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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
54/321

第54話 商会選定会議

 西区の自宅にフリッツ、カスペル、ランドルフを呼んだ。クラウス含めてソファに座り、俺に注目する。


「リオン、大体の方針は決まったのかい」

「うん、じーちゃん。今から話すよ。まずノルデン家で商会を立ち上げる案は止めにする。理由はトランサイト生産を安定して行える保証は無いから」

「確かにそうだの」

「隠された条件があるやもしれん。あの2本は偶然できたかもしれんぞ」


 まだまだ分からないことが多い。


「もし突然、トランサイト生産が出来なくなったら、商会を維持する基盤は無いよね」

「終わりだの。既存武器で続けるにしても、ぽっと出の武器商会に精霊石なぞ回って来んぞ」


 言われてみればその通りだ。何の後ろ盾も繋がりもない零細商会なんか相手にされないね。トランサイト生産が順調でも、トランサス含めた素材の流通を絞られたら厳しい。むしろそれをネタにして不公平な取引を迫られるかもしれない。


「店舗や工房なんか無くても、客から預かったトランサス合金を共鳴変化だけ請け負う方法もあるんじゃないか」

「それでは商会と呼べんぞクラウス。それ以前に西区で商売なんぞできんじゃろ。のうフリッツ」

「うむカスペル。不特定多数から利益を得るなら中央区へ出店するしかない。店舗ではなく小さな窓口でも事前に領主の許可が必要だ。もちろん既存の武器商会は快く思わないため、何かしらの妨害はあると見ていい」


 そんな規則があるのね。ああ、ミランダがリチャードに目を付けていた理由はそれか。彼は無許可で鑑定商売を行っていたかもしれない。


「運良く窓口を構えられてもトランサイトは破格の品だ。生産者のリオンに辿り着くまで時間は掛からない」

「そうなったらお前さんを取り込むため何でもするぞ。正攻法ならまだいいが、中には強硬手段を用いるだろうて。連れ去り監禁して生産を強要する。もしくは他に渡るのを阻止するため殺害を企てるやもしれん」


 だよねぇ。いい方向には進むはずが無い。


「身の安全を確保するためには、俺の存在を絶対に悟られてはいけない。だから信頼できる商会の後ろについて、生産だけを担う関係が一番いいかなと」

「うむ。それがいい」

「他に方法は見当たらないの」

「商会所属の職人になったら様々な制約が増えると思う。もちろん利益も独占は出来ない。それでもトランサイトは世に出すべきだ。最前線で戦う騎士や冒険者の力になりたい」

「よくぞ言った。特に弓使いは待ち望んでおる」


 弓は適性がいいからね。


「協力を依頼する武器商会、まずはコーネイン商会を考えています。経営者のメルキース男爵はどんな人か知らないけど、ミランダ商会長は信頼できる人物と判断しました。地理的にも近いから何かとやり易いとは思う」

「男爵は武人だ。長期に渡り討伐部隊長を務め、最前線で魔物と対峙してきた。武器品質の大切さはよく分かっている」

「人柄は、そうさの、規律に厳しいが、部下の世話もよくしておったと聞く」


 男爵は討伐部隊長だったのか。厳格だけど目配りもできると。


「メルキースの統治もうまくできとる。まあ実際は優秀な側近の手腕だろうがの。いずれにしろ男爵家は領民から慕われとるぞい」

「2人の息子もよい指揮官に育ったな」


 内政も問題ないならトランサイトも正しく取り扱ってくれるはず。2人の息子とはエリオット部隊長とセドリック副部隊長か。エリオットの妻がミランダだ。


「次の候補はロンベルク商会。コルホル村の領主がアーレンツ子爵なので何かと融通が利くと思われます。西区城壁の部屋を即決していたので教育に対しても理解がある印象です」

「子爵も武人じゃった。この村の開拓には先陣を切って取り組んでおったぞ」

「ワシも短い期間だが部下として仕えた。現場の判断に優れた指揮官だったな」


 フリッツは子爵と共に魔物と戦ったのか。なるほど伝手があるとはそう言うことね。


「アーレンツの士官学校は初等部もあり熱心に教育している」

「何歳から入れるの?」

「初等部は7~9歳、中等部は10~12歳、高等部が13~15歳だ。ゼイルディクには4つ士官学校があり、初等部はアーレンツとメールディンクだけ。リオンなら今すぐ編入できるぞ」

「それは遠慮します」


 じゃあ残りの2つがクランツとメルキースだな。そう考えるとゼイルディクでも重要な地域の1つかも。そのメルキースを挟んでコルホル村を統治するのがアーレンツ子爵か。


 3つの村と街道の繋がる地域、そして領主。このラインは販路としても活かせそうだね。


「サガルト村の領主は誰ですか?」

「中東部バイエンス子爵、ゼイルディク伯爵の次男であり自身は浄水士だ」

「騎士系ではないんですね」


 となると北東部クランツ男爵の影響が大きいかも。ガイスラー商会か。


「カルニン村の領主は誰ですか?」

「中北部のフローテン子爵だ」


 ルーベンス商会ね。じゃあ北部デルクセン男爵のユンカース商会と住み分けているのか。


「貴族の経営する商会とその影響下にある地域か」

「うん」

「どの商会もゼイルディク全域に支店なり窓口がある。武器製作はどこでも依頼可能だ。もちろん工房の規模や場所によって完成期間に影響はある。後の保守も含めてな」

「では本店が近いとやり易いですね」


 トランサイトを効率よく前線にと考えれば、ガイスラー、ユンカース、ルーベンスも候補だ。まあそれらが剣身をコーネインかロンベルクへ外注すれば同じことかな。


「ここの中央区にはコーネインとルーベンスが保守専用の工房を構えている。他の騎士貴族商会で買った品は主にコーネインが世話をしているな」


 騎士貴族は横の繋がりもありそうだ。ルーベンスはその他を引き受けていると。


「確かにトランサイト武器の保守も大事だ」

「たまたま思い付いただけです。保守は修理ですよね。材質の違いは影響ありますか」

「職人の腕前で差が出る。対象を熟知していれば新品同様の仕上がりだ」

「トランサイトを熟知って誰もいないのでは」

「……確かに」


 売った後のことを考えていなかった。


「元がトランサスだからトランサスの扱いに長けている職人で問題なく対応できると思うがの」

「確かカロッサ商会だったか。あそこはトランサスを得意とする職人が多かったな」

「商会長が鑑定士ギルド幹部ですよね」

「フローラの元職場だ。トランサイト研究に注力できたのもカロッサの環境が整っていたから」

「へー」

「トランサス含有の精霊石は20%があそこへ流れているらしい」


 流石は石廻し。その辺の調整もお手の物か。


「トランサイトが世に出ればカロッサはトランサスが絡んでいると直ぐに気づくぞ」

「たちまちトランサス精霊石の相場が跳ね上がるぞい。もちろんカロッサがたんまり抱えた後でな。こりゃ新規に製作は厳しくなるの」


 やっぱり精霊石流通に関与できる立場は大きいな。もちろん協力を依頼する商会は最優先でトランサスを確保するだろう。その不自然な動きにギルド側は何かあると勘ぐるね。まあ遅かれ早かれだ。


「ただいまー」

「おう、帰ったか」

「お話は続いてるのね」

「まあな」

「母さん2階へ行こ。邪魔しちゃ悪いし」

「そうね」

「ああ、すまんの」


 ソフィーナとディアナは2階へ上がった。


「2人には気を使わせてしまったの」

「ディアナは知らない方がいい」

「だがあれで何か察しているぞ。リオンも一緒に聞いてるからの」

「ねーちゃんには関わってほしくない。何がどう繋がるか分からないからね」

「うむ、それがいい」


 頭に入ると入らないでは全然違う。余計な心配事は増やさないでいい。


「あまり遅くなってもいかん。商会はどうするかの」

「ワシはコーネインでいいと思う」

「どこを選んでも行き来は多くなるから近いに越したことは無いな」

「リオンも第一候補のようじゃしの」

「じゃあコーネイン商会で決定だね。ミランダ商会長に話せばいいかな。とにかく業界に詳しい人に伝えて、向こうからいい方策を引き出す方が近道な気がする」

「その通りじゃ。ワシら素人では想像の域を出ないからの」


 うん。その道のプロに任せよう。


「ではワシがミランダに話を持っていく。明日は村に来るはずだ」

「町にいるの?」

「彼女は昨日今日と昼間は建国記念日の式典に、夜は晩餐会や舞踏会と忙しいはずだ」

「あーそっか、貴族の家だもんね」


 ミランダもドレス着るのか。ちょっと想像できない。


「最終日の行事は少ない。そもそも防衛副部隊長が何日も任務を空けられん」

「俺も一緒に行くの?」

「当然だ。まずは時間と場所を決める。トランサイトに関してリオンも同席すると伝えれば向こうは察して直ぐに動く」

「じゃあお願いします」

「では解散だ」


 フリッツ、カスペル、ランドルフは去った。


「ねーちゃんたち呼んでくるよ」


 2階へ。居間に4人が座る。


「私はもう寝る。疲れちゃった」

「俺も上がるよ」


 おやすみの挨拶を交わしてディアナと再び2階へ。それぞれのベッドに入り照明を消す。


「お話はうまくいった?」

「うん」

「そう、良かったわ」

「ごめんね、落ち着かなくて」

「いいの。知らない方がいいこともあるから」


 ディアナは何となく分かっているみたいだ。俺を中心に話が進んでいることを。


「ここの大人の人たちはとても優しいから、きっとあんたのためを思って沢山考えてくれてるんだよ」

「そうだね。ほんと頼りになるよ」

「あんたはきっと凄い未来がある。でも無理しないでね」

「うん、ありがと」

「じゃおやすみ」

「おやすみ、ねーちゃん」


 よし、動き出すぞ。でも慌てず、ゆっくりと確実に。



 ◇  ◇  ◇



 朝だ。部屋の明かりは点いている。


「おはよう。昨日と同じね」

「うん、目覚めたら明るくて、ねーちゃんがいない」

「下りる?」

「うん」


 2人で1階へ。挨拶を交わす。


「今日は料理の日だからそろそろ行くわね」

「母さん、私もいいよね」

「ええ、準備が出来たら来て」

「うん!」


 ディアナも朝から厨房に入るらしい。


「ねーちゃんも手伝うの?」

「もちろん!」


 頑張るな―。


「父さん朝の訓練いい?」

「いいぞ、行くか」


 クラウスと城壁へ。


 いつものメニューをこなし休憩する。着地訓練は14段目も余裕あった。明日は15段目の踊り場から挑戦だ。


「日に日に上達するな」

「少しずつだけどね」

「確実に身につけていくんだぞ」

「うん!」


 それなら1日中訓練に当てれば上達も早まる。しかし何となくそうじゃない気がする。どうも1日経たないと次の段階へ上がれない感覚だ。恐らく夕方まで着地訓練を続けても15段目から自信を持って飛べるのは明日になる。


 俺の体も少しずつ成長している。それに伴ってできることも増えるのではないか。もちろんほんの少しでも確実な進歩は凄いことだ。本来は何日も掛かるはず。


「さて、今日はどうなるか」

「例の件だよね」

「ミランダに連絡が行けば集合は直ぐだ」

「父さんも来てね」

「俺か……まあ親だからな」


 クラウスはやや疲れた表情だ。この案件は家族内で抱える範疇をとっくに超えている。


「ルーベンスでも良かったけどね」

「俺の意見か? そんなの気にしなくていい。たまたま利用していただけ」

「商会立ち上げも母さんは興味あったね」

「今じゃなくていいさ。うまく稼げばその機会は将来きっとある」


 無欲の2人から出た貴重な意見だ。できれば近づけてあげたい。


 ゴーーーーーン


 朝の鐘を合図に食堂へ向かう。机と椅子は昨日の昼に通路から食堂内に戻っていた。屋根はまだ無いが柱は何本か増えている。そう言えば男湯の脱衣所はどうなったかな。


「父さん脱衣所いつできるの?」

「さあな。この後、中の様子を見るか」


 トレーを受け取るカウンターにはディアナの姿が。


「ねーちゃん、お手伝い頑張るね」

「はいはい止まらないで! 持ったら直ぐに席へ行く!」

「う、うん」


 すっかり食堂の一員じゃないか。ふふ。


 いつもの席にトレーを置く。ソフィーナとディアナを待つためまだ手は付けない。


 メニューはパンとスープ、そして山盛りの野菜サラダ。料理の日は野菜が多めの傾向だ。出荷規格を満たさない野菜の行き場である。昨日の魔物に荒らされた畑、そこで傷んだ野菜も入っている。廃棄するよりずっといい。量は多いけど。


「あら、待っててくれたの」

「ねーちゃん、お仕事お疲れ」

「やるからにはしっかりね」


 4人揃い朝食が始まる。


「ねーちゃんは今日町へ行くんだよね」

「そうよ。昼をここで食べて、その後レイラたちと一緒に中央区の乗り場に行くの」

「次はいつ帰って来るんだっけ」

「7月よ。あと1月半ね」


 夏休みだったな。確か1カ月。


「コースの夏期講習があるから7月まるまるこっちにいないよ」

「そうなんだ」

「町の子は通えるけど村からは遠いでしょ。多分7月中旬にはまた向こうへ行くよ。レイラたちに合わせた日程になるかな」

「一緒に行った方がいいもんね」


 食事を終えて家に帰る。脱衣所の進捗確認を思い出してクラウスと浴場へ向かう。


「できてるじゃないか。これ完成だろ」

「ほんとだ」

「なんだあ? おまえらか」

「メルおっちゃん」


 後ろから声がかかる。


「今日、配管の最終点検で明日から入れるってさ」

「そうなんだー」

「じゃあ北区の風呂は今日が最後だな」

「礼の酒を荷車で運ぶから、手が空いてたら手伝ってくれ」

「おう分かった。中央区で買ってそのまま持っていくんだな」

「ああ」


 北区も最後か。世話になったな。


 家に帰って居間に座る。


「お昼も手伝うから10時くらいに食堂行くね。それまで母さんと中央区で買い物するから」

「行ってこい」

「町へ行く準備は出来てるよー」


 そう告げてソフィーナとディアナは家を出る。あの2人は昨日から何を買い漁っているのか。どうせ聞いても秘密だろうけど。まあ女性同士に詮索は無しだ。


「俺は畑に行く」

「今は何を作業してるの?」

「ほとんど草抜きだ。収穫予定だった野菜は魔物に踏まれたからな」

「俺も手伝うよ」

「いやいい。正直抜くほど草も残ってない。家にいてもやることないのさ」


 仕事が趣味だからね。何か手を動かしてないと落ち着かないのか。


「フリッツから声が掛かれば畑へ呼びに来てくれ」

「うん、分かった! 俺は搬入口裏に行くよ」

「立ち回り訓練か。誰かはいるだろう」


 搬入口裏にはカスペルとランドルフが座っていた。


「来たね」

「来たよ」


 ふふ、監視、お疲れ様です。


「今日は何を想定するんじゃ」

「ガルウルフかな、ランじいさん」

「!? リオンお前……ランじいさん、だと」

「そーだよ、じーちゃん」

「ワシは?」

「じーちゃん」

「カスパーでもいいんだよ」

「カスパーじいちゃんかー、長いからやだ」

「そうか……」


 あら、ちょっと寂しそう。やれやれ。


「じーちゃんって呼ぶのじーちゃんだけなんだよ。俺のじーちゃんは1人だけ」

「ほっほ、そうか。特別なんだな。ならいいぞい」


 ふふ、ちょろい。


 さー、ガルウルフでやるか!


「ふひーっ、休憩」

「ほっほ、日に日に動きが良くなっておる。そろそろ剣技も使ったらどうだ」

「……いや、危ないから。ここでは動きだけでいい」

「まあ、そうだの」


 やはり気づいていたのか。となると訓練討伐のメンバーも気づいている。うーむ、聞かれたらどうしよう。武器が強いからその必要はないとでも言うか。なんか余裕ぶっこいてる嫌な奴だな。でも仕方がない。


 それにしても本当にこの訓練で剣技を覚えられるのか? 剣技は斬撃の派生スキルだ。じゃあ斬撃レベルを先に上げる必要があるのでは。でもレベルが上がっているかは分からない。


 おや? 西区に続く道をフリッツが速足でこちらへ向かっている。ミランダに会えたのか。


「リオン、丁度良かった。ミランダから言伝だ。武器を持ち中央区のコーネイン商会へ来てくれと」


 来た! いよいよだ。

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