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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
52/321

第52話 10の商会

 中央区の少し高級な飲食店でノルデン家4人は昼食を続ける。パスタを平らげたクラウスは次の皿をまだかと待つ。もはや味を楽しんでるとは思えない。


 メインの肉料理が運ばれてきた。牛肉っぽい。皆、満足そうに頬張る。


「これはどこの肉?」

「次来たら聞いてみろよ」

「畜産が盛んなカルカリアじゃないかしら」

「いやー遠いぞ。カルニン村だろう」

「メルキースでしょ。メイルバルの牧場」


 皆の意見は様々だ。


「メニューがあったよ。メイルバル産だね」

「ほんとだわ」

「わーい、私の勝ち」

「ディアナ、こっそり見てただろ」

「読めないもん(ドヤッ」


 そこは自慢するところか。続いてサラダとスープが運ばれる。


「おいしい」

「香りもいいわ」

「食べごたえもある」


 メニューでは野菜スープだ。ミネストローネに近いね。


「お腹いっぱい」

「十分な量ね」

「満腹だ」


 大人用は量も多くクラウスも満足の様子。


「わあ、デザート!」


 これはティラミス……らしき何か。


「底にはベリーが沢山! んー、おいしい!」


 幸せそうに眼を閉じるディアナ。クラウスは一口で流し込み、お酒を楽しんでいる。


「この後ディアナと買い物へ行くわ」

「何を買うの?」

「秘密」

「ふーん」

「俺たちは西区へ帰ろう」


 レストランを出る。うん、美味しかった。全体的に濃い目の味付けだが、しつこくはない。前世のイタリアンに近いか。デザートも凝っていたし、この世界の調理技術は高水準だね。


 ソフィーナとディアナは通りへ消えた。俺とクラウスはギルドで武器を受け取り西区へ向かう。


「夜も外で食べるよね」

「さっきの向かいの店だぞ」

「楽しみ!」


 中央区は町中と見紛うほど飲食店が充実している。この世界では自宅で食事をとる習慣が無いからね。


 西区へ続く道沿いの畑に見覚えのある顔が。


「フローラさん。こんにちは」

「リオンかい。こんにちは」


 かなり西区に近い。これまでも何度と近くを通っていただろう。


「今から少し話がしたい。時間はあるかい?」

「あります」


 例の件だな。


 フローラと共に搬入口前のランドルフ近くに座った。クラウスは畑仕事に向かう。


「話は進んだかい」

「いいえ。色々と提案は聞いてますが」


 貴族への協力と自分たちで店を出す話をした。


「ほほう、商会立ち上げかい。面白いがまず無理だよ」

「商売を始めるんですからね」

「いや手順を踏めばそうでもないけど周りの環境がね。ゼイルディクで店を構える武器商会は10だ。お互い住み分けて丁度いい力関係で成り立っている。割って入るのはかなり難しいよ」

「ルーベンス商会は60%ほどの勢力と聞きましたが」

「それは10年ほど前の話さ。今は縮小してる」


 過去の話か。


「ルーベンス商会は中北部フローテン子爵が経営者。10年前に代替わりに失敗して大きく信用を落とした。今はまだその回復に注力している」

「何があったの?」

「当主が金儲けに走り過ぎた。自分たちに有利な規則を議会でいくつも通したのさ。もちろん票は金で買った」


 裏金か。


「まあ簡単に発覚して規則は失効。代わりにルーベンスにとって不利な規則が増えた。それでも平等だけどね」

「ふーん」

「現在、冒険者の客は35%ってとこ。騎士は5%くらいか」

「詳しいですね」

「職人や商会員の知り合いとたまに話すのさ」


 商会勢力は選定材料として大事だ。


「他の商会は?」

「西部ボスフェルトに本店を置くスヴァルツ商会。ここは冒険者10%、騎士2%くらいか。西部にはゼイルディクで一番大きい冒険者養成所があるからね」


 フリッツが教官を務めて、クラウスたちが学んだ養成所だ。


「南西部ハウトスミットにはカロッサ商会。ここも養成所がある。冒険者10%、騎士は1%ほどか」

「スヴァルツ商会と似てますね」

「南部ミュルデウスはブラームス商会。本部はウィルムだよ。ここも冒険者10%、騎士1%ってとこ」

「南部ならウィルムは隣りですね」


 ウィルムは広いから他にも沢山の商会がありそうだ。


「次に東部ベルニンクはラウリーン商会。本部はカルカリアだよ。冒険者10%、騎士1%だね」

「ラウリーンってメルキース内の地区名ですよね。同じ名前の理由はあるんですか?」

「40年前、ゼイルディクは魔物襲撃で大きな被害を受けた。その時、あの一帯の復興に尽力した貴族なのさ。ブラームス商会もそうだよ。ウィルムからの支援を指揮した貴族だ」


 その影響で名前が残ったのね。


「これら5つの商会で冒険者の75%は占めている。騎士は10%ほどか」

「よく分かりました。となると他の5つは騎士向けですか」

「その通り。中央北のメールディンク子爵が経営するエールリヒ商会。騎士25%、冒険者5%ってとこだね。領内には騎士団本部があるからゼイルディクの騎士4人に1人はここの品さ。領内には士官学校もあるね」


 メールディンクは騎士中心の地域なのか。


「中西部アーレンツ子爵のロンベルク商会。騎士20%、冒険者5%だね。アーレンツにも士官学校があるから利用者は多い」

「アーレンツ子爵! コルホル村の領主ですね」

「領内には養成所もあるから冒険者の客も増えている。価格は少し高めだけど」


 アーレンツは士官学校も養成所もあるのか。


「次に北部デルクセン男爵のユンカース商会、ここは養成所の他に騎士団の防衛部隊や討伐部隊の施設がある。全体では騎士15%、冒険者5%ってとこか」

「騎士団施設は関連性が高くなりますね」

「西部ボスフェルトも大きな騎士団施設がある。南西部ハウトスミットもね。ただ両方とも領主は騎士家系ではないから武器調達先に関与はしない」


 逆に領主が騎士家系ならズブズブなのか。


「北部デルクセンはカルニン村との街道が繋がっている。あそこの住人もいい客だ」

「地理的に近いのは大きいですね」

「北東部クランツ男爵のガイスラー商会。ここは士官学校と養成所がある。割合は騎士15%冒険者5%か。サガルト村の住人も利用者が増えてきたらしい。騎士団施設も多い」


 クランツは色々と抱えているね。ここまで騎士中心の商会は4つ、あと1つは。


「最後に北西部メルキース男爵のコーネイン商会。あんたが使っている武器だよ」

「はい」

「コーネイン商会も騎士15%冒険者5%ってとこだね。メルキースには士官学校と養成所がある。大型の騎士団施設も有して、コルホル村と街道が繋がっている。まあ知っての通りさ」

「クランツやデルクセンとよく似た構成ですね」

「メルキースも加えた3男爵はみな騎士家系で商会持ちだ。近くの村は領主は違えど大きな影響力を持っている」


 何となく商会勢力図は掴めた。この情報を覚えてるうちに紙にまとめたい。


「フローラさん、今聞いたことを書き残したいので家に帰ります」

「私が書くよ」

「それは手間をお掛けします」

「トランサイトの助けになるなら喜んで手伝うさ」

「リオン、言葉に甘えろ」

「はい。ありがとうございます」


 ずっと黙っていたランドルフが口を開く。正直、覚えきれていないから助かった。


「さあこれで分かったかい。商会を立ち上げても入るスキがない」

「本当ですね」

「加えて幻の鉱物を独占販売なんて周りの標的だ。一斉に潰しにかかる。そしてあんたの争奪戦が始まるね」

「それは……」

「職人の奪い合い何て酷いもの。ロクなことになりゃしない。最悪、殺されるよ」

「ひぇっ」


 自分の環境を脅かすならいっそ亡き者にしてしまえと。怖いよー。


 前世の作品でも見たな。飛び抜けた才能を持つ科学者や技術者。その多くは悲運な最期を遂げている。この世界でも記録が残っていない理由として挙げられるかも。


「どこも職人の情報は固く閉ざしている。お互いの詮索もしないよ」

「あの武器は銘が入ってましたよ」

「名前だけの責任者さ。本当の職人は分からない。職人は商会の命だ。組織が総出で守ってくれるよ」

「どこかの商会へ秘密裏に託す。これが最善の選択でしょうか」

「それが賢明だ。あとは経営者の手腕に任せればいい」


 現在の力関係だって落ち着くまで色々あったはず。それを乱せば多くの関係者に影響が出る。業界を熟知した商会経営者なら扱いをよく知っているってことか。


「意中の商会はあるかい」

「コーネインですね。いずれにしてもミランダ商会長は俺に接触を試みるはずです。現に武器は手にあるのですから」

「ルーベンスの職人を詮索すれば敵対を意味する。それでもモノがモノだけに突っ込むか。ただ運良く特定しても行き詰るね」

「何しろトランサス合金の製作者ですから」

「次は最後の持ち主だったあんたに尋問だ。その展開が見えているなら、いっそこっちから話を持ち掛けたらどうだい」

「……そうですね」


 地理的にもコーネイン商会なら最もやり易い。


「他にはメールディンク子爵のエールリヒ商会、アーレンツ子爵のロンベルク商会だね、やはり子爵の後ろ盾は大きい。ルーベンス商会もフローテン子爵だが騎士ではない。私は商売人より騎士家系を薦めるよ」

「何故ですか」

「騎士は魔物と対峙する最前線を知っている。あの鉱物は極めて優れた戦力だ。下らない金儲けの道具になって欲しくはない」


 フローラ……熱い想いを感じるよ。


「すまないね。私の我儘だ。あんたが稼ぎたいならそれでいい」

「気持ちは分かります。次の候補も同じく騎士貴族のアーレンツ子爵でした」

「ここの領主だから融通も利くね」

「俺は村を離れて工房に籠るつもりはありません。それを条件として協力できる商会は限られますから」


 西区でトランサイトを生産して後は任せる。これなら生活環境を変えずに職人として働けるよね。やっぱり託すのは領主のアーレンツ子爵かなー。


「ブラームスやラウリーンもどうかの。カルカリアやウィルムに通じればより多くの最前線に渡る。もちろんここの地盤を固めるのが先だが」

「商会から商会へ外注すれば出所は特定されないさ」

「そんなことできるんですか」

「実際あるよ。表面上の意匠や登録は販売商会でも、剣身は別の商会の職人だってね」

「へー」

「どうしても間に合わない期限や、素材の確保が難しい時なんかに、商会の評判を落とさないための最終手段さ。もちろん外注した商会には大きな貸しができる」


 様々なしがらみと努力があるのね。素材は精霊石か。あれの管理組織も力がありそう。鑑定士ギルドかな。


「精霊石を管理している組織は何ですか?」

「鑑定士ギルドだ。あそこは誰も手出しできない。何しろ生活の根源を握っているからね。やりたい放題さ」

「うへー」

「私も鑑定士ギルドに所属している。製品資格だけどね。精霊石は精霊石資格の保持者組織が管理さ。石廻しとか石流しなんて言われてる。どこも逆らえないよ」

「レア度4の情報は持っていますか」

「……私の口からは言えない」


 ここから先はダメな領域だ。止めておこう。


「実は精霊石より立場が上の組織がある。人物鑑定だ。あそこは色々と噂が絶えないね」

「人廻しですか。怖いです」

「実際は鑑定情報の売買程度さ」

「洗礼の後は他言しないって聞きました」

「他言の対象に鑑定士ギルドと貴族や金持ちは除かれる」


 じゃあ俺の情報は問題ないね。凡人以下だから。しかし鑑定士ギルドは真っ黒じゃないか。そう言えば俺を鑑定したシャルロッテは人物鑑定も精霊石鑑定も出来る。ドロドロでズブズブだったのか。


「リオン、ここで聞いたことは内緒だよ。私もあの鉱物は内緒にするから」

「……はい」


 フローラは敢えて内情を暴露して俺にもアドバンテージを取らせてくれたのか。秘密を共有する運命共同体かな。信用の証ともとれる。


 じゃあレア度4のことも聞きたい。トランサイトは限りなく4に近いのだから。でも結構踏み込むみたいだし頃合いを見てにするか。


「そろそろ仕事に戻るよ。さっきの話はあくまで私の意見だ。他でも引き合いに出して相談するといい。商会情報は紙にまとめて夜までにランディに渡しておくよ。じゃあね」

「ありがとうございました」


 おや? ランディとは。


「あの、ランディさんですか?」

「いかにも」

「ではランディじいさんと呼びます」

「ランでもいいぞ、カスペルはそう呼んでいた」

「……ランじいさんにします」

「はっは、好きにせい」


 ランだとランメルトも当てはまる。しかし彼はメルおっちゃんだから問題ない。


「中々に刺激の強い話もあったの」

「うん。最悪殺されるって」

「その前になんとかなるわい。まあ貴族に守ってもらうのが一番だ。お前はそれだけ価値ある人間。護衛も分からんように西区に入れるよ、料理人や浄水士、或いは住人としてな」

「うへー」


 でも要人の護衛として考えれば当然か。俺はその気になったら戦えるけど四六時中は無理だ。専門の人に頼った方がいい。


「ランじいさんも1人でも多くの最前線にって考えかな」

「お前はあれをやって体は心配ないのかい」

「平気だよ。少し休めば元通り」

「1日どれくらいできそうだ」

「うーん、試してみないとなんとも。多めに休憩で15分とすれば1時間で4本。午前、午後で3時間ずつで24本かな」

「それくらいが限界だろうて。数を多く作れば何か影響が出るやもしれん。慎重にな」

「心配してくれてありがとう」


 確かに思わぬ弊害が出るかもしれない。もしかしたら突然出来なくなる可能性もある。あー、商会立ち上げは、そういう面で危機管理が希薄だった。俺がこけたら終了じゃないか。


 他にも不確実な点は多い。1本目は140%を超えて変化。2本目は180%だ。ちょっと限界に挑戦したが、生産だけならそこまでの共鳴率は必要ないはず。


 素材割合や残りの定着期間なんかも関連性があるかもしれない。となると検証のためにトランサス合金の武器が多く必要だ。あー、こりゃもう個人じゃ無理だった。


「俺、決めたよ。貴族に協力してもらう」

「それがいい」

「問題は相手だね。ランじいさんはどう思う?」

「……ゼイルディク伯爵に話を持って行くか」

「伯爵!? 商会あるの?」

「いや無い。だから取り仕切りを依頼する。出所を伏せて商会に割り振ってもらうんだよ」

「なるほど!」

「アーレンツ子爵でも誰でも、ゼイルディクの貴族は伯爵に隠し事はできんからの」


 そうか伯爵か。


「しかしゼイルディク伯爵はウィルム侯爵に報告せねばならん。その次はプルメルエント公爵、最後はカイゼル王だ」

「えー!」

「リオンは王都行きが濃厚だな。或いはクレスリン公爵の元で働き、他国との取引材料に使われるか。いずれにしても工房で毎日ひたすら生産だ。お前が倒れるまでな」

「……その流れは避けられないの?」

「さあな。ワシでは想像の域を出ん。貴族ならいい方法を知っておるだろ」


 うーむ。先が読めないね。でも考えるだけでは先へは進まない。信頼できる権力者、今はミランダしか思い当たらないな。

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[気になる点] 「うーん、試してみないとなんとも。多めに休憩で15分とすれば1時間で4本。午前、午後で3時間ずつで24本かな」 一日中作り続けるつもり?英雄になる心構えは、無くなったの。
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