第59話 歴史的瞬間
「共鳴をもう少し近くで見たい、構わないか」
「いいだろう」
エリオットがミランダに確認をとり、俺たちの近くに来た。それを見てビュルシンク、アーレンバリも寄って来る。気が付くと男爵と家令の2人もテーブル1つ分近寄ってきていた。
「トランサイトは、先程の2本の鑑定結果を見ると、トランサスの1.5倍の性能と推測できる」
「切断、斬撃はそうなります。本当に変わったとしたなら、元のトランサスの数値に置き換えたとしても妥当ですね」
ビュルシンクとアーレンバリが考察を始め、エリオットは興味深そうに聞き入っている。
「基本値で言えばトランサスは150だ。それが1.5倍となると225か」
「225となると、プレシューズやベリサルダ辺りになりますね」
「おいおい、そのクラスなら騎士でも使っている者は多くいる。今後はトランサイトも選択肢に入ると言うのか」
「いや、剣技適性がかなり違うからな。ベリサルダなら85、プレシューズは80、トランサスは30しかない、鉄と同じだ。トランサイトが1.5倍になったとしても45、グラディウスと同等レベルだ」
「なら選択肢としては無いな」
やっぱり適性は低いみたいだね。
「ただ共鳴効率の差がどこまで影響するか」
「ベリサルダが20、プレシューズが15、トランサスが80ですからね。同じ共鳴率で、例えば30%なら、斬撃の基本値はベリサルダ233、プレシューズ235、トランサス186になります」
「それでもかなり差があるな」
「ええ、トランサスがその2種を超える基本値に到達するのは、共鳴率100%です」
「ありえない共鳴率だ。ああ、先程のリオンは除くがな」
へー、トランサスはそこまで頑張らないと同等まで引き上げられないんだ。トランサイトは共鳴させなくても並ぶなんて凄いな。
「と言うことは」
「ええ、トランサイトの共鳴効率です。仮にトランサスと同じ80だったとしても共鳴していない状態で基本値が並んでますから、例えば共鳴率30%でも基本値276。ベリサルダとプレシューズが共鳴率100%で264と259ですから……それを超えますね」
「なんと! 30%ならできるやつはいくらでもいるぞ」
「それで、もし、共鳴効率も1.5倍で120になっているなら、共鳴率30%で基本値は……306になります」
「300を超えるだと! そんなものレア度4ではないか!」
男爵が話に入って来た。レア度4! へー、基本値300突破ががレア度4の指標でもあるのか。やっぱりトランサイトはレア度4相当の性能なんだね。
「ただあくまで基本値です。適性が1.5倍になったとしても45」
「でもそれだけ基本値に開きがあれば、適性の差を埋めれるんじゃないか」
「おっしゃる通り、おそらく共鳴率30%以上なら、体感する総攻撃力はほぼ同じかそれ以上。さらにトランサイトには魔素伸剣がありますから、その性能次第では……」
「リオン! そろそろいいか」
ミランダが聞いてきた。そうだね、やるか。
「はい、できます」
「では頼む」
試験素材トランサス100%の剣を構える。80cmは長く感じるな。
ごくり……。さっきより近くに集まった面々が喉を鳴らす。
落ち着け、まずは合金と同じように魔力を通し探るんだ。
……。ふむふむ、ほぼ同じ感じでいけるんじゃないか。あとは長さのぶん、魔力を少し多めに。
キイイィィーーン
できた。いける!
「やります!」
キイイイィィィーーーン!
30%、40%、50%……。
キュイイイィィィーーーン!
70%、80%、90%……。
100%で一回止めて維持。そこから変化共鳴をするぞ。
キュイイイイィィィーーーン!
よし維持だ。
「100%です」
「おおおおっ!」
「いやはや、これは凄い」
「光の質が全然違うな、これが最大共鳴か」
少しずつ上げよう。まずは5%。
「ではトランサイト変化を御覧に入れます。できれば後に、剣身の質感、光の加減など、気づいたところを教えてください」
「あ、ああ、しかし、お前、そんな状態でよく話せるな」
「慣れましたから」
さあ、トランサス、その身をトランサイトへ変え、秘めたる力を解放しろ!
ギュイイイイィィィィーーーン!
「……おお」
「……近くで見るとまた」
「……なんと美しい」
105%、これではまたトランサスだ。5%上げる。
ギュイイイイィィィィーーーン!
「!?」
「今!」
「おおおっ!」
「変わったぞ!」
!? 俺にも分かった、今一瞬にして剣身の力が一気に増した。
間違いない、トランサイトだ。110%が変化のラインだったか。
シュウウウゥゥゥーーーン
「ふーっ、終わりました。鑑定をお願いします」
剣をテーブルに置きソファに座る。
「皆様、お立ちのところ失礼します」
「気にするな、しっかり休め!」
男爵がいい笑顔で応えてくれた。
「ではブリリオート」
「はい」
彼はソファに座り、じっと試験素材を見つめ、しばらく動きが止まった。
ハッとして辺りの人を見廻し、唇が震え出す。
「も、ももも、申し上げます」
彼は、ふーっ、っと大きく息を吐いて少し目を閉じた。
「失礼しました、試験素材、鑑定結果を申し上げます」
「トランサイト
成分:トランサイト 100%
剣技:45
切断:225
斬撃:225
特殊:魔力共鳴(120%)、魔素伸剣(共鳴率×10)
定着:30日12時間
製作:コーネイン商会 剣部門
以上です」
「おおおおおおっ!」
「何と言うことだ!」
「ほんとに変わったぞ!」
「素晴らしい、本当に素晴らしい!」
「正に歴史的瞬間だ!」
「革新だ、これは大変なことになるぞ!」
皆、近くの者と抱き合ったり、肩に手を置いたり、その喜びを分かち合った。
「やったな」
「うん」
クラウスが声をかけてきた。ソフィーナは顔を覆っている。
「母さん、できたよ」
「……グスッ、そうね、立派よ」
「一発だったな」
「うん、先生。合金と同じだったよ」
「リオンよ、よくぞ成し遂げた」
「ありがとうございます。しかし、これが始まりです」
「その通りだ、忙しくなるぞ」
そう言葉を交わしたミランダは、満足そうにほほ笑んでいた。
「皆、余韻に浸っているところすまない。トランサイトの特殊能力について報告することがある」
ほう、何か知っているのかミランダ。
「1本目のトランサイト合金にて、私自身いくらか使い勝手を試した。その中で、あの切っ先から剣身と同じ性質の魔素集合体を伸ばす、魔素伸剣についての試験結果を伝えよう」
おおー、試したのか、これはありがたい。
「あれは共鳴率によって伸びる長さが変わってくる。1~10%では一切伸びなかった。11%で5cm、あの剣身は50cmであるから、55cmになったと言える。15%で25cm伸び75cm、20%で50cm伸び100cmだ」
「なるほど、共鳴率×10で剣身含む長さか!」
「その通り、その仮説は今、鑑定によって証明された。そして伸びる状態も調べた。最初にリオンがトランサイト合金を140%まで共鳴させたが、あれも剣身は50cm。その計算でいくと、魔素伸剣は14倍、剣身含めれば実に7mとなるはずだ」
おおおおっ! 長い!
「しかし、その様には見えなかったぞ」
「当然だ。伸びていないのだからな。もし伸びていたら天井を突き破り、商会長室の床に穴をあけていただろう」
「では、いつ伸びるのだ」
「振ればいい。11%以上共鳴した状態で剣を振れば、その時だけ伸び、振り切る直前にそれは消える」
「おおおおっ!」
へー、そうなんだ! よく調べたなー!
「さて、リオン、休憩が終われば次を頼めるか」
「はい、あと5分ください」
「で、では次は弓を頼む、トランサスは弓適性が高いからな。特殊もどうなるか非常に興味深い」
「ビュルシンク支店長、その順番で行くとしよう」
次は弓か、ソフィーナので構える感覚は掴んだからな。多分一発でいける。
「しかし、剣技も共鳴効率も、予測通り1.5倍となっていたな。共鳴30%で基本値300を超えるぞ」
「そうですね、これはレア度4相当です」
「魔素伸剣も凄いな、剣身80cmなら共鳴30%で3倍、240cmか。ははは、なんと長い」
「これは戦い方が変わるぞ」
「父上、正にその通りです。魔物の攻撃を避けると、どうしても一定の間合いを生みます、そのスキに再び間合いを詰めて切り込むのですが、その詰める動作が不要となりますから」
なるほど! 攻撃を避けて、その場で振り下ろせば届くのか! 魔物の僅かなスキにも間に合うじゃないか。取り回しの根底から別物になるぞ。
「大型の魔物にもかなり有効です。例えばクリムゾンベアなら、足を切るために密着するほど近づいていたのが、少し離れていても足自体を切断できてしまいます」
「レッドベア辺りなら体ごと切断できるな」
「十分可能でしょう。切断も300を超えるのですから」
あ、そうか! ダークイーグルを真っ二つにしたの、あれは80%だった、8倍か! じゃあ4mの剣身だったんだな。うはー、そら上まで届くわ。
そして切断か、それもレア度4相当なんだな。確かにダークイーグルの骨の切断面はかなりきれいだったと言っていた。
「囲まれた時の範囲攻撃にも使えます。あとは飛行系。うまくいけば飛んでいる状態から落とすことが出来ます」
「大型の頭も狙い易くなるな」
「ええ。共鳴50%なら4mの剣身です、頭までとどく魔物は多いでしょう」
なるほどー、単純にリーチが大幅に伸びるんだからな、できることは一気に増える。
「それに魔素伸剣にはまだ有効性がある。あれは剣そのものだからだ」
「……ミランダ、それはどういう」
「属性を乗せることが出来る」
「何だと!?」
「伸びた分だけ炎をまとわせ、切ったところを全て凍らせる、風に至っては更に攻撃範囲を伸ばすことも可能だ」
「おおおおっ!」
なんだ、属性が乗る? それって凄い事なのか。
「これは……とんでもないことになるぞ」
「ミランダ、剣そのものであるならば、伸びた時に重量は増すのか」
「いや、変わらない。従って振り回されることもないぞ。それどころか空気抵抗もない。剣身と同じ性能を持ち、重さも抵抗もない、無色透明の魔素集合体なのだ」
「なんだそれは……そんなものが共鳴させるだけで使えるのか」
うへー、ここにきてファンタジー全開だな。見えない剣か。
「もはや理解が追い付かないぞ……」
「私もそうだ。しかもまだ、剣、だけだぞ。他の武器種でどうなのるか、楽しみではあるが、怖くもある」
「ここは、本当に歴史的革新の場だな。大きな驚きの後は戸惑いか。ははははっ!」
「ところでリオン、試験素材に施した共鳴率は何%だったか」
ミランダが問うてくる。トランサイトに変わった瞬間だな。
「110%です」
「そうか、そこまで高くないんだな」
彼女は少しうつむき考える仕草。もしや自分でやる気か。むー、強化共鳴ならあるいは到達できるかもしれないが。100%超えたら変化共鳴に変えないといけないんだよな。まあ、これは言わないでおくか。無駄に手の内を明かす必要はない。
「さて、そろそろいいか」
「はい!」
次は弓だな。
「ではブリリオート」
「はい」
ミランダに指示され弓の鑑定をする。
「トランサス
成分:トランサス 100%
弓技:50
射撃:150
特殊:魔力共鳴(80%)
定着:30日20時間
製作:コーネイン商会 弓部門
以上です」
ほう、弓は射撃だけなのね、剣は切断と斬撃があったけど。適性は50か、ほんとだ剣より高いね。しかし、面白いな。形が違えば項目自体が変わるって。何を基準にこの項目が決定されてるのだろう。剣と棒の境界はどこなのか。
「ではリオン」
俺はテーブル横のスペースに移動し弓を構える。さすがにソファの前だと机に当たってしまうからね。試験素材の弓は、ソフィーナのそれと大きさ重さはほとんど同じか。
軽く弦を引く。よし、両手で共鳴だ、魔力を流すぞ。
キイィィン
できた! 少しずつ上げていこう。
キイイィィーーン
10%、20%、30%……
キイイイィィィーーン
50%、60%、70%……
弦も含めて弓全体が光るのか。ただ剣よりは広範囲に薄くといった感じだ。
さあ、100%いくぞ。
キュイイイイィィィーーーン
80%、90%、100%
「100%です、これより変化させます」
よし、維持して変化共鳴だ。これも最初は少しで試そう。
ギュイイイイィィィーーーン
102%か。いいね、剣と同じ感覚でいけるな。よーし!
ギュイイイイィィィィーーーン
110%、来た、変わったぞ! トランサイトだ!
シュウウゥゥーーン
「ふーっ、成功です」
「おおおおっ!」
「武器種が変わっても難なくできるのか」
「いやはや大したものだ」
「もう3回目だぞ、それでもさして息が上がってない、どういうことだ」
「魔力量と効率がズバ抜けているな……」
慣れてきたからね。でも流石に3連続は疲れたな。
「ハァハァ、ではお願いします」
机に弓を置き、ソファに座る。
「リオン、大丈夫?」
「うん……休めば、大丈夫」
「多めに休め」
「……分かった」
クラウスとソフィーナが心配そうに見つめる。確かに疲れたけど、共鳴2種を同時にやってた時に比べたら全然平気だ。今思うとかなりの無茶だったな。あれを連続は3回が限度だったろう。
「ブリリオート」
「はい」
ミランダに告げられ再び彼が。
「……申し上げます」
「トランサイト
成分:トランサイト 100%
弓技:75
射撃:225
特殊:魔力共鳴(120%)、速度増加(共鳴率×10)
定着:30日20時間
製作:コーネイン商会 弓部門
以上です」
「おおおっ!」
「素晴らしい!」
「連続で成功だな」
「弓技も1.5倍で75だ、これは大変なことになるぞ!」
「速度増加、だと……、計算が伸剣と同じと言うことは」
「大革新だ! もはやどれほどの影響か想像できん!」
「……騎士団弓士の多くは、これに変えなくてはならんな」
やっぱり弓は相当影響大きいみたい。特殊は速度増加か、伸剣と同じ計算なら、共鳴30%で300%、つまり3倍。矢の飛ぶ速度が3倍になるのか。
……んん!? おいこれ、かなり凄いぞ!
「母さん、矢の速度ってどのくらい?」
「時速300kmくらいかしら、その時の魔力量にもよるけど」
じゃあ3倍で時速900km、拳銃の弾丸くらいか、とんでもないな。そんな運動エネルギーを発生させて、弓士は大丈夫なんだろうか。共鳴100%なら時速3000km、ライフル銃並みだぞ。それで飛んでいくのが矢。一体どうなってんだ。
「これの実地検証はいつ誰がやるんだ」
「北西部防衛部隊だ。時と場所は言えん」
「すまないが、結果を教えてはくれないか」
「……教えてほしいか」
「くっ、それは当然だろう」
ミランダとビュルシンク支店長が言葉を交わす。ちょっと険悪な空気も、大丈夫かな。
「情報は有料だ、金額は後ほど」
「なっ!?」
「この場はコーネイン商会が用意したものだ。従って、ここの品は全てうちの物。開発情報がどれほど重要かはよくご存じのはずだ」
「……そうだが」
確かに。同席したからと言って全てを知る権利があるワケではない。流石に子爵の商会に立てつくことは無いだろうが、無条件で情報を渡すのは商売人としてあり得ない。
「ビュルシンク! 魔素伸剣の詳細を明かしただけでも厚意というものだ。今後、情報の具体的な扱いは伯爵へ報告してからだろう。そうだなディマス殿」
「その通りだ、エステバン殿。コーネイン商会長、ビュルシンク支店長もいいな」
「はい、伯爵の指示を仰ぎます」
「……分かった」
こういう時、権力が集中しているのは分かりやすい。伯爵が決めたと言えば、それに従うだけだもんね。だからって無茶なことは勘弁だが。まあ、それぞれの立場、利害関係も含めて、落としどころを見つけてくれるだろう。
もしかして伯爵って、調整役? 案外、気疲れする立場なのかもな。その伯爵もウィルム侯爵に従わないといけないしな。
「ここに呼ばれた時点で、いずれはトランサイトを扱う仲間だ。そう慌てるな」
「はい、男爵。大変失礼しました」
とは言え、職人の俺はコーネイン商会の下だ。ロンベルク商会は窓口として受けるくらいか。それか剣身はウチで他をロンベルクとする外注方式かな。いずれにしても独占状態には変わりない。何しろ出来るのが俺1人なんだからね。
これ、トランサス精霊石が大変なことになるな。いや、もう既に手は回してるか、そうだよな。問題は他の商会の反応だ。恐らく情報は一切出さないから、徹底的に調査するだろうな。俺、大丈夫かな。ちゃんと守ってくれよ……。




