第6話 魔物と魔獣
ゴーーーーーン!
昼の鐘が鳴った。
「今日は応援要請があったから昼食は遅めに準備するって言ってたな」
「1時間くらい遅れる、だったかしら」
「これ全部終わらせれば丁度いい時間だろう」
「俺も最後まで手伝うよ!」
「お、そうかリオン」
そして野菜の調整を全部終わらせてお昼となった。
「じゃ母さんと出荷しに行ってくるから」
「うん、いってらっしゃい」
昼食後にクラウスとソフィーナは荷車を引いて中央区へ向かった。俺はまたカスペルのところへ行く約束をしている。
「じいちゃん、今日魔物倒したんだよね、どんなだった?」
「なぁに、城壁の上から矢を放っただけだよ」
「それでも当てるのすごいよ」
「ナイショだがな、7本撃って当たったのは2本なんだ」
「えー」
「ワシも年だからの、矢の速度が落ちたもんだ、さ、今日は何を聞きたいかな」
「えと、コルホル村について知りたい! じいちゃん最初からいるんだよね」
「いかにも。よしまず何故ここに村を作ったのか……」
それから1時間ほど、コルホル村の開拓話を聞く。
「とまあ、そんな感じだ」
「じいちゃん、ありがと、また違うお話聞かせてね」
「いくらでも話してやるぞ」
家に帰ったら納屋にクラウスがいた。
「父さんお帰り!」
「お前もじいちゃんの話は終わったのか」
「うん、またお仕事?」
「そうだ、草抜きに行こうかなと」
「俺も行くよ!」
「お前はよく手伝うな、友達と遊ばないのか」
「今日はいいよ、一緒に行く」
「おう、じゃあ行くか、母さんに伝えておけよ」
「うん」
正直、野良仕事の方が楽しい。前世も農家だからだろうか。
俺はクラウスと畑にやってきた。収穫ではないが道具や武器もあるので荷車に乗せて引いてきている。
「よしじゃあやるぞ、抜いた草はこの袋に入れていけ、一杯になったら草だけここへ捨てるんだ。間違って野菜を抜くなよ」
「分かった!」
俺は黙々と草抜きをする。うひょーチョー楽しい! 草抜きは素晴らしい、やったらやっただけ成果となる。沢山抜いて綺麗になった畝を見ると笑みがこぼれる。
「リオンのやったとこ綺麗だな」
「えへへ」
褒められて悦に浸っていると……
カーーーーン、カーーーーン、カーーーーン
魔物の鐘! じゃない、これは。
「魔獣だな、どこだ」
クラウスは立ち上がり周りを見渡す。
「あれか、猪だな。んー位置が悪い、リオンは荷車の後ろに隠れてろ」
「分かった!」
急いで荷車の後ろに周り姿勢を低くする。クラウスは荷車の前で剣を構え様子を見ていた。丁度ここと城壁の間に魔獣がいるから城壁まで帰ると鉢合わせするな。あ、俺がいなかったらクラウスはそのまま行ってたのかな。
「畑に出てる他の住人がやるよ、城壁の上にも下にも何人かいるようだし……む!」
「父さん?」
「来る!」
猪はこちらへ向いて猛スピードで突進する! ひいいいぃ!
怯えながらもその様子を見ていると、クラウスの体の輪郭が揺らめいたように見えた。そして彼は猪に向かって飛び出す。どうするんだ。
ズシャッ!
ぶつかる寸前で避けた! 猪は急ブレーキ! ……いや前のめりに倒れ込んだ?
「ふんっ!」
「ブフゴォオオッ!」
すぐさま間合いを詰めたクラウスの剣が猪の首筋に刺さった。血が吹き出してる。しばらくして猪は動かなくなった。
「ふぅ……終わったぞ」
「父さん!」
荷車の後から駆け出し近寄る。
デカッ! 倒れてる猪はかなり大きい、2mくらいあるな。
「すごい、1撃だったね、さすが父さん!」
「いや2発だ。先に足を切ったからな」
よく見ると猪の右足が途中から無い。あ、ちょっと向こうに落ちてるぞ。そうか、突進を避けたと同時に足を切ったんだ。速くて見えなかったや! クラウスやるなあ。
「おーい、怪我はないか!」
武器を持った住人が3人走ってきた。
「血まみれじゃないか! 返り血か」
「ああ、怪我はない」
「そうか、まぁおまえなら何てことない相手だからな。荷車を手配してるからすぐ来るだろう」
「ファビアン、なんで注意を惹かなかった?」
「は?」
「あの位置ならこいつを挑発して城壁に引っ張れたはずだ」
「ちょっと間合いが合わなくてな、こっち見てからでいいかと」
「それではどこに行くか分からないだろう、ああいう場合はまず城壁まで引っ張って、上から撃ってもらうのが決まりのはずだ」
「そうカタイこと言うなよ、倒したんだからいいじゃねぇか」
「こっちは子供もいたんだ!」
「ああ? そんなの知るかよ!」
おいおい、何か揉めだしたぞ、クラウス落ち着け!
「2人とも大丈夫!?」
ソフィーナが走ってきた。
「俺もリオンも怪我はない、服が汚れちまったけど」
「うわー血だらけじゃないの! 早く脱いで体洗わないと!」
クラウスは上着を脱いで肩にかけた。
「大体、子供連れて畑に出る以上、こういうことも覚悟の上だろ? それとも何か? 1人で守れる自信がないのに連れてきたのか?」
「そんなことはない! 俺はただ、みんなで決めたやり方を守ろうって言ってるんだ!」
「そんなの臨機応変でいいだろ、相手は思うように動いてくれないぞ」
「え、なに? どうしたの」
ソフィーナが戸惑ってる。んー、どうしよう。
「おーい! クラウスー!」
ランメルトが荷車を引いてやってきた。他にも何人か後ろからついてきている。
「おおー、いいサイズだな、かなりの肉が取れる、ん? 何かあったか?」
「何でもない」
「いやクラウスが細かくてな」
「細かいって、決めたこと守れって言ってるんだよ!」
「うるせぇなあ……おいさっさと運ぼうぜ」
「はーん、大体わかった……そうだな運ぶか、よーし、みんなこいつを持ち上げてここに乗せるぞ」
「おー」
「せーの! おりゃ!」
ズウウウン
300kgくらいありそうな猪を男6人で持ち上げて荷車に乗せた。荷車は収穫用の木製じゃなく金属製で一回り大きい。
「あーリオンだっけ、手伝ってたのか?」
「はい」
「いい子だねー、ウチの子も少しは手伝えっての」
あ、思い出した! ケイスの父親だこの人。
「じゃ裏に運んでおくからな」
「頼む」
「それと帰ったら話がある、いいな」
「……ああ」
ランメルトたちは猪の載った荷車を引いて去って行った。
あ、猪の足忘れてる。クラウスも気づいて拾い上げた。
「さあ、帰るか」
「うん」
「ええ」
ドドン! ドン! ドン!
勝利の太鼓だ。
帰っては来たけどケイスの父親ファビアンとクラウスが揉めてたから心配だな。ランメルトがクラウスに話って多分そのことだろう。俺がついて行ったのがマズかったか、多分クラウス1人だったら城壁へ走ってたはずだ。
「ヒュー! クラウスお見事!」
「大物よ、食費が少し浮くから助かるわ」
城壁へ入ると出迎えた住人が声を掛けてくる。食費? ということは猪は食堂にいったのか。あーランメルトが裏に運ぶって言ってたな。城壁の裏、つまり中央区側の城壁面の真ん中に搬入口がある、その近くに解体場があった、あそこか! 子供たちで城壁外で遊ぶときはそこの近くで遊んでたな。
「体洗ってくる」
「その服貸して、着替えはリオンに持って行かせるから」
「頼む」
クラウスは浴場へ向かった。あ、ランメルト。
「おう、リオン、ソフィ。クラウスは……風呂に行ったか。それで何があったんだ? ファビアンと雰囲気が悪かったが」
「私は途中からだからよく分からないの、リオン知ってる?」
「うん、大体わかるよ」
「じゃあ聞かせてくれ」
「あ、父さんの着替え取りに帰らないと」
「なら歩きながらでいい」
「うん」
そして俺は草抜きの時から今までの流れを伝え始め、家に着いたときにちょうど終わった。
「なるほどな、よく分かった。そんなこったろうと思ったぜ」
「あの人そういうとこあるから、マジメはいいんだけど」
「大丈夫かな」
「心配するな、俺が間に入ってやるよ」
「メル兄さん、ありがと」
「いいってことよ、そうだあいつの着替え俺が持って行ってやるよ」
「じゃ用意するわ」
ここは彼に任せよう。
前世の自治会でもおっさん同士がわけの分からないことで揉めてることがあった。でも大概、酒飲んで言いたいこと周りが聞いたら落ち着いて数日で忘れてた。聞かされる方は非常にめんどくさいが。もちろん俺は聞かされる方。
こういう閉ざされた環境で日頃からよく会う間柄だと良くも悪くも距離が縮まる。特にここは食事も風呂も一緒で大きな家族みたいなもんだ。意見があるなら溜め込まず吐き出した方がスッキリするだろう。違う考え方も尊重しないと同じ西区の住人としてやっていけない。
なんて、そんな簡単にいかないから人付き合いは疲れるんだよね。しかし俺は日本人だったからか、そういうとこあんまり表に出さないように生きてたけど、この世界の人は割とハッキリ言うのね。まあ命かかってることもあるし。
そうだ、猪の解体見に行ってみようかな。ちょっとソフィーナに聞いてみよう。
「母さん、解体見に行っていい?」
「いいわよ邪魔にならないようにね、あと終わってみんな城壁に入ったら一緒に入るのよ」
「分かった! じゃ行ってくる」
俺は食堂の裏手に回って搬入口へ行く。城壁の入り口と同じ鉄製の扉があるが今は半分開いていた。中を通って外へ出ると何人か集まって猪の解体作業を行っている。同年代の子供たちがそれを遠めから見ていた。
「リオン、おまえも来たか」
「ケイス、エドやみんなもいるのか」
「やあ、すごい大物だね、これリオンの父さんがやったんだろ」
「うん、1撃だったよ」
「1撃! へー、いやお前見てたのか!」
「そうだよ、畑で父さんと草抜きしてたら襲ってきたから」
ほんとは2発だけど盛った。いいよね。
「うーん、私もう帰る。気持ち悪いよー」
「私もー」
「セシリアもエルマも、こんなの怖がってちゃーまだまだだな」
「俺も全然平気ー」
「男子は頭おかしいのよ」
出た、女子の前でかっこつける男子、そして逆効果。
「これが今晩の食事になるのか」
「魔物も食えたら毎日3食肉料理なのに」
「だよなー」
今回の猪は大きいのでかなりの肉が取れるみたい。でも西区のみんなで消化すると何食かで無くなるだろう。それなら毎日のように襲ってくる魔物の肉を食材とすればいいが、そうもいかない理由がある。
今回襲ってきた、というより最初は畑の野菜目当てに来たんだろう、あの猪。大物ではあったが前世の猪とほとんど同じように見える。他にも牛、馬、豚、羊、山羊、鳥、等々、前世で動物といってた生物はこの世界にも存在するそうだ。
それらは魔獣と呼ばれ、人間と同じように血肉があり、何かを食べて消化し栄養とし排泄して成長、そして繁殖し、やがて寿命や病気などで死んでいく。もちろん狩って今回の猪のように肉を食用に利用もできる。
ここでの食事に出る肉は何かの魔獣の肉で、ほとんどは畜産業を主とする近くの町村から運ばれてきているそうだ。
対して魔物。
姿形は魔獣と似ている。
例えばガルウルフ。狼みたいに4本足で尻尾もあり毛で覆われている。口は大きく裂けて鋭い牙が並び、爪も大きく鋭い。
しかし角がある。個体によって違うが大体2~3本おでこの辺りから真っすぐ結構長い。背中にも棘みたいのが何本か生えてる。体は魔獣の狼よりひと回り大きいそうだ。
他の魔物もそんな感じ。キラーホークは鳥のくせにクチバシに牙が生えている。もちろん角もある。昨日窓から見えた足から推測すると翼開長4~5mはありそうだ。
レッドベアも牙、爪に加えて太い角が生えてる、それがなんと肩や背中から生えてるそうだ。もはや熊じゃない、モンスター。
俺が実際に見たことあるのは少ないので、両親やカスペルから聞いたところではそんな感じだ。
そういや今朝食堂で盛り上がってた住人の話題に出てきたマンティスとボア、あれなんかは怪獣だ。マンティスはカマキリみたいな雰囲気だけどとにかく大きくて全長15mくらいらしい。ボアも猪がワゴン車サイズになった感じだ。
そんな奴らから肉が手に入れば、今回の猪以上の大量の食材が確保できる。食べたいかは別として。しかし魔物は倒すと血肉がその場で消えてしまうのだ。
正確には息の根を止めて1分くらいしたら魔素と呼ばれる物質に昇華するとのこと。いや、魔素に戻るというべきか。元々魔素が集まって生まれたのが魔物といわれてるから。
ただすぐ消えるのは血肉だけで他は残る。ただそれも一時的でいずれは消えてしまう。消えるまでの時間と部位はこんな感じらしい。
1分……内臓、肉、神経、皮、毛、鱗など
1時間…骨
30日…角、爪、牙、棘、甲羅など
基本的に外側に出ている硬い部分は1カ月くらい残る。内側の硬い部分、つまり骨は1時間くらい。それ以外は見てる間に消えるそうだ。一部の毛皮や鱗は骨と同じくらい持つこともあるらしいが、それでも1時間くらいだ。
他に残るのは魔石、1体につき必ず1個の魔石がある。大きさは精霊石と同じで色は黒っぽい。大体は体の中央付近に入ってるそうだ。この魔石もいずれ消え、残る期間は30日くらい、角や爪と同じだ。
それから稀に魔物装備といわれる防具が残ることがある。形状は、腕輪、ベルト、ブーツなど。魔物の体内から出てくるため使うのに抵抗があるかもしれないが、これが割といい防具らしい。これも30日くらいで消える。
つまり見えてる硬い部分、そして魔石と稀に魔物装備、この他は残らないと考えていいだろう。だから多くの魔物を倒しても食材としては使えないのだ。
「よーし、後は片付けだな」
猪の解体は終わったようだ。
「みんな、中へ入ろうぜ」
「そうだな」
子供たちは搬入口へ向かったので俺も一緒に入る。家にはクラウスがいた。
「父さん、解体見てきたよ。沢山肉とれたみたい」
「そうか」
そういえばファビアンとの件はどうなったのか、ランメルトが間に入るとは言ってたけど。ちょっと聞きづらいが俺も関係してるし、その後が気になるな。
「あの、ケイスの親と言い合いになってたみたいだけど、その……」
「ファビアンか。そのことはもういい、心配するな」
「あの俺、外でのお手伝いはもうしない方がいいかな、戦うときに邪魔になるし、その……」
「……リオン、そこへ座れ」
「うん」
居間のソファにクラウスと向かいに座った。
「父さん嬉しかったんだ、リオンが朝からお手伝いしてくれて。それで調子に乗って昼からも一緒に行った。ただ朝に比べて畑に人が少ない、その上あの位置関係では身動きが取れなくなった。つまりは俺の想定が甘かったのさ」
ああ、しまった。野良仕事に興味がいって危険な環境だってこと薄れてた。確かに息子が手伝いたいって言いだしたら断れないよな。前世で俺が同じ境遇だったら嬉しくて連れて行くよ。
「でも、ちゃんと猪倒したよ父さん」
「倒すだけならできる、お前を守る自信もある、でも何が起きるか分からないからな。怖かっただろ」
「うん、ちょっと。でも父さんがいるから安心だったよ」
本当はかなりビビッてた。にしてもクラウスは強い、間近で見たの初めてだが冒険者って凄いんだな。
「この村ではな、子供に魔物の怖さを教えるために敢えて野良仕事の同伴を禁止していないんだ。もちろん鐘が鳴ったら対応できる準備があるのが前提だけどな」
「そうなんだ、確かにとても危険なのはよく分かったよ」
「別に将来、冒険者や騎士になるために戦闘慣れさせるんじゃなくて、この世界で生きる上で魔物はついて回るからな」
なるほど。魔物・魔獣に対して免疫を持たせるワケか。危険だが、それを補える城壁や戦力があるこの村ならではの考え方だな。
「リオンがお手伝いしたいなら今後も喜んで連れて行くよ。もちろん何があっても俺は全力で対応する、でも絶対じゃない、それでも来るか」
「うん、行く」
「じゃあそうしよう。来週の洗礼の儀が終わったら身体強化を教えてやる。まずは逃げ足を鍛えるんだ、いいな」
「分かった!」
洗礼の儀、そういやそろそろだって言ってたな。なんかスキルを覚えるとか。来週なのか。
「よし、それでファビアンのこと、ああ、ケイスの父親な。本人と話して和解、いや違うな、なんだろう、とにかくもう喧嘩とかそういうんじゃなくなったから」
「あ、うん」
「すまなかったな。父さんお前がいたからちょっと熱くなってしまって、ビックリしただろ」
ここはひとつ……
「えと、父さんの言い分が正しいと思うよ、俺は!」
「は? ははははは! まーな、そうだろう、あれは城壁に引っ張るべきだよな、ははははは!」
あ、笑った。よかった。
「実はファビアンのやつ、ちょっとビビったらしくてな、それで挑発できなかったんだ。んで俺がいるの知ってたから任せたと。あ、これは秘密な」
「なんだー、やっぱり父さんが合ってるじゃんか!」
「おうよ!」
あいつ偉そうに臨機応変とか言ってた割にそうなのか。これは顔見るたびに思い出すな。
「でもな、ファビアンの考え方も合ってるんだぞ。ちょっとくらいビビりで慎重過ぎる方が、この世界では生き残れるからな」
まー確かに。
「父さん」
「なんだ」
「かっこよかったよ! 猪の足切ったの全然見えなかった! 強い父さん頼もしいよ!」
「……おいおい、泣けるじゃないか、リオン」
農業も頑張ってて、そしていざという時に強い。ほんとかっこいいよ、父さん。