第64話 伯爵からの招待
「アタシもリオンと同じ班だったって将来言うよ」
「私は村まで同じだったんだから」
「はは、好きに言っていいよ」
「そうだ、だから今は心に留めておいてくれ」
「うん」
「分かった」
エリオットの計らいだろうが……そうか、Eランク上位が出やすい午後の最北進路を選んで、自らも同伴したのは俺の力を見定めるためか。昨日の商会にも彼はいて、俺の共鳴を見て知ってる。おまけに武器はトランサイト。実戦での様子を確認したかったんだ。
剣技無しについても近いうちに伝えるか。絶対不思議に思ってる。
ほどなく監視所に到着。台車を降りると商会の馬車が来ているのが目に入った。
エリオットが側に来て告げる。
「午前はヘルラビット5体、ラスティハウンド2体、報酬はクラウディア含めて5等分だ。午後はキラーホーク1体、ウルヴァリン2体、エビルアント2体とする」
「ホークには大人が矢を撃ちましたが」
「止めはリオンだ、他の3人も戦った」
「はい、分かりました」
「次は3日後の予定だ、またギルドで確認してくれ、では解散」
エリオットは城壁へと去った。
「じゃあ3日後ね、お疲れ様ー」
「うん、お疲れ」
「ばいばーい」
「またね」
ジェラールとマルガレータに手を振り、シーラと商会の馬車に乗り込む。カスペルとベルンハルトも続いた。
「お願いしますー」
「階段を上げてくれ」
奥には商会関係者と思わしき男性が2人座っていた。
「上げました」
「よし、では行ってくれ」
彼が御者に告げると馬車は街道を村へと走り出した。時間は16時20分か。帰ったらギルドに報告して商会へ行かないと。
「どうだ1日いた感想は」
「やはり長いですね」
「だがそれだけ稼げるぞ、なあシーラ」
ベルンハルトの問い掛けに彼女はこくこくと頷く。
そうだね、午前だけの2倍だもん。
「今日は色々あって少な目だけどねー」
「そういう日もあるさ」
まあね、毎回同じだけ稼げる補償はない。
とは言え、1日中が続くとそれなりにキツいのでは。
「連休前は3日連続だったから疲れたでしょ」
「ううん、楽しかったよ」
「へー、訓練討伐好きなんだね。シーラは冒険者になるの」
「そのつもりだよ」
「ふーん」
シーラならきっとうまくやっていけるよ。
「じーちゃん、久々の森はどうだった?」
「ほっほ、十分楽しめたぞい、ホークに矢も当たったしの」
「うん、ズバッっと決まってたね」
「あの距離で外したら、もう弓は持てんよ」
「確かに」
「ははは……」
カスペルも満足したようでよかった。
「村でいると長い距離を歩くことも少ないからな、いい運動になるだろ」
「おまけに帰りは荷物持ちだからの、やれやれ年寄りをこき使うわい」
「あの程度の荷物、冒険者時代は毎日運んだろう」
「そうだがの、はは、思い出すわい」
あの森はまだ進路がはっきりしてて歩きやすいけど、実際の森は歩くのも大変だしね。それを素材を抱えてなんて、ほんと冒険者はたくましい。
「おおそうだ、今日行った進路の更に北に、もう1本進路を作っとるそうだ」
「ほう、では訓練討伐に使うのか、更に魔物が強くなるの」
「村と進路の間の魔物は誰が倒してるの?」
「騎士や冒険者だ、最近は冒険者ではないか」
「へー、街道沿いは?」
「それは騎士ではないかの、ほれ、今もおっただろ」
幌と台車の隙間から外が見える。ほんとだ3人くらい騎士がいたかな。
「そうやって間引いてくれんと村にどんどん来るからの」
「訓練討伐の無い日も、ワシたちの使う進路に入っとるぞ」
「あ、そうだったんだ」
「冒険者養成所のFランクの奴らだ」
「へー、じゃあ毎日誰かは入ってるんだね」
「雨が降らなかったらな」
そうやって常に倒し続けないと溢れるのか。
ほどなく馬車は村に入る。商会の馬車は快適でいいね。
「あれ、乗り場を過ぎたよ」
「本当だの、中通りを進んどるわい」
商会に行くのかと思ったらそこも過ぎる。そしてしばらく走り止まった。
「ありがとうございましたー」
礼を言って降り、階段を上げる。
「やっぱり、ここギルド前だね」
「そうだの」
「これは助かるな」
乗り場からもそこそこ距離があるから嬉しいね。
「おお、今日は2人揃ってお帰りだな、どうだった」
アレフ支所長に流れを話す。しかし必ず支所長が出迎えてくれるな、ヒマなのか。まあ時間も大体分かるし、調整して待っててくれてるんだよね。
にしても元騎士だったんだ。機会があったら話を聞いてみたいな。
「そうか、クラウディア様が。まあそういうこともある」
「次は3日後と聞きました」
「2人とも行くつもりだろうが、前日に再確認してくれ」
「はい」
「さー、仕事仕事」
そう言いながらアレフ支所長は窓口奥へ引っ込んだ。やっぱり時間調節して待っててくれたんだね。
「私、中に入るけど一緒に行く?」
「ドラゴンの情報も見ておいた方がいい」
「あ、そうだったね」
でも商会に行かなきゃ。
「ちょっと直ぐ用事があるから後にするよ」
「そう、じゃあ3日後ね、ばいばーい」
「またねー、シーラ」
シーラとベルンハルトはギルド奥へと消えた。ふふ、根っからの冒険者なんだね。
「用事とは何かの」
「コーネイン商会に行くんだ、武器の保守だって」
「そうか、じゃあついて行ってやるか」
「カスペルは帰っていいぞ」
「あ、先生!」
「おお、フリッツか」
フリッツがギルドから出てきた。待っててくれたんだ。
「そうか、じゃあワシは帰るかの、本音を言うとちょっと疲れたわい」
「じーちゃん、ありがとー」
カスペルは西区へ続く道へと消えた。
「さて、行くか」
「うん」
フリッツと通りを南へ。
「ほう、クラウディアとエリオット部隊長が。動きが早いな」
「やっぱり俺を意識してかな」
「そうに決まっとる」
「そっちはどう?」
「伯爵に動きがあった、詳しくは商会で伝えられる」
伯爵! 昨日、家令のディマスが来てたからな。朝一で帰って報告、そんで指示を受けてまた来たのかな。んー、何だろう。
「あ、思い出した! 馬車料金払わないと、確か2日分だよね」
「そんなもんどうでもいい、もうお前は馬車ごと買える財産を手にするのだからな。報酬の件も進んだ、それも商会で話すことになる」
馬車ごとか、そうだろうとは思うけどね。ところで馬車っていくらくらいするんだろう。
「あ、でも、やっぱり払うよ、何だか気になる」
「……ワシも報酬を得た、調整役としてな。それで十分だ」
「そうだったの」
「いらんと言ったが、そうもいかんそうだ。その代わりしっかり働いてくれとな」
「はは、向こうも拘りがあるんだね」
フリッツも巻き込んでしまったし、動く分の対価は貰って当然だね。
「クラウスとソフィーナの口座にもいくらか入った」
「え、ええー……」
「名目は忘れたがな、お前のギルド口座にも入っている」
「あはー」
おいおい、ばら撒きまくってるぞ。一気に囲い込む作戦か。
そうやって、直ぐ金を使う! 流石貴族汚い。
でも嬉しいかも。ぐぬぅ、ぐぬぬぬ、金が悪いんだ!
コーネイン商会に到着。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
メシュヴィッツが出迎える。この人、俺担当になったのでは。
2階へ案内される。
「昨日は遅くまで付き合わせてしまいましたね」
「いえいえ、仕事ですから。それにとても貴重な経験になりました」
商会長室前へ到着。
「お連れしました」
メシュヴィッツが扉越しに声を出すと、しばらくしてミランダが扉を開ける。
「座れ。音漏れ防止結界は施してある」
「失礼します」
中に入ると、奥の机にミランダは向かう、隣りには商会員の男性だ。そして手前のソファに伯爵家令ディマス、その向かいに騎士服男性と女性がいた。
「早速で悪いが、1本頼む。弓を持て」
「分かりました」
机の上には武器が3本、剣、槍、弓だ。杖の試験素材はまだなんだね。と言っても、できるか分からないけど。
弓を持ち構える。昨日は試験素材だったけど問題なくできた。これは合金。剣においてはそれほど差は無かったから弓もいけるはず。
共鳴。
キイイィィーーン
よし、問題ない。
40%、50%、60%……
キュイイイィィィーーン
80%、90%、100%……
維持して変化共鳴。
ギュイイイィィィーーーン
110%、120%……来た!
シュウウゥゥーーン
「ふーっ、終わりました」
「座って休め。メシュヴィッツ」
「はい!」
ソファに腰を下ろす。変わったのは120%を少し過ぎた辺りか。
「トランサイト合金
射撃:324
特殊:魔力共鳴、速度増加
定着:2年3カ月12日9時間
製作:コーネイン商会 弓部門」
「おおおっ! 本当に変わったぞ!」
「素晴らしいわ!」
騎士服の男性と隣りの女性が声を上げる。
「お二人とも」
「おお、そうだった」
ミランダに諭され騎士服の男性が立ち上がる。
「私はトリスタン・ロンベルク。ゼイルディク騎士団、アーレンツ保安部隊長だ」
へー、保安部隊ってあるのか、警察みたいな感じかな。それでロンベルクってアーレンツ子爵の息子? 年は30歳前後か、体つきはしっかりしてるし、背も高い。
トリスタンが座ると隣りの女性が立った。
「私はオフェリア・ロンベルク、ロンベルク商会長です」
商会長、ミランダと同じだな。年は20代半ばか、こんな若くて商会長なの。そしてまた家名がロンベルク、これはトリスタン含めて子爵一家っぽいな。どうも貴族は要職に就くのが当たり前らしい。
俺も自己紹介しておかなくちゃ。
「リオン・ノルデン、コーネイン商会職人です。よろしくお願いします」
「ああ、はは、休んだ後でいいのだが。そうか、キミがリオンだな、誠に立派は魔力共鳴であった、あれほどの鋭い光は見たことがない」
「それにしても共鳴で変化するなんて、武器、私も見せてもらうわ」
オフェリアは弓を見つめる。ほー、鑑定できるんだ。
「トランサイト合金で間違いないわ、これはとんでもないことね」
「ディマス殿」
「うむ」
ミランダが名を呼ぶと彼は言葉を発した。
「リオン、明日、エーデルブルク城へ両親とともに来てほしい」
「エーデル……それはどこですか」
「ゼイルディク伯爵のおられる城だ」
伯爵! 城! うへぇ!
「コーネイン商会長も同伴される。キミの報酬のことや今後について伯爵から話があるのだ」
「は、はい」
「無論、その共鳴も披露してもらう、よいな」
「分かりました」
最初から行かない選択肢は無いという雰囲気。いずれこうなるとは思ったけどね。まあミランダも行くみたいだし、それなら安心だ。
「報酬は少々手間なことになる、かなりの金額になるからだ。具体的には一度税金として徴収し、その一部を伯爵家で管理、頃合いを見てキミの名義とする」
「……はい」
ど、どど、どういうこと?
「詳しくは伯爵から話す」
「分かりました」
なんだか色々複雑らしい。
「さて、2本目はどうだ、いけるか」
「はい」
「では槍を頼む」
槍か、穂身が遠いから感覚が違うんだよな。まあ一度共鳴すれば、後はいけるだろう。
扉近くのスペースに移動するとフリッツが槍を持って渡してくれた。
これは穂身40cm、柄は150cmか。子供用だな。それでも大人の剣より重い。
構えて穂身を見つめる。
……よし、トランサス合金の感じを掴んだぞ、そこへ魔力を流し共鳴。
キイイィィーーン
いける。
キュイイイィィィーーーン
80%、90%、100%……
維持して変化。
ギュイイイィィィーーーン
110%、120%、130%……変わった!
シュウウゥゥーーン
「終わりました」
槍を机の上に置いてソファに座る。連続はちょっと疲れたね。
「槍も難なくこなすとは……」
トリスタンが言葉を漏らし、メシュヴィッツが鑑定する。
「トランサイト合金
刺突:301
衝撃:311
特殊:魔力共鳴、魔素伸槍
定着:1年1カ月4日2時間
製作:コーネイン商会 槍部門」
「私も見るわ」
オフェリアも鑑定を行使。
「間違いないわ……ああ、何てこと、彼が部屋に入って20分で2本のトランサイトよ。これは現実なのかしら」
真顔のまま頭を小さく左右に振る。そりゃ実在しない鉱物だもんね。
「あと1本いけるか、食事の時間に間に合わないならいいぞ」
「いけます」
「なら頼む」
「夕食くらい準備したらどうだ」
「ロンベルク部隊長、こちらもそうしたいところだが、あまり特別扱いすると目立つ。リオンとウチの関係は武器使用の特別契約だけだからな」
そうだ、あんまりべったりだと、他に何かあるのかと勘ぐられてしまうな。
「ああ、リオン、名目と言っていたが、よく考えればその必要はなかった。正式に特別契約となってくれ」
「はい、もちろん」
「書面や契約士による登録作業は後日となる」
「分かりました……あ、そうだ、訓練討伐の送迎に馬車を用意してくださり、ありがとうございます。それでアレフ支所長より今回からと聞いたのですが、合ってますか」
「合っている。今後、毎回だ」
「ありがとうございます」
あと、そうだ! プライベートの共鳴行使も聞いておこう。
「コーネイン商会長、お伺いしたいのですが」
「なんだ」
「母ソフィーナが弓士でして、クシュラプラ合金を使っています。それで、トランサイトの弓技適性を聞いて、その……」
「すまんが、それは待ってくれ。ある程度出回ってからならよいがな」
「ああ、やはりそうですよね」
「トランサイトと周りに知れた時、何よりソフィーナが困る。見た目はほとんど同じでも矢の速度が全く違うからな、そこから気付く者も出るだろう」
まあ、これは仕方ない。広まったら俺自身も困る。
「トランサス武器を持った者が、お前の家に行列を作るぞ」
「うわ! それは困ります」
「こちらとしても普及までの計画がある。早く最前線へという気持ちは分かるが、今しばらく待ってほしい」
「分かりました」
うん、任せよう。俺は作るだけに専念だ。
「ところでリオン、キミは8歳とは思えぬ物言いをするな。どこで教育を受けた」
「ロンベルク部隊長、自分が教えました」
「フリッツか、なるほどな」
お、そういうことにするんだな、分かったぜ。確かにおかしいもんな。
「さあ、リオン、夕方の鐘も近い、頼めるか」
「いけます」
机から剣を取り構える。大人用だな。
キイイィィーーーン
うん、剣の合金が一番やり易い。多分、一気にいけるぞ。
キイィキュイギュイイイィィィーーン
「!?」
「……は?」
シュウウゥゥーーン
「ハァハァ、出来ました」
「そ、そうか」
普段剣で共鳴をしてるからね、もう随分慣れた。
「今、10秒もかかってないわ」
「この子は一体……コーネイン商会長、どういうことなんだ」
「職人への詮索はご遠慮願いたい」
「あ、ああ、そうだな、すまぬ」
メシュヴィッツが鑑定を読み上げる。
「トランサイト合金
切断:296
斬撃:301
特殊:魔力共鳴、魔素伸剣
定着:1年9カ月24日5時間
製作:コーネイン商会 剣部門」
「はは、もう3本目だよ、幻の素材トランサイトじゃなかったのか」
「全くだ、製法を発見しただけでも革新なのに、これだけ量産できるとなると影響が計り知れん。コーネイン商会長、なるべく高い価値の内にロンベルク商会へも回していただきたい」
「それはゼイルディク伯爵、そしてウィルム侯爵の発令次第だ。明日、伯爵にはロンベルク商会も共にとお願いするつもりではある」
「それはありがたい、いけそうかディマス殿」
「職人の特定をより困難にさせるためにも、販売元を広げるのは望ましい。私からも提案する」
「それは助かる」
ああー、コーネイン商会で独占するんじゃないのね。ロンベルク商会から剣身の外注を受けるんだな。
「リオン、では明日頼んだぞ。予定はフリッツに伝えてあるから聞くといい」
「分かりました、では失礼します」
フリッツ、メシュヴィッツと共に商会長室を出る。
「リオン様、報告が遅れましたが、私、ララ・メシュヴィッツがフリッツ様との連絡役となりました。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく、メシュヴィッツさん」
「ララで結構です」
「分かりました、ララさん」
商会を出る。
ゴーーーーーン
夕方の鐘だ。3本はやっぱり多かったか。




