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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
44/321

第44話 トランサイト

 午前中の訓練討伐を終えて騎士団監視所へ馬車で向かう。


「いいわぁ~ミランダ副部隊長」

「ほんとよねぇ」


 マルガレータとサンドラが恍惚な表情で遠い目をしている。よっぽど好きなんだね。しかし騎士団の指揮官を名前で呼んで失礼に当たらないのかな。


「ねぇマリー、コーネイン副部隊長って呼ばないの?」

「いいのよミランダ副部隊長で、ご本人がそうおっしゃったんだから」

「へぇ」

「コーネイン副部隊長は北西部で2人いた時期があり、区別するため名前呼びにしたのだ」


 同伴大人が話に入る。


「春まで北西部討伐副部隊長だったセドリック様はメルキース男爵の次男だ。現在は北部討伐副部隊長を務めている」

「そうだったなアベル」

「北西部防衛部隊長は男爵長男のエリオット様、ミランダ副部隊長の夫だ。監視所でお見かけすることもあるから覚えておけリオン」

「はい!」


 アベルは河原で子供たちと待機を命ぜられたうちの1人だね。


 それでメルキース男爵長男が防衛部隊長、妻が防衛副部隊長、男爵次男が討伐副部隊長か。部隊は違えどコーネイン副部隊長が2人いると確かにややこしいね。


 メルキースとはゼイルディク北西部の地名でこの村から最も近い町だ。その名を冠した男爵なら領主なのだろう。ミランダは貴族家だったのか。


「エリオット部隊長とミランダ副部隊長の間には3人の子供がいる。長男アデルベルト様、長女クラウディア様、次男ライニール様、みな士官学校生だ。リュークも班編成によってはご一緒するかもしれん」

「はい、お爺様」


 お爺様!? リュークはアベルの孫か。


「ミランダ副部隊長は元冒険者で若くしてBランクだったのよね」

「ウチの息子は一度パーティを組んだぞ」

「エドガー、それは養成所の訓練でしょ、何回も聞いたわ」

「よく知ってるな、その通りだ」


 へー、ミランダは元Bランク冒険者か、そりゃ強いはずだ。養成所出身ならフリッツの教え子かもしれないな、後で聞いてみよう。


 今エドガーと呼ばれた60代前半の男性、ミランダは河原でエドガールと呼んでいた。息子も冒険者らしい。そのエドガールと言葉を交わした50代の女性はレベッカだろう。彼女はアードルフと共に川から回り込んでガルウルフ1体倒していた。


 騎士家系っぽいリュークの祖父がアベル、同じく騎士家系らしきサンドラの同伴はアードルフだろう。ジェラールが剣を譲る相談をしていた大人はこのエドガール、きっと祖父だ。となるとレベッカがマルガレータの付き添いか。


 馬車が止まった、監視所に到着したらしい。


「みんなお昼だよー」

「腹減ったぜー」

「うん、ぺこぺこ」


 子供たちは城壁へ向かう。


「リオン、またなー」

「ばいばーい」


 手を振って見送った。


「リオン、今日の討伐報酬は8400ディルだ。これは事務手数料を引かれた金額になる。昨日伝えた額は引かれる前だから入金額と違ってすまなかった」

「そうでしたか」


 アードルフが告げる。口座確認していないから知らないけどね。確か手数料は10%だったか。


「次は連休明けの13日だろう、またギルドで確認してくれ」

「分かりました」


 4日後か、少し空くな。


「恐らく班を再編成する」

「メンバーが変わるのですか、ミランダ副部隊長」

「明らかな過剰戦力が混じっているからだ。村へは前方の馬車を使え」


 そう言い放ち彼女は城壁へ去った。


「帰るか」

「うん」


 フリッツと馬車に乗り込む。御者が収納式の階段を上げ直ぐ出発した。同乗する騎士はいない。


「今日は大活躍だったね」

「そうか」

「ミランダ副部隊長って元冒険者って聞いたよ、フリッツは養成所で指導もしたの?」

「北部だな、噂は聞いていた」

「複数あるのか」

「ワシは西部養成所だ。北部には飛び抜けた腕前の女性がいると噂だった。冒険者となっても名を広めていたな」


 フリッツは西部か、確かに水着訓練するなら西の川が近い。


「結婚して貴族家に入り3人子供もいるって」

「付き添いの大人たちか、貴族の話が好きな者はいるな」

「馬車の中で聞いたよ、メルキース男爵ってとこ」

「ゼイルディク北西部の地域だ、士官学校もある」


 そこにミランダの子供3人も通っているんだね。


「ミランダは望まぬ縁談だった。しかしその強さ故、あらゆる手を尽くし家に引き込んだと聞く」

「えっ」

「そういう噂話は好かんが、ワシの言わんとしていることは分かるな」

「俺も目立つとその可能性が」

「貴族は家のためなら何でもする」


 うひー怖い。


「貴族って何人いるの?」

「ゼイルディクには伯爵家1つ、子爵家8つ、男爵家が14ある」

「うわ、多いね」


 公・侯・伯・子・男ってやつか。異世界中世ヨーロッパらしいね。おー、そう言えば誕生日に貰った地図では14の地域があった。男爵家の数と重なる。


「コルホル村って誰の領地なの?」

「中西部のアーレンツ子爵だ」

「その人が城壁部屋を許可したのか」

「うむ、実際はアーレンツ男爵の承認も伴ったはず」

「アーレンツ男爵? 子爵じゃないの」

「アーレンツには子爵と男爵が2人いる」


 なるほど爵位が違う貴族か。


「ゼイルディクは14の地域に区分され全てに男爵家が置かれている、うち8つは子爵家もある」

「アーレンツは子爵と男爵がいる8つのうちの1つか」

「うむ」

「どうしてアーレンツには2つの貴族がいるの?」

「人口や商業施設の数など言わば税収の多い地域だからだ」


 ふーん、町の経済規模が基準か。


「ゼイルディクって人口どのくらい?」

「110万人だ。数年前の統計だが大きな変動は無いだろう」

「うへー、思ったより多いね」


 日本の政令指定都市もしくは地方の県全域あたりか。異世界の町なら規模は小さい印象だけど、この世界は生活環境が整っているから安定した発展を遂げているのだな。


「アーレンツは何人?」

「10万人ほどだ」

「まあまあいるね」


 地方の市くらいの規模か、アーレンツ市ね。そこに市長と副市長を設けていると、いや北アーレンツ市長と南アーレンツ市長かもしれない。


「そんなところに興味があるとは領主目線だな、貴族にでもなるか」

「ええ!? いやいや」

「歴史の講義のために調べたが、ゼイルディクは110万、カルカリアは90万、ウィルムは760万、レリスタットは210万だ。他にもサンデベールには100万ほどの町が3つある。地域全体で1500万近くになるな」

「うっわ! 多い」


 ウィルム760万人ってクラウスの言う通り大都市で間違いない。サンデベールだけで1500万なら最早1つの国と呼んでいい規模だ。


「王都は?」

「ローゼンブルフは2200万だ。プルメルエントは1400万、クレスリンは1850万、他にも1000万以上の都市はこの国に6ほどある」

「うはー……」

「カイゼル王国の総人口は2億1080万だ。尤も統計年が地域ごとに揃っていないため大まかな数ではある。いずれにしても大規模な魔物襲撃が起きない限りこの国の人口は増加の一途を辿っている」


 凄いな……異世界ナメてた。よく考えたら治癒スキルで怪我は直ぐ治せる。あーでも命に係わる重傷も復活するのかな。それに病気の治療もどの程度まで可能なのか。そもそも魔力なんて謎の力があるから免疫力などの構造が根本的に違う可能性もある。


 そう考えると死因は老衰が最も高い気がする。大きな戦争や魔物襲撃さえ無ければ生涯を全うできると。その魔物襲撃も規模によっては100万人都市が壊滅するから安心はできないけど。


 しかし2億1000万ともなれば連邦国家じゃないか。よく王国として統治できている。いやしっかり把握できているか怪しいぞ。交通、通信、記録などが高い水準とは言えないし。


「それだけの人口ならば才能ある子供が多く存在して当然だろう」

「何万人もいるね」

「その中でも抜きん出ている者が国中から集結する、それが王都士官学校の特待生だ。お前はその極めて優れた人材の中でも更に別格の存在となる」


 うへー。


「フリッツは良く知っているね、王都へ行ったの?」

「いや訪れたことは無い。ゼイルディクには士官学校が4つあり才能ある子供を多く見てきた。特に優秀な者はプルメルエントやクレスリンまたは王都へ行き、その後の活躍も聞いている」

「あーいいね、地元出身の子供が名声を得るとは誇らしい」

「従って大体の評価基準は把握している」

「なるほどね」


 送り出しても他と遜色ない活躍が期待できる。そんな逸材と比べても俺は別格なのか。


「何だか改めて怖くなってきた。封印が解放されたら本当に想像できない」

「ワシは非常に興味がある」

「ふふ、見せてやるさ」


 ひとまずこの討伐訓練は続けるか、やはり実戦は大きな経験となるし、それが解放への道となるはずだ。何よりお金も稼げる。


「ところでミランダが武器を見ていたな」

「目的は何だ?」

「彼女はトランサス合金ではないと気づいている」

「やっぱり……」


 そりゃ副部隊長ともなれば武器の知識も豊富だろう。


「どうしようって、別にいいのか」

「武器鑑定を望むならさせればいい。彼女の人脈を使って出所を特定するだろう」

「歴史上の鉱物が現存するのだから全力で調べ上げるね。しかしジェラールは何故所持していたのか」

「それは知らん」


 まあ貴族家なら何とかするか。


 ほどなく村に到着。御者と馬に礼を告げてギルドへ向かう。


「おお帰ったな、今日はどうだった」


 アレフ支所長に流れを話す。


「ミランダ副部隊長が同伴とは……たまに騎士が共に入り子供たちの動きを上に報告するが、その指揮官が直々に視察など滅多にないことだ」

「何が目的でしょうか」

「副部隊長のお考えは私では分からない。ところで次は連休明けだ」

「13日と聞きました」

「前日に確認に来てくれ」


 報告を終え隣りの口座管理所へ向かう。


「口座確認の方法は?」

「窓口で職員にその旨を伝えると冒険者証の提出と魔力波長測定器に手を置くよう指示される。それで本人確認をすませば口頭で伝えられる」

「控えは貰えないの?」

「有料だ。500ディルだったか」

「えー、お金取るの」

「記録したいなら予め用意するといい。インクは備え付けを無料で使える」

「ふーん、持参するのね」


 確かに毎回羊皮紙を無償で渡していたら費用が恐ろしいことになる。通帳は自分で作って管理すると。


「じゃあ家から紙を持ってくる」

「それがいい」


 少しなら覚えられるが、お金のことだしその場で正確に記録したい。きっとシーラも毎回しっかり記録しているだろう。


 西区へ戻ると例によって大半の住人は食事を終えていた。人がまばらな食堂でクラウスとソフィーナは俺を待っている。


「お帰り、さあ食べましょ」

「うん!」


 トレーを机に運ぶ。食堂の床は全面復旧を終えて机と椅子も人数分が元通りだ。ただ屋根は無い。


「ディアナは明日午前10時頃に正門に着くそうだ」

「一緒に迎えに行きましょうね」

「うん!」


 ディアナと会うのは久々だ。ちゃんと文字を書けるようになったかな。町や学校の話を沢山聞きたいね、寮はどんな感じだろう。


「お風呂はほとんど出来たわ、脱衣所の内装は今日中に終わるみたい。東区にお世話になるのは今日が最後ね」

「ねーちゃん、ピカピカのお風呂第1号だね」

「明日は西区で一緒に入れるわ」

「男湯も連休中に作業を進めるからあと2~3日だぞ」


 休日も動くとは申し訳ない。そのお陰で連休明けの訓練討伐は最後まで参加できそう。俺の武器製作は進んでいるのだろうか。


「父さん武器はいつごろできそう?」

「この後商会に聞きに行くか」

「うん!」


 口座の確認もあるからね。


「食事中に失礼する」


 え? 振り返ると騎士が1人立っていた。


「何の用だ」

「食後リオンは武器を持ち出張所へ行け」

「リオン? 俺も行くぞ」

「同伴者は自由だ」

「ならフリッツも頼む」

「うむ」

「ではこの後すぐ動くように」


 騎士は去った。


「リオンどうかしたの?」

「んー」

「今日の討伐で何かあったか」


 顔を近づけて小声で話す。


(実はミランダ副部隊長が同伴して俺の武器を手に取って観察した」

(む、それは)

(間違いなく気づいたよ)


 ソフィーナにも経緯を伝える。


(それは不思議ね、トランサス合金じゃないの)

(騎士団は検証するつもりだ。フリッツ鑑定はしたのか)

(結果はここでは言えん)


「なに!? この後、ウチに来てくれ」


 食事を終えて4人は居間に座る。


「何だって! トランサイト合金! 聞いたことはあるが……これがそうなのか」

「私も名前は知ってるわ」

「知り合いの鑑定士は信頼できる」

「むう、これはちょっと手に負えない。騎士団に任せた方がよさそうだ」

「そうね」


 謎の鉱物がからね。個人では抱えきれない。


「ではフリッツ、すまんが一緒に来てくれ」

「分かった」

「紙とペン持ってくる! 口座の確認がしたい」

「はは」

「ふふリオン、大事なことよ」


 俺とクラウスそしてフリッツは中央区へ。騎士団出張所へ向かう。


「フリッツ、その素材の性能は知っているか」

「うむ」


 フリッツは剣身が伸びることをクラウスへ伝えた。


「なんだそりゃ……剣技にも近いスキルがあるがかなりの高レベルだぞ。いやまさかリオンは剣技を覚えたのか、おおダークイーグルをやったのはそれでか」

「あれは武器自体の性能でありリオンの剣技ではない。討伐を見ても分かる」

「まあフリッツが言うなら間違いないな」

「この武器は騎士団が回収するだろう、構わないか」

「元々貰いものだし、なあ」

「うん、俺もいいよ」


 ちょっと怖くなってきた。正直これ以上関わりたくない。ジェラールには悪いけど騎士団の判断なら彼も理解してくれるはず。そうだよ元は彼が作った武器だ。今後は騎士団と彼の家や商会の話となる。俺は外れるべきだ、話が大きくなる前に。


「ついて来い」


 出張所の前に立つ騎士に案内され奥の部屋へ。


「来たな」


 ミランダが待っていた。その隣りは。


「リチャード!」


 今朝この武器を鑑定した老人。リチャードという名前か、フリッツが思わず声を上げた。


「そこへ座れ」


 ミランダが示した席に俺たち3人は並ぶ。小さな机を挟んで彼女も腰を下ろした。


「では頼む」


 ミランダに促されリチャードは机の上で手を広げる。これは音漏れ防止結界か。


「さてフリッツとリオンは今朝リチャードと会ったな、その内容を聞かせてもらおう」

「何故知っている」

「この村はいたる所に『目』がある。治安維持のためだ」

「流石は騎士団、いや男爵家か」

「フン……」


 ここ、怖い。何この雰囲気、取り調べかよ。


「その武器を鑑定したのだろう。彼は否定しているが、まあそれはいい。どの道こちらが預かって鑑定すれば分かること。それはトランサス合金ではないな」

「先生……」

「最早隠す意味はない、この武器の素材はトランサイト合金だ」

「なに!?」


 ミランダの顔が強張る。


「リチャード、鑑定をしろ」

「へぇへぇ……」


 彼は剣を鞘から出して机に置くと剣身をしばらく見つめ言葉を発した。


「トランサイト合金、定着期間7日と2時間だ。後は分からん」

「そうか」


 ミランダは剣身をじっと見つめて黙る。


「これを騎士団に譲ってくれ、代替武器は明日中に用意する」

「リオン」

「あ、はい! それはもちろん。元々俺の武器ではありませんし」

「確かに2班のジェラール・メルテンスの所有物だった。しかし譲渡され現在はリオン・ノルデンに所有権がある。お前が承諾するだけで構わない」

「はい、どうぞ」

「ではこれより騎士団の所有物とする。それからトランサイト合金の存在は内密に頼むぞ」

「はい」

「他の者も」

「分かった」

「はいよ」

「では行っていい、手間を掛けたな」


 俺たちは部屋を出る。リチャードも続いた。


「すまんなフリッツ」

「お前は何も悪くない」


 詫びるリチャードにフリッツが応える。うん、彼は黙っててくれた。得体の知れない監視体制にやられただけ。何だよ目って怖いなぁ。


 出張所を出て中通りを歩く。


「まあいいじゃないか、代わりの武器も貰えるし儲けたな」

「トランサス合金かな」

「そうに決まっている、あの素材はこの国に先程の1本だけ」

「……そうだね」


 ミランダはトランサイト合金をどうするつもりか。なにせ歴史上にしか存在しない幻の鉱物だ。んー、何だか少し勿体なかった気もする、はは。

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