第5話 戦う農民
朝だ。といっても日はまだ昇っていない。
「おはようリオン」
ソフィーナがベッドの横で立っていた。
「母さんおはよう」
俺も起き上がりベッドを降りた。
「手伝うよ、収穫するんでしょ?」
「そうだけど、お手伝いは父さんに聞いてみてからね」
収穫。そう農作物の収穫だ。俺が住んでいるコルホル村には沢山の畑があり住人が世話をしている。雨が降ってなければ朝一で収穫するのが日常である。
そう、日常だ。よかった。昨日は色々あったけど再び変わらない毎日が来たんだ。
記憶の中でリオンが朝の収穫を手伝ったことは無い。ただ家で待ってても暇なんで申し出てみた。この世界の朝の様子にも興味があるしね。
部屋を出るとソフィーナが手をかざし階段の照明を点けた。それを見て俺は部屋の照明に手をかざし消す。
この世界には魔法がある。
照明は魔導具と呼ばれており、地球で言えば家電に当たる。動力は魔物から手に入る魔石だが、魔導具の操作は人間の魔力を使う。天井の照明のように少し距離があっても、魔力を飛ばす練習をすれば子供でも操作できる。
居間に下りてクラウスと挨拶を交わす。
「リオンも来るのか」
「うん行く」
「まあいいか、みんないるしな」
「じゃ準備する!」
よし、お手伝い許可でた。
洗面所に行って顔を洗い歯を磨く。水は精霊石に魔力を送れば出る。昨日2階のトイレで、興味津々、あれこれやってた自分を思い出しちょっと苦笑い。まあ、ああなるよな。
あの時は直径7~8cm、厚さ3cmくらいに見えたが、それは子供の手と対比してのこと。恐らく実際は直径5cm、厚さ2cmあたりだろう。定規とか無いので測りようがないが。
精霊石から水は出るが無限ではない。この洗面台の使い方だと大体1年くらいは持つらしい。残り少なくなると精霊石の色が薄くなり無色になったら空だ。替えの精霊石は村の雑貨屋に行けば売っている。
着替えて準備をし家の外に出る。薄っすら明るくなってきた。隣のブラード家からは伯父のランメルトが出て来る。
「よう、リオン、お手伝いかい」
「うん、終わったらおっちゃんの所も手伝うよ」
「こりゃ頼もしいな、ははは」
他の家からも続々と人が出て来る。みんな時計もないのにどうして日が昇る前に朝が来たのが分かるのだろう。長年の習慣かな。
クラウスが納屋から荷車を引き出し、鞘に入った剣を入れる。ソフィーナは弓と矢筒を入れた。ランメルトの荷車には長い槍が入っている。とても野菜の収穫に行く装備とは思えない。もちろん収穫用の鎌やハサミも荷車には入っているが。
この辺は魔物が出るのだ。昨日もキラーホークという鳥の魔物が襲ってきた。魔物のいる世界なのでそういうこともあるが、問題はその頻度。この村は割とよく魔物が出没する、それも2日に1回くらいのペースで。だから畑に出るときは武器の携行が必須である。
「様子はどうだ! 行ってもいいか!」
誰かが城壁の上に向かって問いかける。この村、なんと城壁があるのだ。
「いいぞ! 魔物はいない!」
「よし開けるぞ!」
城壁の出入り口を閉ざした鉄の扉を左右1人ずつ引っ張り、隙間が空いたらそこへ更に人が入り、城壁の壁際に押し込んで収納した。とても重い頑丈な扉だ。
扉が開くと城壁を貫通している通路が見える。長さ約3m、つまり厚さ3mの城壁だ。城壁の断面は緩やかな台形になっているから、上の方はもうちょっと奥行短いけどね。通路は幅約2m、荷車と人がすれ違えるくらい。高さは約3mある。
通路の先にはもう1つ扉がある。これも鉄製で内側の扉と同じ構造だ。外の扉も開いたら続々と住人が荷車を引いて外へ出ていく。俺もクラウスの引く荷車について行った。
外に出ると遠くまで畑が広がっている。さらにその先は森、さらにその先は高い山々が見える。ここより先は人が住んでいない。この国の人の手の入った最西端がこの目の前の畑にあたるそうだ。
後ろを振り返るとそびえたつ城壁。高さは7mくらいあるかな。少し離れても中の建物の屋根も見えず巨大な壁がそこにあるだけだ。
この村は4つの区域に分かれてる。
まず中央区。そこには町の出先機関の各ギルド支所、騎士団出張所、他に礼拝堂、宿屋、雑貨屋などがあり、さながら小さな小さな町みたいだ。南側には町へ繋がっている街道があり、村の玄関でもある。
そして中央区の東、西、北、それぞれの方向に畑が広がっており、その先は3つの居住区域がある。それぞれ中央区から見た方向の通り、東区、西区、北区となっている。それらの外側には更に畑が広がっており、各区域の住人が世話をしている。
この4つの区域が、それぞれ全て高く厚い城壁で囲まれているのだ。
城壁で囲まれてる範囲は中央区は上から見ると正方形に近いが、3つの居住区は中央区に向いている面が長く奥行きは短い、上から見れば長い長方形となっている。前世でいうと、麻雀の捨て牌置き場が中央区で3人打ちの各手牌が居住区の城壁みたいな感じ。
その中でも東区は2年前に城壁の拡張工事を終えて一回り広くなった。もちろん中の住居も増えて60軒に、元が20軒だから3倍だ。今年は北区の城壁を同じように拡張すると聞いた。俺の住んでる西区は2年後に拡張予定らしい。
畑に到着。もうかなり明るくなってきて野菜の色も判る。荷車から木製の収穫箱をいくつか降ろし、畑の中にある収穫用台車に乗せる。そして台車を収穫途中のところまで押していく。
早朝、畑にいるこの感じ、前世のそれと同じ匂いだ。
「リオン、魔物の鐘が鳴ったら直ぐに城壁へ走るぞ」
「うん、分かった!」
魔物の接近を確認したら見張りの台の鐘が鳴らされる。すると外にいる住人は武器を持ち一斉に警戒態勢。今は俺もいるから一緒に城壁入り口まで走ってくれるが、大人だけだったらそのまま戦闘に参加する。
しかし武器は持っていても農民が魔物と戦えるのかだが、この村の者は戦える。なにせみんな現役冒険者だからだ。クラウスも、ソフィーナも、ランメルトも、他のみんなも、ちゃんと冒険者ギルドに登録されていて、ギルドに行けば依頼も受けることができる。
順番から言うと先に冒険者を始めてる。そして結婚して子供ができたから落ち着きたいとか、最前線でやっていくのは年齢的にちょっと辛くなってきたとか、第二の人生に何か始めたいとか、農業に興味がある等、様々な理由でここへ移り住んだのだ。
みんな冒険者稼業との兼業であり、戦う農民というワケだ。
ゴーーーーーン
低い鐘の音が響いた。朝6時半くらいの合図だ。鐘は中央区で鳴らしてる。
東の空には太陽が城壁の上にまで昇っていた。
「ようし、このくらいでいいか、帰って朝飯だ」
「そうね」
「はーい」
クラウスが荷車を引いて俺とソフィーナが押す。ご飯食べたら納屋で調整して出荷だ。出荷先は中央区の農業ギルド。午前の受付終了の時間が決まっているので、それに間に合うように逆算して動く。普段見ない食堂の時計もこの時は頼りになる。
カカン、カカン、カカン……、カカン、カカン、カカン……。
かなり遠くで鐘の音が聞こえる。魔物襲来の合図だ!
「これは……応援要請!」
クラウスは荷車を止め鞘に入った剣を背負いながらそう呟く。ソフィーナも矢筒を肩にかけ弓を持った。ほんと切り替え早いな。
鐘の音が大きくなった。西区も叩き出したんだ。
「リオン急いで戻るぞ」
「うん!」
返事をして走り出すと畦道からランメルトが走ってくる。肩には槍を担いでいた。
「おいこりゃ西区じゃないな」
「とにかく城壁まで戻ろう」
しばらく走って城壁の入り口まで来ると沢山人が集まってた。剣を持ったイザベラもいる。
「あんたたち! 何か見えた?」
「いや何も、それでどこだ?」
「北区みたいだぜ」
クラウスが聞くと誰かが答えてくれた。
「お、伝令が来たぞ!」
すると馬に乗った騎士がやってきて、入り口の人だかりの前で止まると叫んだ。
「ガルウルフ約50! レッドベア7! 出現場所は北区の東側だ! 西区の者は北区城壁の西側から回り込んでくれ!」
「おうし行くぞ!」
「西区の力、見せてやろうぜ!」
「おっしゃーっ!」
武器を持った住人が動き出す。
「リーナたちといてね」
「うん母さん。みんな気を付けて!」
「おおう、任せておけ!」
ランメルトが拳を上げてニカッと笑う。クラウスは俺を見て少し頷いた。クラウス、ソフィーナ、ランメルト、イザベラ、4人は連携が成熟したパーティだ。絶対大丈夫。
「リオン、中に入ろうか」
「え、あ、じいちゃん」
いつの間にか隣りにカスペルがいた。
応援要請の鐘。
魔物襲来を知らせる鐘には種類がある。地上から、空から、数が多い、大型など。応援要請の鐘はそれらが混在した状態、区域の住人だけでは対応できるか分からない時に鳴らす。
今回の要請は北区だ。多分、東区と中央区の人たちも向かってるから、さっきの騎士の指示だと北区の城壁の両側から魔物の群れを挟み撃ちにする作戦らしい。
普段の魔物襲来は怖いけど、みんな強いからそこまで心配してない。でも応援要請の時はドキドキする。
「リオン、心配するな。村の精鋭が集結するんだ、ドラゴンでも倒せる」
「うん」
「さあ、家に入ってリーナたちと一緒にいてくれ」
「じいちゃんは?」
「わしは城壁に上がって様子を見る。クラウスたちが帰ってきたの見つけたらすぐ知らせに来てやるからな」
「うん! お願い」
カスペルは俺を家に入れると扉を閉めた。肩には弓を担ぎ、背中には矢筒を背負ってた。
「にーに!」
「リオン、いらっしゃい」
エミーとカトリーナが出迎えた。エミーの手には精霊石が先端についた杖が握られている。
「ばあちゃんも行くの?」
「ここにいるよ、かわいい孫たちを置いていけるかい」
カンカン! カンカン! カンカン!
「!」
「おやま、北区から流れてきたのか」
ここの鐘だ! 地上から来る!
「ばーちゃんううう……」
カトリーナがエミーにしがみついて怖がってる。さっきから鐘がなりっぱなしだし、外では大きな声が飛び交っている。
「大丈夫、城壁がある。それにじいちゃんが倒すさ」
「ううう……」
「もしここに魔物が来たって、ばーちゃんが燃やすから安心しな」
杖をカトリーナに見せてほほ笑む。エミーは火の魔導士だ。
◇ ◇ ◇
それから1時間くらい過ぎたか。
ドンドン、ドドン、ドドン……
勝利の太鼓! 終わったんだ!
「みんな帰ってきたぞ! 無事だ!」
カスペルが玄関を開けて叫ぶ。ああ、よかった。
家を出て、城壁の入り口内側付近でカスペルと一緒に待つ。続々と荷車を引きながら住人たちが帰ってきた。
「じいちゃん、こっちの鐘も鳴ったけど何か来たの?」
「ガルウルフが3体、1体はじいちゃんが仕留めたぞ」
「すごい!」
カスペルやるなぁ。……あ、クラウスいた! ソフィーナも! 少し後ろにランメルトとイザベラもいる。怪我はしてないようだ。
「父さん! 母さん!」
「お、リオン、これ納屋に置いたら朝飯に行くぞ」
野菜が沢山載った荷車を納屋に運ぶ。
「父さん、どうだった?」
「ガルウルフが56、レッドベアが7、それからキラーホークが8、かな」
「すごい多い!」
「まあでも実際西区だけで倒したのはウルフ10体くらいだろう」
「父さんも倒した?」
「いや俺はゼロだ、イザベラが2体倒したな。俺たちのパーティではそれだけだ」
「おばちゃん凄い!」
「今回は特に動きがよかった」
「私たちが行ってる間にこっちも魔物が来たようね」
「うん、じいちゃんが倒した!」
「はは、やるなあ義父さん。まだ現役じゃないか」
食堂は大勢の人でいっぱいだ。
「全く、朝飯前にしちゃあ仕事量多すぎだぜ」
「ああ、もう腹減って、ぐうぐう鳴らしながら戦ったよ」
「最後に出てきたキラーホークはちょっと気の毒だったな」
「おう、なにせ矢と魔法の集中で登場からすぐ全部落ちたからな」
「それにしても何人いたんだ、過剰火力じゃなかったか」
「さー100人以上はいたな」
「魔物の数としては要請レベルだが、途中から魔物の方が応援要請出したいくらいだったな」
「違いない、そんで出てきたホークも瞬殺と」
「はははは!」
「それにしても城壁前の畑は随分とめちゃくちゃになってたな、ご愁傷様」
「ああ、2枚はロクに収穫できないだろう」
「北区の何人かは殺気が相当やばかったぞ」
「ところでベア7体いたと聞いたが、行った時に立ってるの5体だったぞ」
「北区には熊殺しがいるんだよ……」
「ああ、あいつか、案外、畑の主はあいつかもな」
「おおう、そんでブチ切れたと」
「おい応援に来てた東区のやつら、頭数はいたけど動きがバラバラだったぞ。指示する騎士も頭抱えてたな」
「東区は拡張して今では去年入居したやつらの方が多いから、まだ連携出来上がってないんだろ」
「それでウルフがこっちに流れてきてたのか」
「人が多くなれば意見もそれだけ増える。まあ今回のことで分かっただろうから、次までにはまとめてくるさ」
「しかし久々の要請だったな、前は3カ月くらい前か」
「そうだな、確か東区の要請か、あんときの方が魔物は多かった」
「あー、マンティスが出た時だよな」
「おーそうだ、あいつ立ち上がったら城壁の高さ超えるとかどんだけデカイんだよ」
「最後は城壁に上がった弓士と魔導士が頭に総攻撃で沈んでたな」
「ああなったら連携も何も関係ない、数の力だ」
「ウチが要請出したのもう随分前か」
「んー去年の今頃だったかな、そうだ、城壁ぶっ壊れただろ」
「おーボアだな、派手に突っ込みやがってな」
「何年か前まではウチが一番要請出してたってな」
「らしいな、俺の入る前だから分からねぇや」
「つくづく危険な村だなここ」
「それでも離れないのはみんなここ好きなんだろ」
「まーな」
「はははは」
朝から酒が出てきそうなくらい盛り上がってる。
「あんたたち、いつまでくっちゃべってるの! さっさと出荷準備手伝いな!」
「……は、はい」
「……すみません」
「……すぐ行きます」
ふっ、面白いなあ。
「さーリオン、お前も手伝ってくれるか」
「うん行く!」
「ウチは午前の出荷もう間に合わないから、そんなに急いでしなくていいのよ」
応援要請レベルの魔物襲来を見張りが発見したら、鐘を鳴らすと同時に区域の伝令が中央区へ走る。それを聞いた騎士が残り2つの区域に伝えるためそれぞれ馬で走るのだ。魔物が来てない区域の住人は、鐘を聞いたら城壁入り口付近で騎士の伝令が来るのを待ち、状況を聞いたら応援に向かう。
応援要請の鐘だけは1つの区域が鳴らせば他の2つの区域に加え中央区も鳴らす。畑に出ていると要請区域からの鐘が聞こえない場合があるためだ。西区の畑なら西区の鐘は聞こえるからね。もとより東区と西区は距離が離れすぎていてお互いの鐘は聞こえないし。
畑で最初聞いた遠くの鐘は北区の鐘だった。あの位置でも北区ならギリギリ聞こえる。そのあとすぐに西区も鳴らしたからしっかり聞こえた。
今回のような応援要請レベルの魔物討伐となると、村の住人総出で、ちょっとしたお祭り騒ぎとなる。いや、そんなイベントみたいな悠長な事案ではないのだが、大勢集まってひとつのことに集中するのはとても盛り上がる。食堂で興奮気味に話してた彼らの気持ちも分かる気がする。
この村の人たち、いつも危険と隣り合わせなのに充実した日々を送ってるように見える。
「あんたたちもすまねぇな、助かった!」
「おー、お互い様だ」
納屋で両親と野菜の調整作業をしてると1人の男性が声をかけてきてクラウスが応える。西区では見かけない人だな。
「酒持ってきたから飲んでくれよ!」
「ああ、いただくよ」
男性は去っていった。
「父さん、だれ?」
「北区の住人だよ」
なるほど、さっきの応援要請のお礼か。
「父さん、応援何回くらい行ったことあるの?」
「んーここ2、3年で10回くらいじゃないか、ウチ含めて」
「えーそんなに! 魔物いっぱい来るのに怖くない?」
「怖くはない、みんないるしな。さっきも食堂で聞いたろ100人いたって」
「うん」
「この村も人増えてるから。それに魔物も以前より少なくなったしね」
「そうなの母さん、よく鐘鳴ってる気がするけど」
「あなたが小さい頃はもっと沢山魔物が来てたわ」
「おお、確かお前が生まれた年は毎月のように西区は応援要請だしてたな」
「そうそう、とんでもないところに住んじゃったって思ったわ」
「へー」
「俺たちが来る前はもっと酷かったらしい。じーちゃんに聞いてみろよ」
「うんそうする」
改めて、なんつー村だ。