第47話 検証への準備
コルホル村には学校が無いため10歳を迎える年には町へ出て寮住まいとなる。その子供たちがこの3連休を利用して村へ戻って来た。俺の2つ上の姉ディアナもその1人。
「うわー、久しぶりの中通り。あー、礼拝堂! お祈り行っていいかな」
「ねーちゃんが行きたいなら行こう」
道を横切り礼拝堂へ向かう。
その道は馬車が行き交い正しく車道だが住人はお構いなしに渡る。信号や横断歩道も無いから人が馬車を避けて好きな所へ行くのだ。それが成り立っているのも馬車の速度が村内では控え目で馬も人が前に出ると速度を落とすからだ。
「ここに座りましょう」
礼拝堂入り口近くの長椅子へ並ぶ。
「じゃあ祈るわね」
ソフィーナが告げるとディアナは手を組み目を閉じた。俺も習う。
神か……宇宙の声はそのうち俺に接触してくると言っていた。そのうちとはどのくらいか。ただこちらから接触できないなら待つしかない。まあ神の都合で好きにするだろう。
そもそも言いたいことがあるなら早く言えばいい。意思疎通できるならまず話し合いをしようじゃないか。一方的に魔物を送るだけなんて、まさか神はコミュ障か。
なんてね、とにかく殺す意思だけは強く感じるよ。だからって死ぬつもりはない、好きに生きさせてもらいます。
「行きましょうか」
「うん」
礼拝堂を出る。
「無事に村へ到着したことを感謝したよ」
「私はディアナが町で元気に過ごせたことに、リオンの冒険者としての才能に感謝したわ」
「リオンは?」
「お、俺もそんな感じ」
神に文句言ってたなんて言えない。
「へぇリオンは冒険者の才能あるの、洗礼でいいスキルを授かったのね」
「あーはは、どうだろう」
「リオンはもう冒険者なのよ、訓練討伐に参加してるの」
「え、凄いじゃない!」
「口座の記録を見せてあげたら?」
「うん」
ディアナに控えた羊皮紙を渡すと立ち止まってまじまじと見つめた。
「ねーちゃん読める?」
「そ、そうね、大体は。お金が増えてるのは分かるわ」
「へへー」
「いやーびっくり。さっきは抱きついて泣いてたくせに、もう魔物と戦ってるなんてね」
ディアナから羊皮紙を受け取り仕舞う。
「訓練討伐は知ってるわよ。近くの席でカルロスっていう子が行ってるの」
「ねーちゃんの学校から来てるんだ」
「そうよ、1年生は2人、2年生は4人、3年生は6人かな」
「1学年って何人?」
「200人だよ」
ほう200人中で2~6人か、1クラスが40人としたら1人いるかいないか程度だね。町からは20人来ているからディアナの学校から12人ならあと8人は別の学校かな。
「カルロスは知らないけどジェラールとマルガレータは同じ2班っていうパーティだよ」
「え! マリーと同じなの、まあ何てことでしょ」
「マルガレータを知ってるの?」
「何と言うか、色々有名なのよあの人は」
「そ、そう」
リーダー気質な面があるからまとめ役なんかを買って出ているのか。
「そのジェラールっていう子も聞いたことある、女子に人気よ」
「へー」
彼はイケメンの部類ではある。加えて性格がいいし話しやすい。間違いなくモテるな。
「ねーちゃんも気になる?」
「ないない、男子に興味ないわー」
あらーそうなの。でもディアナはかわいい方だと思うし、このサバサバした性格を好む男子はきっといるよ。ソフィーナは俺たちのやり取りに苦笑いしているな。母親としてはディアナの将来が少し心配か。
カンカンカンカン! カンカンカンカン!
魔物の鐘だ! 少し遠いが確かに聞こえる。
「東区に大型が来たようね」
「わー、魔物の鐘! ひっさびさに聞いたわ。村に帰ったって感じがする」
「町では無いの?」
「鐘自体は見張り塔にあるそうだけど鳴っているところを聞いたこと無いわ。学校と寮の合図の鐘はよく聞くよ、品のある音色なの」
「へー」
「カラーン、カラーン、って感じよ」
授業時間などのチャイムみたいなものか。
「うわー西区の城壁だー、ははー」
搬入口へ続く道を進むとディアナ嬉しそうにはしゃぐ。
ポツポツ……。
「降り出したね、急ごう」
速足で西区に入る。
「うわ! 食堂の屋根がない! 話には聞いてたけど大変だったみたいね」
「ワイバーンはかなりの魔物だったよ」
「最初に知った時はもう心配で心配で。でも西区の住人に怪我人も出なかったと聞いて安心したわ」
「ベラが首を落としたのよ」
「ベラおばちゃんが! やっぱ凄いや、ここの人たち」
机と椅子が並んだ通路を歩く。雨が降る前に移動しておいて正解だったね。
「ベラおばちゃーん!」
「あらディアナ、お帰りー!」
イザベラを見つけたディアナが駆け寄り、お互いに手を握ってニコニコと言葉を交わす。この2人は雰囲気が似ている。気も合うのだろう。
「リーナも元気してたー?」
「ねーね!」
カトリーナはディアナへ全力で突進するが彼女は甘んじて受け止めた。よく見ると接触の寸前に少し下がったな。なるほど頭突きの衝撃を受けない工夫か。カトリーナはブレーキの掛け方が未熟なだけで止まる意思はあるのだ。次回俺に来たら試してみよう。
「にーに!」
来た! 動きをよく見ろ! カトリーナの頭が腹に入る直前に少し後ろへ下がるのだ、下がり過ぎて彼女が転ばない様に、ほんの少しだ。
ポフッ
やったぜ、うまくいった。
「そうそうリオン、コーネイン商会の人が来てたわよ」
「え?」
「あんたの武器はルーベンス商会じゃないの?」
「そうだけど、あ!」
ミランダだ。代替武器が調達できたか。
「家の前で待ってたみたいだけど、あっ来たわよ」
「こんにちは、私はコーネイン商会コルホル支店のメシュヴィッツと申します。リオン・ノルデン様でしょうか?」
「はい、俺です」
「こちらはお母様でしょうか」
「ええ、母のソフィーナです」
「お持ちした商品はコーネイン商会長であるミランダ副部隊長から伝わった品です。これからお渡ししても構いませんか」
「構わないわ、家へどうぞ」
ソフィーナが応えて家へ向かう。ミランダって商会長なのか。
「リオンは訓練討伐へ行っているのに武器はまだだったの?」
「あーいや、ねーちゃん、これは貰いものがその、色々あって代わりにくれるんだって」
「ふーん」
説明し辛い。
居間に座る。
「父さんがいいかしら」
「親ならいいと思うよ」
「そう分かったわ。どうぞ掛けてください」
「はい失礼します」
メシュヴィッツは大きな袋から武器一式を取り出し机へ静かに置く。鞘に入った剣と体に固定するベルトだ。ベルトは腰と背負いの2タイプがある。
「これはミランデルかしら」
「はい。当商会の品をお知りおきくださり大変ありがとうございます」
「母さんミランデルって何?」
「コーネイン商会の武器ブランドよ。上品で女性に人気なの」
「おっしゃる通りです。今回トランサス合金の品が丁度本店にありましたので取り寄せました。どうぞお持ちになって下さい」
鞘に納めたまま武器を持ち上げる。この鞘のデザインは薔薇か。確かに女性らしい雰囲気を感じる。
鞘から抜いて軽く構える。
「握りは近い形状です。剣身も同じ50cmで8~10歳用です」
確かに持った感じは悪くない。あれと比べて僅かに細いがその分グリップ感が増す。剣身は少し青みがかった銀色。この質感はトランサス合金だ。
仮石付近のデザインも薔薇だな。客層が明確なら女性が好むデザインに振れそうだが、その様な意図は感じられない。全体的にシンプルにまとまっており質感からは気品が漂う。武器というよりある種の芸術品か。これはいい品だ。
「これは新品ですよね」
「はい。本店の展示品でした。お客様が手に取ることはありますが戦闘での使用は一度もありません」
「ええと定着期間は?」
「残り1年と17日です」
「あれは7日でしたよ、構わないのですか」
「もちろん構いません」
クラウスの言っていた通り、そう都合よく期間が短い在庫は無いか。子供用なら尚更だ。
「登録情報はどうなりますか」
「コーネイン商会コルホル特別用途として登録してあります。商会側はリオン様の所有と把握しておりますので、そのままお使いいただいて構いません。個人登録が必要でしたら店頭へお越しください。無料にて対応いたします」
ほう特別用途。店側で把握しているなら省略してもいいか。
しかしうーむ、ブランド品ならお値段もそれなりだろう。このまま受け取ればミランダに貸しができるぞ。それにトランサイトと引き換えとは言え元々貰ったものだ。受け取る権利はジェラールにある気がする。
うん、俺が受け取ってはいけない。タダより高い物はないのだ。
「すみません、やっぱり受け取りを考えさせて下さい」
「これは失礼しました。価値に見合っていなかったですね。お手数ですが店頭へお越しください。ご納得のいく品をご案内いたします」
「ああいや、そうではなくて」
「ご来店をお待ちしております、失礼します」
「え……あ!」
メシュヴィッツは逃げる様に去った。
「行っちゃったわね」
「うん」
「ねぇリオン、この武器で不満なの?」
「ちょっと事情があってね」
「ふーん」
どうしよう俺一人では決められない。クラウス、いやフリッツに相談しよう。
「ちょっと先生のところへ行ってくる!」
「えっどうしたの」
家を飛び出す。不在なら見張り台のクラウスに話そう。
レーンデルス家に到着。
「こんにちは!」
「おやリオンか」
フリッツは在宅だった。
「先生ちょっと相談があるんですけどウチまでいいですか」
「構わんぞ行くか」
フリッツを連れて家へ向かう。
「どうした」
「ミランダの言ってた代わりの武器が届いたけど高価すぎてとにかく見てほしい」
「分かった」
家に到着。
「これはディアナか、帰ったのだな」
「ミーナのおじいさん、はい今帰りました」
「学校はどうか」
「とても楽しいです! 友達もいっぱいできました」
「それは良かった。お前ならどこでもやっていける」
「はい、ありがとうございます」
ディアナすまない。せっかく帰って来たのに別件に掛かりっきりで。
「ねーちゃんごめん、ちょっと急ぎと言うか」
「いいのよ。私は母さんと2階に行くね」
「そ、そうね。行きましょ」
ディアナとソフィーナは2階へ上がった。空気の読める子!
「これがその武器か」
「はい」
先程のメシュヴィッツとのやりとりも説明した。
「ふーむ……はは、これは」
「どうしたの?」
フリッツは鞘を裏返しニヤリとする。
「お前を宣伝に使うつもりだ」
「あ!」
そこには大きくコーネイン商会ミランデルと文字がデザインされていた。
「使ってやれ」
「でも高いよこれ」
「あの鉱物とは比較にならん」
「そうだけど」
「リオン、これを引き合いに有利な物言いをすればそれは貴族家として恥ずべきこと。そのくらいミランダは知っている」
「あっ」
「むしろ貴族家として商会長として騎士団として出来得る最善の方法を取った。派手に使ってやれば彼女の恩に応えられる」
「……分かりました」
「もし何かあればワシに任せろ、伝手はある」
「はい」
ほっフリッツがそう言うなら使わせてもらおう。
「抜いていいか」
「うん」
「……うむ、これがトランサス合金だ。例の鉱物とは僅かに違う」
「そう言えば!」
「どうかしたか」
ランドルフに聞いた共鳴のことが気になる。フリッツの意見も聞こう。
「実は……」
「……なるほど共鳴か。確かにお前が作ったとすれば、ここまでの流れは説明がつく」
「どう思う?」
「とんでもない話だ。色々とひっくり返るぞ」
「だ、だよね」
「お前の感覚ではどうだ」
武器を握る。少し共鳴させてみよう。
キイイィン
5%くらいか。そうあの日、武器強化とは別の何かある感覚を掴んだ。その夜に壊れるほどの共鳴を施したが、もしトランサイトに変わったならあの時だろう。
「どうだ」
「……ある。何かは分からないけど共鳴強化だけではない」
「ふむ。まあ答えは簡単だ、やってみればいい」
「でももし本当にトランサイトに変化したら?」
「一大事だ。ならばそれを前提とした準備も必要となる」
「と言うと」
「情報を共有する人間、そして武器鑑定スキル所持者だ」
「そっか鑑定しなきゃ分からない」
誰が適任か。あのリチャードというフリッツの知人はどうだろう。
「そのランドルフの知り合いに頼んでみるか……リチャードでもいいができれば別の者が望ましい」
「そうなんだ」
「貴族家に知られる恐れがある。いやもう既にその線で動いているかもしれん」
「え!」
フリッツは窓の外を窺い目を細める。怖い事を言わないで。
「これは早く動いた方がいい。結果によっては対応も難しいぞ」
「そっか出来るとなったら、どうしたらいいか分からないや」
「知らせる人間もよく考えろ」
「うん」
「……そうだな、お前とワシ、クラウス、ソフィーナ。ランドルフとその知り合い。カスペルも入れるか彼にはごまかし切れん」
「最大共鳴を見せた人たちだね、じゃあえっとランメルトもだ」
「お前が入れたいなら加えよう」
俺の他に、フリッツ、クラウス、ソフィーナ、カスペル、ランメルト、ランドルフ、そして知り合い。7人か。
「いつにする?」
「早い方がいい。今日は……ああそうか見張りか、ならば夜か」
「じゃあ夕食後にここへ集合で。あ、ディアナどうしよう」
「ランドルフの孫レイラ、あれと同じ年だろう、一緒にいてもらうのはどうか。ランドルフが帰れば終わりの合図となる」
「家に行く理由はどうするの」
「ランドルフに何とかさせる」
「うは」
「いやまて、もう西区の風呂を使えるから女性と幼児は夕食後だ。となればソフィーナを除けば自然に集まることが出来る」
「確かに! どうしようソフィーナは後にするか」
「家族なら話す頃合いを図りやすい」
まあ彼女なら俺の好きなようにすればいいと答えるだろう。
「よしでは行動開始だ。まずワシはランドルフに伝える。彼の知り合い次第では鑑定持ちの段取りが変わる」
「そうだね」
フリッツは去った。
ゴーーーーーン
昼の鐘だ。
俺は急いで2階へ上がる。
「母さん、ねーちゃん、ごめん待たせたね」
「話が終わったならいいんだよー」
「ディアナと沢山お話できて良かったわ」
「ねぇリオン、このお花は誰から貰ったの?」
「ミーナだよ」
「やっぱり。いい子だよミーナは」
「うん」
「さあご飯に行きましょ、食べたら父さんと代わってあげないと」
クラウスはまだかと空腹で待っているからね。
食堂へ急ぐ。
しかし妙な展開になってきた。やってみるまで分からないけど、もしトランサイトが出来てしまったら色々と考えないといけない。どれほどの影響か想像がつかないから俺なんかでは判断が難しいぞ。




