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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
46/321

第46話 ディアナ

 西区への魔物対応が終わりクラウスは畑の片付けへ、ソフィーナは風呂へ向かった。男性の風呂の時間まで何をして過ごそう。訓練用の剣を持って搬入口裏へ行ってみるか。


「来たな」

「今日は訓練用武器か」

「うん、ちょっとね」


 カスペルとランドルフが日向ぼっこ、いや監視をしている。


「貴族は強欲やの」


 何でそれを!


「……リオンここへ座れ」


 示された場所に腰を下ろす。カスペルとランドルフの間だ。


「昼食後に騎士が急いで西区へ入った。その後クラウスとフリッツそしてお前が武器を持って中央区へ向かった。それから1時間ほど過ぎてフリッツが1人で帰って来る」

「彼に聞いたが何でもないと、これは何かあったと直ぐ分かったぞ」

「更に1時間後か、クラウスとお前が帰って来るが武器は持っていない。まあ、あれほどの素材だからの」


 状況から想像したのか。やるな。


「口止めされとるなら言わんでいい」

「いや素材のことだけだよ。武器はミランダ副部隊長に渡した」

「やはりな……コーネイン商会か。しかし無理じゃろう、何せ製造方法が未だ不明の素材じゃ」

「えっ」


 ランドルフは知っているのか。


「あれはトランサイト合金じゃろう」

「!」


 何故分かった。


「カスペルがダークイーグルに止めを刺したと聞いて直ぐ嘘だと分かった。それで問い詰めたらリオンがやったと」

「いやーすまん、こやつはごまかし切れんわい」

「いいよ」

「それで倒し方を不自然に感じ、職人だった知り合いに聞いた。すると強化共鳴で剣身の伸びる素材が存在したと。それはトランサス合金にとても似ていたとも」


 トランサイトも名前だけならクラウスやソフィーナも知っていた。元職人なら研究対象として情報を集めて当然だろう。


「リオンの武器だとは伏せているから心配するな」

「分かった。その知り合いってどんな人?」

「……中央区で専業農家として暮らしている。縁は遠いがワシの身内だ。若い頃には武器を手掛けてもらったこともある」

「へー」

「曰く、トランサイトの武器は絶対に作ることはできないと。そやつも長年取り組んで不可能と結論付けたのだ」

「職人の経験は説得力あるね」


 今の時代でも製造を試みる職人がいても不思議ではない。


「あれはどこで手に入れたかの、おお貰いモノだったか」

「うん、じーちゃん。同じ班の子で定着期間が残り少ないから譲ってくれた。トランサス合金と聞いて受け取ったよ」

「それは不思議だの」

「まあ男爵家なら出所特定も容易だろうて」

「しかし何故そんな希少品が世に出たのか、それも素材を偽ってまで」


 本当に不可解だ。もしトランサイトの製造に成功したなら大手を振って高値で売ればいいのに。いやできない理由があった?


「ワケありだの、さしずめルーベンスか」

「当たり」

「やはりな、大手は色々と抱えていそうだわい」

「貴族経営だよね」

「中北部のフローテン子爵だ。貴族院でも高い影響力がある。ゼイルディク伯爵にもかなり気に入られておるそうだ。おお確か伯爵令嬢を迎い入れたと聞いたが」

「ランドルフ、第3夫人の子だ」

「へー」


 この国は多妻制なのか。


「しかし素材を偽って流通はできないぞ、鑑定士や登録士が気づくからな。万一すり抜けても使用者が次の武器を新調する前に残り期間を鑑定士に確認させれば素材も分かる」

「その通りだカスペル。昇華までの3年間に一度も鑑定せずに人に譲るなぞ考えにくい」

「じゃあ何で」

「……商会や職人、そして鑑定士や登録士も絡んでいるか」

「え?」


 知ってて黙ってた?


「意図は分からんが関連する人間が全て承知の上でやったと」

「そんなことあるの?」

「いやない。と言うのも特に鑑定士だが、鑑定結果は必ず真実を伝えるという規則がある。違反すると手痛い罰則が待っておるぞ」

「うはー」

「となると鑑定士ギルドも容認かの?」

「規則違反を組織的に隠蔽なぞ大問題だ。それでも危ない橋を渡るほど見返りがあるようには思えない」


 考えれば考えるほど分からないな。


「……実はその知り合いが製造方法について気になることを言っておった。共鳴だ」

「え!」

「ランドルフよ、それはもしや」

「本来は製造後の使用に共鳴を使うが、工程から共鳴をさせることで材質の変化を発見したらしい。その変質部を鑑定したらトランサイトだったと、ほんの僅かではあるがな」

「凄い! 成功してる!」


 やるなぁ。


「試作は定着に失敗し昇華した。その後、何度も同じ方法を繰り返したが二度とトランサイトは出来なかったと言う」

「どうして? 1回は少しだけど成功してるよね」

「それが分からないから未知の素材なんだと」

「そっかー」


 トライ&エラー、ほんと新素材を作り出す人には頭が下がる。


「それでワシの推測なんだがリオン、お主はとんでもない出力の共鳴を見せたな」

「うん……まさか」

「あの共鳴で材質変化が起きたやもしれん」

「えーっ!」


 何だって、俺がトランサイトを作った?


「ランドルフいくらなんでもそれは無いだろう。あれほどの共鳴は過去に見たが、その後もトランサス合金のままだった。国中にはもっと高い共鳴率を実現する者はいくらでもおる、それで変化するなら未知の素材なんて言われてなかろう」

「その通りだカスペル。不可解な流れもそれで説明がつくと思ったが、よく考えたら製造工程と完成後で共鳴を施す頃合いも違う」


 そうだよね、びっくりした。


「もういい時間になった風呂に行くとするか」

「そうだの」

「うん」


 搬入口裏のおしゃべりは解散となる。家に帰るとクラウスが待っていた。北区へ向かう。


「申請討伐の回数を増やしてくれるってさ」

「作物がやられちゃったからね」

「こないだのアリゲーターでランメルトの畑、そんで今日のグリズリーとパンサーでウチ。西区7班は今月あと2回行けるぞ」


 いいね、申請討伐は1回でかなり稼げるから。


「前は午前中だったけど今度は1日いけるね」

「何もなければな」


 北区で風呂を済まし西区へ戻る。


「風呂の前に人がいっぱいだよ、もしかして」

「完成したのか」


 女湯の脱衣所入り口には多くの人だかり。全員男だ。


「だめよ、男は入れません」

「いいじゃねぇか、使うのは明日からだろ」

「ちょっとくらい見せろって」

「邪魔! 散って散って」

「ケチだなー」

「いいだろ減るモンじゃねぇし」

「そもそも建設商会の連中には男が多い、完成したからって男子禁止はおかしいぞ」

「あんたらが作ったんじゃないでしょ!」


 そこでは謎の攻防が繰り広げられていた。


「となると母さんは中か」

「みたいだね、カウンター付近で待とうよ」

「そうだな」


 しばらくしてソフィーナと合流しトレーを机に運ぶ。


「中はどんな感じだ」

「秘密よ」

「なんだそれ」

「ふふ、前に比べて小さい子に配慮した作りになってるわ」

「へー」

「配管の最終点検が残っているから、私たちが使えるのは明日の夜からだって」


 ワイバーンに破壊されたのが3日で今日が9日、たった6日間で完成か! 建材が揃っていたにしろ早過ぎる。異世界の建築技術はどうなっているのか。


 確かに早く作る工法が広まった歴史がある。度重なる戦争や魔物襲来で何度も町を破壊されたから復旧を最速で行う技術が磨かれたのだ。それが脈々と受け継がれたのか。


 そこには操具や測算などのスキルも大きく関わっているだろう。農業機械に頼らなくてもあの耕起と畝立ての早さだ。きっと大工道具も異世界ならではの特殊性があるに違いない。


「ああそうだ申請討伐、今月あと2回いけるってさ、7班でもう申請したぞ」

「追加になると思ったわ」

「また稼げるね!」

「それは魔物次第さ」

「あとは精霊石ね」


 確かに運要素も大きい。うまくいくといいね。


「明日はウチが見張り当番だからディアナの迎えは母さんとリオンで頼む」

「もう前から10日経つんだ」


 見張り台か。あの日は初めて見張り台に上り鐘も叩いた。記憶が戻って3日過ぎた頃で、とにかく情報を集めていたな。カスペルやフリッツに話を聞いたり、クラウスとソフィーナとも見張り台で多くの時間を過ごした。


 上から見た朝日や沈む夕日はとても印象深かった。


 食事を終え居間に座る。


「朝一から父さんが見張り台行くの?」

「朝飯が終わったら母さんが来てくれ」

「分かったわ」

「じゃあ訓練の付き添いは母さんお願い」

「いいわよ」

「じゃあ朝も早いし寝るか」

「うん」


 おやすみの挨拶を交わし2階へ上がる。


 明日はディアナが隣りのベッドか、2カ月半ぶりだな。


 リオンの記憶にはディアナと過ごした日々が残っているがあくまで記憶の中だ。今の俺が彼女と対面して以前と同じように振るまえるだろうか。


 いずれにしろ再会は楽しみだ。町の話も多く聞けるだろう。



 ◇  ◇  ◇



 5月10日、平日4日目だ。ただ建国記念日の関係で今日から3連休らしい。町の学校も休みとなり村には子供たちが帰って来る。リオンの姉ディアナもその1人だ。


 1階に下りるとクラウスは家を出るところだった。見張り当番だね。


「じゃ行ってくる」

「いってらっしゃい」


 見送ると奥の部屋からソフィーナが出てきた。


「あらリオンおはよう、父さん行ったのね」

「おはよう母さん、今出たよ」


 ソフィーナと城壁に向かう。


「曇っているね」

「そうね、降るかもしれないわ」


 朝の訓練を行う。高所着地は13段目からも余裕を持って降り立った。ディアナは踊り場の15段目まで到達したからもう少しで追い付ける。


 ゴーーーーーン


 ソフィーナと朝食を済ます。


「城壁へ上がるわね」

「うん」


 ほどなくクラウスが下りてくる。俺の食事は終えたが隣りの席に座った。


「まだ食い足りないのか」

「ううん、いるだけ」

「そうか」


 昨日はランドルフが妙なこと言っていた、俺がトランサイトを共鳴で作ったなんて。


「例の武器はどうなったかな」

「あれこれ試して首傾げてるんじゃないか」

「はは、そうかも……ねぇあの鉱物って、共鳴で作れる可能性があるんだって」

「ほう」

「俺が作ったとしたら?」


 ブバッ!


 うわ汚い。


「冗談はよせ」

「ふふ」

「あの価値を商会で聞いたろ」

「もし俺が作れたら大金持ちだね」

「はは、貴族になれるな。でもあれって何歳からだ」

「年齢制限あるんだ」

「なんかで聞いた気がする」

「ふーん」


 確かに幼児が叙爵したところで何もできない。8歳なら洗礼で区切りだが流石にまだ幼いな。


「代わりの武器を今日中に用意する話だったから共鳴を試してみるか」

「えっ」

「もしかしたら、もしかするぞ、なんてな」

「はは……」

「ふー、食った。母さんと交代してくる」


 クラウスと食堂を出て家に向かう。城壁を上がるクラウスを見送るとほどなくソフィーナが下りてきた。


「私は家の用事をするけどリオンは?」

「うーん、搬入口裏に行く」

「ディアナの迎えがあるから9時半には帰るのよ」

「うん!」


 訓練用の武器を持っていくか。


 搬入口裏へ。


「おー、来たな」

「よーう」


 カスペルとランドルフ、それからフリッツもいる。加えてケイス、ピート、ロビン、エドヴァルドも。今日は多いな。


「今日ディアナが帰って来るよな」

「そうだよ、ケイス」

「西区は4人か」

「あと誰だっけ」

「ピートのねーちゃんのレイラと、セシリアのにーちゃんのクレマンとカールだ」

「セシリアって2人の兄さんだったね」

「ケイスぅー、挨拶しとけよ」

「何の挨拶だよピート、それに俺よりエドだ」

「僕? そうかお帰りなさいって声かけないと」


 ケイスの言った意味は妹のセシリアと仲良くさせていただいてますじゃないかな。


「リオンも冒険者ごっこやるか。いやもうごっこじゃなかったな」

「うんやるよ、これ使ってもいい?」

「いいんじゃないの訓練用だし、でも本気は出すなよ」

「うん」


 ごっこは雰囲気を楽しむものだ。たまには年相応のこともしなきゃね。


 それからごっこに取り組んだが意外と立ち回りで気づくところもあった。


 もう9時過ぎか。


「そろそろ帰るよー」

「俺も迎えの準備をしなきゃ」

「じゃあ解散だな」


 家に向かう途中、食堂の机と椅子が通路に並んでいて避けながら歩いた。天気が怪しいから移動したのね。


「リオンお帰り」

「ただいま」

「少し早いけど準備ができたら行く?」

「うん。あーついでに口座確認しよっと!」


 紙とペンを袋に入れて家を出る。念のため雨用の外套も持った。


「待っててね母さん」


 ソフィーナに告げ口座管理所へ入る。


「ご用件は?」

「口座の確認です。えっと9日からお願いします、自分で書きます、これが冒険者証です」

「では手を板の上へ……もういいですよ、取引履歴を参照しますね」


 職員は奥へ消えて1分ほどで戻る。


「そこのインクはご自由にお使いください。では読み上げます」

「お願いします」


「5月9日

 入  8,400

 残 32,175

 騎士団より討伐報酬として。


 5月9日

 入 10,400

 残 42,575

 メルキース支部、騎士団持ち込みの素材売渡。


 5月9日

 出  1,040

 残 41,535

 メルキース支部へ運搬手数料の支払い。


 以上です。他にご用件は?」


「……ありません、ありがとうございます」


 えっと冒険者証を忘れずに持って。ふー2回目だからちょっと慣れたな。


 ニンマリ。ぐふふ、金だ、増えてるぜぇ。


 おや素材売渡が今度はメルキース支部か、手数料もそっちで引かれている。なるほど騎士団で素材処理なら手数料を引かれて入金、冒険者ギルドのメルキース支部に持ち込めば売渡後に手数料が引かれるのか。


「母さん終わったよ、見る?」

「ええ……ふふ順調ね」

「うん!」


 ソフィーナも笑顔だ。なんだろう金って。みんなを笑顔にする。


「じゃあ正門に行きましょう」

「うん」


 中通りを南へ歩く。ここはいつ来ても馬車も人も多い。まあ村の中心だからね。


 正門付近には迎えの住人が集まっていた。


「あらリオン」

「セシリア、おーピートもいる」

「おいっす」


 おやピートの横には、えーっと……。


「フェリシアもお出迎えだね」

「……だーれ?」

「リオン兄ちゃんよ、リーナの隣りのおうち」

「あー、うーん」


 この子はピートの妹でフェリシア、カトリーナと同じ4歳だ。何とか思い出したぞ。


「おー、あの馬車じゃないか!」

「乗っているのが見えるぞ!」

「みんな帰って来た!」


 2頭立ての馬車が2台続けて乗り場に停まる。


「セシリア元気にしてたか」

「クレマン兄さんお帰り、カール兄さんも」

「ちょっと背が伸びたんじゃないか」

「ねーちゃん!」

「ピート、フェリシア、ただいま」


 ディアナは……いた!


「リオン、母さん、ただいまー!」

「お帰り、ディアナ」

「ねーちゃん、お帰り!」


 思わずディアナに抱きついた。


「ちょリオン、どうしたのー」

「……ねぇちゃん」


 俺は、俺は……何故だか涙が溢れた。


「なぁに? 甘えん坊ね~よしよし」


 ディアナが頭を撫でる。


「えぐ……ぐすっ……」


 ……。


「ごめん……急に抱きついて」

「いいんだよー、かわいい弟なんだから」

「へへ……」


 手を繋ぎ中通りを歩く。


 ディアナだ! 何度も顔を見てほほ笑む。嬉しい。


 ああ俺は、やっとリオンになれた。そんな気がした。

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