第55話 ミランダ
「父さんも同伴するんだ、呼んでくるね!」
「ではここで待つ」
俺は武器を預けてクラウスを呼びに行った。
森側の城壁を出たら強化して全力疾走!
タッタッタ……クラウス発見。
「ハァハァ、父さん、ミランダ商会長からお呼びがかかったよ、来てくれって」
「今からか」
「うん」
クラウスと搬入口裏へ。
「来たな、では行くか」
俺とクラウス、フリッツの3人は中央区へ向かった。
「先生はどういう風に伝えたの?」
「トランサイトについて重要な案件がある、リオンの話を聞いてほしい」
「そしたら直ぐに来てくれと」
「そうだ。まあ彼女も仕事をしながら待っている。無理に急ぐことなく歩けばいい」
速足だった歩みを元に戻す。そうだね、商会長なら店にいれば仕事はある。
「俺はどういう風に話したらいいのかな」
「お前が思うままに話せばいい。ワシやクラウスは一切口を挟まん、そうだな」
「ああ、リオンに任せるよ」
「分かった」
1対1のやり取りか。うう、ちょっと怖いな。困ったらフリッツに頼ろう。
中央区の城壁を入る。武器商会は一角に集まっていたような気がするが。
「コーネイン商会ってどこにあるの」
「騎士団出張所の近くに騎士貴族商会が並んでいる。その南端がコーネインだ。そこの2階で彼女は待っている。名乗れば通すよう手配しているそうだ」
「うん、分かった」
中通りを南へ進む。
「こっちの通りの武器商会は入ったことないな」
「騎士貴族ではない商会は通りの向かいだからな」
ほんとだ、広い中通りを挟んでずっと向こうにルーベンス商会が見える。冒険者ギルドに寄せてるんだね。多分、村の住人もほとんどあっちに行くんだろう。
ロンベルク商会を過ぎて……ここか! 気品が漂う立派な建物だ。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、リオン・ノルデンです」
「商会長から聞いております、こちらへどうぞ」
女性店員が案内してくれる。確かメシュヴィッツと言ったな、この武器を家まで持って来た人だ。
奥の階段を上がり2階へ。通路にいくつか扉があり、その一番奥の扉の前で止まった。扉のプレートには商会長室と刻まれていた。
コン、コン。
「リオン様がお出でになりました」
「入れ!」
凛とした女性の声が中から響く、ミランダだ。
「失礼します」
俺たちを中へ入れるとメシュヴィッツは扉を閉める。彼女も同席するようだ。
部屋は8畳ほどか、扉の近くに低いテーブルと両側にソファ、かなり高級そうな質感だ。その向こうに、これも相当上質な机と大きな椅子、その椅子にはミランダが座っていた。隣りにはここの店員の服装をした男性が立っている。
「そこへ掛けてくれ」
彼女は告げると椅子から立ち上がる。出で立ちはいつもの騎士服だ。
フリッツ、俺、クラウスとソファに座り、その向かいにミランダとメシュヴィッツが座った。クラウスとフリッツは自分の武器を外しソファに置く。俺も習い同じようにした。
「失礼します」
男性店員がテーブルの上で手を広げる。音漏れ防止の結界か。
「……終わりました、範囲は半径3m、効果は1時間です」
「では下がれ」
男性は部屋を出て行った。
さあ、やるぞ! まずは出所を調査してるかだ。
「急に呼び立てて、すまない。フリッツから重要な案件があると聞いたのでな」
「いえ、むしろ直ぐ対応していただき、ありがとうございます」
「ほう、そちらも急ぎか」
「俺たちはそうでもありませんが、コーネイン商会に迷惑を掛けるかもしれないので」
「……それは何故だ」
少しきつい目で問い返してきた、怖い。
「先日お譲りした武器、あれの出所を調査なさっているのではないでしょうか」
「……」
「ルーベンス商会の職人を詮索をする行為は、こちらの商会の不利益となる可能性があります。ですから、その必要はないと早くにお伝えしたかったのです」
「……何が言いたい?」
「ルーベンスの職人が作った武器は、間違いなくトランサス合金です。トランサイト合金ではありません。従ってその職人は無関係です」
ミランダは少し目を開いた。やはり調査をしていたのか。
「なぜそう言い切れる?」
「ジェラールから譲り受けた時にもトランサス合金だったからです、しかしながら、そちらへお譲りした時にはトランサイト合金に変わっていたのです」
初めからトランサイトだった可能性もゼロではないが、それを考えると先へ進まない。ここは言い切ってしまおう。
「この武器、大変高価な品をご用意いただき、ありがたく存じます。これも受け取った時にはトランサス合金でした。しかし、今、この武器はトランサイト合金となっております」
「なんだと!?」
ミランダは少し前のめりになった。俺は武器を差し出す。
「抜いてご確認ください」
「……これは!」
鞘から10cmほど抜いたところで驚きの表情に変わった。
「メシュヴィッツ!」
「はい」
隣りの職員の名を呼び、剣を鞘から抜き机の上に置く。メシュヴッツはしばらく剣身を見つめ言葉を発した。あ、鑑定できるのかこの人。それなら話が早い。
「トランサイト合金
切断:327
斬撃:315
特殊:魔力共鳴、魔素伸剣
定着:1年15日19時間
製作:コーネイン商会、剣部門アルフォンス・エーベルヴァイン」
「……」
ミランダは最初こそ驚いたが直ぐに表情を整え徐々に口角が上がっていった。
しかしメシュヴィッツ若いのに優秀だな。成分は見えないようだが十分だ。
「鑑定がお出来になるのですね」
「恐れ入ります」
メシュヴィッツはにこやかにほほ笑んだ。
「ハッハッハッハッハッ! これは傑作だ、まさかの2本目が目の前にあるとはな!」
急に笑い出すからびっくりしたじゃないか。
「ああそうだ、確かにお前の言う通り、ルーベンスに探りを入れる準備をしていた、敵対行為と分かっていてもな」
やはりか。
「分かった、向こうの職人は無関係なのだな、それではもう調査は中止させる。確かに今伝えてくれたのは助かったぞ、揉め事を作れば後が面倒だからな」
「急いでよかったです」
「それで、ここに来たのはそれだけではあるまい。考えを申してみよ」
「はい、トランサイトの運用をコーネイン商会に預かっていただきたく、お願いに来た次第です」
本題だ、どうか。
「……我が商会で売れと」
「はい」
彼女は少し考える。
「……それは願ってもないことだが、商品として扱うなら知るべきことがある。渡したトランサスがトランサイトとなってここにある理由を教えてはくれないか」
そうなるよな、じゃあやるしかないか。
「分かりました。この武器を共鳴させても構いませんか」
「ああ、構わんが……」
俺は立ち上がり武器を持ち、ソファの横へ移動し構えた。
「よくご覧になって下さい」
ミランダは少し困惑した表情で様子をうかがう。
いくぞ、共鳴!
キイイィィィーーーン!
20%、30%、40%……
キイイイィィィーーーン!
60%、70%、80%……
「今から100%を超えます」
「!?」
90%、100%……
いくぞ、トランサイト、お前の真の力を見せろ!
ギュイイイィィィーーーン!
130%、140%、150%……
ギュイイイイィィィィィーーーン!
160%、170%、180%……
改めて感じるその力は凄まじい、今なら何でも切り裂けるぞ。
しかしやはりここまでか、剣身がもたない。
シュウウウゥゥゥーーン
「ハァハァハァ……180%まで到達しました、これ以上は武器が砕けるでしょう」
俺は剣を机に置き、ソファに座った。
「リオン、大丈夫か」
「ふーっ、はぁ、大丈夫、でも少し休ませて」
ミランダは口が少し開いたまま固まり、メシュヴィッツは怯えた表情だ、怖がらせてごめんよ。
俺の息が整うのを待つ。
……。
落ち着いたところでミランダが口を開いた。
「今の共鳴強化がどう関係あるのだ」
「トランサス合金に先程の共鳴強化を施しました。お譲りした1本目は140%を超えた辺りまで、この2本目は180%辺りまでです。2本目は直後の鑑定でトランサイトに変わっていることを確認しました」
「お前が共鳴でトランサスをトランサイトに変えたというのか」
「状況から判断するとその結論に至りました」
「ふぅむ……」
彼女は武器に目を落とし少し頷いた。
「目の前に2本目があるのだからな、お前の言う通りなのだろう。その上、先程の共鳴ならば、その様な作用を引き起こせるかもしれん」
ほっ、信じてくれたようだ。
「ただ、詳しいことは分かっていません。共鳴率は何%必要なのか、武器の成分割合はどうなのか。それから2本とも子供用の剣身です、大人用でも出来るのか」
そう、剣身50cmの子供用なんだよな。大人用は70cm~長くて90cmあたりか。アルベルトのベリサルダ合金を共鳴させた時は少し魔力が多めに必要だった。恐らく魔力量を増やせば変化は可能と思うが。
「偶然にも想像できない条件がたまたま揃って出来た可能性もあります。従って次できるかどうかは何の補償も無いのです。ならば条件を検証すればいいのですが、個人ではとても難しいことです」
ミランダは少しほほ笑んだ。意図が伝わったようだな。
「それでウチの商会を使って検証し、代わりに売る権利を与えると言うのだな」
「はい。検証を十分行い、商品として運用可能と判断されたなら、俺は共鳴強化だけを担い、他は全てお任せします。そして俺の存在は隠してほしいのです」
「ふむ……」
悪い話では無いだろう、どうだ。
「このことを告げた商会は他にあるか」
「ありません」
「フフ、色々と考えた上での取引か……。最初に話を持ってきてくれたことを感謝するぞ。心配するな、お前が圧倒的優位にある」
まあ、そこまで取引みたいに拘ることは無いけれど、商会の立場ならその方が分かり易いか。まあお金も絡んでくるから、その辺ハッキリさせた方がいいね。
それより、身の安全だ。
「俺は商売には全くの素人です。業界の常識や非常識もあるでしょう。トランサイト製品が、どれほどの影響を及ぼすのか分かりません。正直言いますと怖い面もあります」
「言わんとしていることは分かる。職人にまつわる酷い話はいくらでもあるからな。お前がウチに付くなら全力でその身を守るぞ」
「それを聞いて安心しました」
よかった……。え、でも、ウチに付くなら、って言ったな。よそに付いたらどうなるんだろう。怖い。
「リオンよ、お前はトランサイトがどれほどのモノか把握しているか」
「少しは……」
「これはとんでもない代物だ。生産できるとなれば、かなりの大事になるぞ」
やっぱりー。
「無論、自ら使い試した。お前ほどの共鳴は出来んがな。そうだ、先程の共鳴、あれだけでもとんでもないことだぞ、それを分かっているか」
「はい、何となく」
「王都士官学校の、特別待遇は間違いない」
出た、王都特待生。
「まあ、そのことについては今はいい、トランサイトだな。うむ、分かった、取引に応じようではないか。お前の望む環境を出来る限り用意してやる。こちらとしても情報が必要だからな、そちらも協力を頼むぞ」
「それはもちろん」
よし、やった。まあ断れば他の商会に行く可能性もあるからな。繋いでおくのが当然だろう。
「これより、お前はコーネイン商会の職人となる。本来は雇用契約をし、必要書類にサイン、及び、契約士による登録手続きを行うのだが、扱う鉱物がかなり特殊であり、且つお前の関与を隠すため、それらを省くことにする、いいな」
「はい」
「クラウスもいいか」
「はい」
「証人はフリッツとメシュヴィッツだ、いいな」
「構わん」
「はい」
そっか、ホントは色々手続きが必要だよな。でも残るからマズいと。本人と親に口頭確認、そしてお互い1人の証人か。
「報酬の算定は今すぐには出来ん。検証結果を見てからだ。それでいいか」
「はい、お任せします。そもそも俺は金儲けが目的ではありません。トランサイトを最前線で必要としている人に届けられれば、それでいいです」
「フッ、見上げた志だな、だがそれでは飯は食えん。正当な対価を用意してやるから安心しろ」
お金はまあ必要だけどもね。これに関しては価値がさっぱり分からんし。任せよう。
「それで、あの共鳴はどのくらいの間隔で出来る?」
「連続でやったことはありませんが、15分休めば十分かと」
「そうか……」
うわ、本数やらせる気だな、ま、まあ、そうなるわな。検証するにしても。
「メシュヴィッツ、本店のフリンツァーに急ぎ伝えろ、トランサスの全店舗、全工房の在庫確認、それとトランサスの試験用素材を全武器種、最優先で用意だ」
「はい!」
メシュヴィッツは返事をすると同時に立ち上がり、全く無駄のない動作で部屋を出て行った。
試験用素材? 武器種ごとに用意するって言ったな。何だろう。
「お前は明日、訓練討伐だったな。昼までか」
「いえ、西区の風呂を明日から利用できるので、向こうに1日いるつもりです」
「ならば今日の方がいいな……夜になるが、もう一度ここへ来てもらえるか、時間はまた使いを出す」
「はい、分かりました」
訓練討伐はなるべく行きたいからな。今晩か、検証をするんだな。
「それにしても、あの共鳴を15分休めばできるだと? はははは、私がもしできたとしても意識を失い1日は動けんぞ。一体お前の魔力操作はどうなっているんだ」
「はは……」
うー、正直あんまり見せたくなかったが、トランサイト製法を説明するには仕方ないんだよね。
あ、そうだ、他の商会のこととか心配ないのかな。特に貴族商会は。
「あの、聞きたいのですが」
「なんだ」
「その、貴族社会というものを俺は分かりませんが、コーネイン商会で独占しても問題は無いのでしょうか」
「はははははっ! 生意気なことを言う。心配するな、こういう時のために普段からあちこちで面倒な付き合いがあるのだ。それに適切な段取りがある。ウィルム侯爵に了解をとれば何も問題ない」
うは! 侯爵だって! 一気に上に行くんだな。
「侯爵はサンデベールの全てを決める権限を持つ。必ずいい方向へいくぞ」
「わ、分かりました。お手数をお掛けします」
サンデベールだけで1500万人いるんだぞ、物凄い権力だな。
「手数など構わん。貴族とは面倒な駆け引きばかりだからな、慣れている。それに普段からこういった新しい物を探しているのだ、手に入った時のことも想定してな。ただこの件は数段飛び抜けているぞ。故に腕もなると言うものだ」
おお、頼もしいお言葉!
「あとの2人からは何かあるか、クラウス」
「はい、俺はもうリオンの意志に任せます。もはや家で納まる内容ではないですし。聞いての通り、彼はしっかりしてますので、後はそちらとやり取りしてもらえばそれでいいです。親の承認が必要ならば、いつでも言って下さい」
クラウス、すまない。ここのところ悩ますばかりだったね。後は俺が頑張るよ。
「安心しろ、この子は宝だ。全力で守る。フフ、同年代の子を持つ親としては羨ましい限りだぞ。……ときに、クラウディアという士官学校中等部2年の娘がいるのだが、会ってみる気はないか、とても可愛らしいぞ」
クラウスと俺をチラチラと見る。囲い込み早いな!
「俺は構わないが、なあリオン……」
「リオンは同じ8歳のウチの孫ととても仲がいいのでな、そうだな、リオン」
「え、あはい、ミーナと仲良くさせてもらってます、それはもう」
「……まあいい、お前自身が決めることだ」
ミランダ……望まぬ結婚を受け入れ、それに全力で応えたんだよね。貴族となることの意味をよく分かってるみたいだ。
「他にフリッツはあるか」
「ワシからは無い。クラウスの言った通りだ」
「そうか……リオンには護衛を付ける、既に要人だからな」
「それは目立つ、ワシでは不十分か」
「フリッツにも生活がある、専門へ任せろ」
「……分かった、リオン、いいか」
「あ、え、はい」
うは! 護衛だって。どどど、どうしよう。
「新たに西区へ居住させるだろう、お前たちと変わらぬ住人としてな。人選や手続きにやや日数を要するが容赦いただきたい」
「ああ、それはもう、お任せします」
「本当は今からでもメルキースの屋敷へ向かってほしいのだが、それは難しいのだろう」
「……はい、俺は西区を離れる気はありません」
やっぱり、安全を確保するならそれが一番だろう。でもそうなったら、俺は確実に男爵家に取り込まれるな。それを今判断できないよ。
「この件はアーレンツ子爵、ゼイルディク伯爵の耳にも入る。ウィルム侯爵へ報告するために必要だからだ。先の護衛も伯爵が手配するだろう。トランサイトは、それだけの事だと理解いただきたい」
ああ、そういう決まりなのね。うん、仕方ない。
「力を持つ者は貴族との絡みが増える、これは仕方のないことだ。望まぬともな」
「……はい、覚悟しています」
「フッ、まあそう気張るな、大したことは無い。私とて……いや、言うまい」
ミランダ、板挟みになるようなことはならないで欲しい。
「では解散する。夜の時間をまた伝えるからな」
商会長室を出る。
色々販路とか保守とかも考えたけど、全然それ以前の問題だったな。ここは素直に任せよう。いち職人が口出しすることではない。俺は共鳴だけを頑張ればいい。




