第65話 妄想の夜
中央区を出て西区へ向かう。
「明日、伯爵と会うのか。やっぱりそういう流れは避けられないね」
「嫌か」
「だってゼイルディクの領主でしょ、怖い」
「フッ、何も恐れることは無い。お前は招待されているのだ」
「そうだろうけど」
何だかなー、どんどん身動き取れなくなってる気がする。
「ミランダも一緒に行くのだ、不安があれば聞けばいい」
「そうだね」
あ、ちょっと気になるから聞いておこう。
「フリッツはコーネイン商会長をミランダって名前だけで呼んでるよね」
「時と場合による。ワシも最初は商会長だの副部隊長だの付けていたが、彼女がいらんと言うので名前だけにした」
「そうだったんだ。でも失礼に当たらないの」
「ミランダは呼び方などどうでもいいと思ってる。分かればいいと」
「はは」
「ただ、彼女が特殊なのだ。他の貴族には通じぬぞ」
「分かった」
元は平民だったんだ。そういうのを煩わしいと思ってたのかもね。
「そうだ、俺の物言いはフリッツが教育したことにするの?」
「それがいいだろう、あの場で勝手に言ってすまんかった」
「いやいいよ、その一言で済むし」
「お前の身内でもソフィーナなら言葉遣いを教えたとして通るが、騎士や教官だったワシの方が理解されやすいからな。他にも子供らしからぬと怪しまれたら全てワシの影響と言え」
「はは、そんなんでいいのか」
「構わん」
フリッツ便利過ぎる、助かるけど。
「今晩、風呂の後に家に行く。明日のことについてクラウスとソフィーナにも話すことがあるからな」
「うん、分かった。俺に掛かりっきりになってごめんね」
「何を今更。それに調整役だ、務めを果たさないとな」
あ、搬入口からクラウスが歩いて来る。
「おー、リオン、フリッツ。遅いから何かあったのかと」
「リオンと商会に寄ると伝えただろう」
「そうだが、あんまり遅いんでな」
心配かけてごめんよ。
食堂に行くとソフィーナが待っていた。
「お帰り、リオン」
「うん母さん、ただいま」
受け取りカウンターでトレーに食事を載せ運ぶ。
食堂の屋根は骨組みが出来上がっていた。
「食堂、随分進んだね」
「明後日に完成予定だ」
「おお、お前たち帰ったか」
「じーちゃん」
食事中の俺たちにカスペルが近づいてきた。
「ちょいと気になることがあっての、風呂の後に行ってもいいか」
「あー、先生」
「いいぞ来い」
「なんでフリッツが返事をするんだ」
「ワシも行くからだ」
食事を終えて家に帰る。
「風呂の順番はウチが先で隣りが後だ」
「また前みたいに戻ったんだね」
「男女で分けると風呂がいっぱいになるだろ」
「うん、正直北区の風呂は窮屈だった」
北区が狭いんじゃない、一度に多くの人が入るからだ。西区も同じ大きさだからね、近所で分けるやり方に戻ったみたい。
着替えを持って風呂に行く。
「あー、久々の西区の風呂だー」
「新築は脱衣場だけだぞ」
「そーだけどね」
風呂を済まして通路を歩く。あーこの感じ、やっぱ西区の風呂がいいな。
「じーちゃん来るまで時間あるね、先生も後の組っぽいし」
「風呂にフリッツの姿は無かったからな」
家に帰って居間に座る。
「ああ、隣りに出たことを伝えるのを忘れた、行ってくる」
クラウスは出て行った、俺も忘れてたや。
「ただいま」
「あ、母さんお帰り」
ソフィーナの後ろからクラウスも入って来た。皆で居間に座る。
「やっぱり近いといいわね」
「それでもウチは端だから10軒先だぞ」
まーね、でもこればっかりは仕方ない。
「……さて、フリッツから聞いたか、リオン」
「うん、明日、伯爵に会いに行くんだってね」
「私が行っても何を話せばいいか分からないわ」
「俺もだよ、だからって変なことも言えないしな」
「コーネイン商会長がいるから任せればいいと思うよ」
「そうだな……」
俺だって分からない。貴族は貴族に任せる。
「そうだわ、何を着ていけばいいのかしら」
「エスメラルダで着た服でいいんじゃねぇか」
「……そうね」
「舞踏会じゃないはずだよ、母さん」
「え! 私踊れないわ、どうしましょ」
「いやいや、そんなんじゃないから」
はは、何だかんだソフィーナは嬉しいみたいだね。
「伯爵の城ってどこにあるの?」
「確かエナンデルだったかしら」
「遠いの?」
「そーだな、馬車で3時間くらいじゃねぇか」
ほー、ここから60kmくらいか、まあ距離あるな。
「お尻痛くなる」
「はは、多分いい馬車だから大丈夫だぞ。それに途中で昼飯食べるから休憩になる」
「そうなんだ、何時から行くの」
「10時出発と聞いたな、その辺もこの後フリッツからあるだろう」
「じゃあ昼食含めると向こう着くの14時くらい? お城でどのくらいいるか分からないけど、村に帰るころは暗くなるね」
「メルキースに宿を用意してくれるんだってさ、多分またエスメラルダみたいなとこだぞ」
「へー」
泊りがけか、その方がゆっくりできていいが。
あ! きっと宿の近くに商会があるんだな、そこで共鳴をさせまくって後は寝るだけと。ゆっくりできないじゃないか。
「こんばんは」
「じーちゃん!」
「いらっしゃい」
「フリッツはまだかの」
カスペルはソファに座る。
「もうすぐ来るさ」
クラウスがそう言うと玄関が開いてフリッツが来た。
「揃っとるようだな」
「ワシも聞いていいのか」
「構わん、身内だろ」
「いかにも、リオンは孫だ」
フリッツが座り話が始まる。
「まずワシから話すぞ、訓練討伐で気づいたことがあっての」
「何かあったっけ」
「クラウディアだ、エリオット部隊長とミランダ副部隊長の娘の」
「うん、来てたね、発熱で途中で帰っちゃったけど」
「あら、熱が出たの?」
「そうだよ、確か3回目の魔物遭遇時に気づいて、訓練を中止して引き返したんだ」
病気では無いとの報告だったが、何が原因だったのだろう。
「あれは恐らく精神的に大きな負荷がかかったからだ」
「と言うと?」
「リオンと仲良くして印象を良くするように両親から強く言われたんだろう」
「あー」
「11歳だったな、務めを果たそうと極度に緊張したのだな」
「うむ、貴族家令嬢とは言え、まだ子供だからの」
なるほどね、じゃあ俺が原因でもあるのか。
「だから次回、3日後か、挽回をするため再度2班に来るであろう」
「あの、それって俺を、その、将来の婚約者にとか、そんな狙いがあるの?」
「当然だ、それ以外にあるか」
「あー、やっぱり」
「どんな子なの?」
「んー、そうだね、雰囲気は母さんに似てるかな、とても可愛いし」
「まあ」
実際ソフィーナを小さくした感じ。話し方も近いな。
「いいんじゃないか、年上もいいぞ」
「え! 父さん、俺まだ早いよ」
「おいおい、カトリーナを忘れては困る」
「ミーナもいるぞ」
「いやいやいや、誰がじゃなくて、俺まだ8歳だよ」
この世界の人は気が早いなあ、ほんと。
クラウディアも大変だね。あれ、でも男爵家だよな。
「それで、俺、もしクラウディアと結婚したら貴族になっちゃうの?」
「いや、平民のままだ、妻を迎えるだけだからな」
「なーんだ」
「だが男爵家との繋がりは出来る、妻の実家だからな。向こうはそれが狙いなんだ、お前が将来大きな成功を納め、権力と財産を手にした時、利用するんだよ」
「うへー」
そっか、身内になるもんね。なんだ、囲い込もうとあれこれやってるのは、俺を家に引きずり込むんじゃなくて、強い繋がりを維持したいんだね。んー、まあ似たようなもんか。
「とは言え、お前はもう既に莫大な財産を手にしたも同然だ」
「なあリオンよ、ワシの予想ではコルホル地区の初代男爵はお前さんだ」
「え! 何言ってるの、じーちゃん」
「ほう、カスペル、いい読みだな」
「で、でもここの領主はアーレンツ子爵じゃないの」
「ずっとではない、村の規模が大きくなれば新たな領主を設けるだろう」
「そ、そうなの」
まあちょっと離れてるし。でもそこはメルキース男爵じゃないんだ。
「ミランダは恐らくそこまで見越して、お前にあれこれ手を尽くしている」
「あ、そうだ、父さん、母さん、お金貰ったんでしょ」
「ああ、確認した、1000万だ」
「え!?」
「私もよ」
「えっと、合わせてじゃなくてそれぞれに?」
「そうだ、リオンの口座にも1000万入っている」
な、なんだよ、大きいお金は目立つとか言ってたくせに。
「名目は確か、特別契約金だったわね」
「うへー、びっくり」
「リオン、そんな程度で驚いてはいかんぞ、お前はそれより遥かに多くの財産を手にするんだ」
「トランサイトだよね、うーん」
「どうした」
「いや、確かに俺の力を発揮して、それの対価なんだろうけど、何と言うか実感が湧かないんだよね、そりゃあの共鳴は凄い事だろうけど、あれでいいのかなって」
だってものの数分で終わるんだぜ、働いてる気がしない。
「訓練討伐の報酬の方が貰って嬉しいな、金額はそれに比べたら少ないけど」
「あー、気持ちは分かるぞ、リオン。確かに共鳴は稼いでいる気にはならんな」
「でもリオンにしかできない立派なお仕事よ」
「そうだ、お前は感覚が麻痺してるが、あれも能力を駆使した職人の技だ」
「うむ、贅沢言っちゃいかん、あれだけで稼げるとは羨ましいことだ」
「は、はい」
でも感覚的には楽して稼げる、だもんな。なんかずるい。
まあいいか、言わば選ばれし者のチートだもんな。経緯はどうあれ、俺の力だ。ありがたく稼がせてもらうか。そうだよ、神に狙われてるんだ、それぐらい楽してもいいじゃないか。
「まあ何にせよ将来の不安は無くなった、別の意味で不安だがの」
「はは、確かにな」
「不安と言えば、ディマス殿が言っていた件だが」
「フリッツ、それは伯爵家令かの」
「そうだ、昨日も今日もいた」
「ほほー、家令が動いておるのか、まあ当然っちゃ当然だの」
「それで不安とは?」
「うむ……報酬の金額があまりに大きいため、一旦税金として徴収し、伯爵家で管理、頃合いを見てリオンへ渡すと」
うん、そんなこと言ってたね、意味が分からんが。
「理由は、いきなりリオンの口座に入ると目立ってしまい、ともすれば身の危険があると。あの口座管理所の職員を信用しないワケではないが、人の目に触れるのだ。どこからどう漏れるか分からないのだろう」
「確かにな、職人だと言うことに結びつく可能性もある」
「え、1000万は目立たないの?」
「契約金なら問題ない、やや多いだろうが。しかし、リオン、トランサイト製法の報酬は、そんなものと比べ物にならん金額だ、それも1回ではないんだぞ」
「あー、そうか」
やったらやっただけだもんね。どんどん増えるからかなりの金額になる。
「でも、その、具体的にどのくらい?」
「ミランダから少し聞いたのだが、例えばだぞ、100億で1本売り、半分を税金、その半分でも25億だ。それが何本もとなると、分かるな?」
「え、えーと、で、でもそんなの買う人いるの?」
「いる、国中だからな」
「うへー」
それにしても半分の50億を商会が持っていくのか、トランサス合金作るのにどれだけかかるか知らないけど、子供用で100万ってクラウスは言ってたな。どんだけ暴利を貪るんだ。そりゃ、あれこれ動く。
「それでだ、その25億としたら、それが伯爵家で管理され、頃合いを見てお前のものになる」
「ああ、うん、それがいいね。とてもそんな大金運用できない」
「しかしだな、ワシの予想では、その頃合いと言うのがな」
「分かったぞ、身内になったらだな」
「……うむ、あり得る」
「えー!」
伯爵の娘と結婚しなきゃ渡さないのか! 汚い! 貴族汚すぎる!
「考えすぎかもしれんが、貴族は何でもするからな」
「いや、いい読みだの。伯爵がみすみすリオンほどの才能を放っておくワケがないぞ」
「恐らくはリオンの身の安全が確保出来てからではないかと。その環境とは、それなりの住居で過ごし、どこに行くにも護衛が付くことに当たる」
「確かに、ここで住んでる限りは無理そうだの」
「じゃあ俺、どこかに行かなきゃいけないの?」
「その辺りも明日、直接話して聞くがいい」
「うーん、そうだね」
ぐぬぬ、面倒な駆け引きとか嫌だなぁ。
ミランダに頑張ってもらうか、でも向こうが上だしなぁ。
「ねぇ、もう俺、伯爵の言いなりになるしかないの?」
「……立場が立場だけにな」
「わ、悪いようにはならないわよ、きっと」
「そうだ、リオンは宝なんだ」
「やれやれ、強い力を持つとこうなる、仕方ないことだがの」
うーむ、長い物には巻かれろ、か。
「それで恐らく、トランサイトである程度の功績を挙げたらお前は叙爵される。それがコルホル男爵と言うことだ。勿論その時は伯爵家の誰かと婚約済みだ」
「なるほどの、それで晴れてここへ戻って来られるワケか」
「うむ、そしてそれが頃合い、伯爵が預かっている報酬はお前のものとなる」
「そうか、男爵となれば護衛も何でも大っぴらに付けられるからな」
「あくまで予想だぞ、だがワシが伯爵ならそうする」
確かに、いい流れだな。向こうからすると。
「まあいいじゃねぇか、貴族にもなれるし、安泰だ」
「うむ、何不自由なく暮らせるぞ」
「そうね、リオンが領主ならこの村も発展するわ」
「はは、もうリオンなんて呼べなくなるのか」
「ちょ、ちょっとみんな、気が早いよ」
「お前はどうなのだ」
「俺は……」
うーん、貴族か。ちょっとは興味あるけどね。でも色々と面倒そうなんだよな。ミランダも日頃から付き合いがあるって言ってたし。みんなが望むならそれでもいいけど。いいのかな。
「まだ何とも言えないよ、何も決まってないし。もっと沢山情報を集めてから判断する。もし伯爵が報酬を渡す条件だとしても、貴族が嫌ならそれを放棄する」
「!?」
「お、お前……」
「はっは! よく言った! 大物じゃわい」
「莫大な報酬を放棄とな、はっはっはっ! いいぞ、リオン、伯爵に言ってやれ」
いやいや、貰えるもんなら貰いたいけど、条件をチラつかせるのはちょっと。
でもあれだ。金を理由に動けばそれは何か違う気がする、うん。
地位やお金だけが価値じゃない。なんてね。
「まあ明日、伯爵と話してからだよ。ここで妄想しても仕方ない」
「そうだな、すまんかった」
「いや、先生の話はとても参考になったよ、考え得る可能性としてね」
「リオンよ、心の準備と言うものがある」
「義父さん、魔物が来たらいつも準備も何もないぞ」
「おお、そうだの」
俺は魔物か。
「ところで、先生、明日は10時に出発らしいけど」
「うむ、それまで共鳴作業だ、朝8時に商会へ行くことになる。クラウス、ソフィーナもな」
「俺たちもか」
「着ていく服を調達する、もちろん代金は商会持ちだ」
「それは助かる、俺らでは分からんからな」
ほー、着ていく服も用意してくれるのか、至れり尽くせりだな。
「商会にはお世話になりっぱなしだけど、いいのかしら」
「構わん、先程も例を出しただろう、莫大な利益が約束されているのだ。その程度のことはいくらでもする」
「ほんとにリオンのお陰ね、ありがとう」
「そうだな、最高の息子だ」
「えへへ」
まあ、2人が喜んでくれるなら、それでいいけどね。
「ところでリオン、カトリーナは第2でも第3夫人でもいいぞ」
「じーちゃん、リーナの意志を尊重しようよ」
「あれはお前が大好きだろ」
「そうだけど」
5歳だぜ。にーに、にーに、だよ?
「さて、そろそろいい時間だな、ワシは帰る」
「おおそうだの、長居してしまった」
「おやすみー」
「ああ、お休み」
挨拶を交わしてフリッツとカスペルは去った。
「ふーっ、明日か。ほんとまさかだよ」
「そうね、城なんて行けると思わなかったわ」
「せっかくの場だよ、楽しもうね」
「はは、お前は余裕だな」
「じゃーおやすみー」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ、リオン」
2階へ上がりベッドに入る。
余裕も何も、もう考えが追い付かないからね。成る様に成るさ。
それにしても、フリッツは調整役になってから雰囲気が変わったな。俺の封印されし力の解放はどうなった。まあ順番が変わるだけか。そうだな、もし貴族にでもなったら自分で色々と環境を用意できるかもしれない。腕のいい講師を雇ったり。
クラウスもミランダは偉そうだの言っていながら貴族に興味あるんだね。そりゃそうか、権力、財力があるんだもんな。それが我が息子となれば嬉しいに決まってる。うん、前世の俺が子供が立派になったら嬉しいもん。
ソフィーナもお城だの服装だの、ちょっと楽しそうだったな。彼女は元がいいからな、ちゃんと着飾ったらとても綺麗になる。おお、そうだ、エスメラルダでミランダのドレスはびっくりしたぞ、女性ってほんと変わるよな。まあ普段がアレだけにギャップも含めてだけど。
伯爵の娘と結婚か、いや孫かな。クラウディアもそうだし、どうしてもそういう流れなのね。そりゃ俺の力を考えたらどこも繋がりを欲しがるわな。なんだか俺自身の性格とか人として見てないのが気になるけど。
んー、ここで暮らして、たまに訓練討伐行くだけでも楽しいんだけどな。なんか色々すっ飛ばしちゃう気がする。いや、贅沢言っちゃいかんか。貴族とか成りたくても成れるもんじゃない。素直に受け入れ立場としての責務を全うする。それもいいか。
ああ、きっと、ミランダもこんな気持ちだったのかも。ちょっと聞いてみるか、何が決断の材料となったか。いいよね、そのくらい聞いても。当事者の意見は貴重だ。それに将来、身内となるかもしれないんだ。
もしそうなったらクラウディアはソフィーナが姑か、はは、似た者同士って感じ。しかしあれだな、向こうに嫁ぐ女性は大変だぞ、なにせミランダが姑だ。うへー、怖い。
ふっ、寝るか。




