第62話 騎士団監視所
森に入って200mほど進む。
「ヘルラビット3体だ、リオンは右側の2体を引き付けてくれ」
「分かった!」
やっぱりヘルラビットか。身体強化して目標へ走る。
進路より少し森に入ったところだ。ジェラールが1体を倒すまで中で引っ張るか。
シャー!
1体が俺を見つけて突進してくる。それを引っ張りながらもう1体へ。
シャーッ!
いいぞ、こっちに来る。お、この位置関係は……後ろに追いかけてくる1体、それを引っ張って走る俺、その前から突進してくるもう1体。ヘルラビットは少し頭を落として、その長い1本の角を水平にしている。全て一直線だぞ、やってみるか。
前の1体との距離がどんどん詰まる。今だ!
タッタ、タンッ!
俺は直前で減速し、斜め前へ跳び退いた。
ズボッ!
お、やったぜ! 後ろから来てたヘルラビットの首筋にもう1体の角が刺さった。しかもそれが抜けないから2体とも動きが完全に止まってる。
よしっ! 共鳴10%、キイィィーン
タッタッタッタッ、スパンッ! 1体!
シュタッ、ダッ、スパッ! 2体!
うひょーっ! 2体とも首を落としたぜ。
あ、ジェラールのは、どうなった。
進路に戻ると、彼が切り込んで止めを刺してるところだった。
「リオン、今行く!」
「もう終わったよ!」
「え!?」
経緯を説明し休憩。
「ふーっ、やるなー、リオン」
「魔物の角を利用するなんて……」
「いやぁ、たまたま並んでたからね」
突進するタイプで角の形状にもよるけど1つ使える戦法ではあるな。そう、魔物同士では無くても木や崖に突き刺すとかね。あ、クラウスも言ってたな、太い木を背にしてレッドベアの爪を突き立て、その僅かなスキに腕を落とすって。
「休憩終わり、出発!」
よく考えたら、この世界の魔物って角が必ず生えてるじゃないか。爪がやたらと長いのもいる。もしかして、そういう戦法を使ってくれと言わんばかりの配慮か。なんてね。……いや、流石にな。ヘルラビットが何も考えてないだけなんだ、きっと。
そこから200mほど歩くと再びヘルラビットが、今度は2体。
「俺が左奥に行くね」
「じゃあ正面のを」
丁度、進路に頭を出したのが見えた。それを目掛けて走る。
シャーッ!
よし、気づいたな、来い! 一度止まってある程度の距離に詰まったところで後衛に向かって走る。クラウディアは30mあれば狙えると言ってたな。ちょっと過ぎたけど、この辺で退避だ。弓を構えた彼女の顔を見る、向こうも頷いたぞ。
タンッ、ズザッ!
これでヤツは止まって方向転換……あれ、いない!
!? シュタッ、ズザッ。
危ねぇ、こっちに跳んできやがった、しかもかなりの距離を。丁度、俺に角が刺さる軌道を描いてたぞ。そういや稀に長い距離を跳ぶってクラウスが言ってたな。突進ばっかりだから不意を突かれるって。危なかったぜ。
でも方向転換の時にクラウディアは矢を撃たなかったのか? ヘルラビットも止まってから直ぐは跳べないだろう。20mくらいだから狙えたはず。まあ、もう1回だ。
進路に引っ張り出し方向を変える。ヘルラビットは止まって方向転換、スキだらけだぜ。
ズバッ! クラウディアの矢が体に刺さった、動きが止まったぞ、よーし!
タッタッタッ、スパン! 首を落とした。
もう1体をジェラールが連れてくる。俺は進路から外れた。
ザンッ! ドスッ!
マルガレータの風魔法とシーラの氷の矢が襲い掛かる。完全に動きが止まったな、もうやったんじゃないか?
ザンッ!
ジェラールが切り込む、これで終了だね。
「休憩!」
2班は集まり、息が落ち着くのを待つ。
「ごめんなさい、1本目外しました」
「そうだったの、でも2本目はしっかり命中したよ」
「ええ」
まあ外すこともあるさ。
「どうした、クラウディア、お前があの距離で外すことは無いだろ」
「お父様、物事は常に完璧ではありません」
「そうだが、相手によっては致命傷になる」
「以後、気をつけます」
エリオットが問い掛ける。確かに状況によっては危険な展開になるな。ただそれを言っても当たるかどうかは撃つまで分からない。外したら次を撃てばいいさ。
「休憩終わり! 出発」
進路を進む。
「ラスティハウンドだ、2体。右を頼む」
「分かった!」
赤茶の犬っぽい魔物。ギルドで報酬見た時はウィーゼルのひとつ上だった。多分、動きはガルウルフで、耐久は低めと見た。
ガオオオン!
進路から森に入ったところで俺を見つけたようだ。真っすぐ走って来る。
近くまで来ると止まり、俺に顔を向けながら横移動、俺も距離を維持して横に歩く。
ふいに止まり前足が屈む、来る!
ガオォッ!
パッ、シュタッ、いける!
ダッ、ブン! くっ外した、速いな。
間合いを取り再び睨みあい。もっとスキを作らないといけないな。だがここは後衛に任せよう。
進路に出て後衛へ走る、ついて来てるな。そろそろいい距離だ。
クラウディアが弓を構えている、顔を向けると頷いた、よし!
タンッ! スタッ、今だ。
ビュッ! む、外れたか。ラスティハウンドは矢の飛んできた方へ向く。いかん!
タッタッタッ、後衛に向かう魔物を追いかける。
「リオン、避けて!」
マリーの声か、進路を外れる。
ズバッ! ザシュッ!
風魔法と氷の矢がラスティハウンドの頭に命中!
ウガァゥ……。
動きが止まったがまだ倒してない。
「止めを行きます!」
キイイィィーーン、おりゃ! スパン!
一気に間合いを詰め、首を落とした。
「リオン、ジェラールをお願い!」
「分かった!」
引き返し、彼を探す。
まだ森の中だ、1体と睨みあっていた。
「1体終わったよ!」
「よーし!」
ジェラールは進路へ引っ張り出し後衛へ、俺も並走する。
「同時に左右へ跳ぶぞ」
「うん」
後衛は皆、武器を構えている。
「今だ!」
合図に左へ跳んだ、魔物は止まり首を振る。こっちを見た、前足を屈める。
ズバッ! ドンッ! ザシュッ!
後衛の技が魔物へ食い込む。
「はっ!」
それを見てジェラールが切り込み、魔物は息絶えた。
「休憩ー!」
集まり息を整える。クラウディアをエリオットが心配そうに見ている。
「また外すとは、今日はどうした」
「……ハァハァ、次は当てます」
何だか様子が変だ。さっきはかなり近くまで魔物が迫ったはず。あれを外すと言うことは、何か彼女に異変があった可能性がある。確認しよう。
「大丈夫? もしかしてクラウデイア、体調悪いんじゃ」
「失礼します! ちょっと、凄い熱!」
マルガレータがクラウディアの額に手を当て声を上げた。
「何! ……本当だ、これはいかん、討伐は中止だ! これより引き返す!」
エリオットはクラウディアを抱きかかえた。
「お父様……申し訳ありません」
「気にするな」
2班の4人が前、そして娘を抱えたエリオット、その後に大人4人が続く。皆、少し速足で歩みを進めた。道中、大人は素材を回収する。
◇ ◇ ◇
森を出た。魔物には会わずに済んだね。
「馬車が来る予定だが、それまでかなり時間がある。すまんが素材を持ったまま、歩いて監視所まで行ってくれ」
街道沿いの草原を南へ向かう。ああ、この一番村に近い進路は監視所から遠いから、帰りは馬車だったね。そういや素材を運ぶ荷車も引いて来なかった。
監視所へ到着。時間は11時前か。
「まだ早いが食堂へ行ってくれ、食事の準備ができるまで待機を頼む」
エリオットはそう告げて、抱えたクラウディアと共に去った。
「素材はこの荷車に置いてくれ」
城壁前に並ぶ荷車のひとつに大人たちは素材を下す。近くの騎士がそれを引いて城壁へと運んでいった。
「さあ、皆、食堂へ行くぞ」
大人たちに付いて監視所の城壁へ。扉が開いたままの通路を抜け中に入る。
「へー」
「リオンは中に入るの初めてか」
「うんジェリー、大きい建物だね」
騎士団監視所。コルホル街道沿いにある騎士団の施設だ。監視所と聞いて、最初は高い見張り台がある程度と思ったが、この施設、かなり大きい。
確かに高い監視塔はあるが、その足元は石造りのしっかりした建物。高さは3階建てほどあるか。奥行は100m、幅は200mと言ったところ。ちょっとした城だな。
監視所と周りの城壁の間はかなり距離があり、そこでは多くの騎士が活動している。訓練だろうか。遠くに馬のついてない馬車が何台もある、厩舎はまた別にあるんだろう。
「食堂は1階だよ、そこから入るんだ」
5段ほどの階段を上がり建物の入り口を入る。幅のある通路を少し進むと、壁が大きく開いており、そこをくぐると大きな広間に繋がっていた。広間には太い柱が何本も天井へ伸びている。床には沢山の長机と椅子が並べられており、確かに食堂に見える。
「ここらへ座るか」
食堂の入口より少し入ったところで2班の子供と大人は座った。
「まあ仕方ないな、体調が悪いまま討伐は出来ん」
「エドガー、昼からはどうなるの」
「クラウディアは今日無理だろ、4人で行くことになるか、或いは解散か」
「じいちゃん、俺は4人でもいけると思う、なあマリー」
「そうね、リオンもシーラも十分戦えるし」
エドガールだったな、ジェラールの祖父だろうか。となるとレベッカか、彼女はマルガレータの同伴だな、恐らく祖母。エドガールもレベッカも弓士だ。カスペルも弓士、ベルンハルトは剣士だね。
前は多分サンドラの同伴アードルフが大人のリーダーだったけど、今回はエリオットだった。ただ彼はどうも昼からは来ないようなので、リーダーはエドガールになるのかな。そもそも討伐が昼から無くなる可能性もあるみたい。
「クラウディア大丈夫かな」
「心配ないよ、シーラ。ここには優秀な治療班がいるから」
「そうね、なら安心」
「今朝集まった時は、そう悪そうに見えなかったんだがな」
「まあ、急な熱もあるさ」
この世界、怪我は治癒魔法で見てる間に回復する。そう、カスペルが足を痛めた時も、直ぐにヘンドリカが治してくれた。熱はどうなんだろう。ウイルス性の風邪みたいなのも治せるのかな。ああ、俺が前世の記憶を戻した時も熱が出た、診に来たのは司祭とヘンドリカだった。
ヘンドリカは聴診器も無しに頭や体を触り、確か、状態異常は感じられない、と言っていた。触るだけで分かるんだな。と言うことは原因が分かれば治せるのかも。
でも病気については下手なことは言えないな。この世界、風邪なんて言う認識が無いのかもしれない。熱は呪いとか祟りとか。ああいや、まてよ、殺菌士がいるじゃないか。と言うことは目に見えない菌や、或いはウイルスの存在も把握しているのかも。
死滅スキルだったよな。除草士は草を枯らせ、殺虫士は虫を殺し、殺菌士は菌を殺す。あれは農作物の病気に対する殺菌だったが、人間なら熱の原因になっているウイルスを特定し無力化できるのかな。
えー、手をかざすだけで? そんなの……まあ、魔法か。魔法の世界なんだもんな。
「ねぇ、リオン、その武器ちょっと見せてくれない?」
「え、あーいいよ、マリー」
「ありがと! ……うわぁ、凄い。鞘の装飾とても優雅で気品があるわ、精霊石の辺りも凄く細かいし、この薔薇の意匠は芸術の域だわ」
「ミランデルだっけ、コーネイン商会の品だよね」
「そうだよ、ジェリー」
マルガレータはまじまじと剣に魅入る。隣りのシーラも顔を寄せて眺めていた。
「特別契約か、まあリオンの実力なら納得だね」
「それってあんまりいないの?」
「1つの商会で契約してるのは数人と聞く。多くは第一線で戦ってる冒険者や騎士だよ、それもかなりの使い手だ。子供にその契約をするのは、余程の才能と見込まれたんだろうね」
エドガールが説明してくれる。ふーん、多くは大人なのね。そりゃそうか、周りに宣伝しなきゃいけないからね。そしてその性能の良さを知らしめて販売に繋げるんだ。俺なんかじゃ大した宣伝にもなりゃしない。
まず人ありきだよな。強ければ有名になる、有名なら使う武器も目に留まりやすい、そして宣伝になる。大した活躍もしていない俺が特別契約なのは不思議でもある。でも名目はそうしないと、この武器を扱ってる理由にならない。
「連休前にミランダ副部隊長が同伴されたでしょ、あれできっとリオンを評価したのね」
「ミランダ副部隊長と言えば、俺、魔物装備を貰ったんだ」
「え、ジェリー、そうなの? そう言えば見ない手袋とブーツね」
「これさ、クロコダイルの手袋なんだぜ」
「なんですって!?」
クロコダイル? ワニかな。
「んでブーツはダークイーグル、走力7%増加。クロコダイルの手袋は、なんと剣技威力10%増加なんだぜ」
「え、ちょっと! それってかなりの金額じゃないの! 何でそんなのをあんたが貰えるワケ?」
「あの日、副部隊長が俺を評価してくれたんだって、それでもっと活躍できるようにと」
「何それー!」
剣技威力10%増加、走力7%増加か、凄いね。でもそれってジェラールの評価じゃなくて、トランサイト武器の持ち主だった計らいだよ。多分、俺が共鳴させる事実を知る前に渡したんだね。
「ねぇ、クロコダイルって強いの?」
「めちゃくちゃ大きいワニよ、ちょっと前に東区に来たの」
「大きいワニってデスアリゲーターより?」
「あれよりも大きいよー」
「リオンよ、クロコダイルはクリムゾンベアやディナスティスと同じCランク、報酬も同じ100万ディルという強大な魔物だ」
ベルンハルトが教えてくれた。へー、100万ディル級か。
「どうして……アタシには何もなかったわ」
「マリー、まだまだ鍛錬が足りないってことよ」
「そ、そうよね! 認めてもらえるように頑張るわ!」
マルガレータは十分凄いと思うけどね。
「やー、キミたち、心配をかけたな」
「エリオット部隊長! クラウディアはどうなんですか」
「病気による発熱ではない。それにもう落ち着いたぞ」
「それは良かったです!」
エドガールがやり取りする。そうか、病気じゃなかったのね、ならひとまず安心だ。
「しかし今日はもう討伐には参加させない。再び発熱の恐れがあるからな」
「では2班は解散ですか」
「いや、4人で行くなら行っていい。その時は私も同伴するぞ」
「そうですか。マリー、子供たちは行くでいいんだな」
「みんないいわね」
「いいよー」
「もちろん」
「行けるよ」
戦力的には問題ないよね。強いのが出てもエリオットがいるし。
「よし分かった。13時に城壁前に集合で頼む。進路は今朝と同じだ」
「はい!」
同じとこか。
わいわい……。
おや、他の訓練討伐のみんなが食堂へ入って来た。
「おー、リューク、サンドラ」
「1班はどうだった?」
「問題ないわ」
「普通だった」
お、あの2人は1班に行ったのか。ふふ、相変わらず無口だな。
ゴオォーーーーン
昼の鐘だ! ここでも鳴るのね、ちょと響きが違うけど。
時間は村と同じ11時30分か。
食堂奥の受け取りカウンターに並ぶ。食事を載せたトレーを自分で席に運ぶみたい、西区の食堂と同じだね。メニューも似たような感じっぽい。
食堂には続々と訓練討伐と思わしき子供と年配者、そして騎士が入って来る。騎士の数が多い! 100人くらいいるんじゃないか。
「騎士が多いね」
「これで半分くらいだよ」
「へーみんな一緒に食事じゃないんだ」
「そう、監視とか馬の世話とか、あとまだ森に入ってる騎士もいる、それに監視所に魔物が来たらすぐ動ける人員も必要だからね」
「ジェリー詳しいね」
「もう、2年以上ここに来てるからね、色々話を聞くよ」
そうか、ここは騎士団の大きな拠点なんだ。周りの森を広範囲に管理してるんだね。上から眺めるだけじゃないんだ。
席に座って食事を開始。訓練討伐のみんなは班ごとに固まってるけど、場所はバラバラ。なるほどね、席の近くに騎士がいるから色々と話を聞けるのか。
意外と言ってはいけないけど、騎士の半数は女性だ。この世界、男女の力の差は少ないのかな。要はスキルや魔力か。あー、ミランダが副部隊長なんだもんね。実力があれば性別は関係ない、その実力もとても分かりやすいし。
ソフィーナやイザベラも強い。そう言えばフローラもかなりの職人だったっぽいな。鑑定士のシャルロッテも女性、コーネイン商会のメシュヴィッツも鑑定は出来た。能力さえあれば、性別問わず色々な職場があるんだね。
あーでも、ここの食堂はおばちゃんばっかりだったぞ、西区もそうだった。料理に関する技術は女性が向いているのだろうか。
「騎士は珍しいかい」
「え、あー、はは、村ではあんまり見ないからね」
「そうなんだ、町ではあちこちにいるよ」
「へー」
治安維持も担ってるそうだしね。魔物だけが相手じゃないんだ。服装はほとんど同じだけど、様々な職務があるんだろうな。
「騎士は危険な任務もあるけど、収入はかなり安定してるからね、目指す人は多いよ」
「みたいだね」
「一線を退いてもギルドがあるし」
「と言うと?」
「冒険者ギルド職員は、みんな元騎士さ」
「あー、そうだったんだ」
確かに、冒険者ギルドは騎士団組織の一部だもんな、つまりは部署転換か。となるとアレフ支所長も騎士だったのか、何だかちょっと想像できない。
(あんまり大きな声じゃ言えないけど、能力の低い元騎士が行くところなんだって)
(はは、思い当たる人いるよ)
(つまり誰でも出来る仕事しかないってね)
ふふ、なるほどね。でもギルドも立派な仕事だよ。




