3車線くらいあるが、建物側の1車線は停車専用レーンみたいなもので、実質片側2車線だ。中通りに入って来る馬車は、左側の2車線、言わば走行車線を北へ進み、用事があるところで停車レーンに寄って停車、用事が終われば走行車線へ戻る。


 交通量の関係で引き返すことは出来ないので、全ての馬車は一度北端の北区通路直前まで行って、そこで方向を南へ変える。その辺りはロータリーの様になっているので転回しやすい。


 コーネイン商会は中通りの東側にあるので、その前に停める馬車は必ず南向きとなる。冒険者ギルドは西側にあるので、馬車に乗ったまま行くなら、一度村から出る必要があるのだ。


「着いたぞ」

「では行ってきます」


 クラウスとソフィーナが降り、しばらくして帰って来た。多分、ランメルトの口座に入金したのだろう。でもなんで2人行ったのかな、他にも入金したのか。


 階段を上げてドアが閉まり出発。いやー、この馬車、細かい揺れが全然無い、シートも座り心地いいし。これなら長時間も大丈夫だね。


「まずはメルキースの屋敷に向かう、男爵に例の武器を報告するのでな。城へ行く時間は、日程に余裕があるから問題ない」

「それなら安心です」

「ところでお前たち、私のことはミランダと呼べ。商会長も副部隊長もいらん」

「……それは、平民の我々では立場があります」

「フン、気にするな。もう我々は深い関係だ、いつまでも立場の違いで気を使われるのも疲れる」

「分かりました、ミランダ様」

「様もいらん」

「……はい、ミランダ」


 クラウスは名前を絞りだした。深い関係ね。確かに、もうお互い依存度が高い。


「それでいい、後は話し方もだ、丁寧な言葉遣いも要らん。年で言えばクラウスと私は同じだ、住人と同じ接し方で構わんぞ」

「え、そう言われても、直ぐには」

「まあ、話すうちに慣れる。今日は時間がたっぷりあるのだからな」

「分かったわ、じゃあミランダと呼ぶわね」

「ソフィーナは理解が早いな、それでいいぞ」


 女性同士だから早く慣れそうだ。恐らく本音を聞き出すために距離を近づけたいのだろう。俺もその方が色々聞きやすくはある。


「でもそれなら、ミランダもその口調を止めて」

「おお、そうだ、その偉そうな話し方がどうもな」

「……承知しましたわ、今後はこんな風に話しますわ、どうかしら」

「いや、あの……」

「はははっ! 気味が悪いだろう、もう戻らんのだ、すまない」

「ならいいよ」


 あれだ、口調は変わっても表情が怖いもん。余計違和感が増す。ミランダの顔はその話し方が合ってるよ。なんか失礼な考え方だけど。まあ本人も戻らないって言うし。


「ただし、時と場合を考えて使い分けてくれ」

「それはもちろん」

「ええ、分かったわ」

「俺は商会長と呼ぶよ、大人と子供だし」

「それでいい。しかしもう声を出せるのだな」

「うん」


 走ったり共鳴させたりは無理だけど、座って話すくらいは回復した。


「さて、今日の具体的な予定を伝えよう。と言っても、例の武器があるから既に予定は変わっているが。昼食はアーレンツに入って少し走ったところ、飲食店が多く建ち並ぶ通りがある。希望はあるか」

「俺は肉ならいい」

「私は何でもいいわ」

「俺も」

「分かった、では肉料理にする」


 フッ、遠慮なく希望を言うクラウス。


「城に入る前に別邸で着替える。向こうの指示に従ってくれ。伯爵との話が終わればメルキースへ戻って来る。商会本店の近くに宿を用意してあるからな」

「何時くらいですか」

「宿に入る時間は17時を予定している。伯爵側にも伝えてあるから長引くことは無い。それで宿の食事にはウチの特別契約者が何組か同席する」

「ああ、確かそういう名目だったな。本当に来るのか」

「そうだ、村に帰って話すネタにでもしてくれ」


 へー、コーネイン商会の特別契約者ね。それはそれで興味ある。


「食事が終わり、風呂に入ったら、本店へ一緒に向かう。リオン、そこで頼んだぞ」

「うん、後は寝るだけだもんね」

「明日は宿で朝食をとって、その後村へ帰還だ。恐らく9時頃に着く」

「分かった、すまないな、ここまで世話してもらって」

「気にするな」


 いやしかし、その上、丸一日付きっ切りだもんな。相当、入れ込んでいる証拠か。分かるけどね。


「何か質問はあるか」

「伯爵の前ではどうしたらいいのか」

「基本的に受け答えは全て私がする。お前たちは確認の返事だけでいい。はい、いいえ、だ。分からない時は、分かりませんと言え。あの場での会話は全て記録される、後から変えても通じないぞ」

「それは迂闊なことは言えないな。頼んだ、ミランダ」

「任せろ」


 うひー、怖い。これはミランダに全面的にお願いするしかないな。


「それから城に入る前に全員の人物鑑定を受ける」

「え、そうなのか」

「犯罪歴など確認するためだ。お前たちは問題ないだろう」

「まあ、そうだが」

「何かあるか」

「……実を言うとリオンのスキル構成はかなり特殊なんだ」

「やはりな」


 いや、ミランダの思ってることと違う方向に特殊なんだよ。


「リオンはな、全てのスキルが最低なんだ」

「!? なんだそれは」

「4属性全てレベル1、操具も測算も4撃性も全部レベル1だ。専門スキルも派生スキルも無い」

「魔力量は?」

「洗礼時には30、最大魔力は1だった。今はかなり増えてると思うがな」


 うん、魔力量や最大魔力は増えてるよね、じゃないとあんな共鳴できない。鑑定される時に教えてもらえるのだろうか。


「ふーむ、そのスキル構成はかなり特殊だな、聞いたことが無い。その分、魔力操作に力が偏ったとも考えられる。お陰で今があるのだが」

「ええ、もう十分よ。洗礼の直後はびっくりしたけど」

「剣技が無くたって訓練討伐でしっかりやれてるよな」

「うん!」

「確かに、私が見た時も、エリオットから聞いた話でも、剣技を使ってなかった。不思議には思っていたが、そういうことか」

「高性能なミランデルのお陰で魔物と戦えてます」

「フッ、よく言う」


 でも実際、武器に頼ってるからね。


「ところで伯爵とのやりとりは私が主に行うが、そのためにも、お前たちの考えを把握しておきたい」

「と言うと?」

「今後の身の振り方だ。希望があれば言え」

「希望も何も、伯爵が決めた通りにするしかないだろう」

「何も言わなければ好きなようにされてしまうぞ。向こうに判断材料を提示するのだ。その上で落としどころを探ってくれる」


 え、そうなの。平民は絶対服従じゃないのか。


「そうは言っても、今の生活で満足なんだが」

「何か困ったことは無いか」

「あ、魔物に畑が荒らされるのをどうにかして欲しい。出荷調整や申請討伐で埋め合わせはできても、収穫するつもりで育てた野菜を踏みつぶされるのはもう見たくないんだ」


 あー、そうだよね、うんうん、心が折れる。


「分かった、他には無いか」

「無い」

「ソフィーナは?」

「私は無いわ。ディアナやリオンさえ元気でいてくれれば」

「ディアナとは中等学校の姉だな、分かった」


 んー、2人とも無欲だな。ミランダの言ってる希望とは、もっと大きい事なんだろうけど。


「リオンは?」

「俺は……」


 と言いつつ、思い浮かばない。むー。


「今出て来ないならいいぞ。2人も他に思い付いたら教えてくれ」

「分かった」


 そうだ、報酬のこと聞いておこう。あれをネタに好きなようにされそうだし。


「……あの、商会長、俺の報酬の扱いが気になるのですが」

「ディマスの言っていた件だな。あれこそ向こうの思う壺だ」

「もしかして報酬と引き換えに婚約させる気なのでしょうか」

「はっはっはっ! 随分と先の展開を考えたものだな。だがいい読みだ」


 あー、やっぱりそうなのね。


「昨晩、フリッツと色々可能性を話したんだよ、リオンが男爵になるんじゃないかとか」

「リオンが叙爵か。それは間違いない。トランサイトを作れるのだからな。だが、男爵となるのはクラウスが先だ」

「え!? 俺が!」

「本来ならリオンだが年齢が足らん。15歳を過ぎないと叙爵できないのだ。従ってその父親が男爵となり、対象の子供が15歳になったら爵位を引き継ぐのだ」


 はっは! クラウスが。なるほど年齢制限か、結構それなりの年だな。異世界ファンタジーって小さい子供でも貴族になれる気もするが。それはそれで違和感はあるけど。


「大昔は8歳の洗礼を過ぎれば条件を満たしていたが、その年齢では何も出来ん。結局は周りの大人頼みとなるが、そうすると、いがみ合うんだよ」

「あー、分かるぞ、俺が俺がと出てくるわな」

「うむ。それに子供が叙爵する時点で家が普通ではない。親兄弟が全て殺されているのだからな」

「……うわ」

「まあ魔物に町を壊滅させられ、家で生き残ったのが子供1人ということもある。いずれにしても周りの言いなりだ」


 ああ、つまりは操り人形か。実権は後ろの大人が握るという。


「それで何度か叙爵年齢の変更が行われ、現在は15歳となっている。そのくらいなら物事の分別はつく。それに結婚が出来る年だからな、直ぐに後継ぎも用意できる」

「流石、詳しいね」

「当然だ」


 ほー、15歳って結婚できる年なのか。


「クラウスどうする?」

「あー、んー、そうだな。いや参った」

「ははははっ! まあ直ぐではない、どんなに早くても1年はかかるだろう」

「領地ってコルホル村になるのかな」

「もちろんだ。ただ色々と手続きが必要でな、そういうのに時間が掛かる。その前にまずはトランサイトでしっかり実績を残さないといけないぞ」

「そうだね」


 しかし、そうなると、俺はあと7年は貴族にならないで済むのか。あれ? でもクラウスが貴族になったら俺も貴族なのかな。


「商会長、父さんが貴族になったら家ごと貴族なの?」

「爵位対象はクラウス1人だ。名はクラウス・ノルデン・バン・コルホルとなる。バンとは男爵、コルホルは領地だ」

「へー」

「ソフィーナはコルホル男爵夫人、リオンはコルホル男爵令息、ディアナはコルホル男爵令嬢だな。それぞれ男爵夫人、ノルデン卿、ディアナ嬢とでも呼ばれるか。結局は貴族がクラウスだけでも、家ごと貴族扱いになる。貴族院に出席する権利はクラウスだけにあるがな、それが貴族としての証だ」


 なるほど、そう言うことか。


「……俺、頭痛くなってきた」

「フン、子供のリオンのことは親のお前が担う。覚悟しておくのだな」

「商会長は元冒険者と聞きました。貴族の家に入るのはどうだったんですか」


 聞いちゃった、でも話の流れ的にいいよね。


「……無論、多大なる覚悟が必要だった。だがな、私はこれでよかったと思う。あのまま冒険者を続けるよりも、遥かに多くのことが出来るようになったのだからな」

「大変じゃなかったのですか」

「案外何とかなる、エリオットが支えてくれたからな」

「部隊長はとても惚れ込んでいる様に見受けられました」

「あちこちで私を褒めまくっているからな、いや、そんなことはどうでもいい。貴族の一員になることは手段だ。その立場を利用してやりたい事を実現すればいい」


 なるほどね。出来ることが増えるのは確かにそうだな。


「でも、気軽に町を歩いたり、友達とおしゃべりしたり、そういうのが出来なくなりませんか。そして貴族同士の付き合いが増えて、国の行事や舞踏会とかも行くことになりますよね」

「お前は良く知ってるな、大体そんな感じだ。加えて私なら騎士団の役割、商会長としての役割が付いてくる、現状が正にそれだ」

「うわー、忙しい」

「それがそうでもないぞ、いくら仕事があっても身は一つ。出来ないことは出来ないからな」


 あ! 分かった。


「商会長は、わざと色々な役目を引き受けているのですね」

「フン、察しがいいな。出たくない舞踏会があれば騎士団の用があるとでも言えばいい。色々と出ていれば要所も分かって来るからな、まあ最初の2~3年は辛抱だ。それに忙しいと言ってもな、代役でも何でも、周りには動かせる人はいくらでもいる。それをうまく使う術を身につければいい」

「とても勉強になります」

「はっはっはっ! クラウス、息子はヤル気だぞ」

「あー、うーん」


 そうだ、ソフィーナは男爵夫人だぞ。


「ねぇ母さん、舞踏会行かないといけないよ」

「まあ、ほんとね、どうしましょ」

「ソフィーナは着飾れば人目を引く美しさとなる。ダンスは私が教えてやろう、クラウスもだぞ」

「え! いやいやいや、無理だよ」

「お前は最初から剣を使い魔物を倒せたか。そういうことだ」

「そ、そうか……」


 いやー、クラウスもサマになると思うけど。


「ダンスよりも貴族としての嗜み教養が先だな」

「ああ、それは辛い……」

「ふふ、ゆっくりでいいのよ」

「待てよ、ミランダ。俺が男爵になるのは間違いないのか」

「むしろトランサイトの偉業は男爵では収まらん、それに例の武器の件も含めれば妥当な爵位が分からんぞ。その上あの魔力操作、戦力としても飛び抜けているのだ、英雄と呼ばれる戦果を成し遂げるのはそう遠くない」


 ぜ、全部、クラウスが背負ってくれるんだよな。15歳になるまでは。頑張れ。


「……叙爵を放棄することも規定では権利とされているが、私の知る限り、歴史上でもそれを行使した者はいない」

「父さん、史上初になるよ」

「ああ、ううー、それも嫌だな」

「まあ最低でも1年はかかる、その間に少しずつ慣れていけばいい。……そろそろメルキースに入るぞ」


 窓の外には大きな城壁が見えてきた。町も囲ってるんだね!

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