第60話 長い一日の終わり
「リオン、次は槍だが問題ないか」
「槍は握ったことすらありません」
「もし出来なくてもなんら構わん。体はどうか」
「あと10分下さい」
「分かった、しっかり休め、寝てもいいぞ」
ミランダに指示され、ソファで横になる。まあ座ったままでもいいけど、疲れたアピールをするのだ。
「リオン、無理するなよ。あれほどの共鳴だ」
「大丈夫です。休めば回復します」
エリオットが気遣ってくれる。防衛部隊長だったね。確か父親の男爵も元指揮官で、部下にも目配り出来たと聞いた。息子のエリオットにもそういう教育をしたんだろうな。
「それにしても弓は大変なことになった」
「そうですね、最前線でよく使われてる鉱物を超えましたからね」
「基本値で言うと、クシュラプラ220、タウルマリル225、トランサイト225で横並びだが、共鳴効率はクシュラプラ20、タウルマリル15、トランサイト120だからな」
「共鳴率30%で基本値クシュラプラ233、タウルマリル235、トランサイト306と、もうかなり差があります」
「改めて信じられない共鳴効率だな……」
お、クシュラプラ、ソフィーナの武器だ。
しかし120って物凄い高い数字だったんだ。さっきからの計算を聞いてると、共鳴効率が100なら共鳴率100%で基本値が2倍になる計算なんだな。基本値×共鳴効率が、共鳴率によって基本値に加算されていく仕組みなんだね。
「弓技適性はクシュラプラ85、タウルマリル80、トランサイト75ですからね。剣技ほどの開きはありません」
「となると、シンクルニウムを全て上回るんじゃないか!」
「確かに。適性70、共鳴効率100、基本値170ですからね」
お、ちょっと知った名前が出てきた。シンクルニウムか。
「魔力操作に長けている弓士はシンクルニウムを好んで使う、共鳴率40%辺りなら、基本値で他の鉱物より最も強くなるからな。それがひっくり返るぞ」
「トランサイトで40%なら333、シンクルニウムが100%で340ですから……」
「その上、特殊に速度増加が付いてくるんだぞ。参ったな」
クラウスもシンクルニウム使ってる弓士はまあまあいるって言ってたな。へー、魔力操作の得意な人多いんだ。それにしてもビュルシンクとアーレンバリは武器の話好きなんだね。知識も多いし。それだけにトランサイトには大興奮なのだろう。
「母さん、今の聞いてた? どう思う」
「凄いわね、私も出来るなら使ってみたいわ」
ソフィーナの耳元で小さく伝える。
(トランサス武器を用意してくれれば俺が変えてあげるよ)
(ふふっ)
各商会、トランサス合金の製品在庫はそのままだろう。なら弓を確保しておくのもいいかもしれない。あ、これ、俺って一応職人だけど、プライベートな案件との線引きはどうしたらいいんだろう。全て商会を通さないといけないのかな。
商会の設備を使うわけでもないし、いいとは思うけど。ただあれか、意図せず出回ると価格のコントロールに影響出るね。ミランダの中で順番もあるだろうし。何よりソフィーナがトランサイト持ちと分かったら出所なり詰められて大変だな。
でもそれを言ったら俺、あの武器使えないじゃん!
たださっきの弓の検証素材、トランサイトに変わっても外見はほとんど同じだったぞ。剣より違いが分かりづらい。いいんじゃないのか、ソフィーナに使ってもらっても。まあミランダに後で聞いてみよう。
「次は槍か。恐らくグラーシーザ、ロムルス辺りだな」
「そうなりますね、もう全ての値がトランサスの1.5倍は間違いないでしょうから。基本値はトランサイト225で、グラーシーザ225、ロムルス220と並びます」
「槍技適性は45か、そこは弓に比べて差が出るな。ただいずれにしろ高い共鳴効率だ、30%を超えれば体感は上回るだろう。後は特殊だな、これは恐らく魔素伸剣に近い能力だろう」
「そうでしょうか」
槍かー。穂先から伸びるのかな。
「そろそろいいか」
「はい、いけます」
「では先に鑑定をする、ブリリオート」
「分かりました」
「トランサス
成分:トランサス 100%
槍技:30
刺突:150
衝撃:150
特殊:魔力共鳴(80%)
定着:30日3時間
製作:コーネイン商会 槍部門
以上です」
ほー、刺突と衝撃って値なのね。
「ではお借りします」
「どうぞ!」
テーブルから槍を持ち上げ距離を取る。長いな! そして重い!
穂身は60cmか、柄は180cm、重さは剣の3倍以上ある。よくこんなの振り回せるな。ランメルトって凄かったんだ。
「これは槍でも大きい方だな、リオン大丈夫か」
「あ、はい」
ひとまず持つことはできるが、構えるなんて無理だ。仕方ない、身体強化だな。
おりゃっ!
「!? お前今、身体強化したのか」
「はい。すみません、構えを教えていただけますか」
「おお、分かった、任せろ」
エリオットが後ろに回って指導をしてくれる。
「腰より少し上に上げて、そうだな。後は膝を少し曲げて重心を落とす。足は前後に開くんだ、そう、それでいい」
「ありがとうございます。ではいきます」
ようし、魔力を流して……あ、穂身が遠い! これいけるのかな。柄を伝って送るイメージでいいのか。
……。うーん、何か違う。
そういや弓の属性付与は目でやるって言ってたな。ならば穂身を見てそこに直接送り込むイメージで。
お、いけそうだ。トランサスの感じが分かったぞ、ちゃんと伝わってる。
よーし!
キイイィィーン
できたっ!
「おおっ!」
「槍も共鳴させるとは、何でも使えるのかこの子は!」
「いやはや、もう言葉が見つからん」
キイイイィィーーン
30%、40%、50%……
一旦、共鳴が入れば、剣と同じ感じだな。遠いけど。
キイイイィィーーーン
60%、70%、80%……
キュイイイィィィーーーン
90%、100%、よし。
「では変化、挑戦します」
ギュイイイイィィィーーーン
103%、いけるな、さあ姿を現せ、トランサイト!
ギュイイイイィィィィーーーン
110%、変わった! 成功だ!
シュウウウゥゥゥーーン
「はーっ、ふーっ、終わりました」
武器を床に置いてソファへ向かう。
「ハァハァ、……すみません、横になります」
「おお、休め! よく頑張った!」
男爵の言葉を聞いて寝転がる。
床に置いた武器はエリオットがテーブルまで運んだ。
「リオン、何か食べるか、いや飲むか」
「……お気遣い、ありがとう、ございます……休めば、大丈夫です」
実際、ちょっときついな。これで4連続か。
「ミランダ、今日はもういいんじゃないか」
「……次で最後だ。ブリリオート、鑑定を頼む」
「はい!」
「トランサイト
成分:トランサイト 100%
槍技:45
刺突:225
衝撃:225
特殊:魔力共鳴(120%)、魔素伸槍(共鳴率×15)
定着:30日3時間
製作:コーネイン商会 槍部門
以上です」
「共鳴率×15だと!?」
「剣と同じ共鳴率で、槍は1.5倍伸びるのか!」
「その試験素材は60cm、共鳴率30%で4.5倍、270cm!」
「剣が60cmなら30%で3倍、180cmだ、1m近く差があるぞ……」
「おまけに柄の長さも加わるから、相当間合いを伸ばせるな」
なんと! 槍は剣より伸びるのか。へー!
「ミランダ、剣は振り切る直前に伸剣が消えるのだったな」
「そうだ、エリオット」
「では伸槍が衝いた直後に消えるとして……あ、抜かなくていい。いやいや待てよ、共鳴30%なら刺突の基本値が300超えだ、穂身270cmでレア度4の刺突……あ、貫くな。待て待て、では抜けないではないか、いやいや、穂身が消えるから抜ける。あー、いや、貫いてるなら槍ごと突っ込んでいるか、うん?」
エリオットが混乱している。
「これはまた大変なことになった……伸剣の魔素集合体と性質が同じだとしたら、トランサイト専用の、槍の立ち回りを考えねばならんぞ」
伸びること前提の立ち回り、それもいつ伸びるかによって変わってくる。槍ってテクニカルな武器だなー。
もちろん伸びないしても、あの長さと重さをしっかり取り回してるんだからね。武器として扱えるには槍技スキルに加えて相当の訓練が必要だろう。槍使いが剣に比べてかなり少ない理由が分かった。そして俺には無理だ。
「それで、コーネイン商会長、リオンとそちらの関係は?」
「リオンはコーネイン商会専属の職人だ。ビュルシンク支店長」
「……まあ、そうなるな。至高の人材を見つけたものだ」
「従ってリオンへの接触は慎んでいただきたい、職人は商会の命だからな」
「もちろんだ。トランサイト絡みは全てコーネインの窓口を通す」
俺への接触は敵対行為だもんな。経営が子爵と男爵で向こうが上だが、そこは業界のルール通りなのね。まあ、自分とこで苦労して開発した物を、上だからって持っていくのはヤル気削がれるよな。それこそ憎悪の対象になりかねん。
コーネイン商会は苦労も何も、こっちから寄って行ったんだけどね。でも、ミランダで正解だな。完璧にこの場を仕切っている。今後も任せて安心だろう。
「皆、遅くまですまない。あと1本で本日は最後とする」
「構わないさ、どうせ後は寝るだけだ」
「うむ、貴重な場に立ち合えたのだ。最後まで見届けるぞ」
「しかし、本当に重大な案件、いやそれ以上だったぞ」
それにしても、一部は凄いメンバーだよな。この際、ちょっと聞いてみるか。
「あの、少しお聞きしたいのですが、構わないでしょうか」
「ああいいぞ、何なりと申せ」
「レア度4の鉱物武器、ゼイルディクでその使い手はいらっしゃるのでしょうか」
「……いる」
少し考え、男爵が応えた。
「誰かは言えぬがな、数名所持しておる」
「ありがとうございます」
「まあ、大体想像つくだろう。領民の噂通りと見ていい」
「ではその、レア度4の鉱物を鑑定できる鑑定士はゼイルディクにいますか?」
「!? それはすまぬ、言えん」
と言うことはいるんだな。
「分かりました、お答えありがとうございます」
「リオン、キミはレア度4の鉱物に興味があるのかい」
「それはもちろん。希少価値と高い性能を兼ね備えた鉱物ですから」
「トランサイトはレア度3だろうが性能はレア度4だぞ。それがレア度2のトランサスから作れるのが、どれほどのことか」
「ああ、そうだ。この1時間で3本生産した。あり得ないことだ」
希少価値としては普通だが性能は高いってことか。確かにこれは色々バランスが崩れるな。まあ俺の頑張り次第だけど。
「お待たせしました。次の武器いけます」
「そうか、メシュヴィッツ!」
「はい!」
ミランダに呼ばれ、彼女は作業スペースから1本の剣を持って来た。
「鑑定しろ」
指示を受けメシュヴィッツが読み上げる。
「トランサス合金
切断:197
斬撃:195
特殊:魔力共鳴
定着:2年4カ月23日6時間
製作:コーネイン商会、剣部門
以上です」
「では頼む」
「分かりました」
剣を構える。剣身80cmか、意匠は簡素だな。
「それは展示していたトランサス合金だ。冒険者養成所近くの店でな」
「そうですか。では共鳴作業、取り掛かります」
いくぞ。
キイイイィィィーーン!
30%、40%、50%……
キュイイイィィィーーーン!
80%、90%、100%……
やはり剣はやりやすい。さあ、トランサイトへ変化だ!
ギュイイイイィィィーーーン!
110%! ……あれ、まだ変わってないな。失敗か?
うーむ、同じ感じでやったんだがな。もう少し上げてみるか。
ギュイイイイィィィーーーン!
120%、130%……来た! この感じ、変わったぞ!
シュウウゥゥーーン
「ふーっ、終わりました」
テーブルに置いてソファに座る。
130%くらいだったかな、変わったの。何で110%じゃなかったんだ。あ、合金だからか! なるほど、そうに違いない。
「では鑑定いたします」
「トランサイト合金
切断:299
斬撃:300
特殊:魔力共鳴、魔素伸剣
定着:2年4カ月23日6時間
製作:コーネイン商会、剣部門
以上です」
「合金でも難なく成功させたな」
「大したものだ」
「……おや、計算が合わないぞ」
「確かに支店長。1.5倍なら切断296、斬撃293になるはずですね」
「メシュヴィッツ、トランサス時の数値を確認しろ」
「はい!」
彼女はミランダの指示を受け、作業台から何枚か紙を持ってくる。ああ、変化前に鑑定はしたけど、控えてもいたのね。しかしアーレンバリの言う通りだ、1.5倍より僅かに多い。
「切断197、斬撃195です」
「ふむ……このミランデルの数値は直ぐ分かるか」
「少しお待ちください……ありました! 切断214、斬撃197です」
「再度ミランデルを鑑定しろ」
「トランサイト合金
切断:327
斬撃:315
特殊:魔力共鳴、魔素伸剣
定着:1年15日8時間
製作:コーネイン商会、剣部門アルフォンス・エーベルヴァイン
以上です」
「斬撃はかなり多くなっているぞ」
「切断214なら、321になるはずが327、斬撃197なら、296になるはずが315」
「切断が6、斬撃は19も多い」
「先程の武器は切断が3、斬撃が7多くなってますね」
「……どういうことだ」
ほんとだ、微妙に増えてる。何でだろう。
「これは仮説だが、トランサイトへ変化する特典のようなものか、そして上がり幅は斬撃が多い傾向であると」
「ふぅむ、そう考えるのが妥当だな。数をこなせば法則も見えてくるやもしれん」
「トランサイト成分割合が多い方が、上がり幅が増えているみたいだね」
「それはありそうだな」
「合金でまた違った研究が必要か」
へー、成分割合か、確かに銘入りのは多かった。
「それはトランサスいくらだった?」
「70%です」
「確かミランデルは81%だったな。うむ、上がり幅に関係している可能性が高いな」
どうもそのようだね。僅かな増量だけど、増えるのは嬉しい。
「さて、リオン、クラウス、ソフィーナ、フリッツ、4名はここまでだ、宿へ向かうといい。エリオット、同伴してくれ」
「うむ、任せろ」
俺たちは立ち上がり机の横のスペースへ移動する。
「皆! このリオンは、試験素材を3種、剣を1本、トランサイトに変化させて見せた。その比類なき偉業を称えよう」
パチパチパチ……。
ミランダの言葉に拍手が湧き起こる。
「素晴らしいぞ、キミは!」
「宝だ!」
「間違いなく歴史に名を刻む」
「見事であった」
褒めちぎられる。へへ、頑張ったよ。
「ときにミランダ、リオンに護衛は手配したか」
「恐らく伯爵が手配するだろう。そうだな、ディマス殿」
「ああ、こちらが用意する」
「まあ村は子爵とワシの管理下にある。治安は元よりいいがな」
護衛じゃなくて監視だけどね。
「ではしっかりと休め」
「はい、失礼します」
部屋を出る。残った人たちは難しい話をするんだろうな。
「正面から出るぞ」
エリオットに続いて通路を進む。まだ店内の明かりは点いたままなのね。もう22時前だぞ。あー騎士が数人まだ店内に。この人たち、客じゃなかったのか。
正面玄関から通りへ。
「リオン、私には娘がいてな、名をクラウディアという。11歳だ」
「はい、存じております」
「ミランダから聞いたか、それでどうだ、会ってみないか」
「機会があれば」
「うむ、その時はよろしくな、とても可愛いぞ」
エリオットも囲い込み早いな。
「フリッツ、西区の様子はどうか」
「変わりなく」
「先日のワイバーン、丁度メルキースにいてな、駆けつけたら倒しておったから驚いたぞ」
「村の住人は日々成長しております、Bランク相手でも引けを取りません」
「それは頼もしいな」
「エリオット部隊長、ワイバーン1体の首を落としたのはリオンの叔母です」
「ほう! 女性とは聞いていたが。その様な使い手が近くにいればこそ、リオンの才能開花に繋がったのかもな。無論、クラウス、ソフィーナ、そなたたちの素晴らしい教育もあってのことだ」
「恐れ入ります」
エリオットは話しやすいな。雰囲気はランメルトに近い。部隊長なのに全然偉ぶってないし、周りの人がよく見えている。きっと、部下にも慕われているんだろうな。
「コーネイン商会長はとても信頼のできるお人ですね」
「そうだろう、何でも任せて安心だぞ。頭もいいし、勘もいい、センスもある、更に強い。恐らく本気を出せば私より上だぞ」
「ゼイルディクの中でも高い実力と聞きます」
「そして何より美しい。本当に素晴らしい女性だ」
エリオットはミランダにぞっこんなんだな。
「さあ、着いたな。私は店へ戻る」
「ありがとうございました」
「ではな、ゆっくりと休め」
彼は通りを引き返した。
「さあ入ろうか」
エスメラルダに入り、カウンターで鍵を受け取り2階へ。
「俺は先生と寝るね」
「フリッツ頼んだ」
「うむ」
「じゃあ明日、6時に階段下で」
「分かった」
お休みの挨拶を交わし、201号室にクラウスとソフィーナは入った。俺とフリッツは隣りの202号室へ。
「うーん、流石に疲れたし眠い」
「大活躍だったな」
着替えてベッドに入る。
「じゃあ、お休み」
「ああ、お休み」
その長い1日は終わった。




